貞操逆転世界を三大欲求強めに生きるだけ 作:逆転逆転逆転逆転逆転
僕は隙を見て、花実先輩の隣を陣取り、話しかける。
「花実先輩も楽しんでくれてますか?
「……ん、楽しんでる、よ」
それなら良かった。
と、言いたいところだが、実際のところ彼女がどう思っているかはよく分からなかった。
花実先輩は、あまり感情を大きく見せない。
「先輩とはあんまり喋ったことがなかったですよね。
ほら、いつもすぐ帰っちゃうじゃないですか。
今日も無理やり櫻井さんに引っ張られて来てたし」
「……ん」
部室にいるときも、だいたいすみっこでボーッとしてるし、僕がお菓子をお裾分けしても断られるし、一緒に寝ましょうなんて言った日にはじっと見られて、そのまま帰ってしまう。まったく、分からない人だ。
だがしかし、僕は彼女のことが妙に気になっていた。
それは、僕と似たようなものを彼女から感じたからに他ならない。
他の二人の先輩と同じように、だ。
「先輩は趣味とかありますか?」
「ないよ、べつに、なんも」
「そうですか。
僕は食べることと寝ることが大好きです。
ま、自己紹介のときにも言ったから知られちゃってますけどね」
「……そういえば、初めて来たとき言ってたもんね。
三大欲求がどうとか、って」
「ん、はい、そうですね」
「——それなら、もう一つ、好きなのあるんだ。」
そのとき彼女の放った言葉は、先輩にしては珍しく、感情のこもった甘い声だった。
「……んー、飲み物、頼みたいです」
僕は彼女の言葉には深く反応せず、近くに置いてあった注文用のタブレットを手に取り、適当なドリンクをタップする。
「わたしも頼んじゃおっと、音夢も同じでいいよね。
あ、ついでにお肉も頼んじゃうから」
向かい側の櫻井さんも同じ気持ちだったらしい。
僕は彼女にタブレットを渡した後、隣の花実先輩へ再度、話しかける。
「先輩もなにか頼みます?」
「……わたしは大丈夫。
あんまり、食べるの好きじゃないし」
「じゃあ、せめて飲み物だけでも頼みましょう。
ジョッキ、もう空になっちゃってますよ。
何にします?」
「……じゃ、カルピス」
ぶっきらぼうに答える花実先輩。
いつも通りの彼女とはいえ、少し、寂しさを感じてしまうのは仕方ないだろう。
——にしても、そうか。
先輩は食べることが好きじゃないのか。
「……ジー」
僕は彼女の顔に目を向けた後、そっと視線を下に落とす。
そう、具体的には、爆発的にぎゅーんとなっている、二つの物体に。
……こんなにおっきい身体、食べずにどうやってゲットしただ。ずるい、非常にずるいのである。僕だって、受験期に食べてたら、もっと大きくなれてるはずだったのに。
「……なにみてるの」
「……べつにぃ?
先輩はいいなー、って思っただけです」
「なにそれ」
「こちら、ご注文になりまーす」
そんな話を続けていると、店員さんがやって来て、注文を届けてくれた。
「はいはいー」っと、応対する櫻井さんの姿を眺めながら、僕は持って来たドリンクへと目をやる。
そして、気づいた。
「お酒、頼んだんですか?」
少し驚き、声を上げる。
目の前にあるのは白い泡泡が乗っかった黄色の液体。
間違いなくビールと呼ばれるその存在は、いくつかあるジョッキの中でも一際輝きを見せていた。
……お酒、か。
「おっと」
手を伸ばしたが、ジョッキは櫻井さんによって、回収される。
……ち、あとちょっとだったのに。
「ずるいです。
ぼくもお酒飲みたいのに」
「だめでしょ、子どもは飲んじゃ。
天春くん、まだ19にもなってないんだから」
「それは、そうですけど」
でも、大学生というものは、二十歳じゃなくてもガンガンお酒を飲むものだって、どっかで聞いたことがある。
それに、他の先輩たちだけ飲んで、僕だけ飲まないのは、なんか仲間外れみたいで嫌だし。
……あれでも、待てよ。
「先輩方もまだ二年生じゃないですか。
それならまだ飲めないんじゃないです?」
よくよく考えればそうである。
六月にも入っていない今の時期だと、相当早めの誕生日でもない限り飲むことはできないのではないだろうか?
そんな疑問を投げかけた僕に対して、帰ってきた答えは簡単だった。
「……あ、その、私、一留してるから」
「あー、そうなんですね」
聞いた瞬間、なんとも言えない空気が場に流れる。
うむ、良くないことを聞いたかもしれない。
てか間違いなく聞いた、完全にシーンとして誰も話さなくなったし。
……てか、櫻井さんが留年?
ぜんぜんそんな風に見えないけど、なんで?
くるくると回る僕の頭、理由を聞いていいか迷っていたそのときである。
「天春気をつけなよー?
こいつ実は勉強全然できないからねー。
一年の必修未だに取れてないし」
雰囲気をぶち壊す小娘の腑抜けた声が、静寂を破った。
「……そっちは二留のくせに」
「うざー、わたしはべつに学力不足で落ちたんじゃないもんねー。
テストはちゃんと取れてたし」
……まじか、音夢さんもダブってるのか、しかも2回も。
いや、こっちはべつにイメージ通りな気もするけど……なんで?
「音夢さんは、どうしてそうなったんです?」
「あー、必修全部寝過ごしたらこうなった」
「……先輩方は馬鹿なんですか?」
あ、思わず心の声が出てしまった。
音夢さんはともかく、櫻井さんがめちゃくちゃこっちを見てる。
「……え、私も同じ扱い?」
どうやら地味に傷ついているようだ。
よっぽど音夢さんと同列扱いされたのが効いたのだろう。
「あー! もう、ヤケ酒だぁ!!
ほらっ、音夢も飲んでっ、飲めっ、飲ますぞっ!!」
「ぐへっ、ちょ、まっ」
ということで、こんなことになってしまった。
ま、今日は飲み会だしね、無礼講ということで許してもらおう。
二人ともなんか楽しそうにしてるし。いやまあ、音夢さんは死にそうになりながらこっち見てるけど。
そんなことを考えながら、僕はすっと一息をついた。
「いいなー、お酒」
ゴクゴクとビールを喉に流し込む二人を見ながら、机の上に置いてあったカルピスへと手を伸ばす。
「……それ、私のなんだけど」
そう、さっき花実先輩が注文してたやつだ、
「べつにいいじゃないですか。
なんか僕の飲み物だけ、ぜんぜん来ないですし。
それに、ちょっとだけですから、先っぽだけですから、いいでしょう?」
やけに濃いカルピスの甘みに脳を揺さぶられながら、僕は先輩の方へよりかかる。お酒の匂いのせいか、少し、身体が重い。
「ふふ、それとも、先輩は気にしちゃいます?」
悪戯めいた笑みは自然と出ていた。
こういうとこが子供っぽいと言われる所以なのかもしれない。
ま、今更直すことはできないけどね。
そう、思ったとき。
「……ひゃっ!」
不意に、先輩の手が、僕の腰元に触れた。
まるで、撫でるように、さらっと。
「な、なんです。
急に、びっくりするじゃないですか」
「……離れないんだね、こういうこと、しても」
他の二人は、さっきからあーだのこうだの言い合って、こちらを見ていない。まるで、そんな隙を狙うかのように、先輩は僕の頭をぐっと、自らの胸の辺りへと手繰り寄せる。
むちゃ、と、柔らかい感触が僕を襲うと同時、声がした。
「一つ、忠告」
耳元で、先輩の声が。
「——このサークルは悪い女ばっかだから、注意した方がいい」
悪い女。
その言葉を聞いて、僕は先ほどの会話を思い出す。
「……頭が、ってことです?」
「それもある」
間の抜けた僕の返事。
それを聞いてか、先輩の頬が少し緩んだ気がした。
……珍しい、こんなこと、初めてだ。
僕は少しテンションが上がって、二人に気づかれないようにしながら、先輩と会話を続ける。
「せんぱいも、悪い人なんですか?」
「うん」
どうやら、正解らしい。
なるほど、なんて奴なのだ。
こんなおっきい身体で悪い奴となれば、いじわるされたら、抵抗できないではないか。
……そっか、うん、そっかぁ。
僕は、さらに先輩の方へと身体を寄せる。
「ねえ、話、聞いてた?」
「聞いてましたよ?
でも、先輩は一つ勘違いしています」
その理由は、簡単。
一つ、訂正をするためだ。
「——僕だって、悪い子なんですよ、せんぱい?」
数時間後、ラストオーダーを済ませた僕らの席には、大量の空の食器が溢れていた。大部分は僕と櫻井さんで食べた奴だけど。
「では、そろそろお開きにしますか。
もう、完全に深夜になっちゃいましたし、明日学校ある人もいますから」
お開きムードというわけではないが、これ以上飲むのは明日以降に支障が出る。
留年という事実を知ってしまった以上、少なくとも二人は早く家に帰してやった方がいいはずだ。
……とはいえ。
「ねー、はなみんー。
家で飲み直そうよー、ここら辺にあるでしよぉ?」
「嫌」
「そんなぁ」
酔っ払った二人を説得するのは中々に難しい。
てか、ほとんど会話にならないし。
まったく、どれだけ飲んだんだ。
先輩にこの絡み方をするなんて、いつもの音夢さんでは考えられない。
さすが、お酒の力である。
酔いが覚めたとき、血の気引くんじゃないだろうか。
「どうしましょうか、先輩たち、こんなのなっちゃいましたが」
「ん、そこら辺に捨てとけば大丈夫。
いつものことだから」
「なるほど。
では、そうしましょう」
まあ、酔っ払い二人は置いといて、僕は花実先輩と一緒に軽く外を歩いていた。
唯一留年していない彼女は、きちんお酒も飲まず、冷静を保っている。
あの三人じゃ一番飲んでるのが似合う見た目だけど、人は見かけによらないということだろう。
そんなことを考えていたとき、不意に先輩に肩を叩かれた。
「天春、終電は?」
「……ん、あー、はい。
そうですね、あはは、なくなっちゃいました」
淡々と答える僕に対して、花実先輩は少し、困惑げな表情を見せる。
ま、当然の反応だろう。
——そんな彼女に対して、僕の答えは決まっていた。
「ときに、僕は今聞きました。
花実先輩の家がこの近くにあると」
そう、この状況を解決する、とっても簡単な方法を。
「ね、せんぱい」
「——可愛い後輩の頼み、聞いてくれますか?」
バーに色が!
うへへへ、ありがとうございやす!
めちゃくちゃ嬉しい!