かつて、私達人間は自前の文明を持つ独立種族だったらしい。
今でもそう、なのだと思う。私達は人間の末裔とかではなく、文明から離れた者達の子孫というのが正確だ。では、どんな理由があって文明から離れたのか。
それを語るには、私のご主人様、その種族の歴史について語らねばならない。
ご主人様は『サタン』という種族だ。人間達が悪魔の一体に付けた名前と同じだが、それはご主人様達が私達人間でも呼びやすいように配慮したため。所謂通称みたいなもので、正式な名前もあるけど、人間では発音出来ないらしい。ご主人様達サタンは人間の言葉を全て発音出来るので、私達に合わせてくれている形だ。
サタンは生命体が持つ『生命エネルギー』を糧にして生きる存在である。生命エネルギーとは、人間が扱う言葉で近いのは魂のようなもので、生きている限り湧き出すものらしい。こう言うとそれを食べるサタンは超常的存在にも思えるが、ちゃんと惑星(地球という星らしい)で進化してきた有機生命体であるし、生命エネルギーも科学的に説明可能なものだ。
サタン達は地下深く、惑星のコア付近で誕生・進化してきた。地下にはサタン以外にも様々な生命体がいて、サタンはそれら他種族と協力しながら文明を発展・繁栄してきたという。戦争とかもなくはなかったが、人間と比べてあまり争いはしなかったらしい。
そうして長く栄えていたある時、地上で繁栄していた人間達が地下にやってきた。
後で分かった事だが、地底探検隊のメンバーだった。人間達はサタンの姿を見て怪物と思い込み、安全確保や標本確保などの名目で応戦(というか奇襲)してきたが、サタンの反撃で全滅。勿体ないからと死んだ人間達を食べたところ……これがとても美味しかったとか。
人間が美味しかった理由は、生態系の頂点だから。
地球では地下よりも地上の方が、生物が多様かつ豊かだ。その豊かな生物をたくさん食べる事で、人間の身体には豊富な生命エネルギーが宿っていた。生命エネルギーを食べるサタン達にとって、それは濃厚な、地下の生物では味わえない極上の味だったのである。栄養価も非常に高く、たった一人食べるだけで満腹になるとか。
だからサタン達は思った。もっと食べたいと。
美味しいのだから、そう思うのは自然な事だった。人間達が知性ある生命体だと、武器や乗り物の解析から判明した後も、食べるという方針は変わらなかった。サタン達は知的ながら知性を特別視しておらず、『自分』達含めて尊いなどの考えを持っていなかったからだ。他種族と共存しながら繁栄してきたので、特定種族がどうこうという価値観は育まれなかったのだろう。食べる事抜きで考えても、未知の生命体がいる環境には知的好奇心が疼く。多くのサタン達が計画に賛同した。
かくしてサタン達の地上進出計画が始まった。
見た事もない場所への大進出だが、これに大きな苦難はなかった。まず、サタン達は非常に高度な文明を築き、技術力があったため。人間達を乗せていた機械を解析し、その構造を(雑にだが)模倣した道具を発明。地上への道をテクノロジーであっさり切り開いた。
更にサタン達の身体は強靭だ。地下の高熱や圧力の中で進化・適応したため、ちょっとやそっとの環境変化には難なく耐える事が出来た。地上から地下に来た人間達は防護服で身を包まねばならなかったのに、サタンは生身で地上までの環境に適応している。仮に乗り物が突然爆散しても「なんか燃料パイプが破裂してさー」と搭乗者が事故について話せるぐらい丈夫なので、多少安全軽視のやり方でも問題ない。実験も人間的には無茶なスケジュールでどんどん行える。
このため人間が地下に来てから、ほんの一年でサタンは地上に進出した。
出た場所は偶々……とはいえ当時人間は地上の覇者で、少なくない範囲を支配していたが……人間達が大勢暮らす都市部。乗り物に搭載していたセンサーによって、何万もの人間が暮らしていると分かった。
サタン達は優れた科学力を持っていたので、生態系の概念も理解している。人間が地上でどのような役割を果たしているのか、全体でどのぐらいの個体数がいるのか。それを知らずに食い荒らせば、種の絶滅と環境破壊を引き起こし、自分達の生活を脅かすと分かっていた。
なので一回目は要観察。人間社会の観察をするため、都市の中を歩き回る事にした。それと研究のため近くにいた人間を何人か捕まえ、大切に容器の中へとしまう。
いきなりの人攫い怪物の出現に、人間達は大パニック。攻撃も始まったが、サタンの強靭な肉体はこれに耐えてしまう。サタン達は何十もの人間の捕獲し、悠々と帰った。
地下に帰ったサタン達は、人間がたくさんいた事を伝えた。捕獲した人間達を利用して色々調べ、「ちょっとぐらいなら食べても大丈夫だね」と判断。本格的に地上進出と人間捕食を始めた。あまりの美味しさに規定以上に食べてしまい、捕食禁止の罰を言い渡された個体もいたとか。
しかし上手くいったのは最初だけ。
サタンの存在を知り、理解する度、人間達の反撃は苛烈になった。サタン達の肉体は強靭なため簡単には傷付かないが、ミサイルや戦車まで出てくると流石にしんどい。避難計画や出現予測も正確になり、中々人間を捕まえられないどころか待ち伏せまでされるようにもなる。
食べられたくないから抵抗する。これはサタン達にも理解出来るので、人間の抵抗は当然のものだと考えていた。反撃の結果死亡するサタンはいなかったが、殺されたとしても、殺そうとしたのだから仕方ないと思う。人間の反撃が激しくなる事は、あまり気にしていなかった。
だが、人間が地下に核攻撃を仕掛けてきた事で事情が変わる。
核攻撃自体は難なく阻止された。サタン達の科学力を用いれば、遠隔操作で核反応を抑止する事など造作もない。それでもサタン達は正直ビビった。
「自分達の暮らす星でよくあんな攻撃出来るな」と。
核爆発自体は問題ではない。幼体なら死ぬ恐れがあったが、成体のサタンなら戦略核程度の熱量ならどうにか耐えられる。幼体が死んでも、個体の命を重視しないサタン達にとっては重要ではない。放射線耐性もあるので、被爆地での生存・繁殖にも支障はない。それでもサタン達は全力で核攻撃を阻止した。何故なら核爆発によって、自分達以外の生物が死滅する恐れがあったからだ。
地下にも生態系がある。その生態系は様々な繋がりを経て、地上生態系にも干渉しているだろう。核兵器を作るだけの科学力があるのなら、人間だってそれぐらいは理解している筈。
理解した上でやってしまう。
種族を守るための攻撃? 自分達をも害する攻撃をして、守るも何もあったものではない。そもそも人間という種族が存亡の危機にあるかと言えば、そんな事もない。サタン達は捕まえた人間や、地上の人間を注意深く観察し、個体数や繁殖サイクルなども研究した。そこから得たデータを元にして、狩り過ぎないよう制限している。子供や若い女性など次世代に繋がる個体は出来るだけ避け、男性や老人を狙うようにもしている。
むしろ地上は人間の数が多過ぎて、環境破壊が深刻だった。その問題を認知しているのに、個体数の抑制が出来ていない状態だ。サタン達の捕食数は微々たるもので、増加分を減らすほどではないが、その速度を緩やかにする程度の効果はあっただろう。感謝しろ、大人しく食われろなんてサタン達は言わないが、長期的に見れば人間側にメリットすらあった筈だ。
なのに、自滅する危険を冒して攻撃してきた。知的だと思われた人間達は、サタンから見ると驚くほど非合理的で、短絡的で、浅はかだった。
サタン達は悩んだ。このままだと人間達は、自衛の名の下に地球全体を巻き込む攻撃さえもやりかねない。人間を食べないようにすればいいかも知れないが、行動が予測出来ない以上今後何をしでかすか分かったものではない。
サタン達は話し合い、様々な意見を出した。話し合いでの解決を求めるもの、地域そのものを制圧・統治しようと言い出すもの、地上進出を止めるもの……
そして地球外へ移住するもの。
人間との共存を諦め、自分達の新天地に移住するという計画だ。サタン達の科学力を用いれば、星間航行船の開発など造作もない。数年で希望者全員が乗り込める船を建設し、数千体のサタン達は地球から脱出した。数千体は更に幾つもの船団に別れ、何十もの星に散った。
別れた後のサタン達との交流は途絶え、地球とも音信不通。優れた文明を持つサタンにとっても、光速で何百年も掛かる距離で安定した通信は出来なかった。他船団が無事新天地に辿り着いたか、地球で人間達と和解出来たのかは誰にも分からない。しかしきっと無事に成功した船団が大半で、地球ではいい感じに人間と和解しただろう。そう思わせるぐらい、サタン達の肉体と知性と科学力は優れている。
――――さて。地球から旅立った船団の一つは、数千の人間を引き連れていた。
人間の味が忘れられず、食用として人間を積み込んだ船団がいたのだ。全てではない。人間と共存出来ないと考えた者達なので、むしろ一緒に行くのは危険だという考えが主流派である。それでも構わないと考える者達だけが、人間を食料として持ち込んだ。
かくして新天地に辿り着いたサタン達一派は、新たな星を開拓。共生種族達と一緒に新たな文明を築いた。そして美味しい人間達を食べようとしたが……当然数千人をそのまま食べたら、あっという間になくなる。なので繁殖させ、数を適度に増やしながら食べていく事にした。
その中で、サタン達は『品種改良』を行った。
これはサタンが人間から学んだ技術の一つである。生物は淘汰により、環境に適した形へと進化していく。この仕組みを応用し、好ましい形質を選別して世代交代させる事で、よりよい品種を作り出す……生命エネルギーを食べてきたサタン達にはない発想の技術だ。
これを人間に行った。より味の良いもの、より食感のよいもの、より従順なもの。管理面や育種のしやすさなど様々な要素も加味して、人間達の改良を施していく。
その結果生まれたのが――――私達、家畜人である。
ようやく、話を私達の存在にまで戻せた。まぁ、要するに私達はサタンに食べられるために生まれてきた存在という事だ。気質は従順。争い事を好まないが、知能は高い(脳の美味しさには需要があったので祖先と同じぐらい大きいままである)。そして死を恐れず、食べられる事を無上の喜びとする。
家畜人はそのように品種改良された。品種によって気質に差異はあるが、大体このような思考をしている。
私も家畜人の一人。何時かサタン達に食べられる事を望んでいる。
そして私のご主人様は、私を最高の食肉になるよう育ててくれている。最高の食べ物を与え、適度な労働をし、ストレスなどがないよう最高の寝床も与えてくれた。定期的に味わいをチェックするため
更には肉質が良くなるよう
最初から女性を育てた方が手っ取り早い、なんて考えは浅はかである。ある程度身体を育ててから去勢する事で、身体の大きさや筋肉量、脂肪の乗りや匂いを調整出来るのだ。ご主人様は脂肪が少なく、けれども食感の柔らかな肉が好み。脂があまり付かない男を去勢する事で肉質を柔らかくし、理想の食肉を作り上げている。
そこまでの手間暇を、ご主人様は私に掛けてくださった。そして最高の食肉に育て上げてくれた。なんと名誉な事なのだろう。
……一番の幸福である食べてもらえる時が中々来ないのが、ちょっとムカつくが。まだ私は二十歳前半だが、そろそろ老化が始まるだろう。私達の寿命は大体五十年で、ご主人様達サタンの十分の一もない。年老いた人間の肉を好むサタンもいるが、一般的には若い方が柔らかで臭みなく、舌触りがしっとりしていて美味しいとされている。
「ご主人様。ほんと、そろそろ食べてくれませんかね?」
「う、うん。あと少し、待っててくれませんか?」
こうやってせっついても、中々決断してくれない。敢えて先延ばしにしているなら文句はないが、単に食べ頃を窺っているだけなら早くしろと思う。
もしやご主人様は私をペットとして終生飼育するつもりなのだろうか? そういうサタンもいるとは聞く。飼っているうちに可愛くなって、食べられなくなってしまうとか。
私はご主人様の所有物なので、それならそれで構わないが。しかし私のアイデンティティ的に、ちょっともやもやするのも事実な訳で。
「……まぁ、良いでしょう。そろそろ施設に到着しますし」
愚痴は止め、私は正面を見据える。
私とご主人様を乗せている車(自動運転なので運転手はいない。サタンなら撥ねられても死なないので割と運転は雑)は、真っ直ぐな平野を進んでいく。
穏やかな草地だが、これはこの星に移住したサタンと共存種族達が開拓して作ったもの。元々この星は水すらろくになく、生命のいない荒涼とした星だった。二酸化炭素充填や恒星光収束板の設置など、様々な開発によって生命が暮らせる環境を整えている。
ご主人様はこの地域の『管理官』を担っている。地域一帯に暮らすサタンや共存種族の生活を監視し、治安や産業活動の維持を担う。つまりサタンの中でも上流階級に位置するお方だ。まぁ、その分異動やらなんやらが多く、この地域にも最近移り住んだのだけど。
ちなみに普通のサタンも共存種族と比べればよい生活をしているけど、そもそも大半の共存種族は知能や感情があまりなく、生きていく以上の生活に興味がない。生活水準に差があっても、差別している訳ではない。むしろサタン達は積極的に共生種族の労働・生活環境の改善に取り組んでいる。
……さて。
ご主人様の今日の仕事は、サタン達にとってある意味一番大切な施設の視察。私達家畜人の、養畜施設の状況確認だった。