従者は、主人の写し身である。
ご主人様にそう言われてから、私は常に身形を気にしている。ご主人様に最も相応しい存在だと示すために、努力は怠らない。住居兼職場であるこの大きな屋敷の廊下を歩く今も、窓ガラスなどに自分の姿が映れば、すぐに目を向けて身形を確認する癖が付いた。
黒く、腰まで伸びた長い髪。毎日手入れをしているので、艶々と輝いている。確かこういう髪には、濡烏のような、という褒め言葉があった筈だ。カラス、という生き物がどんなものか、私は知らないけど。
顔立ちは、自分で言うのもなんだけど整っている。やや吊り目で、笑みがないから冷たい印象のある十代ぐらいの美少女、と言ったところか。笑えば愛嬌ぐらい出るかもだけど、ご主人様が好むから、意図してこういう表情を作っている。ご主人様からも可愛いとお褒めいただいているので、これで良い。
手足は細いけど、筋トレを怠っていないから引き締まっている。だけど体質的に付き難いので筋肉質という事はなく、身体全体ではかなり柔らかだと思う。胸や尻の膨らみがないので、あくまでお腹や腕の話ではあるが。
そして着ているのは可愛らしいメイド服。主人に仕える、従者のための衣装だ。服なんてなんでも良いと思うけど、ご主人様はこれが好みらしい。まぁ、ご主人様はちょっと変わり者だから、服とかにも拘るのだろう。
可愛くあれ。ご主人様は何時もそう言うから、私は可愛く自分を飾る。
「フロル。今日の予定はどうなっていますか?」
身だしなみをチェックしていたところ、私のすぐ隣を歩く『ご主人様』がそう尋ねてきた。
とても優しい声。聞く度に、心がふんわりと暖かくなる。居心地の良さに少しぼんやりしそうになるが、気持ちを引き締め、私は声が聞こえてきた頭上へと振り向いた。
私を呼んだのは、体長十メートルぐらいの生物。
胴体は太く(一メートルはあるだろうか)、筋肉質なミミズのよう。側面から八本の手足を生やしているが、その一本一本が人間の身体よりも長くて太い。手足の先には四本の指があり、人間なんて簡単に握り締められる。全身の何処にも体毛や角はない。
そして頭部は、円筒のような口で出来ている。触角や目、鼻などはない。筒のような口があるだけ。
口の内側にはびっしりと小さな歯がある。小さいと言っても長さ数センチはあって、いずれも鋭い。どんな肉も細切れに切り刻んでしまうだろう、獰猛な口器だ。
その口に、見惚れてしまう。
でも、一瞬だけ。本当に瞬きぐらいの時間で我を取り戻し、私は『ご主人様』の問いに答える。
「今日は飼育施設の視察です。飼育場及び繁殖施設を見て回る事になっています」
「ああ、そうでしたか……その、フロルは無理して付いて来なくてよいのですよ? 色々思うところもあるでしょうから」
ご主人様はとても丁寧な、温かみのある言葉を掛けてくれた。
確かに、今日行く場所には思うところがある。
私の気持ちを考え、意思を尊重してくれる。私はご主人様の従者、いや、所有物なのに、ご主人様は何時も私の気持ちを優先してくれる。なんて勿体ないお言葉なのだろう。
……それはそれとして、若干他人事のような言い方には不満があるが。
「そう思うのなら、早くしてくれません? 何時まで持たせる気ですか」
「い、いやぁ、ほら、一番いい状態をですね? 探っているけど、フロルは毎日最高を更新していますから。明日はもっと良いかなーって思っちゃって」
「そりゃ、ご主人様のために日々努力しているんです。毎日よい状態を更新ないし維持しなければ私が納得出来ません。でもこれ大変なんですからね?」
「あ、はい。すみません……」
私が不満を口にすれば、ご主人様はしょぼくれたように背中を丸める。丸めたところで私よりも遥かに大きな体躯なのだけど。
こういうところは可愛いと思う。まぁ、ご主人様に尽くしたいのは、この方が頼れるからとかではなく、私達に備わった『本能』なのだけど。その本能をいたずらに先延ばしにしているのだから、客観的に見ればろくでもない方なのかも知れない。
それでも私には、私達には、この方々に尽くすという考えしかないのだけど。
「まずは朝食をしっかり食べてください。私の前で」
私に出来るのは、ねっとりと、嫌がらせのように、食事を促す事。
「……はい。そうさせていただきます」
ご主人様は本当に申し訳なさそうに、頭を下げながら屋敷の食堂へと入っていく。一体どちらが主人なのだろうか。
まぁ、小言はこのぐらいにしておこう。私もご主人様と共に食堂へと入る。ご主人と共に、自分の食事をするために。扉が大き過ぎて私では開けられないから、ご主人様に開けてもらう事になるけど。
食堂内はとても豪華だ。様々な調度品や絵画が飾られている。絵画のセンスは私にはないので、それが本当に良いものかどうかも判断は出来ないが。でもご主人様が気に入っているものには違いないから、美術品としての値段とか価値は些細な事だろう。
部屋の中央に置かれたテーブルには、既に食事が並べられている。食事を作ったのは、ご主人様とは異なる外見の種族。無数の手足を持つ、というより無数の手足だけで形作られたような生き物だ。立場的には、私の『同僚』みたいなものである。
ご主人様はテーブルに着く。着くと言っても身体を隣接させるだけで、椅子も何も使わない。私はお傍に立ち、ご主人様が何か訊かれた際、すぐに答えられるように備える。
ついでに、テーブルの上に置かれた料理にも目を向ける。
料理は、とても綺麗なものだった。美しい葉物を下敷きに、その上に赤い果実を幾つもの並べている。
そして果実の真ん中に、私と同じ『人間』が横たわっていた。
性別は見た目からして男性。歳は、二十歳前半ぐらいだろうか。服は一切着ていない。勿論下半身も露出している。性器も剥き出しだけど、彼はそれを隠そうともしない。
死んでいるのだから当然だ。胸は一切動かず、彼がなんの呼吸もしていない事を物語る。それ以前に程よく焼かれ、じゅうじゅうと脂の音を奏でる皮膚を見聞きすれば、彼が生きていない事など誰の目にも明らかだろう。腹部は開かれ、ぐちゃぐちゃになった内臓の中に美しい果菜と根菜が詰め込んであった。
「では、いただきます」
ご主人はその死体に感謝の言葉を伝えると、早速手を伸ばす。
男の下に敷かれた葉物は、人間一人包み込めるぐらい大きい。くるりと、丁寧に男を葉で巻いた後、ご主人様はその男性を葉ごと口に入れた。
ご主人様の大きな口は、人間一人ぐらい一口で食べてしまう。
ぐちゃぐちゃしょりしょり。肉と葉の咀嚼音が、食堂に鳴り響く。食感が気に入られたのか、ご主人様はよく噛んで、じっくりと味わっていた。勿論最後はごくんと飲み込む。
食事自体は二分ぐらいで終わったけれど、ご主人様はすぐには動かない。旅の余韻を楽しむように、しばし天井を見上げながらじっとしている。
「うん。やはり人間が一番美味しくて、力が出ますね」
やがてご主人様は食べた人間に対し、美味しかったと賛辞を送る。
それは、私達にとって最高の褒め言葉。
だって、私達はそのために生まれた。そのために育ち、そのために生きている。生きている時に聞きたいけど、食べられた者は聞けない、焦がれて止まない憧れ。
つまり。
「そう思うのなら、早いところ私を食べてください。今が食べ頃なんですから」
何時までも食べる事を延期されている私にとって、最早嫌がらせに等しい一言だった。