BLEACHの世界に転生したけど何故かステータス画面があるんだが   作:最強主人公2

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天上の子供

霊王大内裏を後にして、どれほど歩いただろうか。

 

 神代朔には分からなかった。

 

 兵主部一兵衛の腕に抱かれたまま、白い回廊を進んでいく。眼下には果てしない雲海が広がり、その向こうには、空中に浮かぶ街並みが見えた。白い建物が幾重にも連なり、緑豊かな庭園や清らかな水路が、天上の世界に独特の彩りを添えている。

 

 ここは霊王宮。

 

 尸魂界のさらに上に位置する、選ばれた者だけが立ち入ることを許された領域だ。

 

 朔は前世の記憶を頼りに、周囲の景色を確かめていた。

 

 原作で見た霊王宮と、実際に目の前に広がる光景は、似ているようで違っていた。紙面越しでは分からなかった空気の重さ。肌に触れる霊子の密度。そして、遠くにそびえる霊王大内裏の圧倒的な存在感。

 

 ここが作り話の舞台ではないことを、嫌でも実感させられる。

 

 けれど、今の朔にとって、そんな感動に浸る余裕はなかった。

 

「……おろして」

 

「ん?」

 

「……じぶんで、あるく」

 

 一兵衛は腕の中の朔を見下ろした。

 

「歩けるのか?」

 

「……あるける」

 

「そうか。なら、少し歩いてみるかのう」

 

 一兵衛が朔を地面へ下ろす。

 

 朔は小さな足で一歩を踏み出した。

 

 よろめく。

 

 慌てて二歩目を出すが、身体の重心をうまく保てず、その場に尻餅をついた。

 

「……っ」

 

「おお、惜しかったのう」

 

「……あるけるもん」

 

「うむ。そうじゃな」

 

 一兵衛は笑った。

 

 馬鹿にしているわけではないらしい。だが、朔は悔しかった。

 

 前世の記憶があろうと、知識があろうと、今の身体は幼い子供のものだ。頭の中で考えたとおりに身体が動くわけではない。

 

 朔は地面に手をつき、もう一度立ち上がろうとした。

 

 そのとき、一兵衛がひょいと抱き上げた。

 

「今日はここまでじゃ。無理をして怪我でもしたら、ワシが面倒なことになるからのう」

 

「……やだ」

 

「そう怒るな。飯を食えば、少しは元気も出るじゃろう」

 

「……ごはん?」

 

「そうじゃ。おぬしを腹いっぱいにしてくれる者がおる」

 

 朔は顔を上げた。

 

 腹いっぱい。

 

 その言葉に、胸の奥がちくりと痛んだ。

 

 母の作る料理。父と並んで囲んだ食卓。何気ない会話と、当たり前のように過ぎていった時間。

 

 もう、戻らない。

 

 朔は何も言わず、一兵衛の胸に顔を寄せた。

 

     ◇

 

 零番離殿の一つ、二枚屋王悦の住まいへと続く道の途中で、一人の男が姿を現した。

 

 巨大なリーゼントに、口元のキセル。堂々たる体躯からは、隠そうともしない荒々しい気配が漂っている。

 

 男は一兵衛と、その腕に抱かれた朔を見比べると、眉を吊り上げた。

 

「おう、和尚! そいつが例のガキかよ!」

 

「そうじゃ、天示郎。声がでかいわい」

 

「うるせえ! オレはいつもどおりだろがよ!」

 

 麒麟寺天示郎は、キセルをくわえ直しながら朔を覗き込んだ。

 

「おい、ガキ。具合はどうだ? 息苦しくねえか? 頭が痛えとか、身体が妙に熱いとか、そういうのはねえだろうな?」

 

「……ない」

 

「本当かよ。無理して答えてんじゃねえだろうな?」

 

「……ないってば」

 

「おう、そりゃ結構!」

 

 天示郎は豪快に笑った。

 

「だが、念のため診せてもらうからな。霊王宮の霊子は下界とは比べもんにならねえ。ガキの身体にどんな影響が出るか、ちゃんと調べとかねえと危ねえだろがよ!」

 

 一兵衛は頷いた。

 

「頼むぞ。まだ身体もできておらぬからな」

 

「任せとけ! このオレを誰だと思ってやがる!」

 

 麒麟寺天示郎。

 

 回道の開祖にして、霊王宮の温泉を開発した男。かつて雷迅の天示郎と恐れられた、死神の中でも屈指の速度を誇る人物だ。

 

 朔は、その名を前世の記憶から引っ張り出した。

 

 まさか、本物に会うことになるとは思わなかった。

 

 しかも、こんなに口が悪いとは。

 

 朔がじっと見つめていると、天示郎は首を傾げた。

 

「……何だよ?」

 

「……なんでもない」

 

「そうか? ま、具合が悪くなったらすぐ言えよ。我慢してぶっ倒れたら承知しねえからな!」

 

 そう言い残し、天示郎は来た道を引き返していった。

 

 その背中を見送りながら、朔は小さく息を吐いた。

 

 零番隊。

 

 尸魂界の頂点に立つ死神たち。

 

 彼らがこれほど身近にいるという事実は、まだ夢の中の出来事のようだった。

 

「さて、次は飯じゃな」

 

 一兵衛が再び歩き始める。

 

 しばらく進むと、今度は大きな鍋を抱えた男が、鼻歌交じりに歩いてくるのが見えた。

 

 サングラス。独特の髪型。派手な装い。

 

 朔は、思わず目を見開いた。

 

 二枚屋王悦。

 

 刀神。

 

 すべての死神が手にする浅打を創り出した男であり、斬魄刀という存在の根幹に関わる人物だ。

 

 その男が、鍋を片手に軽快な足取りでやってくる。

 

「ヘイヘイヘーイ! 和尚、待ってたゼェ! そっちのキュートなボーイが噂のニューフェイスでショウ!」

 

「誰が噂を広めたんじゃ」

 

「細けぇことはノーサンキュー! 大事なのは腹ごしらえってことデショウ!」

 

 王悦は鍋を軽く掲げた。

 

「ミー特製のスープ付きだぜ! 栄養満点、霊子もたっぷり、食べれば元気百倍! チェケラ!」

 

「……なんだ、こやつは」

 

「本人に聞こえてるゼ、和尚!」

 

「聞こえるように言うたんじゃ」

 

「イェーッ!」

 

 王悦はまったく気にした様子もなく、朔へ顔を向けた。

 

「で、ボーイ。ミーの顔を見て、何か感じるものはあるカイ?」

 

「……めがね」

 

「グラサンだゼ!」

 

「……ぐらさん」

 

「そう、それでショウ!」

 

 王悦は満足そうに頷いた。

 

 朔の視線が、王悦の腰に差された刀へ移る。

 

 刀神が持つ刃。

 

 数え切れないほどの刀を生み出してきた男の、剣士としての実力は底知れない。斬魄刀を創造した技術者というだけではない。彼自身もまた、凄まじい剣術を身につけた戦士なのだ。

 

 朔は、その刀から目を離せなかった。

 

 王悦はすぐに気づいた。

 

「おっ? 刀に興味があるのカイ?」

 

「……うん」

 

「グッド! いい目をしてるジャーン!」

 

 王悦は笑みを深めた。

 

「刀ってのは面白いゼ。斬るための道具であり、持ち主の魂を映す鏡でもある。見た目だけじゃ、何も分からねえ。どんな刀も、使うヤツ次第ってことデショウ!」

 

「……たましい?」

 

「おう! ま、今のお前にはちょいと難しい話かもしれねえナ!」

 

 王悦は朔の頭を撫でようとした。

 

 しかし、朔はびくりと身をすくめた。

 

 王悦の手が止まる。

 

 陽気な表情が、ほんの一瞬だけ静かになった。

 

「……オーケー。急に触るのはナシってことだな」

 

 王悦は手を引っ込めた。

 

「悪かったゼ、ボーイ」

 

 朔は答えなかった。

 

 王悦も、それ以上は何も言わず、鍋を抱え直した。

 

「さあ、レッツゴー! 腹を満たして、元気を取り戻すとしようゼ!」

 

     ◇

 

 二枚屋王悦の住まいにある食事処へ入ると、温かな香りが朔の鼻をくすぐった。

 

 煮込まれた野菜と出汁の香り。焼き上がった魚の匂い。柔らかな米の香り。

 

 思わず、朔のお腹が鳴った。

 

 きゅう。

 

「……っ」

 

 朔は慌ててお腹を押さえた。

 

「おおっ! グレートなサウンド! 腹ペコってことデショウ!」

 

「……うるさい」

 

「オーケー、オーケー! 元気があるのはいいことだゼ!」

 

 王悦が豪快に笑う。

 

 一兵衛は呆れたように息を吐いた。

 

「騒いでおらんで、さっさと食べさせてやらんか」

 

「イエッサー、和尚! ミーにお任せ!」

 

 王悦は鍋を卓上へ置くと、朔のために小さな椀を用意した。熱すぎないように少し冷ましたスープを注ぎ、食べやすいように料理を取り分ける。

 

「さあ、ボーイ。まずはこれを食べてみな。ちゃんボク特製、栄養満点のスペシャルスープでショウ!」

 

 朔は椀を見つめた。

 

 空腹は感じている。

 

 けれど、知らない場所で、知らない人たちに囲まれて食事をすることには抵抗があった。

 

 何より、食事という言葉を聞くと、どうしても両親のことを思い出してしまう。

 

 朔が答えられずにいると、一兵衛が静かに口を開いた。

 

「無理に食べる必要はない。じゃが、腹が減っておるのなら、少しずつ口にしてみるとよい」

 

 朔は一兵衛を見上げた。

 

 急かされているわけではないらしい。

 

 王悦も、いつもの調子で騒ぐのをやめ、椀を朔の手が届く位置に置いた。

 

「食べられる分だけでいいゼ」

 

 朔はしばらく迷っていたが、やがて小さな手を伸ばした。

 

 椀を両手で持ち、そっと口をつける。

 

 温かなスープが喉を通った。

 

 その瞬間、胸の奥が締めつけられた。

 

 母の作る料理。父と並んで囲んだ食卓。何気ない会話と、当たり前のように過ぎていった時間。

 

 もう、戻らない。

 

 朔は椀を握り締めた。

 

「……おかあさんの、ごはん……」

 

 小さな呟きが漏れた。

 

 一兵衛も王悦も、すぐには答えなかった。

 

 朔にとって母の料理は、単なる食事ではなかった。そこには、母と過ごした時間が詰まっている。

 

「……そうか」

 

 一兵衛が、静かに相槌を打った。

 

 それ以上、慰めの言葉を重ねることはしなかった。

 

 朔の目から、涙が零れた。

 

「……おとうさん……」

 

 声が震える。

 

「……おかあさん……」

 

 もう一度、二人の名を呼んだ。

 

 返事はない。

 

 当たり前だ。二人は、もうここにはいない。

 

 その事実を理解しているからこそ、胸が苦しかった。

 

「……やだ……」

 

 朔は顔を伏せた。

 

「……かえりたい……」

 

 その声は、あまりにも小さかった。

 

 けれど、王悦にも一兵衛にも、はっきりと聞こえていた。

 

 朔は椀を卓上へ置き、両手で顔を覆った。

 

「……やだぁ……っ! かえりたい……っ!」

 

 堰を切ったように、涙が溢れ出した。

 

 流魂街で両親を失ってから、ずっと心の奥に押し込めていたもの。

 

 もう会えないという事実。

 

 自分だけが生き残ってしまったことへの苦しさ。

 

 何もできなかった自分への悔しさ。

 

 幼い心には大きすぎる感情が、次々と溢れ出していく。

 

 王悦は、いつもの笑みを消していた。

 

 一兵衛も、黙って朔を見つめている。

 

 やがて王悦は、朔の隣に腰を下ろした。

 

 触れようとはせず、ただ同じ高さから声をかける。

 

「……泣いてもいいんだゼ、ボーイ」

 

 朔は答えなかった。

 

「無理して我慢する必要なんてねえ。悲しいもんは悲しい。会いたいもんは会いたい。それを、なかったことにする必要はないんだ」

 

「……っ、う……」

 

「今は、泣きたいだけ泣きな」

 

 王悦の声から、いつもの派手な調子は消えていた。

 

 朔は、さらに激しく泣いた。

 

 その小さな身体に、どれほどの悲しみが積もっていたのか。

 

 誰にも分からない。

 

 ただ、今は泣くことしかできなかった。

 

     ◇

 

 しばらくして、朔は泣き疲れ、王悦の用意した寝床で眠っていた。

 

 目元は赤く腫れ、時折、思い出したように小さくしゃくり上げている。

 

 王悦は、朔の呼吸が落ち着いていることを確かめると、そっと部屋を出た。

 

 廊下では、一兵衛が待っていた。

 

「……眠ったか」

 

「おう。今はぐっすりだゼ」

 

 王悦は、いつもの調子に戻ろうとするように肩をすくめた。

 

「しかし、あんな小さな身体で、よく今まで耐えてたもんだな」

 

「……そうじゃな」

 

 一兵衛は、閉じられた障子へ目を向けた。

 

「今は、ゆっくり休ませてやるしかあるまい」

 

「で、これからどうするんだい、和尚?」

 

 王悦の問いに、一兵衛はすぐには答えなかった。

 

 やがて、静かに口を開く。

 

「しばらくは、ここで暮らさせる。身体を休め、食事を取り、少しずつこの場所に慣れさせるのじゃ」

 

「刀のことは?」

 

「今はまだ、その話をする時ではない」

 

 王悦は一瞬だけ黙り、それから頷いた。

 

「……オーケー。和尚がそう言うなら、今はやめておくゼ」

 

 いつもの調子で肩をすくめたものの、その目から好奇心が消えたわけではなかった。

 

「ただ、あのボーイは刀を見ていた。興味があるのは間違いない。いつか本人が望むなら、ミーが教えてやってもいいだろう?」

 

「その時が来ればな」

 

「約束だゼ、和尚!」

 

「気が早いわい」

 

 王悦は小さく笑った。

 

 やがて、二人は声を落とし、朔を起こさぬようにその場を離れた。

 

     ◇

 

 夜。

 

 朔は、王悦が用意してくれた寝床に横たわっていた。

 

 柔らかな布団。清潔な衣服。空腹は満たされ、身体も温かい。

 

 それなのに、眠れなかった。

 

 目を閉じると、両親の顔が浮かぶ。

 

 父の声。母の笑顔。自分を抱き上げてくれた腕の温もり。

 

 もう戻らない日々。

 

 朔は布団を握り締めた。

 

「……おとうさん……」

 

 誰にも届かない声で呟く。

 

「……おかあさん……」

 

 返事はない。

 

 それでも、朔はしばらく二人の名前を呼び続けた。

 

 やがて、疲れ果てた身体が眠りへと沈んでいく。

 

 朔が寝息を立て始めた頃、視界の隅に、見慣れた表示が浮かび上がった。

 

 いつものステータス画面ではない。

 

 数値も、能力値も、そこにはなかった。

 

――観測を継続。

 

 朔は眠ったまま、かすかに眉を寄せた。

 

 画面は、それ以上何も表示しなかった。

 

 数秒後、文字は音もなく消えていく。

 

 部屋の外では、一兵衛が朔の寝息を確かめていた。

 

「……ゆっくり眠るがよい、朔」

 

 その声は、眠っている朔には届かなかった。

 

 けれど、布団の中で丸くなっていた朔の指先が、ほんの少しだけ動いた。

 

 まるで、遠い記憶の中にある誰かの手を、もう一度探すように。




がちやらかし
気づいてくれた人ほんまにありがとう

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