ユーキは、どうやら村から人が消える現象と、その犯人を探してこの地までやってきたらしい。
「村から人が消える、ですか?」
「ああ。周辺のいくつかの村で、似たような話を聞いた。家屋が破壊され、人だけがいなくなっている」
それを聞いて、私は少し考える。
そして。
「…それなら、私に心当たりがあります」
数日前に見た、あの巨人。
家をまるで積み木のように壊し、村を歩き回っていた化け物。
あれ以外に考えられない。
「この近くに、前に見つけた村があります」
「そうか。そこに、案内できるか?」
「もちろんです!」
こうして私たちは、以前私が訪れた廃村へ向かうことになった。
「…ここです」
村に足を踏み入れた瞬間。
数日前と変わらない、異様な光景が広がっていた。
壊れた家、崩れた壁、そして地面に散らばる木材。
人の気配は、まったくない。
私の耳が、鳥の声すら拾わない。
何度見ても、嫌な場所だ。
ここには確かに人が暮らしていたはずなのに。
今はまるで、村だけが取り残されている。
ユーキは周囲を見回しながら、ゆっくりと歩く。
そして、壊れた家の跡を見ながら呟いた。
「これは……かなり大きな魔物の仕業だな」
「えぇ」
私は頷く。
「しかも、めっちゃ強そうでした」
「……そいつを見たのか?」
「はい」
私は、以前ここで見たことを話した。
巨大な身体。一本の角と大きな棍棒。
家を次々と破壊していたこと。
そして、その巨体で村の中を歩き回り、何かを探していたこと。
「なるほど」
「多分ですけど、人間がいないか探してたんじゃないですかね」
ユーキは顎に手を当て、少し考え込む。
「それなら、おそらく番がいるのだろう」
「……番?」
「ああ」
「番って……」
嫌な予感がする。
「普通に、夫婦とか、そういう意味ですか?」
「そうだ」
あの巨人に、番。
「…………なんか、想像したくないなぁ」
私の頭の中に、巨大なサイクロプスが二体並んでいる光景が浮かぶ。地獄絵図である。
くっそ怖い。
ただでさえ一体でも十分怖いのに、二体とか勘弁してほしい。
「魔物にはな」
ユーキが続ける。
「自然発生するものと、生き物と同じように、番を作って生まれるものがいる」
「へー…」
魔物にもそういう違いがあるのか。
今まで魔物なんて、ゲームの敵キャラくらいにしか考えていなかった。
倒したら消えるもの、そんな認識だったのだ。
「じゃあ、あの巨人にも番がいて、そのために……」
「可能性は高い。おそらく、番か子供のために食料を集めているのだろう」
「……人間が、食料に」
ますます会いたくない。
できれば一生会いたくなかった。
などと考えていた、そのとき。
「――しっ」
突然、ユーキが人差し指を口元に当てた。
「静かに」
「え?」
「何か来る」
「……!」
私は慌てて耳を澄ます。
最初は何も聞こえなかった。
だが。
……ズン。
「……?」
地面が、わずかに揺れた。
ズン。ズン。ズン。
次第に、その揺れが大きくなっていく。
「……来たな」
ユーキが村の入口へ視線を向けた。
私もそちらを見る。
そして、見えた。
遠くの木々の向こうから、ゆっくりと姿を現す巨大な影。
一本の角。異様に大きな身体。手には、巨大な棍棒。
間違いない。
「……あ」
数日前に見た、あの巨人だ。
「サイクロプス……」
思わず呟く。
以前よりも、はっきりと見える。
そして改めて思った。
「でっか……」
いやデカすぎる。
ユーキの身長の五倍くらいあるんじゃないか?私だと、八倍ぐらいか。
正確なところは分からないが、とにかく大きい。
あんなものに殴られたら、私なら一発で人生終了だ。
いや、人生というか、肉体が終了する。
ミンチよりひでぇ目にあいそうだ。
もし見つかって食料として連れて行かれたとする。
それだったとしても、サイアクなめにあわされそうなよかんがする。
「よし」
ユーキが腰の剣に手をかけた。
「手っ取り早く倒そう」
「え?」
シュッと、剣が鞘から抜かれる。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「なんだ?」
「いやいやいや!」
私は慌ててユーキの腕を掴みそうになって――
直前でやめた。やっぱり怖いから。
代わりに、必死に声だけを上げる。
「ユーキさんの五倍くらい大きいですよ!」
「そうだな」
「そうだな、じゃないです!」
「問題ない」
「問題ありますって!」
ユーキは平然としている。あれが怖くないのか。
「いくら貴方が強くたって、あんなの勝てっこないです!」
「心配いらない」
「いや、心配しますよ!」
「俺なら、あれぐらいの魔物は普通に倒せる」
「…………は?」
普通に、あれを、倒せる。
……。
やっぱり、この人おかしい。
いや、強いのは知っていた。知っていたけど。
「でも、あんなに大きいですよ!?」
「大きさと強さは別だ」
「いや、それはそうですけど!」
たしかに理屈としては分かる。
大きいから必ず強いとは限らない。
でも、目の前にいるのは巨大な角と棍棒を持った化け物なのだ。
どう考えても危険物である。
しかもユーキは、一人で突っ込もうとしている。
「そ、それでも、ちょっと待ちましょうよ!」
「……?」
ユーキがこちらを見る。
「なぜだ?」
「なぜって……」
言葉に詰まる。
別に、私が戦うわけじゃないのだ。
ユーキなら勝てると言っている。
だったら任せればいい。それが一番安全なのかもしれない。
なのに。
なんとなく、嫌だった。
この世界に来て、初めてまともに話した人。
私を魔物だと疑いながらも、殺さずに助けてくれた人。
翻訳魔法を使ってくれて。
私の回復魔法について教えてくれて。
そして今、こんなに近くで生きている。
もし。
もし、万が一にもあの巨人に負けたら。
私はまた一人になる。
また誰とも話さない、寂しい生活に戻る。
それに――
「……町」
「は?」
そう。
この人には、いつか人間の町へ連れて行ってもらえるかもしれない。
もしここで死なれたら、その可能性もなくなる。
うん。
これは別に心配しているわけではない。
打算だ。完全に打算。
私は打算的なオオカミ少女なのだ。
だから止めるのだ。
……たぶん。
「……あっ!」
そこで、私は思いついた。
「そ、そうだ!」
「?」
「番がいるなら!」
私は巨人のほうを見る。
巨人は村の中をゆっくりと歩きながら、壊れた家をさらに棍棒で叩き壊している。
ズガンッ!
「ひっ」
音だけでも怖い。
だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「後をつけましょう!」
「後を?」
「はい!」
私は勢いよく頷く。
「そのまま倒すんじゃなくて、あいつの後をつけて、巣まで行くんです!」
ユーキが黙って私を見る。
「そこで不意打ちして倒しましょう!」
「………」
「それなら、もっと安全ですよね?」
私はさらに続ける。
「それに、もしかしたら……」
「……連れ去られた人間がいるかもしれない、か」
「そうです!さっすがユーキさん!話がお早い!」
私は手をにぎにぎと揉みながら答えた。
「村から人が消えているなら、あの魔物が連れていった可能性がありますよね。巣に行けば、生きている人がいるかもしれませんよ!」
ユーキはしばらく巨人を見つめていた。
そして。
「……確かにそうだな」
剣を鞘へ戻す。
「少し様子を見よう」
「よ、よかったぁ……」
思わずへなへなと息を吐く。
危なかった。
もし今すぐ戦っていたら、ユーキが勝てるかどうかを見守るだけでも心臓が持たない。
私は物陰に身を隠しつつ観察する。
ユーキも少し離れた場所で、巨人から姿が見えないように身を低くした。
「……あいつ、どこへ向かうんでしょうね」
「分からない。だから見るんだろ」
「あっ、はい」
私たちは黙って巨人を観察する。
巨人はしばらく村を歩き回り、残っている家を次々と壊していく。
ズガン。
ズガン。
ズガン。
そのたびに、木材が吹き飛ぶ。
私は思わず身を縮める。
やっぱり怖い。
あんなものに見つかったら、私は一瞬でぺちゃんこだ。
隣を見る。
初めて彼の顔をちゃんと見た気がする。
如何にもな欧米人っぽい金髪と綺麗な翡翠色の瞳。顔も整ってて、普通の女性ならコロッと惚れちゃいそうだ。
私は元が男性だから安心だけど。
ユーキはじっと巨人を見ている。怖がっている様子はない。
……本当に、この人は大丈夫なのだろうか。
そんなことを考えていると、やがて巨人が村の外へ向かって歩き始めた。
「……動いた」
ユーキが小声で言う。
「そうですね」
私も頷く。
距離を保ちながら、後をつける。
巨人の足跡は、誰が見ても分かるほど大きい。
これなら追跡するのも難しくない。
「……これなんだか、探偵みたいですね。尾行ですよ尾行!」
「静かにしろ」
「はい」
こうして私たちは、村を荒らす巨人の後を追い、その根城を探すことになった。