家畜人社会   作:彼岸花ノ丘

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養畜施設

 近付いてきて見えた養畜施設は、とても大きなものだった。

 敷地面積は、確か数十平方キロはあっただろうか。特殊合成コンクリートで作られた四角い建物が、理路整然と並んでいる。サタン達は合理的で、あまり拘りがない種族なのだが、理由がなければとりあえず綺麗に並べたがる。

 四角くて特徴のない建物ばかりなので、どれがどんな役割なのかは分からない。そうこうしているうちに、車は養畜施設の玄関前に辿り着き、家畜人である私的にはちょっと急ブレーキぐらいの勢いで止まる。

 

「ようこそ、お待ちしていました」

 

 施設の玄関前には、此処の担当者であるサタンが外に出て待っていた。

 ご主人様より一回り大きな、如何にも『肉体派』なサタン。ご主人様は臆さず手を伸ばし、担当者と握手を行う。

 

「こんにちは。本日はよろしくお願いします……ああ、こちらの人間は、先日連絡した私用の家畜人兼助手です。フロルと言います」

 

「よろしくお願いします」

 

「はい、窺っております。申し訳ありませんが、フロルさんには洗浄された衣服に着替えてもらいます。視察ルート上直接家畜人との触れ合いはなく、理論上あり得ない事ですが……万が一にもここで肥育している家畜人達に、病気が移ってはいけません」

 

 担当者は私に着替えを要求。勿論、快く受け入れる。家畜人達にとって食べられる事が生きる意味であり、病気はその意味を奪うもの。私のワガママで彼等の幸福を奪ってはならない。

 担当者に連れられ、私とご主人様は施設内に入る。

 施設の中も、外側と同じく白くて、理路整然とした作りだ。大体どれもが直角で、きっちりと廊下が伸びている。外装にはちょっとヒビ割れが見られるが、それは施設の老朽化の影響だろう。建築基準を脅かすほどではないので、指摘する必要はない。外壁の色は全て白。汚れなどが一目で分かるようにという合理的配慮の結果だ。

 しばらく歩いた後、私は別室へと連れられた。そこで白くてごわごわとした、所謂防護服に着替えさせられる。可愛くない格好だが、病気予防のため。テキパキと着替えたらご主人様と合流し、担当者に連れられて施設内へと進む。

 

「まず、案内は食肉加工されるまでの順番で案内します」

 

 担当者はそう前置きし、長い廊下を進む。サタンにとっては辛くない道のりも、私達家畜人にはちょっと過酷。運動で適度な筋肉を付けているが、サタン達の歩みに合わせて駆け足は辛い。

 ご主人様は私を優しく掴むと、背中に乗せてくれた。私はご主人様の身体にしっかりしがみついて、落ちないようにした。ご主人様は八本ある足を丁寧に動かし、出来るだけ振動がないようにしてくれるけど、それでも体格差があるので多少は揺れる。油断はすべきでない。万が一にも頭から落ちて、首の骨が折れて死んでは、美味しく食べてもらえないのだから。

 そんな風にして私達は進み、辿り着いた施設の入口には『繁殖場』との看板が掛けられていた。

 

「こちらは繁殖場です。品質検査により、特に優秀と判定された家畜人はこちらに運ばれます。より良い家畜人を産んでもらうために」

 

 入口を通り、更に奥へと進む。

 繁殖場内には一本の廊下が伸び、その左右にガラス張りの部屋がある。この廊下は視察などで使うための道なのだろう。ご主人様と共に廊下を進みながら、ガラスで遮られた部屋の中を覗き込む。

 ガラスの向こうには、無数の『ケース』が積み上げられていた。透明で四角いプラスチック容器、という表現がしっくり来るだろうか。

 容器の中にはベッドや家財道具が備え付けられている。テーブルが置かれ、運動のためのトレーニング機器、それと娯楽用品である書籍やゲーム機などが置かれていた。容器の側面には大きな扉があり、物の出し入れをそこから行うのだろう。

 そして容器内には、家畜人達が一人ずつ入っている。見える範囲では、全員女性のようだ。まさか私のように、去勢された男性ではあるまい。誰も服を着ていないが、気温も湿度も快適なのか、皆リラックスしている様子。中には私に気付いて、手を振ってくる者もいた。

 

「こちら、プラスチック容器のように見えますね」

 

 ご主人様が担当者に尋ねる。担当者は身体を上下に動かし、肯定を示した。

 

「はい。コスト面を考慮し、安価かつ清潔な素材として強化プラスチック容器での管理を行っています」

 

「生活空間としては、どうなのでしょうか。プラスチック容器では通気性や温度管理が難しくないでしょうか」

 

「勿論、個別に調整を行っています。容器内には空調設備があり、温度と湿度の管理を絶えずしています。また、週に一度家畜人達に直接ヒアリングを行い、設備の不具合等がないかも随時確認しています。緊急時にはすぐ連絡が出来るよう、通話機器も設置しています」

 

「成程。環境は問題なさそうですね」

 

 ご主人様は担当者の説明に納得した様子。私も、その説明に嘘はないと思う。此処にいる子達が快適なのは表情を見れば分かる。

 ちなみにコストや効率を重視しているが、それは『利益』のためではない。

 人間達の社会体制は国によって違ったが、殆どが資本主義によって成り立っていたと聞く。資本……つまりお金による経済活動だ。より良い製品を作り、経済活動を通じて淘汰と洗練を経て、社会が発展していく。

 しかしサタン達には資本という概念がない。人間社会を見て学習はしたが、いまいち合わなかった。元々サタン達は他種族と共生し、異なる価値観が繋がって社会を築いている。資本の概念がよく分からない種もいるほどだ。なので『お金』というやり方では、ちょっと上手く回らない。

 そんなサタン達が社会共通の価値としているのが『共栄』だ。共に栄えていく事を好み、繁栄する事を望む。だから自分だけが得する事は好まず、社会全体にとってよい事を望む。効率を追求するのも、それによって浮いたリソースで社会全体を改善するため。

 生物なのだから自己の利益を全く考えない訳ではないが、あまり頓着しない。それがサタンという種族である。

 

「繁殖方法はどのようなものを採用していますか?」

 

「一般的な人工授精です」

 

 多くの家畜人飼育施設では、此処と同じく人工授精による繁殖を行う。

 ()()()()を売りにする施設もあるが、これはあまり普及していない。自然交配だと受精率が低いからだ。というのも、人間は通年で繁殖出来るものの、排卵の兆候がないため何時交配すれば良いか傍目には分からない。運が良ければ一回で受精するが、運が悪いと数年間妊娠しない事もある。

 私達家畜人は繁殖力も改良されたが、人間よりマシな程度。多分、一年掛けてようやく妊娠するところが、平均半年になるぐらいの違いしかないだろう。高級志向なら兎も角、安定した食料生産を目的とする時に自然交配は望ましくない。

 人工授精ならこの不安定さが解消される。具体的には排卵剤を飲ませた後、男性から採取した精子を詰め込んだカプセルを膣に挿入するやり方が一般的だ。受精後は自然交配と同じく母体の子宮内で育て、大きな問題がなければ通常の出産で産み落とす。私もこの方式で生まれた。

 ちなみに他の繁殖方法としては、受精卵を人工子宮で育てる、クローン培養をするなどが挙げられる。ただ、どちらも一般的ではない。

 理由は簡単でコストと利益が釣り合わないから。人工子宮は維持・運用に費やす資源とエネルギーが膨大である上に、本来とは異なる環境だからか奇形なども生じやすい。大量生産には向かず、無菌培養など特殊な用途で使うのが精々だ。クローンも同じ問題を抱えているのに加え、要求とコストが釣り合っていない。クローンは遺伝子が同じなので、食肉として考えれば同じ味のものが出来る事を期待する訳だが……肉の味というのは、殆どが飼育方法の問題だ。同じ品種で同じ育て方をすれば、遺伝子が異なっても味はほぼ同じ。逆に育て方が違うと味も変わってしまう。わざわざクローンに拘る理由は微塵もない。

 

「成程。ところでフロルは、繁殖に興味はあるのですか? 一般的に、家畜人の男性の性衝動はあまり強くないと聞きますが」

 

 そこから話題を広げるように、ご主人様が私に聞いてきた。

 恥ずかしい事でもないので、すぐに答える。

 

「ええ、そうですね。私は幼少期からご主人様に育てられているので、一般的な男性を知らないのですが……少なくとも私は、女性を見て発情した経験はないです。今も裸の女性達を見ていますが、特段興奮もしてないですし」

 

「人間の男性はかなり性衝動が強く、コントロールが難しかったですからね。家畜人では男女問わず性欲を感じる脳機能を退化させ、管理しやすいよう改良しました。このため自然環境下での交配は殆どしないと考えられています」

 

「そうなのですか。しかし、そうなると自然交配を謳っている場所ではどうやっているのでしょう?」

 

「当施設では行っていないので詳しくはないですが、訓練と条件付けで行っているとか」

 

 どちらにせよ完全な自然ではないですね、と担当者は言う。全くその通りだ。私達家畜人は、今やサタン達の手助けなしでは世代交代も出来ない。自然に任せたら絶滅してしまう。

 まぁ、それだけのお世話を受けて、美味しく育つとも言えるが。

 

「繁殖用個体の餌は一日三回与えています。栄養バランスなどは、家畜人飼育指標マニュアルに準じたものです」

 

 家畜人飼育指標マニュアルとは、統制局――――サタンや共生種族全体を統括する、この星の最高権力機構の一部門である、農畜産部門から毎年発行されているものだ。

 マニュアルに従わなければならないというような、法的拘束力はない。それは食品衛生法など、法律関係のルールで縛るものである。ただしマニュアルは科学者や畜産家達が長年研究したデータが乗っており、効率的かつ安全に家畜人を飼育する技術や理論が乗っている。

 ご主人様が私を育てるような、オーダメイドかつ高級志向なものを作ろうとしているなら兎も角、民間向けの大量生産をするならこれに従うのが一番いい。そういう類のマニュアルだ。

 

「そうですね。量産用であれば、あのマニュアルに従うのが一番効率的だと思います。とはいえ現場からすると、不都合な部分もあるのではと思いまして」

 

「いえ、現状大きな問題は……ああ、でも、そうですね。当施設独自の工夫として、妊娠した個体の状態によって、餌の栄養バランスには少し変化を加えています」

 

「変化ですか?」

 

「排卵剤を使って妊娠を促す訳ですが、排卵日と重なると想定以上に排卵する事があります。体質的に排卵が多くなる個体でも同じです」

 

「ふむ。具体的には、どの程度多くなるのでしょうか」

 

「一般的に家畜人は二人から三人程度妊娠しますが、排卵日と排卵剤が重なった場合、四人から五人になる事が多いです」

 

 家畜人は人間よりも多産だ。人間は一度の出産で一人しか産めなかったが、家畜人はその二〜三倍は産む。骨盤が広く、赤ん坊は人間よりも未熟で小さいなど、多産に適した身体に改良された。

 しかしそれでも出産の負担は小さくない。サタンの最先端技術を用いても、年に数件の死亡事故は起きる。ましてや想定外の多産になるとリスクは大きく跳ね上がるだろう。

 家畜として品種改良された私達は、生死そのものには頓着しない。けれども美味しく食べられるという悲願が達成されないのは不本意だ。自分の美味しさを認められ、次世代を産む役割を任せられる栄誉は嬉しいだろうけど、むざむざ死にたい訳ではあるまい。

 サタン側も家畜人達が事故で死ぬ事を望んでいない。彼等(ちなみにサタンは雌雄異体であるが人間目線だと外見では判別出来ない。ご主人様は雄らしい)は家畜人を美味しく食べたいのだ。家畜人と目的は一致している。

 

「ですので想定より多い妊娠が確認された場合、低栄養食に切り替えます」

 

「……それはよいのですか? 胎児が多いのですから、栄養は多い方がよいと思うのですが」

 

「ところが十分な栄養を与えた場合、胎児が大きく育ち、出産の負担が非常に大きくなるのです。ですので、子供を小さくする事で負担軽減を狙います。未熟児でも今の技術なら十分な生存率がありますし。流産などは避けたいので加減は難しいのですが」

 

「成程。そういう観点での研究は聞き覚えがないので、興味深いですね。生存率などのデータを見れますか?」

 

「勿論構いませんよ。すぐには出せないので、後ほどレポートファイルを送りましょう」

 

 ご主人様と担当者は、熱心に議論を交わす。ここでの話し合いが、私達家畜人の味わいをより良くして、更に美味しいものにしてくれるのだろう。

 ご主人様達の議論に私は口を挟まず、二人の歩みに合わせて動いていく景色の方に目を向ける。

 繁殖場だけあって、よく見れば妊娠している家畜人がとても多い。お腹の大きさはバラバラ。恐らく一定周期で絶えず誰かが出産するように、妊娠時期を調整しているのだろう。

 私達家畜人は痛みに鈍感なので、出産時の苦痛も人間ほど大きくない。私は男なので知りようもないが、聞いた話では多少意識が遠退くぐらいらしい。微かな生活音は聞こえるが、呻きや悲鳴が聞こえない事からも、苦痛という意味ではそこまで深刻ではない。

 とはいえ身体への負担はあり、何度も出産すれば当然リスクは大きくなっていく。

 時折容器から取り出される、ぐったりとした女性達の多くは出産が原因だろう。治療されるのか、既に手遅れなのか、医術の素人である私には分からない。

 しかし仮に手遅れでも、ちゃんと食肉加工に回されると聞く。出産の負担と加齢で肉質は平均よりも劣るが、加工肉としてならまだまだ美味しく食べられるそうだ。むしろ余計な脂身がなく、それでいて数多の命を産んだ身体は生命エネルギーに満ちているため、高齢のサタン達に好まれているとか。

 子孫達を美味しく食べてもらえるだけでなく、自分の身体もちゃんと食べてくれる。出産の負担や死のリスクがあっても、多くの女性家畜人達が繁殖役を目指すのも頷ける。

 では、男性家畜人は何もしないのか?

 そんな事はない。男は男で、目指すものがある。

 

「では、次は肥育場を案内します」

 

 担当者はそう言って先に進んだ。

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