家畜人社会   作:彼岸花ノ丘

4 / 4
肥育場

「ここが肥育場です。滅菌施設ですので、手順通りに通過してください」

 

 担当者の指示に従い、私とご主人様は滅菌のための処理を受ける。

 やる事は簡単で、薬剤入りのシャワーと滅菌光を浴びるだけだ。まぁ、その薬剤は大抵の生物を溶かすし、滅菌光も大抵の生物は焼き尽くすけど。ご主人様は生身で受けているが、私のような『人間』なら一瞬で蒸発する。

 そうならないのは着ている防護服のお陰だ。滅菌光には放射線も含まれているが、防護服のお陰で被爆もしない。もしするようなら私は此処に来ていない。サタン達は放射能汚染されたものも平然と食べるけど、美味しく食べてもらうにはクリーンな身体が重要だ。

 滅菌処理は五分ほどで終わり、私とご主人様は室内へと入る。

 こちらも真っ直ぐ伸びた廊下の左右がガラス張りになっているが、ガラスの向こう側にプラケースは並んでいない。かなり広々とした空間が用意されていた。

 まぁ、その部屋の中に家畜人達がそこそこの数いる訳だけど。

 

「こちら肥育場では、一般流通する食肉用の家畜人を育てています。スペースは一人当たり十平方メートル程度です」

 

「ふむ。狭くはないのでしょうか? フロル、どう思います?」

 

「私個人の意見を言うなら、十分なスペースだと思います」

 

 家畜人はパーソナルスペース――――心理的縄張りが著しく狭い。人間の場合初対面の人相手には一〜四メートル程度の距離を起きたいらしいが、家畜人は密着してもあまり嫌悪感を抱かない。

 私のようにのびのびと一人部屋で暮らす方が肉質も良くなるので、全くストレスを感じていない訳でもないが……その状態で生活を続けても問題ない程度には耐性がある。これもまた家畜として品種改良され、獲得した気質だ。人間だと生活空間に仕切りがないだけでストレスを感じるらしいが、そんな脆弱な精神性でよく地球で何十億にも増えたものだと思う。或いはストレスでおかしくなっていたから、核兵器やらなんやらを簡単に使っていたのか。

 まぁ、それはどうでも良い事だろう。

 

「肥育場の部屋は、年齢毎に分かれています。例えばこの部屋は、ゼロ歳児の生活空間です」

 

 担当者が指差した部屋には、幾つものベッドが並んでいた。

 そのベッドの上には、赤ん坊が寝かされている。殆どの子は寝ているが、一部の子は顔を顰め、ほぎゃほぎゃと泣いていた。

 言葉を学習する前の乳児期は、家畜人と人間で大きな差異はない。一応人間の赤子よりも活動的で、食欲旺盛らしい。それ以外の時間はひたすら寝て成長する。

 そんな赤ん坊の世話をするのは、産んだ家畜人自身ではない。

 サタン達の共生種族の一つが担当している。種族の名はメドゥーサ。丸くてずんぐりとした胴体の下部には無数の触手を生やし、上部には細長い触手を持つ。その姿が人間が空想した怪物・メドゥーサに似ている事から、私達家畜人はそう呼んでいる。

 メドゥーサは様々な種族の初期育児を担う種だ。私達家畜人だけでなく、サタン達もメドゥーサに育ててもらう。勿論メドゥーサの子供もメドゥーサが育てる。ちなみに初期育児とは乳幼児ぐらいの、まだ生物としての活動すら難しい時期の子育てを指す。

 メドゥーサ達の世話はとても丁寧だ。今私達が見ている部屋でも、メドゥーサが家畜人の赤子を世話している。無数の触手で布団や服を整え、体温を確認し、排泄があればオムツ交換だってする。細長い触手は指のように器用で、あらゆる育児をスムーズに行う。

 そしてメドゥーサの一番大事な役割が授乳。

 メドゥーサ達は体内で高栄養価の有機物溶液を作り、これを赤子に飲ませていく。人間で言うところの母乳代わりだ。泣いている家畜人の赤ん坊達の口に次々と触手を挿入し、溶液を飲ませていく。

 人間がこの光景を見たら、色々反発するかも知れない。子供に変なものを飲ませるな、母乳なら母親が飲ませろ……とかなんとか。なんかそういう生き物だって、以前読んだ本に書いてあった。

 だがそれは出来ない。家畜人は人間よりも多産化しているが、そのエネルギーと資源を捻出するため母乳の生成能力を失ったからだ。乳房はただの大きな脂肪の塊であり、絞っても乳は出てこない。それに子育てをすれば体力も使うので、出産からの回復が遅れ、次の子供を産むのに時間が掛かってしまう。

 だったら子育ては専用種族に任せ、家畜人は食肉生産に励むのが合理的である。このため家畜人からは子供への執着も失われている状態だ。私達は我が子を連れて行かれる事に特段抵抗がない。

 

「順調に育てば、一歳から二歳頃に幼児期を迎えます。この頃から学習が始まります」

 

 次に案内された部屋では、椅子に座る幼児の家畜人達がいた。彼等の見ている先にはモニターがあり、勉強が行われている。

 微かに聞こえる音声とモニター表示から、今は国語、というより言葉の教育中のようだ。まずは様々な言葉を聞かせ、言葉の概念を教える。

 その後年齢を重ねるほど、授業も高等化していく。最終的に、人間達が『中学校』と呼んでいた教育機関程度の学力は付けさせる。

 家畜人達の殆どは食肉となるが、サタン達は最低限の教育を施す事を義務化しているため、必ず勉強は行う。これはサタン達が家畜人を奴隷などではなく、あくまでも共生種族の一つと考えているからだ。共に社会を構成する一族であり、優れた知能があるのだから教育を施すのは当然と言えるだろう。

 特別優れた勉学の才があり、本人も希望すれば高等学校への進学も可能だ。サタン達は優れた才能に種族など関係ないと考えており、優れた能力があれば本来の役割とは別のものに割り当てる事を厭わない。食肉用から学者なった家畜人も過去にはいたという。養畜施設側には統制局から十分な支援金も与えられ、進学を阻む事がないよう便宜も図られている。

 尤も、私達にとって食肉になる事は名誉であり、憧れでもある。いくら学力の才能が認められても、大半は食肉になる事を選ぶ。その学力を活かし、より自分を美味しくしようとするものだ。

 私もご主人様から教育された内容は、全て私の肉体を美味しくするために使っている。私達にとって、それが勉強する意味だ。勿論学者になる道を馬鹿にする気は毛頭ないが。

 

「必要な教育を終えた後は、本格的な肥育が始まります」

 

 担当者曰く、この施設では肥育に三段階のフェーズがあるという。

 第一のフェーズは品質検査。

 教育後の家畜人(平均十三歳)は採血及び身体計測を行い、その成分や味、そして肉質や肉量などから等級分けを行う。

 最上位の等級を得たものの一部は、先程見てきた繁殖用に回される。女性は二十人に一人程度だが、男性は一千人に一人程度の狭き門だ。家畜人の出生性比は人間と同じで男女がほぼ一対一。やや男性の方が多いぐらいなので、繁殖用に選ばれた女性は生涯で平均四十人ほど産む。一度に産む数が二〜四人とすれば、生涯出産回数はざっと十〜二十回となる。

 残りの家畜人は一般食肉用となる。ここでの等級は一から四級までの四段階に分かれ、それぞれ用途が異なる。

 一級は食肉としては最高峰のもの。一般食肉とは言うが、これは『市販品』ぐらいの意味合いだ。一級なら用途は高官の会食など特別なものに使われる。これを上回る肉は、私のようなオーダーメイド肥育されたものぐらい、と言えばどれだけ高級か伝わるだろう。

 二級は一般的な食肉だ。最も流通量が多い。つまり大半の家畜人にはこの等級が付けられる。サタン達の主食と言えばこの等級であろう。私達オーダーメイド肉や一級の方が遥かに美味しいものの、所詮は嗜好品なのだ。

 三級は、残念だか質の悪い肉という判定になる。用途は共生種族達の食べる肉類や、加工食品などに回される事が多い。正直悔しいが、これはこれで社会を支える大切な食品。共生種族あってこその社会なので、彼等向けの食品である事を卑下するものではない。あくまで気分的に悔しいというだけである。

 一番の問題は四級だ。普通、どれだけ質が悪くてもここまでいかない。この肉質は薬物汚染や病気など、食用に適さない肉に付けられる。残念ながら廃棄処分とならざるを得ない。食べてすらもらえない事は、私達にとって一番の絶望だ。

 等級分けが済んだら、次のフェーズは肥育である。

 つまり肥え太る事だが、単に食っちゃ寝すれば良いというものではない。そんな事をして出来上がるのは脂の塊だ。サタン達は結構なグルメで、そのようなバランスの悪い肉は好まない。それに彼等は生命エネルギーも重視しており、怠惰な生活ではこのエネルギーの質が悪化してしまう。

 なので適度な運動、健康的な肉体の維持も欠かせない。

 つまりたくさん食べて、たくさん運動する事が基本だ。特に一級に選ばれた者達は、その名誉に応えるためストイックで過酷な生活を余儀なくされる。二級もより良い肉となるため努力し、三級もこれ以上落ちぶれないよう務める。

 

「こちらが加工まであと一年の、十九歳を迎えた家畜人達です」

 

 そして一般的な食肉年加工齢である二十歳目前になる頃には、身体が完成する。

 この時、男女で身体付きは大分異なる。

 女性は柔らかな肉質を活かすため、ややふくよかな体型を目指す事が多い。あまり筋肉を付けず、けれども病的な太り方をしないよう、適度な運動によって維持する。体重六十キロ前後が理想的だ。

 では男性はどうなるか。

 男性家畜人の魅力は、やはり肉の歯応え、そして肉量の多さである。男性は脂肪分が少なく、尚且つタンパク質の多い肉となる傾向があるため、これを活かした肉質が求められる。つまり筋肉質な身体だ。多くの筋肉が付けばそれだけ肉量も多くなるので一石二鳥。

 なので二十歳前の男達は、もう凄い筋肉質である。これが同じ品種の同じ性別か? と思うぐらい、私とは全然違う。身長は二メートル近いし、体重は多分九十キロ以上だろう。

 なんとも『美味しそう』な身体だ。

 

「素晴らしいですね」

 

 ご主人様もお褒めの言葉を伝える。それはガラス越しの家畜人達に聞こえたのか。みんないい笑顔で、ちょっと照れくさそうに目を逸らしたりしていた。

 ちなみに私は嫉妬に狂ったので、ご主人様の背中をバシバシと叩く。割と本気で。

 

「あっ。ご、ごめんなさい。フロルが一番美味しそうですから、あの、叩くのは止めてください」

 

「……えー。では、次に行きましょう」

 

 大切なお客様が助手に襲われているのに、担当者は見て見ぬふり。痴話喧嘩の類と思われたのかも知れない。

 まぁ、早く私を食えと訴えているという意味では、確かにそうかも知れない。

 とりあえずご主人様がひたすら謝り倒すのが面白かったので、私はしばらく彼の背中を叩き続けた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

暗黒生命体調査計画(作者:彼岸花ノ丘)(オリジナルSF/ノンジャンル)

百年前、宇宙は未知の生命体に滅ぼされた。▼しかし一部の人間は、発展した技術を用いて異なる次元世界へと避難。そこで文明の復興を行った。何時か故郷の宇宙を奪還するため、様々な作戦が行われた。▼そしてある時、生命体に奪われた宇宙への突入及び大規模調査作戦が実行される。▼果たして宇宙を滅ぼした生命体の秘密に、人類は迫る事が出来るのか――――▼※全18話。月〜土曜日の…


総合評価:218/評価:8.6/完結:18話/更新日時:2026年08月22日(土) 20:00 小説情報

愛の使者(作者:彼岸花ノ丘)(オリジナルSF/ノンジャンル)

ある日、宇宙から黒い円盤がやってきた。▼円盤からは知的生命体が姿を見せたが、対面した人間達は誰もが驚く。▼その、あまりにも魅力的な姿に――――▼※異星人との接触と、それによる世界の変化を書いたSFです。▼※毎日19:00に投稿予定。全9話。▼※『カクヨム』『小説家になろう』にも投稿しています。▼


総合評価:152/評価:8.6/完結:9話/更新日時:2026年07月28日(火) 19:00 小説情報

わたし、壊れてるらしいです(作者:まいまいつむり)(オリジナルファンタジー/日常)

戦争で2年間、前線で剣を振っていた少女が、敵だった国の学校に通うことになりました。▼本人は元気です。よく笑います。友達もできました。▼ただ、大きな音がすると体が勝手に動くし、夜は静かすぎて眠れないし、好きな食べ物を聞かれても答えられません。▼あと、入学許可証の裏に「心的外傷の兆候あり」って書いてありました。▼よくわかりませんが、たぶん大したことないと思います…


総合評価:9719/評価:8.57/完結:68話/更新日時:2026年08月30日(日) 12:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>