曙光の艦隊   作:星乃 望夢

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第十一話 タクティカルデータリンクコンバット

配備された火器を点検し、ヘッツァーのハッチを開閉して各部の油圧を確かめる男たちの姿を、竜宮はドックの壇上から見つめていた。

 

皆、この照和の世に生まれ直しているため、その肉体は十代後半から二十代前半の若々しさに満ち溢れていた。

 

顔立ちも骨格も前世とは微妙に異なり、パッと見ただけでは「おい、お前はタウイタウイで通信手をやっていた佐藤か?」「いえ提督、自分は第二小隊の小林です」といった具合に、誰が誰だか識別するのに一瞬苦労する始末だった。

 

だが、どれほど若返っていようと、その挙動に染み付いた「プロの匂い」は決して隠せるものではなかった。

 

銃器の分解結合を行う指先の淀みのなさ。

 

重機の重心を一瞬で見抜く空間把握力。そして何より、集まってきた屈強な戦友たちの背中に漂う静謐な殺気は、前世の過酷な泊地を守り抜いたあの日のままであった。

 

(まったく……これほど頼もしい連中もいないな)

 

竜宮は銀縁眼鏡の奥で、小さく息を吐いた。

 

何より指揮官として途方もなく助かるのは、通常歩兵のみならず、隠密浸透や破壊工作を担う「レンジャー部隊」、そして機甲車両を自在に操る「装甲騎兵隊」を、再教育や基礎教練を一切挟むことなく、この瞬間から「即時編成」できるという点にあった。

 

彼らは前世において、戦後日本が世界に誇った自衛隊員たちなのだ。

 

富士総合火力演習で見せつける、全速力で疾走する戦車から数キロ先の標的の中心を寸分違わず撃ち抜く「行進間スラローム射撃」――米軍の視察団をして「あいつらの射撃は精密機械か変態の領域だ」と戦慄せしめた、あの異常なまでの職人技量。

 

あるいは、極寒の八甲田山や北海道での日米合同雪山サバイバル訓練。

 

猛吹雪の中で遭難しかけ、凍傷に喘ぎながら救助を求めた米陸軍の精鋭部隊に対し、自衛隊の普通科連隊は予定時刻より遥かに早く目標地点へ余裕綽々で到達し、寒風を遮る雪洞を掘り終えて「暇だから」と隊員同士で無邪気に雪合戦に興じていたという、嘘のような本当のタフネス。

 

不屈の忍耐力、極限状況での自律的な判断力、そして機械化兵器を極限まで使いこなす精密な技術。

 

精神論のビンタでしか兵を動かせないこの時代の軍隊とは、兵士個人のスペックにおいて最初から三次元と二次元ほどの絶対的な隔たりが存在していた。

 

「おい、そこの元レンジャー! 新型バズーカの弾頭信管を弄る前に、安全ピンの引っ掛かりを確認しろ!」

 

「へいへい提督、釈迦に説法ってやつですよ!こちとら前世じゃコイツの親戚みたいなカールグスタフを子守唄代わりに抱いて寝てたんですから!」

 

軽口を叩き合いながらも、作業の手はミリ単位の狂いもなく進んでいく。

 

かつて正規軍に見捨てられ、絶望の海と陸で泥水を啜りながら、それでも自分を信じて戦い抜いてくれた最強の部下たち。

 

彼らが再び、一人の欠落もなく己の旗のもとへ集ってくれたのだ。

 

指揮官として、これほど誇らしく、これほどありがたいことはなかった。

 

「西住」

 

「ハッ」

 

背後に控えていた西住阿保が、直立して応じた。

 

「中隊の再編が完了次第、小隊ごとに房総の地下演習場と北海道の開拓防衛線へ順次ローテーション配備させろ。スツーカとの通信連携テストも抜かりなくな」

 

「了解であります。……この連中なら、三日もあれば照和の泥に慣れて、帝国陸軍の一個連隊を正面から包囲殲滅できる状態に仕上がります」

 

西住のナイフのような双眸に、確信に満ちた光が宿っていた。

 

空には、世界に先駆けて量産された回転翼機群と急降下爆撃機。

 

陸には、複合装甲を纏ったヘッツァーと人型兵器、そして世界最強の練度を誇る歩兵集団。

 

狂乱の昭和初期。

 

国家が盲目的に戦争への道を突き進む中、竜宮の足元には、いかなる時代の激流をも力ずくで押し留めうる絶対の軍団が、静かにその爪を研ぎ澄ましていた。

 

第302中隊は正規軍が匙を投げた絶望的な激戦区や、孤立無援の島嶼部、果ては各国の思惑が交錯する多国籍戦線に至るまで、彼らは世界中の海と陸を転戦させられ続けた。

 

使い捨ての「便利屋」として最前線へ放り込まれながらも、理不尽な命令を跳ね除け、圧倒的な戦術と技量で敵を粉砕し、常に生還を果たしてきた男たち。

 

いつしか誰が呼び始めたのか、彼らは畏敬と恐怖を込めて最後の大隊『ラストバタリオン』と呼ばれるようになっていた。

 

彼らにとって、戦友とは単なる同僚ではない。

 

過酷な泊地で同じ飯を食い、泥水を啜り、互いの背中を預け合って死線をくぐり抜けてきた彼らの結びつきは、「家族」であり「兄弟」そのものであった。

 

国家の空虚なスローガンや血縁の理屈など足元にも及ばぬほど、固く、純粋で、絶対的な絆で結ばれた戦闘共同体。

 

それがこの中隊の真の姿だった。

 

そして、照和九年(一九三四年)というこの時代において、彼らが他国のいかなる正規軍をも凌駕していた最大の強み――それは、通信と情報の運用思想にあった。

 

当時の世界各国の軍隊における通信といえば、未だに旗信号やラッパ、伝令兵が主役であり、機械化通信といっても前線に敷設した有線電話か、せいぜい暗号電鍵を叩くモールス信号機が関の山であった。

 

無線電話など黎明期の代物であり、大型で故障しやすく、指揮官同士が遠隔で大声で連絡を取り合う程度の「電話の代用品」としてしか見なされていなかったのだ。

 

だが、第302中隊の連中にとって、通信とは単なる連絡ツールではなかった。

 

彼らが背負う無骨な背負い式無線機や、ヘッツァーの車内に据え付けられた大型レシーバー。

 

外見こそ真空管と蓄電池を組み合わせたこの時代のハードウェアの限界に留まっていたが、彼らがそこで展開していたのは――現代戦の神髄たる『戦術データリンク』そのものであった。

 

デジタル回線や液晶モニターなど存在しない。

 

だが彼らは、前世で徹底的に叩き込まれたグリッド座標プロトコルと、極限まで圧縮された音声符牒を用いることで、それを完全に代替してみせた。

 

「こちらアルファ・ワン、座標D-4の稜線裏に敵仮想歩兵陣地を確認、方位〇八〇、距離千二百」

 

『ブラボー了解、ヘッツァー二番車、徹甲榴弾装填完了。仰角プラス三度で即時射撃可能』

 

『スカイ・リードより地上各局、目標を視認。これより急降下爆撃シークエンスへ移行、着弾まで二十秒』

 

前線の歩兵が敵を発見した瞬間、その情報は一切の遅滞なく、後方の戦車小隊へ、上空を旋回するスツーカや嵐凰へ、そしてTMの突撃部隊へと同時に共有される。

 

誰かが敵を見れば、全員がその敵を見ているのと同じであった。

 

誰かが火力を求めれば、空と陸のあらゆる重火器が、寸分の狂いもなくその一点へ集中砲火を叩き込む。

 

指揮官の命令を待って右往左往するのではなく、末端の兵士一人ひとりが全体の戦況を立体的に把握し、能動的に判断して有機的な連動攻撃を仕掛ける――。

 

この時代において、地球上のいかなる大国も到達していない「情報優位(インフォメーション・ドミナンス)」。

 

それは、暗闇の中で手探りの殴り合いをしている軍隊の前に、赤外線暗視ゴーグルと全周囲レーダーを装備した特殊部隊が突如として現れたようなものであった。

 

「全局、状況開始」

 

演習場の指揮天幕で、竜宮がヘッドセットのマイクへ低く呟く。

 

その瞬間、地表を揺るがしてヘッツァーのガスタービンが咆哮し、シュツルムフォーゲルが滑らかに跳躍し、上空からはスツーカの風切り音が降り注いだ。

 

見えざる無線の網によって一つに繋がれた184名の獣たちが、寸分の隙もない完璧な包囲網を描いて荒野を疾走していく。

 

照和の空の下。 精神論の迷宮で立ち往生する旧時代の軍隊を尻目に、未来の戦場を支配する「唯一無二のネットワーク軍団」が、完全にその牙を研ぎ澄ませていた。

 

再編を終えた第302陸戦中隊が、竜宮から最初に命じられた任務――それは、他でもない「北海道開拓支援」であった。

 

実戦への出撃を期待していた血気盛んな連中に対し、竜宮が下した命令は「北へ渡り、大地を耕し、木を伐れ」という極めて実利的なものだった。だが、前世で泥沼の消耗戦を骨の髄まで知る彼らにとって、それは不満どころか、この上なく理に適った「リハビリテーション」であった。

 

生まれ直して若返ったばかりの肉体は、前世の記憶に筋力やスタミナがまだ完全には追いついていない。

 

極寒の北の大地で泥にまみれ、巨木と岩盤に立ち向かいながら汗水を流すことは、失われた身体能力を取り戻し、実戦以上の負荷をかけて筋肉を鍛え直すための「一石二鳥の特訓場」に他ならなかったのだ。

 

津軽海峡を越えて現地へ到着した隊員たちは、驚くべき速度で作業へと順応していった。

 

コックピットの計器類こそ、真空管と針式メーターが並ぶ時代相応のアナログ仕様であったが、機体の空力特性や操縦感覚は前世の体に染み付いている。

 

隊員たちは「嵐凰」や大型の「嵐征」をまるで手足のように操り、原生林の頭上を低空飛行しては物資や燃料を正確無比に降下させた。地上では、竜宮重工が持ち込んだ最新鋭の大型ブルドーザーに乗り込んだ元施設科の隊員たちが、地鳴りを上げて道を切り拓いていく。

 

そして何より、先行して入植していた一般の開拓団の度肝を抜いたのは、隊員たちが持ち込んだタクティカルモジュール――「雷震」と「シュツルムフォーゲル」の圧倒的な膂力であった。

 

「おいおい……! 本当に前世の『神雷』と変わらないレスポンスで動きやがるぞ、コイツは!」

 

操縦席に収まった元装甲騎兵の隊員が、油圧リンクの滑らかな手応えに感嘆の声を漏らす。

 

腕部マニピュレーターに特大のチェーンソーを構えた鉄の巨人が、原生林へと踏み込んでいく。

 

生身の人間が何十人も集まり、鋸と斧を振るって丸一日がかりで倒していた樹齢百年の大木が、轟音とともにわずか十数秒で切り倒されていく。

 

行く手を阻む地中の巨大な岩塊や硬い岩盤に行き当たれば、腕部アタッチメントの油圧ショベルとチゼルが唸りを上げ、数トンもの巨石を軽々と掘り起こして粉砕した。

 

さらに、切り倒された巨木はその場で放置されることはなかった。

 

巨人の五本指が器用に丸太を掴んで枝を払い、規格通りの建材へと製材していく。

 

そのまま積み木の要領で丸太が組み上げられ、開拓民たちが暮らすための頑強なログハウスが、ものの数時間で次々と大地の上に姿を現した。

 

余った端材や枝木は、マニピュレーターが力任せに叩き割って薪へと加工され、極寒の冬を越すための燃料として整然と山積みにされていく。

 

「すげえや……! 竜宮警備の兄ちゃんたち、まるで鉄の神様を連れてきたみたいだ!」

 

「これで今年の冬は、凍え死なずに済むぞ……!」

 

全国から集まった貧しい開拓民の農民たちから、割れんばかりの歓声と感謝の言葉が浴びせられる。

 

照和初期の過酷な世相にあって、身売り寸前だった娘たちや、飢えに怯えていた子供たちが、湯気の立つ握り飯を抱えて隊員たちのもとへ駆け寄ってくる。

 

「おう、ありがたくいただくぜ!」

 

「腹が減っては開拓も戦もできねえからな!」

 

操縦ハッチから顔を出した隊員たちが、日に焼けた笑顔で握り飯を頬張る。

 

かつて正規軍の無能な作戦の犠牲となり、見捨てられた彼らにとって、自分たちの振るう力が目の前の民草を直接救い、確かな生活を築き上げているという実感は、どんな軍功や勲章よりも誇らしいものであった。

 

だが、この開拓作業を帝都の社長室から見守る竜宮の視線は、人道支援の美談だけに留まってはいなかった。

 

(不整地の走破、障害物の爆砕、迅速な野戦陣地および宿営地の構築――)

 

巨木を倒す要領は敵陣のトーチカ破壊に通じ、岩盤を掘削する速度は対戦車壕の敷設そのものであった。

 

開拓民を救うためのメガファームは、有事においてはそのまま「無尽蔵の食糧を生み出す巨大補給基地」となり、建設された道路と平原は「航空部隊の天然滑走路」へと姿を変える。

 

汗を流し、民を救い、身体を鍛え上げながら、彼らは北海の大地に誰にも破れぬ絶対の防衛陣地を築き上げていた。

 

前世の絆で結ばれたラストバタリオンの「初陣」は、泥と木の香りに包まれながら、極めて順調な第一歩を踏み出していた。

 

 

◇◇◇

 

 

西暦一九三四年――『照和』九年の春。

 

旧制中学の卒業期を迎え、竜宮は十五歳となっていた。

 

世界恐慌の爪痕がなお色濃く残るこの時代、地方や都市の貧しい家庭に生まれた少年たちの多くは、競うようにして軍の門戸を叩いていた。

 

陸軍士官学校や海軍兵学校、あるいは下士官・兵の志願制度――そこへ行けば、何よりもまず衣食住がタダで保障され、確実な給料が手に入る。

 

新聞やラジオは「帝国神兵」の誉れを大々的に煽り立て、軍部もまた貧困層を吸収するための大動員を繰り広げていた。

 

そんな世相のただ中にあって、竜宮は軍学校の受験どころか、旧制高校や専門学校の門を叩くことすらしなかった。

 

それもそのはずである。少年法も未整備なこの時代において、彼はすでに「竜宮警備」「竜宮重工」「竜宮農業」「竜宮航空」の四社を傘下に束ねる、新興コンツェルン「竜宮グループ」の最高経営責任者CEOとして君臨していたのだから。

 

十五歳の怪童実業家。

 

その周囲には、宮内省の鴻上昴を経由して、帝都の政財界が放つ悲鳴と怨嗟が日々リアルタイムで流れ込んできていた。

 

「……財閥の旦那衆、いよいよ政府と軍部への締め上げを始めたらしいな」

 

社長室で昴から届いた極秘の情勢報告書に目を落としながら、竜宮は皮肉げに口角を歪めた。

 

国際連盟脱退という軍部のスタンドプレーがもたらした代償は、国内の景気の良い提灯行列とは裏腹に、日本経済の息の根を止めかけていたのだ。

 

連盟を離脱した瞬間から、英米をはじめとする海外の取引先や大手投資銀行とのパイプが次々と破断。

 

外貨決済の信用枠は凍結され、輸出入の生命線を握られていた商社は阿鼻叫喚の地獄へと叩き落とされた。

 

三井、三菱、住友といった名門財閥の首脳陣からすれば、自らの金儲けの場であり生命線でもある国際市場を、無能な政府と暴走する軍部によって勝手に「お釈迦」にされたのだ。

 

その怒りは凄まじく、軍閥系の政治家に対する献金の打ち切りや、国債の引き受け拒否といった実力行使に打って出る財界人が続出していた。

 

(……もしかしなくても、前世の日本が太平洋戦争の開戦前に首が回らなくなった最大の原因は、これなんじゃないのか?)

 

竜宮は冷めた頭で思考を巡らせた。

 

前世の教科書やテレビの歴史ドキュメンタリー、あるいはネットの海をいくらググったところで、決して表舞台には出てこない生々しい暗部。

 

「大日本帝国が対米開戦へと追い詰められた本当の理由は、軍部が勝手な暴走で国内の『財布(財閥・資本家)』を激怒させ、国家予算の資金繰りが完全にショートして、首が回らなくなった末のやけっぱちでした」

 

――などという身も蓋もない真相を、天下の公共放送がドキュメンタリー番組として組めるはずもないのだ。

 

だが、現実に国家を動かしているのは精神論ではなく、冷酷なまでの「金」の力学であった。

 

軍部がいくら勇ましいスローガンを叫ぼうとも、財閥から財布の紐を締められれば、火薬一斤、鉄鉱石一つ調達できなくなって国家は干からびて死ぬ。

 

歴史の歯車が狂った真因を、竜宮はまさに目の前の帳簿を通じて直視していた。

 

だが――そんな日本経済の閉塞状況において、竜宮グループだけは完全に別次元の立ち位置を確保していた。

 

手元には、いかなる国家権力の差し押さえも効かない「スイス銀行」の秘密口座。

 

そして海の向こうには、クリームヒルトを通じて張り巡らされた、東プロイセン・ケーニヒスベルクの名門貴族ネットワークと、中立国スウェーデンの金融・工業ルート。

 

孤立を深める日本国内において、竜宮グループは「海外資本と直接パイプを持ち、外貨を自在に動かして最先端の工作機械や物資を決済できる」という、極めて稀有で絶大な特権的地位を独占していたのである。

 

「金のない軍隊ほど、御しやすい獲物もない」

 

竜宮は銀縁眼鏡の奥で冷徹に目を細め、机上の外貨為替証書を指先で弾いた。

 

財閥に見限られ、資金難で喘ぐ軍部。 そして、無尽蔵の食糧と、国際金融の抜け道を一手に握る十五歳の元「提督」。

 

時代の首根っこを押さえるための「見えざる手」は、狂乱の照和の闇の中で、ますますその締め付けを強めつつあった。

 

 

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