家畜人社会   作:彼岸花ノ丘

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屠畜場

 屠畜場といえども、他の施設と大きな違いは見られなかった。

 四角くて白く塗られた、清潔感のある施設。しかし此処では日夜、多くの人命が奪われている……

 なんて、人間なら言うのだろうか。

 生憎私達家畜人は、自分の命が尊いとは思わない。自分達が他の命を食べて生きているように、私達の命をサタン達他の共生種族が食べるというだけの事。食べられる事こそが私達の役割。

 その役割を果たせる此処は、名誉ある場所と言うべきだ。

 

「こちらには管理用の通路があり、そこから中の様子を確認出来ます。こちらからどうぞ」

 

 担当者に案内され、ご主人様と私は施設入口から中へと入る。

 一つの病原体も入れないよう、徹底的に滅菌処理を行う。今までのやつを適当に受けたつもりはないが、此処は特に念入りにしなければならない。

 私のミスで病気が入り、折角加工された肉が廃棄処分なんてなったら申し訳がない。私達は食べられるために生きているのに、そうしてもらえないのは最も悲しい事だ。

 消毒後、廊下をしばらく進むと大きなガラスが見えた。そこから中を覗き込めば、屠畜場の行程と様子が丸見えとなる。

 

「まず、家畜人達の身体検査を行います」

 

 室内には、二十歳を迎えたであろう家畜人達が一列に並んでいた。人数はざっと十人ぐらいか。

 男性も女性も並んでいて、全員一切服は纏っていない。当然下着もだ。

 そんな彼等の検査を行うのはバフォメット達。リストを用意し、一人一人その身体を隅々まで触って調べていく。

 外傷などは検査項目に含まれていないが、痣や色素沈着など、病気の可能性のあるものは詳しく調べられる。それを隠そうとする者はいないが、誰もが緊張した面持ちをしていた。

 当然だろう。私達はこの日のために生きてきて、等級(名誉)まで与えられている。それが最後の最後で台なしになったら、いくらなんでも哀れというもの。私達が屠畜されるのを嫌がる時があるとすれば、ここで降格ないし処分を言い渡された時ぐらいだろう。

 幸い、今此処にいる家畜人で問題のあったものはいないようだ。全員の検査が終わると、バフォメットから指示され、全員で前に進む。

 

「次に、気絶処理を行います」

 

 先に進んだ家畜人達に、新たにやってきたバフォメット達が先端の尖った機械を押し当てていく。

 その機械からは強力な電気が流れる。

 この電気によって家畜人達は一瞬で意識を失う。

 家畜人達は痛みに鈍感だが、全く感じない訳ではない。なので福祉上苦痛を与えないように、まずは気絶させておく。自主性を重んじるので自ら気絶処理を拒めば例外となるが、私達は痛みに鈍いだけで、痛みで喜ぶ訳ではない。普通は電気ショックによる気絶処理を望む。

 バタバタと倒れていく家畜人達。目を見開いたまま動かなくなった彼等を、バフォメット達が大事に持ち上げて運んでいく。

 

「運び先は等級毎に違います。こちらの家畜人達は二級ですから、全員一般的な屠畜処理を行います」

 

 気絶した家畜人達は隣の部屋……金属製の台の上に寝かせられていく。一人に付き一つの台で、丁寧に手足を拘束する。

 そして刃物を持ったバフォメットが、家畜人達の下にやってきた。

 そのバフォメットの持っている刃物は、長さ五十センチはある大きなもの。他の手にも何本もの刃物を持っていて、どれも長さや形が違う。

 刃物持ちのバフォメットは家畜人達の傍まで来たが、すぐには刃物を振り下ろさない。その前に、他のバフォメット達が最後の確認を行う。

 拘束具が弛んでいないか、人数に不備はないか、屠畜予定でない者が混ざっていないか。此処に来るまでに一度はやっているであろう、チェックリストを再度埋めていく。

 全ての項目で問題なしとなったところで、本格的に屠畜が始まった。刃物持ちのバフォメットの傍に幾つものトレイが置かれ、他のバフォメット達が離れて安全を確保。最後にくるりと周囲を見渡したら、バフォメットは淡々と刃物を振り下ろす。

 その一撃で家畜人の首はあっさりと切断。頭と胴体が離れた。

 切り落とした頭は、すぐに掴んでトレイに乗せる。首の断面からは血が流れ出すが、これは血抜きだ。余分な血を捨てる行程で、幾つものメリットがある。血は栄養分が豊富なため腐敗しやすいので、これを減らす事で保存性を高める。腐った血が充満していると肉も臭くなるので、肉の品質維持のためにも欠かせない。

 ちなみに頭を切断せず、首に切れ目を入れる血抜きもある。ご主人様が今朝食べたような、頭付きのものはこのやり方だ。こちらは少し手間が掛かるので、やや高級志向な屠畜法である。

 続けてバフォメットは慣れた手付きで、首から胴体に切れ込みを入れる。するとドバっと大量の血が吹き出した。動脈を切り、一気に血抜きを進めるのだ。

 ある程度血が吹き出したら、天井から垂れ下がるホースから清潔な水を噴射。血を洗い流していく。

 血抜きと洗浄を終えたら、いよいよ胴体の解体だ。胸部から腹部に切れ込みを入れ、腹の中に収まっている内臓を取り出す。内臓は一つずつトレイに乗せると、バフォメット達がこれを運び出す。

 

「内臓は栄養価が高いので、様々な需要があります。高齢者向け食や、重労働を担う共生種族達の食料ですね」

 

 内臓は貴重な食肉であるが、同時に汚染源でもある。家畜人達は屠畜前に食事を抜き、消化管洗浄も行うが、やはり胃腸の内容物が腹の中に出るのは衛生上好ましくない。

 ここで消化管を破ると、周りの肉が汚染肉として食卓には並べなくなってしまう。家畜や一部共生種族達の食料にはなるものの、それは家畜人にとって望んだ誉れではない。

 故に家畜人の解体を行うバフォメットは、バフォメット達の中でもベテランが担う。サタン達の社会は他種族を尊重し、その名誉を守れるよう配慮してくれるのだ。

 内臓を取り出したら次は、女性なら子宮を、男性なら睾丸を取り出す。これらは珍味として流通する。心臓や肺も食品となるため、丁寧に取り出し、トレイへと乗せていく。

 ここまで取ると身体の中は空っぽだ。次に腕と足を切断し、残る胴体も切れるところは切っていく。最後に残ったのは背骨と肋骨、そこに付着する肉ぐらいなもの。ここまでバラすともう家畜人のものとは思えなくなるだろう。

 

「骨は廃棄でしょうか?」

 

「以前はそうでしたが、最近ではマモン達の食料として利用されています。彼等はカルシウム分の多いものを好むので」

 

 マモンは共生種族の一つで、主に土木工事などを担う。あまり知能は高くないが、伝わるように指示すれば様々な建築物を作り上げる名工だ。

 

「今では全身の全てを利用出来るようになっています。家畜人達の肉は多くのサタンや共生種族の糧となるでしょう」

 

「素晴らしい事ですね」

 

 私は思わず称賛してしまう。

 しかし家畜人としては、やはり無駄なく食べてもらえる事は嬉しいものだ。それに血抜きをしっかりとし、熟練の職人の手によって解体されるのもよい。

 

「解体された肉は、その後どうなるのでしょうか?」

 

「当施設の場合は、肉ごとに適した工場へと送られます。勿論品質管理は万全です」

 

 多くの肉は冷凍され、すぐに加工工場へと運ばれていく。肉の旨味を引き出すには熟成などの行程が必要だが、必ずしも最高の熟成状態ですぐに食卓へと並ぶ訳ではない。最適な調理タイミングは工場側で決めるのが好ましいので、解体直後の状態で搬入するのが合理的だ。

 

「血抜きなどで生じた血液は、産業廃棄物として処理しています。理論上はワームの餌として使えますが、血液は糞便よりも危険な病原体の温床となりかねない事、回収に時間を掛けると解体施設で汚染が広まる可能性がある事から、利用していません」

 

「成程。確かに効率を重視し過ぎて安全面を疎かにすべきではありませんね」

 

 解体と肉の搬出が全て終わると、今度は清掃が行われる。バフォメット達がホースで水を掛け、台や床を綺麗に洗い流す。

 家畜人達を乗せていた台は洗浄後、アルコールで消毒。綺麗な状態へと戻す。

 一通り清掃したら、別のバフォメット達がやってきて一つ一つの備品をチェック。家畜人の解体をしていたバフォメットの刃物も、丁寧に確認する。血の一滴でも残っていると汚染になってしまうので、この確認作業で手を抜く事はない。

 全てが綺麗になったと確認したら、バフォメット達は各々の持ち場へと戻る。次の家畜人の解体に備えるために。

 

「当施設では、安定稼働時でも一日三百人の家畜人を食肉加工出来ます」

 

「三百人! それは凄い。確かこの地域に暮らすサタンは百体ですから、この地域に暮らすサタン全員の需要を満たせますね」

 

「はい。地域内における家畜人肉の完全供給を達成しています。今後は施設を拡大し、他地域の需要にも対応可能にする予定です」

 

「素晴らしい。統制局も、こちらの施設の拡大には賛成しています」

 

 担当者の話に、ご主人様は『上』の意向についても伝える。

 ご主人様がこの養畜施設を視察したのは、新しく赴任した地域の産業を知るため、というだけの目的ではない。この施設の発展が、比喩でなくサタン達の繁栄を左右するからだ。

 ……サタン達がこの星に入植してそれなりの年月が経っているが、まだまだ惑星全土を支配したとは言えない。

 具体的には地上の三割程度、地下は一パーセント程度の進出と言われている。あまり開拓が進んでいないのはサタンの繁殖速度が緩やかで、そこまで急拡大出来ないため。

 別段星全体を早く征服したい訳ではない。元は生命のいない星なので誰かと競争する必要もなく、環境保全などを考えるとゆっくりでも良いぐらいなのだが……全惑星環境の掌握・管理のためにも、支配地域は拡大した方が良い。

 だが支配地域の拡大というのは、言うほど簡単な事ではない。

 まず支配、というより統治をするには人手が必要になる。労働を行う共生種族や、それらを管理するサタンなど、大勢の生き物がその地域に定住する事になるだろう。当然この生き物達は何かを食べる訳だが、開拓前の土地では食べ物の生産をしていない。

 すると何処かから食べ物など、物資の支援が必要になる。それも畑や養畜施設などの運用が安定するまで、何年も掛かるだろう。特にサタンは強大で聡明だが、多くの生命エネルギーを有した生物を食べなければ生きていけない。

 そこで役立つのが私達家畜人。

 一日三人も食べれば、サタン達は十分な活動が行える。仮にこの施設で一日当たりの加工人数を三十人増やせれば、十体のサタンを新たな開拓地で養える訳だ。サタンが十体いれば多くの共生種族を統括し、一気に開拓する事も出来るだろう。

 養畜施設というのは、単なる食料生産施設ではない。サタンや共生種族、そして私達家畜人の繁栄をも支える大切な場所だ。だからこそご主人様はこの施設の視察に来たのである。

 

「今後もこの施設への援助を続けるよう、上層部には報告しましょう。今後の発展、期待しています」

 

「ありがとうございます。ご期待に応えられるよう、役目を果たしてみせます」

 

 ご主人様と担当者は固い握手を交わす。

 これにて視察も終わり、今日のお仕事も完了。後は家に帰るだけかな――――

 と、思っていたのだけど。

 ご主人様の腕から電子音が鳴り響いた。

 正確には、ご主人様の腕に嵌っている装置が音を鳴らしている。甲高く、ハイペースで鳴り続けるそれは、如何にも警告音のように聞こえた。

 事実、それは警告音である。

 

「■■■■■?」

 

 ご主人様が、私には聞き取れない言葉で話す。

 これはサタン達が用いる『高等言語』だ。人間が使う言葉よりも多くの情報を、短時間で伝えられるらしい。言語としては非常に優秀だ。

 しかしこれを使えるのはサタン達だけ。正確に聞き取れるのもサタン達だけ。つまりサタン同士でしか伝わらないという欠点がある。サタンの社会はあくまでも共生種族と共に繁栄しているので、「他の仲間達に伝わらないからちょっと不便だよね」とサタン達は思っている。加えて彼等は他種族との共栄を重視する性質上、同種間の会話も積極的に他種族と共有する事を好む。

 これらの理由から、普段サタン達は高等言語を使わない。むしろ人間の言葉の方が便利だから(バフォメットなどにも理解出来る発音や語彙)という理由で、今では人語を基本的に話す。これまで交わされたご主人様達の言葉を私が聞き取れているのは、彼等が人間の言葉を好んで使っているお陰だ。

 それにも拘らず高等言語を使う時というのは、サタン同士で、共有よりも迅速かつ正確に情報を伝えたい状況である。つまり緊急事態だ。

 

「ご主人様?」

 

「フロル、帰宅は後回しです。十七番地で火山活動が確認されました。あと一時間ほどで噴火が起きます」

 

 ご主人様の説明を聞いて、私は一気に血の気が引いていくのを感じた。

 この星に生命はいない。

 だけど星自体の活動が停止している訳ではない。今でも地殻活動は起きていて、地震や火山噴火などの災害は何時でも起こり得る。だからサタン達は常に惑星の地殻変動を観測し、何かあればすぐに避難を促せるように備えている。

 しかしこの星の地殻変動は地球と少し性質が異なるようで、サタン達の科学力でも起きる寸前まで分からない。火山噴火の場合、大体数時間前が限度。今回のように一時間前になる事もある。

 火山噴火は、地球では大量絶滅を引き起こす事もあった災害だ。家畜人である私がそんな災害に巻き込まれたら、こんな身体は一瞬で焼き尽くされてしまうだろう。

 それは嫌だ。ご主人様に食べてもらえないなんて、誰の血肉にもならず灰になるなんて、そんな事になったら……

 

「問題ありませんよ、フロル」

 

 不安が顔に出ていたのだろうか。ご主人様が優しく声を掛けてくれた。

 その言葉はとても頼り甲斐があって、だけど私の不安を払拭しきるほどでもなくて。

 

「火山噴火程度、我々サタンにとって脅威ではありませんから」

 

 ご主人様の言葉の意味が、この時はまだ完全には分からなかった。

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