貞操逆転世界を三大欲求強めに生きるだけ 作:逆転逆転逆転逆転逆転
乾杯を終えると同時、僕の手は既に動いていた。
「ほへへ、これ、すっごく、おいひいでふ」
目の前に広がるのは多彩な料理の数々。
寿司に天ぷら、お肉にお味噌汁、どれも僕の大好物なものばかりだ。こんなの、我慢できるわけがないだろう。
思わずほっぺがとろけてしまうのを感じながら、僕ははむはむと食事を進める。
すると、そのとき。
「——ふふふ、そうでしょ。
天春くんの好みはもうバッチリ分かってるからね」
ぐりぐりと撫でられる頭の感触。
手慣れた行為に身を預けながら、僕は彼女の方へと振り向く。
「はい、分かられちゃいました。
はむ、やっはり、櫻井さんは凄いです」
目一杯の料理を口に含ませながら、身体を寄せ、えへへと健やかな笑みを見せる。
「……かわいい」
「ん、なんかいいました?」
「え、あ、いや、なんでも。
あはは、ほら、どんどん食べて。
今日は天春くんが主役なんだから」
そう言って、彼女は自らの箸で僕の分の配膳を始める。
彼女の名前は櫻井美鈴。
僕の所属している文芸サークルのリーダーと言える存在である。
性格は活発。
ピンクのメッシュが刻まれた茶色の長髪、僕の頭一個分くらい高い背。肩を出したワンピースは少しあざとくもあるが、彼女の性格からして、狙ってやっているのではないと推測できる。
つまり、いわゆるアレだ、ギャルというやつである。
この世界では珍しくないけど、文芸部としては珍しいタイプの人柄だ。しかも、オタクに優しいタイプの奴である。素晴らしいね。
今日の飲み会は彼女が企画してくれたものだし、なんなら僕を文芸部に誘ってくれたのも彼女である。
大学入学後、僕が最も世話になっている存在、それが櫻井さんなのだ。
そして、もう一つ重要なことがある。
「——ほんと、天春くんは美味しそうに食べるなぁ」
「いつも言ってますね、そんな感じのこと。
「本当のことなんだもん。
ふふ、今日は奢りだからね、遠慮しないで食べて?」
「えー、いいんです?
ふふふぅ、そんなこと言っちゃったら、お財布なくなっちゃいますよ?」
「大丈夫大丈夫、ちゃんとこの日のためにバイトしてたから。
ほら、このお肉、天春くん好きでしょ?
先回りして頼んでおいたから」
「おー、ありがとです。
ほんと、櫻井さんとは舌が合いますね」
そう、僕と彼女はこれでもかというほど、舌が合うのだ!
……別にえっちな話じゃないよ?
舌が合うからってしょっちゅう舌を絡め合ってるわけではないからね。
え? そんな勘違いしない? ……そっか。
まあ話を戻して。
彼女と僕は毎日、お昼ご飯を一緒に食べに行く仲である、他二人が食に興味がないことも相まって、よく、二人きりで。
櫻井さんチョイスのお店は例外なく全て大当たりである。
彼女の素晴らしい舌を味わってしまったら、もう食べ〇グなんか使えやしない。僕は完全に櫻井さんの虜になっている。
……あと、毎回奢ってくれるし。
いっぱい食べさせてくれる人は大好きである。
櫻井さんもいっぱい食べる人は大好きらしいので僕らは相思相愛だ。
そう、言ってみれば僕らは、動物園の飼育員とアニマルの関係である、
もちろん、僕がアニマル側だ。
「櫻井さんはなんの動物が好きですか?
ちなみに僕はペンギンさんです」
「……え?
急に何の話? ペンギン食べたい?」
「ペンギン食べないです、僕」
そんな謎の会話が挟まれたときであった。
「……ねむー。
ねー、天春、一緒に寝ちゃおうよー」
不意に、僕の背中へだらっと抱きかかる影が現れる。
同時、押しつぶされた僕の上半身は畳の上へとくっついた。
背中に、一人の少女を乗せた状態で、ベタっと。
「だめですよ、月森先輩。
今日は先輩方の用意してくれた特別な飲み会なんですから」
「あー、また月森って呼んだ。
音夢って呼んでって前言ったじゃん」
そう言うと、彼女はぬるっと身体を滑らして、今度はお腹側。
つまりは前からホールドするような体勢のまま僕の方へ寄りかかってくる。
どすん、と身体が横になる。
互いの鼻が触れ合うほと近い距離で僕は目の前の少女と見つめ合った。
彼女の名前は月森音夢。
一見中学生……いや、人によれば大きめ小学生と見間違うほど小柄な少女である。
床に垂らしているのは長い黒髪、熊を模したリボンや髪留めを見るとますます犯罪臭がしてくるが、彼女はれっきとした大学生だ。
「天春、もっと構ってよぉ」
「はいはい、仕方ないですね。
ほら、こっち座ってください。
……あ、もう、くっつきすぎです、食べづらいじゃないですか」
「……べつに、いいじゃん、これくらい」
音夢さんは少し、寂しがり屋な性格らしい。
特に、僕の前ではそれが顕著である。
こうして僕がいるといつも背中に抱きついてくるし、他の女の子と話していると、すんごい目で見てくるし。
メイクも少し……地雷っぽさがあるのは否めないだろう。
可愛いのは間違いないけど、ちょっと心配である。
よくインスタでヘラってるし。
とはいえ、なぜこんな彼女が僕に懐いているのか、そこにはきちんとした理由が存在する。
出会った当初、僕は彼女にビビられてた。
いや、正確にはキョどられていたというのが近いだろうか。
日陰者気質というか、人と喋るのが苦手な彼女にとっては男である僕は少し、恐怖の対象であったようだ。
サークルに入って数日は、目を合わせるたびに逃げられ、むっとした僕が追いかけ回すという日々が続いていたのだ。
だがしかし、そんな日々もすぐに終わりを告げだ。
その理由は一つ。
僕らにはとある共通の趣味が存在していたのだ。
「今日は部室で一緒にお昼寝したじゃないですか。
いっぱいぎゅーされて、疲れたんですからね、僕」
「……ん、それは、そうだけどぉ。
あ、もしかして、あまはる、痛かった?」
「べつにそんなことはないですよ?
僕も音夢さんと一緒に寝るのは大好きですから」
「うへへぇ、そうなの、えへ、えへへ」
——そう。その趣味こそ睡眠である。
彼女はなんと、三度の飯よりもお布団が大好きな睡眠マスターなのだ。
寝る子は育つという言葉からはまるで考えられないが、実際に何度か一緒に寝た僕が言うのだから間違いない。
常人の倍近くの睡眠を取る彼女は、いわゆるロングスリーパー体質。授業中だろうが、移動中だろうが、とにかく暇があれば寝息をこぼし出すちょっとアレな子なのだ。
その体質のせいで少々大学では浮きがちだったようだが、僕としてはウェルカムである!! 僕、食べることと同じくらい寝ることも大好きだし。
ということで、僕らはよく部室にて一緒に眠っている。
あそこには人をダメにするタイプのグッズがいっぱいだからね、夜型の僕はお昼寝することも多いし、彼女は非常に気の合う睡眠仲間となっている。
「……んぁ、ねむい。
あまはるぅ、横になるから、ふともも貸してーっ」
「仕方ないですね。
料理もちゃんと食べるんですよ?」
そんなことを言いながら、僕は倒れ込む彼女の頭を太ももで受け止めようとした。
そのとき。
「天春くん、こっち来て」
「え、あ、ちょっ、櫻井さん」
強引に引っ張られた僕の身体は、流れるように横へスクロールし、ゴテッ、という音が畳に響いた。
「ほら、このお魚すっごく美味しいよ?
天春くんも食べなよ」
「え、えっと、それはいいですが、先輩。
音夢さんが床に転がってます。頭抑えて」
「たぶん、寝てるんじゃないかな。
そっとしてあげよっか」
そう言って、櫻井さんは先ほどまで自らが使ってたお箸を料理へと持っていき、一切れの刺身を掴む。
「はい、あーん」
言葉と共に、プルプルと震える箸は僕の口元へ近づいてくる。
どうやら、食べさせてくれるということらしい。
僕は口を開け、お刺身の到来を待つ。
音夢さんに絡まれながら、実はこっそり食べたいと思ってたのだ。
さすが、櫻井さんである。
プルプルと揺れるお刺身。
肉厚な中トロには脂がとろとろで、今か今かと、僕のお腹がゴングを鳴らす。
しかし、そのとき。
「ぱく」
予期せぬ乱入者によって、お刺身は、虚空へと、消えた。
「……なんで音夢が食べてるのかな」
「ん、たまにはご飯、食べないとだから」
そう、先ほどまで転がっていた音夢さんである。
彼女はもぐもぐと小さな口を動かして、中トロを頬張っていた。
……僕の中トロ。
いっぱいあるお刺身の中、一個しかないやつ。
「音夢さん」
「な、なに、天春? え、えと、食べたのは、その、ごめんだけど。
あ、あれなら、また頼むよ、わたしが」
「……口移しとか、得意だったりします?」
「え、へあっあっ!!???」
「ダメだよ?? 何言ってんの天春くん??」
僕のできる細やかな抵抗は、混乱する二人の顔を覗き込むことだけであった。
食欲を満たしてくれる、櫻井先輩。
睡眠欲を満たしてくれる、音夢先輩。
三大欲求に素直に生きると決めた僕にとっては、良き先輩であり、良き友人とも言える存在だ。
ときどき多少変な視線を感じることこそあるが、それもそれで悪くないだろう。たぶん。
「だからぁ、悪かったって、
お刺身もまた頼んだからいいじゃん。
櫻井、そんなに天春に食べさせたかったの?」
「……べつに、そういうわけじゃないけど。
とにかく、音夢はもうそっちの席に行くこと、いい?」
「えー、なんでよ」
ちなみに今現在二人は絶賛口喧嘩中である。
互いに長い付き合いらしく、こういうことはよくある。
こちらとしては仲良くして欲しいものなのだが。
「もー、うっさいし、櫻井のばか」
最終的に捨て台詞を吐いたのは音夢さんの方である。
彼女はプイッと櫻井さんの方から視線を外し、代わりに僕を見た。
そして、近づかれる。
「……ねー、あまはる、もう二人で抜け出しちゃおーよー」
耳元で囁かれたセリフ。
いつもの子どもっぽい音夢さんとは違った、少しだけ、大人びた低い声。
「前に調べたんだけど、ここら辺、さ。
おっきなベッドのあるとこあるらしいんだよね。
……そこ、すっごく寝心地いいらしくて」
櫻井さんに聞こえないように、手で口元を押さえて、彼女は言葉を放ち、そして。
僕の手を掴んだ。
「だからさ、一回、見に行ってみない?」
——そのときである。
「音夢」
「ひゃっ!?」
後ろの人影に驚いた音夢さんが飛び上がった。
リアルガチで、50cmくらい。
「……あ、あぁ、はなみんか。
ちょ、ちょっと、あんま驚かさないでよ」
彼女はぷるぷると身体を震わせ、まるで小動物のように縮こまっていた。
そして、声が聞こえる。
「……その誘い文句は、どうかと思う。
あまりにも、処女っぽい」
「は、はぁぁあっ!?
な、何言ってんの、はなみん。
て、てかぁ? べつにぃ、私処女ないんだけどぉっ??」
「嘘。
前の飲み会でベロベロになって自白してた」
「そうなんですか?
音夢さん?」
僕の放った言葉。
それに対する音夢さんの答えは。
「……」
肯定というの名の、沈黙であった。
「二人とも。
今日はお祝いの日。
だから、ちゃんと仲良くするの。
……いい?」
「そうだね、ごめんね、花実ちゃん」
「……うん」
二人はやりすぎたと反省してるのか、随分とちんまりしている。
べつにあれくらいならいつもやってるからいいんだけど、まあ、今日は楽しい飲み会だしね。
……それよりも。
「君も大変だね。
あの二人に、絡まれて」
「いえ、二人は大切なお友達ですから。
むしろ、もっと絡んで欲しいくらいです」
「……ん、そっか」
音夢さんを静止した少女。
まるで本物の狼さんのように野生味に溢れたウルフカットの彼女こそ、この文芸部における僕の最後の先輩。
「もちろん、花実先輩のこともそう思ってますよ?」
「そ、女たらしなんだね」
花実蜜先輩である。