「次は、家畜人達の餌を作っている工場に案内します」
肥育場の次に案内されたのは、大きな四角い、塔のような建物だった。
担当者が言う通り工場なのだろう。建物側面からもくもくと、白い煙が絶えず出ている。煙と言っても化学的なあれそれではなく、恐らく蒸気の類だ。何故ならこの建物に近付いただけで、明らかに周辺の空気が湿り気を帯びたのだから。
「おや? 餌工場は衛生管理の問題で、私達も立ち入り出来ないと事前に聞いていたのですが」
「はい、建物内には入れません。ですが工場内はカメラによる管理を行っているため、事務室でなら内部の様子を確認出来ます。こちらもセキュリティの都合、ギリギリまで許可を出せませんでしたが、今日どうにか下りまして」
ご主人様に限らずサタンは非常に合理的で、差別意識もない優秀な種族だ。しかし個体差がない訳ではなく、中には犯罪行為を厭わない個体もいる。単なる窃盗や強盗だけでなく、動物虐待などを好む嗜虐的な犯罪者もゼロではない。
そういった個体が家畜人達に悪さをする可能性もあるため、サタン達の施設でもセキュリティは怠らない。ご主人様に担当者が同行しているのも、案内役というのが一番の理由だが、変な事をしないか監視するのも役目だからだ。勿論ご主人様が犯罪をする可能性が高いという意味ではなく、担当者の立場上それを監督するのも仕事のうちという事である。
担当者に案内され、私とご主人様は工場の隣りにある事務所へと案内された。事務所は私にとっては大きいが、体長十メートル近いご主人様達サタンにはやや手狭。担当者とご主人様、そして事務所に最初からいた、恐らく工場監視が仕事の事務員サタンの三体もいたらぎゅうぎゅう詰めになってしまう。
「すみません。此処、本来は一人部屋でして」
「いえ、私は大丈夫です。こちらこそお仕事の邪魔をしてすみません」
軽めの謝罪と共に情報を共有したら、それ以上不要な言葉は交わさない。それがご主人様達サタンのコミュニケーションだ。
家畜人である私は特段窮屈を感じていないし、元々ご主人様の背中に乗っているので挟まれる心配もない。ご主人様よりも快適に、すぐ傍に置かれているモニターを見る事が出来た。
モニターに映し出されている映像は複数ある。一つ一つの映像は小さくて、ハッキリとは見えない。
それは私の目が悪い訳ではなく、一応仕様通りらしい。詳細を見たい時はこちらから操作し、特定の映像を拡大して表示する。
最初に映し出されたのは、緑に覆われた場所だった。
「まず、こちらが家畜人達に与える餌の栽培農場です」
事務員の説明通り、緑色の正体は植えられている野菜だ。種類は恐らくホウレンソウだろう。
この工場では他にトマトやナス、大豆など十五種の野菜を育てている。
これらの野菜は地球脱出前、人間達の畑からサタン達が回収したものの末裔だ。これらの野菜も品種改良を行い、地球とは異なるこの星で生育出来るよう調整されている。味も成長速度も地球産より数段上だ……まぁ、その分肥料や光も数段多く要求するから、工場管理しないとまともに育たないけど。
野菜はどれも柱に茎を結び付けられ、その下にある『水路』に根を浸した状態だ。所謂水耕栽培である。水路を流れる水には豊富な養分が含まれており、常に栄養と酸素が供給される。更に流れる水は常に新鮮なので病気にも掛かりにくい。部屋はかなり明るく、光合成を強烈に促進しているだろう。
そんな野菜達の世話をするのは、体長三十センチほどの共生種族。
ベルゼブブという甲殻類型生物だ。ベルゼブブは翅を持ったカニのような生物で、発達した四本のハサミ状の腕で植物の手入れを行う。例えば枯れた葉を切り落としたり、例えば剪定(不要な茎を切る事)したり、例えば忍び込んできた小さな虫を取り除いたり……そして野菜の収穫をしたり。
ベルゼブブは元々小さな荷物運びや、倉庫内整理などの役割を担っていた種族だ。今もその役職に就いている個体も多いが、一部のベルゼブブは私達家畜人のための野菜を育てている。
ちなみにサタン達やメドゥーサ達向けの野菜を作るベルゼブブもいる。野菜自体はサタン達が生きていた地下世界にはなく、生物学的に言えばサタンは食べなくても平気なものだが、味や香りが意外と好まれているらしい。家庭菜園に夢中なサタンとか、菜食主義のサタンもいるとかなんとか。
勿論私達家畜人をより美味しくするため、副菜として飾ったり、一緒に煮込んだりする事もある。ご主人様が今朝食べた家畜人も、お腹の中にたくさんの果菜と根菜を詰め、葉物で包んでいた。
「野菜以外では、ワームの育成もしています」
映像が切り替わり、次に映されたのは茶色一色の光景。
いや、無数のワーム……芋虫型の生物がひしめき合っている様子だ。
何千何万のワームが群がり、蠢いている。映像から音声は流れていないので確かな事は言えないが、きっと傍にいたらわしゃわしゃと独特な音が聞こえてくるだろう。
人間だったら、思わず目を逸らす光景かも知れない。記録によると人間はサタン達のような芋虫型生物が苦手とあるので。
しかし私達家畜人は、このワーム達を特段気持ち悪いとは思わない。というのも、私達にとってワームは大事なタンパク源、つまり食べ物なのだから。
ワームと呼ばれる生物は、サタン達の『祖先』と近い種だ。家畜人から見たオランウータン(という生物が地球にはいたらしい)ぐらいの関係とかなんとか。人間が用いていた分類に当てはめると、環形動物というものに属するらしい。
体長は最大でも十センチ程度。共生種族ではなく、サタン達が暮らしていた地下に生息する野生生物の一種である。テラフォーミング計画の一環として船に積み込まれた生物の一つでもあり、この星の環境にも適応し、自然環境で定着・繁殖している。総量だけなら、この星で一番繁栄した種だろう。
特筆すべきは、その生命力。高温だけでなく低温にも耐え、低酸素や乾燥、過湿にも適応する。おまけに食性は雑食の極みのようなもので、有機物なら基本的になんでも食べてしまう。腐食した植物、動物の死骸、排泄物どころか一部の有機溶剤まで食べてしまう。自分の糞を苗床にして増殖した細菌を食べる事で、成長速度は極めて遅いが、殆ど餌を与えずに成熟させる事も不可能ではない。
流石にミネラルなどが不足するので、餌なし飼育をする場合は土などを気にする必要があるが……逆に言えば周りの環境を整えればそこまで難しくもない、というのがワームの生命力の強さを物語る。ただし生態系の最下層だからか、生命エネルギーは殆ど含まれておらず、サタン達の主食にはなり得ないが。
だが、家畜人達なら別だ。
「これらのワームには、野菜くずや家畜人の排泄物を与えて育てています。そして大きくなったワームは、家畜人達のタンパク源として使います」
人間は生命エネルギーではなく、有機物やミネラルなど化学的な栄養素のみを必要とする。それらが揃っていれば、たとえ生命エネルギーが殆ど含まれていないワームであっても食べ物としては十分。
好都合な事に、ワーム自体は家畜人の食べ物としてかなり優秀だ。必須アミノ酸やタンパク質を多く含み、脂質は少なめ。ビタミン類を豊富に含み、野菜などでは摂取が難しいカルシウムも多い。
このためワームと野菜の組み合わせが、一般的な家畜人の餌として使われる。家畜人の排泄物をそのままワームの餌として再利用出来るので、とても効率的なのも良い。
懸念があるとすれば……
「ふむ。効率的なのはよい事ですが、排泄物を食べさせた場合、家畜人達に感染症が広まる恐れはないのでしょうか?」
ご主人様が尋ねた通り、病気の問題だろう。
私達家畜人も勉強はしているので、病気がどうやって広まるものかは理解している。排泄物は正に病原体の温床だ。それを食べたワームを食べるのは、単純に考えると不衛生である。
勿論、賢いサタン達がそのような事を考えていない訳もないが。
「問題ありません。幾つもの対策によって、感染症は防がれています」
事務員によると、まず一つ目の対策は調理だと言う。
映像が切り替わり、今度はちょっと靄の掛かったものになった。
靄の正体は、きっと湯気。微かに見える鍋や機械類から、そこが厨房である事が伺えた。
厨房内で作業しているのは、体長三メートルほどの生命体。腕のようなものを無数に生やしていて、まるで腕の塊のように見える。というより胴体や頭はあるのか? と思うぐらい腕しか見えない。腕の形は少し人間に似ているが、指は六本あるし、関節な五つもあるため、やはり人間のものではない。
彼等はバフォメットという共生種族だ。役割は主に産業的生産。簡単に言うと、色々なものを作っている、とても手先の器用な種族だ。車や工場機械など、文明的な機械類は殆どバフォメット達が製造している。サタン達からの複雑な指示や図面などの概念を理解しており、知能は人間並みに高い。技術力と生産性に関しては人間以上だ。反面腕しかないので生活能力は皆無。ベルゼブブやメドゥーサの世話がないと自活は難しいと聞く。
バフォメット達は調理場でも活躍している。無数の腕で食材を掴み、人間では出せないような速さで野菜を細かく刻む。しかも機械のように正確だ。素早くカットした野菜はベルトコンベアに乗せられ、大釜への投入されていく。
その大釜には、ワームも投じられていた。
「食材として使われるのは成熟したワームですが、三日ほど絶食させ、体内の糞を全て出させます。それから大鍋に投入し、僅かに残っている雑菌も加熱処理します」
「細菌の中には熱に強いものもいるそうですが、それらも処理出来るのですか?」
「はい。最終的には圧力を加え、百三十度の高温に十五秒晒します。また、健康に影響が出ない程度には防腐剤も使っています」
適量の添加物は、決して危険ではない。細菌の増殖や、食品の劣化を抑える事で安全に食べ物を管理出来る。
この施設では統制局の発行したマニュアルに従い、基準通りの添加物を使用。細菌類の増殖を抑え、安全な餌の調理を行っているという。勿論圧力による高温処理によって、細菌の殆どが死滅している前提だ。
「また、そもそもワームの体内はごく一部の共生細菌を除き、雑菌はいないとされています。ワームの消化液は強力で、細菌も栄養にしてしまいますから」
「成程。確かに細菌が繁殖した自分の糞を餌に出来るという事は、細菌を消化していなければおかしいですものね。その共生細菌は、家畜人達にとって安全なのでしょうか?」
「はい。共生細菌はワームの体内環境に特化した種で、体外では三十分程度で死滅するとされています。万一生きたまま体内に入っても、免疫により駆逐可能です」
そもそも調理されるワームに雑菌がいない。理論上は生食でも問題ないとされているものを、わざわざ調理しているのだから二重の意味で安全だ。
幾つもの安全対策を聞いて、ご主人様は満足した様子。家畜人達の安全はサタン達にとっても利益となるし、何より家畜人もこの社会の一員。公益を重視するサタンにとって、私達家畜人が安心して暮らせる事もまた重要である。
「ここで作られているメニューは五種類あります。今日作っているのは、根菜類を主軸にし、果菜とワームを加えています」
調理工程は至ってシンプル。具材をぐつぐつ煮込んで、柔らかくしたら機械で潰してペーストにしたもの。これを皿に載せたら完成である。
家畜人は人間よりも食に鈍感だ。味は甘いものと脂肪分を好み、辛味が苦手という特徴を持つものの、好き嫌いは人間よりもない。味が濃くなければ大抵のものは食べるし、彩りとかにも無頓着な傾向がある。まぁ、もしかすると地球の野菜よりも美味しいものを食べているから、文句を言わないだけかもだけど。
そんな訳なので、ペースト状の塊をどんっと置かれてもあまり気にしない。私もなんかあれこれ具材が出るより、全部すり潰して一纏めにした方が食べやすいじゃんと思う。
……小さい頃はご主人様自らが作った料理を私に与えてくれたけど、なんかごちゃごちゃして食べ難いと言ったらしょんぼりされたっけ。サタン達は合理的な癖に、結構そういうのに拘る時があるのが面倒だ。まぁ、それ言うと大抵凹むんだけど。
なんにせよそういうペーストされたものを食べて、私達家畜人は育つ。あまり柔らかいものばかりでは顎が衰えるので、焼き固めたり、野菜の形を残しておくなどの工夫もしているらしい。
サタンやバフォメット達の気遣いによって、私達家畜人は健康的に育っていく訳だ。
「ありがとうございます。食事環境が良好である事は理解出来ました」
「それは何より。では、最終行程を見に行きましょう」
担当者に促され、ご主人様と、その背中に乗る私は次の施設へと向かう。
最終行程。その言葉の意味するところは一つだけ。
私達家畜人の、屠畜場だ。