「おはようございます」
セロビリア先生が挨拶をして、黒板の前に立つ。
「あ、メガネメガネ……よし」
セロビリア先生、メガネっ娘だった、ゆるふわメガネっ娘……いいなぁ。
ではなくて。
ホードバルドさん、改めタリオ、それとファティマ、俺の三人でこれから初の授業である。
この世界における錬金術の体系的な知識を俺は初めて知る事になる、カマルの知識も凄かったが本人曰く知識の表面を撫でているだけらしく、今日初めて学問として学ぶ。
俺の独学我流の錬金術は正解か不正解かは置いといて、世間一般の錬金術を知るんだ。
メガネの位置を指で直しつつ、セロビリア先生が黒板へと指を向ける、チョークではなく魔力の軌跡を使って文字をスラスラと書いていく、黒板は見た感じ魔力保持に向いている素材だ、授業中に消えてしまうことはないだろう、試し書きだったらしく書いてすぐ消してしまったが。
「いやー、久しぶりに授業するなぁ、最近は書庫に籠りっぱなしだったし、肩が凝ってたし、丁度いいね! ……全く近頃の教員はひ弱な錬金術師を土木建築のプロだと思ってるんだから……
「あの〜先生?」
「ん? なんだいタリオ君」
「昨日とキャラが違いませんか?」
「だってあれ疲れるし面倒じゃない? リラックスリラックス、世の中リラックス大事…………やっぱムカつく」
「いいかな、それでいいのかな……?」
「ほら、見てみなよ隣のアキール君を、気にせずくつろいでるよ?」
そらテーブルも椅子も無いからね、寝転がってても怒られないでしょ。
ファティマは綺麗に正座しているし、タリオもあぐらで座ってる。
「膝枕でもしましょうか?」
「ふふふ、元王女様も落ちたもんだ、遠慮するわ……」
「こーら何イチャイチャしてんのよ、私が独身なのイジってんの?」
「タリオ、あの人も落としてみないか」
「なんで僕!? と言うか“も”ってなんですか?! 僕恋人一人もいないですよ?」
「正気か?」
場が温まった所で授業を開始しようか、セロビリア先生は中々空気を読む人というか、俺たちのノリに乗ってくれる人だ、冗談に冗談を返せる人は結構好きだな。
「そんじゃ授業しよう、ファティマ殿下……あ、今はファティマさんか……ファティマさんは全学科を一通り修めたから知ってると思うけど、初心者のタリオ君、そして独学のアキール君の為に、今日は実技より座学としましたー!」
セロビリア先生が黒板へと書き込んでいく、図形や文章をスラスラと、そして目立つ位置へタイトルを大きめに書く。
『王国と錬金術の歴史』
「まずは歴史を知っておこう、ルーツを知ることが、未来の発展に繋がるのだよ」
「温故知新と言うやつか」
「え? 下ネタ?」
話が進まないので無視すると露骨に悲しそうに授業が始まった。ファティマ、中指立てない、学生時代のファティマ絶対クソガキだろ。
「まずね、錬金術は一番新しい魔法なんだ、年数で言うと300年前後、しかも人が作った魔法なんだよ、他の魔法はもっと古いし人外の存在が関わってるんだ、これだけでもうすごいと思ない?」
「へぇ、最先端の魔法ってことか」
「まぁそうなるね、けれど言い換えると歴史が浅いし、簡単すぎるからって舐められる、けど錬金術自体は色んな魔法師が使うほど広まっている……じゃあ問題! この理由わかる人〜!」
確かに言われてみれば散々言われてる錬金術は、それでも使われているし、広まっている、誰もが無くせ手放せとは言わない、普及してるし使えるけど使わないようにしてるってのが正しいか。
それでなんでと言われても、錬金術が便利な物だから広まった、では駄目か、便利だろうと蔑むあたり錬金術が下等と見られている、技術的にハードルが低いのも原因か……となると広まった理由は簡易だから? それは淘汰されない理由か。
錬金術を作った人が錬金術を広めようとした? まぁ便利で簡単なら広めたくもなる、しかし自分だけの秘密にしておけば独占できた利益があったはず、それを選ばなかったのはなぜか。
なら広める事自体目的か、広めたいから広めたなど答えにならないけどな、何を考えて広めたのかという部分が必要になる。
俺の悩む隙にタリオが答える。
「錬金術を皆に使ってほしかったから?」
「まー、半分当たりかな?」
「半分かぁ……難しいなぁ」
皆に使って欲しいで半分、残りの部分を推察から導くある種の逆算をしてみる。
「作った人間には広めることで達成される目的があった……その錬金術の製作者は錬金術を後世に残す為、恐らくあらゆる手を使って広めた」
「正解ですねぇ、タリオ君とアキール君の二人にはくしゅを〜! パチパチ〜」
セロビリア先生だけが拍手をして一人で盛り上がる、タリオは照れていたが、俺は疑問が膨らむ、門外不出にするのではなく後世へ残す必要があった理由が知りたかった。
「さて、解説しましょう……初代錬金術師並びに初代神位魔法師、そして初代ゼレティア王、つまりファティマさんのご先祖様のお話をね」
「急に話が広がったな……」
「錬金術を学ぶ上で避けて通れないわよ、だって最初にして最高の錬金術師だもの、『神の石』を作ることができたのも、彼一人だけ」
「へぇ〜……それは凄い、あのまるで製法が分からない『神の石』をか……」
カマルから聞いて、錬金術の教本にも載っていた『神の石』、物であることは確定しているらしいが、それ以外さっぱりな万能のモノ。
「アキールさん、『神の石』ってそんなに凄いんですか?」
「俺の知る話だとあらゆる物の原型であり素材であり、万能の物質……とは言われている」
「それって『
「あー、ネフィリタイト?」
聞いたことのない物質だ、セロビリア先生は得意げに解説をしてくれそうなので、そちらに耳を傾けた。
「説明しよう『
「ほー、さしずめ最強の素材か」
「そうだけど、そもそもこの鉱石は人間の手に届かない場所の物質で、何かの拍子に出てきたモノを使うしかない、現在も見つかることはあるみたいだけど、武具にするほど量が集まらないし、そもそも鉱石自体が観賞用として買い取られるから……素材として使おうとするのは無理かな」
ふむ、星の核……伝説の鉱石……ロマンだな……『
錬金術師として最高の武器を作る、神話の武器の再現なんて宣伝にとても良い、錬金術ができることを知らしめるにはいいテーマじゃないか、これを目指してみるか?
「話を戻すけど、『神の石』は『
錬金術の歴史の授業はいつの間にかセロビリア先生のロマン解説にすり替わり、錬金術がどれだけ素晴らしいかを延々と耳に詰め込まれる時間を過ごした。
誰も止めないのかって? あの人耳栓してたんだよ。
午後からは反省して座学ではなく実技となった、俺はともかくタリオは錬金術をものにするには時間が掛かりそうだったが、笑顔で失敗を乗り越えられる奴だ、心配いらないだろう。
むしろファティマが実技がめちゃくちゃだったのが意外だ、何でもこなせる才女かと思えば錬金術はまともに練習しなかったせいで現状タリオより酷い、才能自体はあるので、すぐ伸びるだろう。
一応、俺は錬金術師なので実技でやる算数みたいな錬金術は軽くこなせる。
「やるね、流石」
「軽い軽い」
「君に実技は必要なさそうだね」
「今の所は要らない」
今日の授業はこれで終わりとなった、俺は座学をメインに頑張ることに、タリオは両方の、ファティマは実技の上達をそれぞれ目標にした。
それからしばらくは穏やかな日々を過ごすことになった。
……けれど穏やかな日々にも弊害がある。
「ファティマ様を召使いのようにこき使って……」
「元とは言え王族だぞ……なんと破廉恥な……」
「王は何をお考えになっているのだ……英雄とは言え錬金術師に……」
貴族の生徒たちに後ろから刺されそうなほど注目されていることだ、原因はファティマにも俺にもある。
俺の右腕がない分をファティマは補ってくれているのだが、プラスして身の回りの世話も焼いてくれている、何度か断ったが本人が暇だからと我を通したので、俺はそれを受け入れている。
まぁ、貴族たちにそれが良いように見えなかったという話だ。
今、こうして食堂で昼食を食べる間にも、貴族たちは俺を睨むし、ファティマを憐れみ、同情するような言葉を発している。
「気になるなら止めてくるわよ」
「息の根をか」
「まさか、しないわよ……私が罰としてこうしている事を知らないものは貴族に居ないはずだけれど」
「やっぱ血筋なのか?」
「落ちぶれたと言え正当な王家の血筋、そして王家自体はこの国を治めている……となれば貴族たちは私を狙いそうなものよね」
「なるほど、俺から離れさせたい、と?」
「それを望む者もいるし、純粋に許せないって人もいるだけよ……はい、どうぞ」
ファティマのスプーンが俺の口元へ運ばれる、カレーの匂いについつい誘われてしまう、ぱくりと食べて、ハッとする。
「おい、自然に餌付けするなよ、俺は左手で食べれるから」
「一生共に過ごすかもしれないのよ? 良いじゃないこれくらい」
「……そんなキャラだったか?」
「リラックスよ、世の中リラックス」
「セロビリア先生、アンタの教え子間違ってるだろ……」
とか言いつつ、結局は過ごし方を変えなかったわけだが。
◆
「私の名前はカエリエ・ザン・
「……このまま引き取ってくれてもいいが」
「嫌よ、絶対嫌、離れませんよ」
「き……貴様……姉に何をしたッッッ! あ……こら! そんなに引っ付いて……ファティマ姉様! やめて! イヤぁぁぁぁ!」
おそらく、この心は虚無だった。
突如としてファティマの妹を名乗る者に襲撃を受けた。