家畜人社会   作:彼岸花ノ丘

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悪魔の力

 ご主人様は私を乗せ、猛然と駆け出した。

 車に乗ってこの施設まで来たが、その車には乗り込まない。何故なら()()()()()()()()()()()()()から。全力を出せば、サタンはどんな機械よりも速く地上を駆ける。

 家畜人である私からすると、もう滅茶苦茶な速さだ。しがみついてなんていられない。

 なので私は今、ご主人様の両手に抱えられている。

 

「ぎゃあああああ!?」

 

「フロル。少し落ち着きなさい。慎みが足りませんよ」

 

「む、無茶言うなぁ!」

 

 思わず、声を荒げてしまう。口調もちょっと無礼になるというか、男としての『素』が出てしまう。丁寧かつ可愛らしく振る舞う余裕なんてない。

 ご主人様が抱えているのだから落ちる心配はないけど、最高速度で走るものだから風が凄まじい。こんな状況で落ち着ける訳がないだろうに。

 と、色々言いたい事はあるのだけど。問答をしている場合ではない。

 火山噴火の予兆を伝えられ、今すぐ対応が必要なのだから。

 

「統制局からの連絡によれば、既に避難指示は出ています。養畜施設の職員及び家畜人達も、すぐに退避するでしょう。とはいえ、一時間で逃げられる距離などたかが知れています」

 

「な、ならどうするのですか?」

 

「噴火の被害を抑え込むしかありません。この私の手によって」

 

 さらりと、ご主人様は語る。

 だけどとんでもない事なのは私にも分かる。今回の火山噴火がどのぐらいの規模かは分からないけど、大自然の力を一つの命が食い止めるなんて現実味がない。

 そりゃあ、ご主人様達サタンは人間の攻撃にも難なく耐えたという話だけど……でも、火山と兵器じゃ規模が違う。本によれば、大規模な噴火だと核兵器数十〜数百発分ものエネルギーがあるらしい。全然比にならない。

 

「む、無茶です!」

 

「言うほど無茶ではありませんよ。とりあえず、此処にいてください」

 

 ご主人様は私の心配を余所にどんどん進み、ついに十七番地……多くの共生種族が住む住宅区画に辿り着く。

 此処はベルゼブブ達が多く生活しているようで、小さな『家』が幾つも並んでいた。私達家畜人から見ると、家と言うより巣穴のような塊だが。ベルゼブブはあまり知能が高くないので、このような簡素な家で文句はないのだろう。

 とはいえ小さな建物しかない訳ではない。ベルゼブブ達の監督をするバフォメットや、そのバフォメットの統括を行うサタンもこの地区で暮らしている。当然それらの種族の幼体も此処で生活しているので、そのために必要な施設は建てられている。家、食堂、トイレ……

 そして教育施設。所謂学校もある。

 ご主人様が私を連れてきた建物も、恐らく学校の一つだ。一際大きな建物で、私でも中に入れるぐらいの大きさがある。壁も分厚く、相当な強度があるに違いない。

 下手に逃げ回るよりもこの中に隠れる方が安全だと、私でも理解出来た。

 

「もし噴火が収まらなければ、この中に避難してください。位置的に絶対安全とは言い難いですが、噴石などから身を守る事は出来ます」

 

「ご、ご主人様、危険です! 一緒に避難しましょう!」

 

「……ああ、そういえばあなたは私達の力を直接見た事はありませんでしたね。よい事です。それだけこの星の生活が安定しているのですから」

 

 私の心配を無視するように、ご主人様はぺらぺらも喋る。この星の開拓初期はどうたらこうたらと、何時の思い出話を話しているのか。

 混乱する私を余所に一通り話したご主人様は、ぽんっと片手で私の頭を撫でる。

 

「そこで見ていなさい。かつて、地球であなたの先祖が『悪魔』と呼んだ力を」

 

 それだけ言い残すと、ご主人様は私を置いていってしまう。遅れて一人になったと気付いたが、私の足でご主人様に追い付ける訳もない。

 ご主人様はベルゼブブ達の家を踏み潰さないよう、しっかり避けながら前進。十メートル近いご主人様の身体が小さく見えるぐらい離れた位置で立ち止まる。

 ご主人様が見ている先には、大きな山がそびえていた。

 元々この地区の傍に山がある事は知っている。いずれあの山には植林を進め、バイオマス資源の生産地域にする予定だった。あれが活火山だったのか。外見からは火山のようには見えないが……

 と思ったのも束の間、ゴゴゴ、と地響きが聞こえてくる。

 その音が合図であるかのように、大きな地震が起きた。私の足では立っている事も儘ならず、這いつくばるような体勢にならなければその場に留まる事も出来ない。

 対してご主人様は微動だにせず、山を眺めていた。

 どうにか私も体勢を安定させて(いや、全然安定していないけどこれ以上どうにもならない)、ご主人様と同じく山を見る。

 山のてっぺんから、白い煙が濛々と噴き出していた。

 あそこまで分かりやすい兆候が出れば、素人の私でも噴火間近だと分かる。噴火の規模がどれぐらいになるのかは分からないけど、煙の量は凄まじく、かなりの規模となるように思えた

 直後、山頂から一気に黒煙が噴き上がった。

 爆発、だろうか。音も衝撃もないが、それは山が遠く離れているから。どちらも空気の振動であり、音速で飛んでくるため、遠く離れていると時間差が生じる。この星の大気圧は地球よりもやや低いため、音速は秒速三百メートル程度だったか。それでも十分な速さだ。

 どちらにしろ逃げ切れるような速さではない。私は咄嗟に身を縮み上がらせ、迫る衝撃に備えた。

 しかし、結果的にその備えは無駄になる。

 

「■■■■■■■■■!」

 

 ご主人様が何か、大きな声で叫んだからだ。

 意味の分からない声であるが、多分高等言語ではなく、ただの雄叫び。ただただ大きな叫び声だと思う。

 ただし、こちらも衝撃波を伴うように白く色付いていた。

 白く大きな叫び声は、山から飛んできた白い靄……噴火の衝撃波と思しきものとぶつかり合うと、一瞬の競り合いもないまま、山の衝撃波の方を粉砕してしまった。

 吹き飛ばしたのは、衝撃波全体のほんの一部。だけどそのほんの一部でも、建物や地形を変えるだけの威力があるだろう。当たりどころが悪ければ、私のような家畜人ぐらいは殺傷したかも知れない。それほどのものをただの声で相殺するなんて、常軌を逸している。

 唖然としてしまうが、火山噴火は止まっていない。爆発は連続して起き、その度に衝撃波が撒き散らされる。

 それに加えて、無数の噴石も飛んでいた。遠過ぎて具体的な大きさは分からないが、一メートル以上はあるだろう。一メートルの岩となれば重さは数百キロある。あんなものが頭の上に落ちてきたら、誰だって死んでしまう。

 

「■■■■■……!」

 

 その噴石を前にしたご主人様は、身体に力を込める。ミミズのような身体がムキムキと張り、膨張して、力がどんどん高まっているのが窺えた。

 そして今までの倍近い太さまで肥大化したところで、ご主人様は腕の一本を空に向けて掲げる。

 するとその腕から、白いものが放たれた。

 聞いた事がある。ご主人様達サタンの体内には、空気の圧縮器官があると。外気を吸い込み、圧縮した空気を『管』で手足などの末端まで運ぶ。そこで限界まで圧力を高めたら、出口を開いて空気の塊を撃ち出す。

 これは空気弾と呼ばれる技。真空中や水中での攻撃には向いていないが、大気中ではいくらでも外気から『弾』を補給し、体力の続く限り攻撃可能らしい。継戦能力と射程に優れる、サタンの主な攻撃方法だ。

 勿論これは空気の塊を相手にぶつけているだけ。だから一見、大した事のない技のようにも思える。しかしその考えは誤りだ。圧縮された空気の威力は大きさ数メートルの岩さえも砕き、天候が安定していれば十数キロ彼方まで飛んでいく。

 噴火と共に飛んだ噴石ぐらい、一発で破壊可能だ。ご主人様が撃った空気弾に撃ち抜かれた噴石は、空中で大爆発でも起こしたように粉微塵になる。

 おまけにこの攻撃、とんでもない速さで連射可能だ。

 ご主人様は掲げた両手から、次々に空気弾を発射。地区に飛んでくる噴石一つ一つにお見舞いしていく。流石に狙いはちょっと雑だが、それを補って余りある、雨のような数の空気弾を放てば一発ぐらいは当たる。そして一発当たれば破壊するには十分。

 何百と飛んでいた筈の噴石は、地上に到達する事はない。一つ残らず空中で爆発し、地上に落ちてくるのは小石と粉塵しかないのだから。

 

「め、滅茶苦茶過ぎる……」

 

 とんでもない力を前にして、正直な感想が声に出てしまう。流石に、聴覚まではあの力ほど出鱈目ではないだろうから、この言葉はご主人様には聞こえていないと思うけど。

 ともあれ噴石は砕かれ、地区への被害は殆ど出なかった……と言いたいところだが、噴火の被害はまだ終わらない。むしろ本番はこれから。

 いよいよ火山から赤いマグマが噴き出す。

 

「いくらなんでも、これは……!」

 

 マグマを撒き散らす爆発が、何度も何度も起きる。無数の噴石がまた飛び散るが、それさえも些末に思える事態が生じていた。

 山頂付近で生じた土煙のようなものが、猛烈な勢いで山を下り始めたのだ。

 だがあれは土煙などではない。恐らくは『火砕流』だ。火砕流とは火山噴火によって生じる土砂崩れのようなものだが、火山ガスや火山灰、岩石などがごちゃ混ぜになっている。それが時速数百キロもの猛スピードで麓へと降りてくるのだ。こんなものが直撃すれば人間の身体なんて原型を留めないが……火砕流の恐ろしさは、物理的な破壊力だけではない。

 むしろ厄介なのは熱量だ。火砕流は数百度もの高温に達し、進路上のあらゆるものを焼き尽くす。頑丈な建物に逃げ込んでも、この熱によって燃やされてしまう。

 ご主人様達サタンは中心温度が数億度にもなる核爆発にも耐えるので、火砕流にも難なく耐えるだろう。だけど私達家畜人や他の共生種族はそこまで頑強な肉体を持っていない。あの火砕流に襲われたら、この地域一帯は壊滅する。

 最早これまでか。

 私は諦めた。だけどご主人様は諦めない。諦める必要もない。

 

「■■■!」

 

 ご主人様はただ力強く吼える。

 そうするだけで、大きく開いた口から――――圧縮された空気が、一気に放出されるのだから。

 圧縮された上に高速で飛んでいるからか、吐き出された空気は渦巻く白い塊のように見える。殆ど上下左右には波立たず、一直線に、何処までも伸びていく。

 パワーブレスという、サタン達の奥の手だ。身体の腹部末端(要するにお尻)から大量の空気を吸い込み、それを体内で圧縮して口から吐き出す。メカニズムは極めてシンプルだ。

 だけどその威力は大地を穿ち、数十キロ彼方まで飛んでいくほど。

 ご主人様が吐き出したパワーブレスは火砕流と正面から撃ち合う。威力はパワーブレスの方が遥かに上らしく、一瞬で火砕流を山頂付近まで押し返す。それどころか勢い余って、山頂の一部を吹き飛ばすほどだった。

 けれども火砕流は広範囲で生じている。パワーブレスは凄まじい威力だけど、それは空気を圧縮しているから。つまり範囲を狭くしている。吹き飛ばしたのは火砕流のほんの一部分だけ。

 ――――なら、左右に動かせばいい。

 ご主人様は頭を左右に振る。そうすればパワーブレスもまた左右に揺れ動く。 

 振り回されたパワーブレスは火砕流をあっさりと薙ぎ払った。

 地区一つを壊滅させるぐらい大規模な災厄が、一瞬で空の彼方に吹っ飛んでいく。私達の暮らす地区に及んだ被害は、精々パワーブレスが通った時に僅かながら抉れた地面の痕跡だけ。

 一体これはなんの冗談か?

 きっと、サタン達と戦った人間達はそう思っただろう。こんな滅茶苦茶な強さの生き物相手に、何をどうすれば勝てると言うのか。

 しかもパワーブレスは一回で終わらない。

 火山がまた噴火し、再び火砕流が生じれば、ご主人様は口から新たなパワーブレスを吐いてそれを吹き飛ばす。噴石も飛んだが、パワーブレスを吐きながらでも手から空気弾ぐらいなら撃ち出せる。飛んでくる噴石に撃ち漏れがない辺り、周囲を見回す余裕まであるらしい。

 噴火の全エネルギーを受け止めた訳ではない。だけどその一部であっても、真正面から食い止めたのは間違いない。未だ攻撃力が衰えたり、パワーブレスの軌道が不安定になったりする様子もないので、このまま噴火による被害の全てを破壊する事は難しくなさそうだ。

 サタンという種族の力は、圧倒的だ。いざとなればこの圧倒的な力で、あらゆる脅威から共同体全てを守り抜く。

 正に私達の守護者。私達が安寧と繁栄を享受出来るのは、彼等が何時も私達を守ってくれるからに他ならない。

 その守護者に私が報いる方法は、一つだけ――――

 

 

 

 

 

 数時間もすると、火山活動は沈静化した。

 まだまだ噴火の危険性はあるかも知れないが、今は穏やかな煙を少しずつ噴いているだけ。噴石が飛び散るほどの噴火はなく、地震などの予兆もない。

 きっと、本来ならこの地区全体が火山灰に覆われ、少なくない面積が焼き尽くされていただろう。だけどご主人様が守ってくれたお陰で、この地区に噴火の被害は殆どない。目に見える被害は降り積もった火山灰とか、小さな小石程度まで砕けた噴石とか、そしてご主人様のパワーブレスの跡ぐらいだ。

 ご主人様は宣言通り、たった一体で火山を抑え込んでしまった。

 それでいて、これまた宣言通り言うほど無茶ではなかったのだろう。ご主人様は快活な歩みで、置いていった私の下に戻ってきた。

 

「ふぅ、これで仕事は終わりですね。いやはや、これだけ身体を使ったのは久しぶりですよ」

 

「それはまぁ、私があなた様の下に来てからこういう仕事はしてない筈なので、二十年以上はしていないかと」

 

「うーん。それは流石に久し振り過ぎですかねぇ……ちょっと自主的に身体を動かした方がいいでしょうか」

 

 軽口を叩いているので、見た目通り肉体的には余裕があるのだろう。

 ご主人様が無事で、本当に良かった。

 

「さてと。視察も終わった後ですし、連絡だけ入れたら私達は家に帰りましょうか」

 

「はい!」

 

 ご主人様に抱きかかえられる私。

 素敵なご主人様に寄り添いながら、私達は家に帰る――――と思ったら、「ああそうです」とご主人様が何かを思い出したように独りごちる。

 

「今夜、あなたを食べましょう」

 

 それから、ご主人様はそう言い出した。

 ……突然の事で、ちょっと思考停止。続いて困惑してしまう。

 

「……………えっ。え?」

 

「食事が一番美味しいのは、やはり身体を動かした時でしょう? 今、私は久し振りに戦闘をこなして、とても腹を空かせています。生命エネルギーが枯渇寸前です」

 

「つ、つまり……」

 

「ええ。あなたを、一番美味しく食べられるタイミングです」

 

 ご主人様にそう言われて、私は胸が締め付けられるように感じるぐらい嬉しくなった。

 ご主人様は私の事を、一番美味しい時に食べようとしてくれていた。

 私は勿論、私の身体が一番美味しい状態を保てるよう頑張った。食事も、健康も、睡眠も、私にやれる事は全てやったつもりだ。

 だけどそれだけでは不十分。

 食べる側であるご主人様も、最高の状態でなければならない。最高に美味しいものは、食材だけでは作れないのだ。

 ご主人様はその時を待っていた。なのに私ときたらそうとは知らずに催促ばかり……

 申し訳なさもあるけど、今は後悔なんてすべきでない。ストレスなんて感じたら、私の肉質が落ちてしまう。

 そもそもにして。

 

「さぁ、早く家に帰りましょう。もうお腹ペコペコというやつですよ」

 

「はいっ!」

 

 ようやく願いが叶うと思ったら、くよくよする気持ちなんて全く湧いてこなかった。

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