翌日、私は周囲を探索することにした。
食料も必要だ。あと衣服も必要だ。全裸ロリはまずい。
何より、このまま洞穴に引きこもっていたら、寒さとか飢えとかで本当に死ぬ。
心の底から怖くて仕方ないが、小さな足で歩く。
一歩。
また一歩。
何時間歩いたかは分からない。
この世界には時計もない。
太陽の位置を見ながら、おおよその時間を判断するしかない。そもそもあれが太陽かどうかも分からないが。
そして幸運なことに、私は一つの集落を見つけた。
「村?」
遠くに建物が見える。
村、人の住む場所。
そう思った瞬間、胸が高鳴った。
人がいる。人がいるなら、助けてもらえる。
自分の不幸を訴えて、保護してもらおう。
五歳くらいの少女が一人で森を歩いているのだ。
普通の人間なら、放っておくはずがない。
そう思った。
しかし。
近づいてみて、違和感を覚える。
「誰もいない?」
静かすぎる。
人の声がしない。足音もしない。生活音もない。
鼻を動かしてみる。
…人の匂いもしない。
「隠れてたりしないか?」
さらに近づく。
そこにあったのは。
廃村だった。
建物は残っている。道もある。井戸らしきものもある。
しかし。
人だけがいない。
それだけなら、村人がどこかへ避難した可能性もある。
だが、家々の外壁は大きく削られていた。
巨大なヒビようなものまで残っているものもある。
「な、なにこれ?」
私はしばらく、その光景を眺めた。
地震なら、たぶんこんな違和感のある崩れ方はしないだろう。
まるで。
巨人にでも襲われたかのような有様だ。
「……これはもしかして、あれか?」
脳裏に浮かぶ作品がある。進○の巨人。すごく面白かった記憶。
「いや、違うか」
読んだのは随分前だ。あんまり内容を覚えていない
そもそも巨人がいるからといって、あの世界だとは限らない。
「考えるだけ無駄か」
私は頭を切り替えた。
とにかく。
今は生きることが最優先だ。
私は、恐る恐る一軒の建物へ近づいた。
扉を開ける。
ぎい……。
明かりなんて無く、中は薄暗かった。
内装は、ファンタジー系RPGで見たことがあるような洋風の建物だった。
木製の家具。棚。暖炉。
そして――。
「服だ!」
私は思わず声を上げた。
さすがに全裸で森を歩き回るのはまずい。
盗人のようで大変心苦しいが、背に腹は代えられない。
私はローブのような服を一着拝借した。
サイズは大きい。ぶかぶか。
当然だ。
五歳児くらいの身体に、大人用と思われる服が合うはずがない。
裾を引きずりながら歩く。
「まあ、裸よりはマシ」
そして、さらに家の中を探索する。
壊されていない竈。
その近くには――。
「これ、火打ち石?」
それらしきものが置いてあった。
さらに、三本の脚がついた金属製の鍋のようなもの。
「鍋……だよな?」
持ち上げてみる。
「うっ、重っ!」
今の私の腕力では、かなりの負担だった。
でも、火打ち石と鍋。
どちらも生きるためには役に立つ。
私はありがたく拝借することにした。
ただ、一つだけ気になる。
「なんで、こんなものが残ってるんだ?」
金属製品だ。それなりに貴重なものなのではないだろうか。
もし村人が地震とかの災害から避難したのなら、これくらいは持っていきそうなものだ。
なのに。
鍋も、火打ち石も、家具も。
生活の痕跡だけは、妙に綺麗に残っている。
まるで。
「生活の中から、人だけがいなくなったみたいな」
背筋が、ぞわりとした。
嫌な想像が頭をよぎる。
しかし。
考えても仕方がない。
「まあ、なんでもいいや!」
今は生きることで精一杯だ。
もらえるものなら、ありがたく使わせてもらおう。
私は鍋を抱えた。やっぱり重い。
数歩歩いただけで腕がぷるぷるする。
「これ、洞穴まで持って帰るの、無理じゃない?」
そもそも人がいないのなら。
「ここに住めばいいのでは?」
私、やっぱり天才かも。
そう思った、そのときだった。
――どしんっ。
「え?」
地面が震えた。
最初は気のせいかと思った。
だが。
――どしん。
まただ。
遠くから、何か巨大なものが歩いてくる音。
私は反射的に身体を低くした。
物陰から、そっと顔を出す。
そして見てしまった。
遠く、村の外れに。
巨大な影が立っている。
人型、しかし人間ではない。
その姿は、昔ゲームの中で見たサイクロプスによく似ていた。
巨大な身体。一本の角。
そして――。
「…目が、ひとつ?」
化け物が、巨大な棍棒を振り回す。
ドゴンッ!
家の壁が吹き飛んだ。
「は?」
私は固まった。
化け物は、何かを探しているようだった。
家を壊す。中を覗く。
また次の家へ向かう。
「ひぃ……」
声が漏れた。
「な、なにあれ」
私は鍋を置いた。こんなの持って走れない。
そして全力で逃げたのだった。
それから二日ほど。
私は洞穴の周辺から、あまり遠くへ行かないようにした。
食べられそうな植物を探す。水を確保する。
そして、小さな動物を狩る。
最初は上手くいかなかった。
だが、ある日。
自分の手を見ていて気づいた。
「……爪?」
指先に意識を集中すると。
にゅるり。
鋭い爪が伸びた。
「え?」
戻す。
また伸ばす。
「なんか猫みたい」
これは便利だ。
少なくとも、武器にはなる。
その後。
私は小動物を相手に、少しずつ狩りを覚えていった。
茂みの中に身を隠す。体勢を低くする。そして耳を澄ます。
獲物の気配を探す。
近づいてきた瞬間に飛び出す。
「――っ!」
爪を立てる。
最初は怖かったし嫌だった。
殺すことに抵抗があった。
でも、腹が減っていた。
生きるためには、食べなければならない。
最低限の内臓だけ取り除き、火打ち石でどうにか火を起こして肉を焼く。
捌き方なんて知らない。だから、見よう見まねだ。
「うぅ、ごめん」
爪が血で真っ赤になる。
命を奪っているのに。そして前世ではそんなことも感じずに生きていたのに。
今になってこんなことを思ってしまうとは、なんと傲慢なものか。
「ごめん、ごめんね」
でも、次第に動かなくなっている姿をみると、どうしても思わずにはいられなかった。
自分の手を見る。
小さな女の子の手。
そこに付着した赤黒い血。
もはや、ある種のホラー映画もかくや、といった有様だった。
動物たちの肉は、食べられるところは全部食べて、きちんと燃やして近くの土に埋めた。
そしてその上に小さな花を供える。これは完全に自己満足だった。
ただ、妙なことに。
狩りをしているときだけは、身体が驚くほど自然に動いた。
耳が勝手に音を拾う。鼻が獲物の匂いを探す。
身体を低くする。
距離を測る。
そして飛びかかる。
頭ではなく。身体が知っている。
まるでオオカミとしての本能が、私の身体に残っているようだった。
「…私、ほんとにオオカミなのか」
もちろん、人間としての意識はある。
だが少しずつ。
この身体の「感覚」に慣れてきている自分もいた。
そしてもう一つ。
妙なことが起きた。
「うっ」
洞穴の周囲を歩いていると。
急に、尿意を感じた。
まあそれ自体は普通だ。
問題は、
「……なんでこんなに、ここでしなきゃいけない気がするんだ?」
妙に強い。
外へ出て、少し離れた場所ですればいい。
そう思っているのに。
なぜか「ここ」という感覚がある。
まるで「この場所は私の縄張りだ」と主張したくなるような。
まさかこれ、マーキングというやつか?
私は半信半疑ながら、洞穴の周辺で用を足した。
するとそれ以来。
洞穴の周辺に小動物が近づいてこなくなった。
「えっ」
効果、あるの?
便利なような。
もう人間じゃないのかって、ちょっと悲しいような。
「……まあ、食料が逃げるから意味ないんだけど」
そんなことを考えながら、私は一人で暮らしていた。
何日経ったのか。正確には分からない。
ただ少なくとも私はこの世界で、数日間を生き延びることができた。
お腹を壊さないか怯えながら、水を飲む。
心の中で何度も何度も謝りながら、狩る。食べる。
冷たい石の上で、眠る。
本能なのか嫌悪感を覚えながらも、火を起こす。
そして少しずつ、この身体にも慣れてきた。
最初は怖かった。訳が分からなかった。帰りたいと思った。
今だって帰れるものなら帰りたい。
それでも。
「生きていくしかないよな」
そう呟いて、空を見上げる。
今日も星が綺麗だった。
私は小さな身体を伸ばす。
そして。
その翌日。
私は――運命の出会いを果たした。
その男にほんの軽い気持ちで近づいたことを。
私は後になって、心の底から後悔することになる。