「なぁ、全体説明会、ホントに全体説明会だったな……」
「何を期待していたのか知らないけど、ゲルズ先生は話は短い方よ」
ここは法術窮理院校舎一階にある大食堂、全体説明会というものが終わって、今は昼休みなので昼食中だ、午後から自由に学科を選び、好きなように学んでいくのだとか。
そんな事より俺はファティマとあの全体説明会なるものについて、想像以上のギャップを感じたことを共有したかった、軽く切り捨てられたのが衝撃的なのだが。
「『新入生が大量じゃ、あとは在校生と教員に従って動いてね』で、終わりってなんだよ」
「ゲルズ先生、面倒は嫌いだからね」
「えぇと、それでゲルズじいとか呼ばれようとしてるの矛盾じゃないか?」
「だから誰もそう呼んでない」
「ンハッ」
全生徒孫化計画とかロクでもない計画を漏らした人間に対して、鼻から笑いが抜けていった、そうだろうね、そうだろうさ、納得感しかなかった。
もう少しゲルズ先生について話をしたい所なのだが、今は昼食中、せっかくの料理を冷ましてしまうのは勿体ない、更にレンジなんて便利な物がないので温め直しも出来ない、と庶民的な発想から早めに料理を食べ終える。
「食べるのが早いのね」
「ああ、冷めたらもったいないし」
「ですよね! 分かります! 貴族になっても抜けない平民根性ってやつですよね〜」
「ああそう……だ……ろ…………は?」
いつの間にか俺たちの座席の隣へと座っていたのはタリオ・ホードバルド、ファティマが露骨に顰め面をしている、俺もそれが移ったように眉にしわが寄る。
彼は満面の笑みで俺を見る、例えるなら大好きな玩具を望むだけ与えられた子供、そんな目をしている。
心が痛む、こんな純粋で良い奴だが、貴族というしがらみが邪魔をする、特にファティマは元王族、そういう厄介さは染みているからこそ、関わるなと言っているのだ。
俺だって分かる、分かってる、相手をしたら向こうのペースに持っていかれる、最後にはアイツの背後にいる貴族の手駒のように動いてしまうだろう。
俺は、政治に興味はない、だから関わりたくない、けど目の前の俺を慕ってくれる奴彼の気持ちを無碍にしたくもない。
迷った結果、俺は諦めた、毒食うなら皿まで、だ。
「なぁ、お仲間はいいのかホードバルドさん、ほら向こうから心配そうに見てる」
「仲間? アリスたちのことですか? 仲間というより友達ですよ、あ! 紹介しますね!」
「いい! ……今はいい」
「そうですか、残念ですが、またの機会に! うーん、僕が隻腕の英雄様の話をするとむっとするので、怖がっているんでしょうか?」
俺にだけ向けられた殺気のようなものが5本突き刺さる、5本は多いな、5人も落としたのか。
あと、ホードバルドさん、それ多分違うから、怖がってるよりも俺をどうにかして君から引き離したい、あわよくば排除したいとか邪なやつだ。
言えたら良いのに、言ったら5人前の魔法だ、ファティマも魔法が使えるとは言え防ぎきれるか分からないし、危ない、命大事に。
ホードバルドさんは更にグイグイ押してくる、遠慮がないのは良くない、しかし、不思議と不快にならないと言うのは天性の才能なんだろうか。
「あの! 良ければですけど、同じ学科を受けてもいいですか?」
「それは……まぁ、好きにしてくれていいと思うが、なぁファティマ」
「学科を選ぶのにいちいち他人の許可は必要ないわ」
「だそうだ、ホードバルドさん」
「やった!」
尻尾を振って喜ぶ犬を彼に幻視した、感情表現がストレート過ぎて何を言われても嫌味にならないと言うか、嘘がないことが分かる。
「で、肝心の学科は?」
「錬金術科はないのかファティマ」
「あるけれど、ものすごく冷遇されてるわよ」
「でもあるなら良いな、そこへ行こう」
「へぇ、勇者様ってアキールって言うんですね、アキールさんと呼んでも?」
「お好きに、で、ホードバルドさんも錬金術科に来るのかな?」
「はい! もちろん、僕も元々錬金術科を目指していたのでこれは……運命ですかね!」
「知らねぇ運命だな……」
勝手に運命に相乗りされても困る。
昼の終わりを告げる鐘が鳴り、食堂にいた生徒たちは各々が学科ごとに分かれて散っていく。
校舎の間取りと言うのが食堂に張り出されているのだが、錬金術科は三階の端の教室、階段から一番遠く、アクセス最悪の場所である。
「冷遇だなぁ」
「だから言ったのに」
「ひー、まだ歩くみたいですねぇ」
階段を何百段登ったか分からない位には登り、物置同然の教室を幾つも挟んでやっと辿り着いた錬金術科の教室は、がらんとしていた。
法術窮理院の教室は一つ一つは20人程度が間隔空けて並んで座れる程度、そこまで広いものではない。
だと言うのに錬金術科の教室は、広い、モノが無い、机も椅子も無い、有るのは黒板と……教室の中央に転がる寝袋だけだった。
「あ、動いてますねぇ……?」
「なんだあれ、新種のイモムシか?」
「……あー、そう言えば」
事情通のファティマがその寝袋へと歩いて近寄り、指でつつく、無反応だった、それを確認した彼女は俺たちへ手招きをするのでその寝袋へと近寄る。
近付いてから分かったが、僅かに寝袋は上下している、中身があると言う事だ。
「えっと、ファティマ……これどう言う?」
「そうね……まずは紹介から、この方はセロビリア先生、貴族だったらしいけど、錬金術に傾倒するあまり家から縁を切られた……なんと言うか、変人」
寝袋がゴソゴソを動き出して寝返りを打つ、顔の部分だけ出ていたので、思わずそこを目で追ってしまい、たまたま偶然寝袋の人物も目を空けたので、目が合った、女性だった。
「あ」
「……誰? なんでここにいるの?」
それは先生から発せられるべきセリフではないなぁ。
なんと答えればいいか迷っていたらファティマが先手打って挨拶をしていた。
「おはようございます、セロビリア先生、覚えておいでですか? ファティマです」
「あん? ファティマ? ……あ、王女殿下!?」
寝袋ごと飛び上がり、寝袋を割いて中身が飛び出してきた。
中身は薄手のタンクトップとハーフパンツで、綺麗な金髪をミキサーにでも入れたのかという位ぐちゃぐちゃにしたままの女性だった。
「ギャーっ! 男もいるっ!? あわわわ……『衣は常にこの身とあり』!」
詠唱が終わると同時にぽふんと言う効果音と煙が発生してセロビリア先生を包んだ、煙は1秒もたたず掻き消えるが、セロビリア先生はゲルズ先生同様のローブを身に纏い、ぐちゃぐちゃだった髪も指通りの良さそうなストレートヘアに変わっていた。
「セーフ」
「アウトじゃないか?」
「うっ!」
表情が豊かに変わる愉快な先生だ、呆気に取られてるホードバルドさんを再起動させて、自己紹介をすることにした。
「はじめましてセロビリア先生、俺はアキール、錬金術を学びに来ました」
「ファティマ、ただのファティマよ、今はこのアキールの使用人としてここへ来ているわ」
「そして僕はタリオ・ホードバルドです! よろしくお願いします!」
セロビリア先生は先程のコミカルの気配を引っ込めて、真面目に向き合う。
「はじめまして、私はセロビリア、この錬金術科の教師をやっています、皆様にこの教室で会えたことをうれしく思いますよ」
笑顔も付け加えた綺麗な挨拶だったのに、数秒待たずに一気にそれが剥がれ落ちた。
「で、下の階にある『自然魔法科』『天候魔法科』がオススメよ、アレすごいわよね……」
「錬金術を習いに来たんですよ!? なんでそんなひねくれてるんですか?!」
ホードバルドさん渾身のツッコミが光る。
「だってねぇ、錬金術なんてこの王国じゃ専門性が無さすぎるもの、一分野として成立してはいるけれど、魔法師なら誰でも出来るから……わざわざ学ぶこともないのよね」
セロビリア先生の言葉が、王国に置ける錬金術の立場と言うものを端的に表している。
前のファティマほど過激に錬金術を蔑むことは無いが、王国の空気として、錬金術しか使えない魔法師を魔法師として見ていない。
だからなんだって話だが。
俺の惚れた錬金術はそんなものではない、もっとできる、もっとやれる、皆カマルのような人物を見ていないからそう思うんだ、自分たちが使えないからとそれを無力と貶めているだけに過ぎん!
この錬金術擁護過激派の俺が言うんだ、間違いない。
「セロビリア先生、お言葉ですが、その現状が俺たちと関係があるのですか?」
「え、えーと、そう言わると困るけど、ほら、将来魔法師として就職するにしても家を出て冒険者になるにしても、錬金術だけじゃ見向きもしてくれないよ?」
「自慢ではないですが、錬金術だけで強い魔物も狩れます、可能性に溢れた魔法です」
「え! 魔物を錬金術で……あ! 君もしかして隻腕の英雄?!」
「そう呼ばれることもあります」
「そりゃ君くらい強かったら……」
ふむ、そうか……錬金術が強いとは思ってくれないか、俺個人が錬金術を上手く使った所で意味がないな。
よし、俺の窮理院での目的を決めたぞ。
「セロビリア先生、俺決めましたよ、錬金術をもっと発展させましょう、それこそ誰もが錬金術を使いたくなるように、ね」
「それは私だってそうよ、だからこそこの窮理院で錬金術にのめり込んだもの……無理よ、皆地味なものに見向きもしないわ」
「実用性は見栄えでは無いですから、それに錬金術を教えてくれた恩師の為にも錬金術が舐められている現状を許せません」
脳裏に浮かぶカマルの技はどれもこれも地味だ、だが極まったものだ、それが人の助けになり生活を支えているものだ。それが重視されてないのはいいが、蔑むとは何事だ!
思い込みや周囲の価値観に流されて本質を見ないのは理系的にアウト、許せない、一から調べ直せといいたい。
「じゃあ、まぁ、教えようかな……久しぶりに骨のある子が来たし……」
「やった! 流石アキールさん!」
「貴方もそれで結構熱いところがあるのねぇ?」
「俺、普段どう思われてるの?」
「いつでも切り捨てる用意がある冷たい奴?」
そ、それは現代人の病みたいなものだから……。
しかし、セロビリア先生か、カマルとはまた違った錬金術の話ができるんだろうな、ワクワクする、そしてここで俺は更に錬金術の技を極めていくんだ。
今日は結局授業にまで漕ぎ着けられなかったが、明日はまともに授業が始められるだろう。
ファティマ、ホードバルドさん、そして俺、三人の為だけの授業になるだろう。