曙光の艦隊   作:星乃 望夢

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第十五話 2.26前夜 装甲強襲揚陸空母仙鷹、進水せよ

西暦一九三五年――『照和』十年、年の瀬。 木枯らしが帝都の家並みを白く凍てつかせる冬の夜、竜宮は大高弥三郎と再び密談の席を設けていた。

 

場所は、警視庁や陸軍省の耳目を完全に遮断した神楽坂の隠れ家。

 

鉄瓶の湯気が静かに立ち上る囲炉裏の傍らで、大高は運ばれた茶に手をつけることもなく、少年に向けて深々と頭を下げた。

 

「……竜宮殿。先の静岡の震災における帝国陸軍の初動の遅滞、そして貴殿の救難隊に対する不躾な非礼の数々……陸軍の将官として、恥じ入るばかりだ。伏してお詫び申し上げる」

 

将官服の襟章を正し、一民間企業の少年に平伏する大高の姿に、竜宮は静かに首を横に振った。

 

「頭をお上げください、大高閣下。閣下がどれほど慧眼をお持ちであろうと、硬直化した陸軍という巨大な恐竜のうねりを、一朝一夕に御し切れないことなど重々承知しておりますよ」

 

竜宮の言葉には、上辺だけの慰めではない、血の滲むような実感が籠もっていた。

 

前世において、竜宮は民間徴用の身でありながら七つの海を股にかけ、タウイタウイの泊地で一個大隊規模の将兵を養い抜いた元「民大将」である。

 

前線の将兵がどれほど血を流そうとも、後方の上層部は保身とメンツに明け暮れて動こうとせず、理不尽な命令のしわ寄せに泣きながら現場で奔走し続けたあの苦渋――。

 

組織の巨大な壁の前で歯噛みする苦労において、竜宮と大高は、誰よりも深くその痛みを分かち合える同志であった。

 

「……ご理解いただき、痛み入る」

 

大高は顔を上げ、苦渋の滲む表情を僅かに和らげた。

 

だが、その安堵も束の間、将軍の眉根は一瞬にして鉄のように険しく引き結ばれた。

 

「だが、竜宮殿。今宵、貴殿をこうしてお呼び立てしたのは、過去の労いを述べるためではない。……いよいよ、あの時が迫っている」

 

「……『照和十一年』、ですね」

 

竜宮が低く呟いた言葉に、大高は重々しく頷いた。

 

二・二六事件。

 

前世の歴史において、陸軍内部の「皇道派」に属する青年将校たちが第一師団などの部隊を率いて武力蜂起し、重臣たちを白昼堂々と暗殺、帝都を戒厳状態へと叩き落としたあの未曾有の軍事クーデター。

 

その史実の決行日まで、あと二ヶ月足らずしか残されていなかった。

 

だが――大高が真に戦慄し、竜宮に告げねばならなかったのは、その予定調和の歴史ではなかった。

 

「竜宮殿。この後世において……歴史の歯車は、我々の予想だにしなかった方向へと大きく狂い始めてしまった」

 

大高の絞り出すような声に、竜宮は銀縁眼鏡の奥の瞳を鋭く細めた。

 

「狂った……? 皇道派の動きに、何か異変でも?」

 

「異変どころではない。……あの、鴻上宮の若君が行われた『雷震』の公式会見だ」

 

大高の言葉に、竜宮の背筋が冷たく張り詰めた。

 

あの日、陸軍強硬派の手足を縛るために昴が宮内省前庭で行った電撃発表。

 

皇族自らが「雷震」の前に立ち、この機体は皇国を災禍から守護する鎧にして剣であると天下に布告し、宮内直轄の「帝国斯衛軍」を設立した――あの至高の盾。

 

陸軍の大陸進出を阻止し、機動兵器の海外流出を防ぐためには完璧な一手であったはずだった。

 

しかし、その絶対の権威と神聖性が、陸軍内部で燻っていた過激な狂信者たち――皇道派の青年将校たちの目には、全く別の「狂気の幻影」として映り込んでしまったのだ。

 

「奴らは、あの会見を都合よく曲解したのだ」

 

大高は膝の上の拳をギリリと握りしめ、苦痛に顔を歪めた。

 

「『宮中枢要におわす鴻上宮殿下自らが、腐敗した政財界と軍閥を打破すべく、鉄の武神を従えて自ら剣を抜かれた!』『殿下は、我ら皇道派の昭和維新の志を、暗に後押ししておられるのだ!』とな……!」

 

「……何ですって」

 

竜宮の口から、乾いた呟きが漏れた。

 

青年将校たちの盲目的な熱狂は、前世の史実を遥かに凌駕する速度と規模で膨れ上がっていたのだ。

 

皇族が自ら武力を握り、斯衛軍という親衛部隊を立ち上げたという事実が、狂信的な彼らにとって「宮中からの維新への号令」という最大の誤認と大義名分を与えてしまった。

 

前世では一部の部隊による突発的な暴発に過ぎなかった二・二六事件の火種が、いまや「皇室の真意を奉ずる救国聖戦」という凄まじい熱狂を帯び、第一師団のみならず近衛師団や周辺の予備役までもを巻き込む、巨大な地獄の業火へと変貌しつつあった。

 

「奴らの決起の気勢は、前世の比ではない。……もはや、説得や宥め透かしで止められる段階を完全に越えている」

 

大高の鋭い眼光が、竜宮の顔を真正面から射抜いた。

 

防壁として打ち立てたはずの「斯衛軍」の存在が、皮肉にもクーデターの引き金をより凶悪に引き絞る結果を生んでしまった。 照和十一年二月。

 

雪の帝都を赤く染めるはずの叛乱の銃声は、前世の記憶を遥かに超えた「完全なる内戦」の嵐となって、すぐ目の前まで迫っていた。

 

「……やれやれ」

 

囲炉裏の赤い炭火を見つめながら、竜宮は片手を額に当て、思わず深いため息を漏らした。

 

曲解もここまで極まれば、もはや喜劇を通り越して背筋の凍る悪夢であった。狂信的な精神論に凝り固まった人間というのは、現実の事象をすべて己の都合のいい妄想の糧へと変換してしまうらしい。

 

竜宮は額から手を下ろし、銀縁眼鏡の位置を直すと、正面の大高弥三郎へ向けて静かに、だが一言一句を噛みしめるように語りかけた。

 

「大高閣下。誤解なきよう、帝国斯衛軍という組織の根本的な在り方を、今ここで改めて貴方に説明しておかねばなりませんね」

 

「……伺おう」

 

大高が身を乗り出し、真剣な眼差しを向ける。

 

「斯衛軍が掲げる唯一絶対の教義は――『専守防衛』です」

 

少年の口から放たれたその四文字は、膨張と侵略に沸き立つ照和の軍国主義において、あまりにも異質で、冷徹な響きを帯びていた。

 

「我が国に対する直接の武力攻撃、あるいは国民の生命と財産が理不尽に脅かされたその瞬間にのみ、必要最小限の実力を行使する。他国の領土へ侵略の手を伸ばすこともなければ、ましてや『国を正す』などという傲慢な大義名分を掲げて、銃口を自国の政治家や民草へ向けることなど断じて許されない。――国土と、民と、皇族を守護せし、攻防の最後の砦。それが斯衛軍のすべてです」

 

竜宮が語るその理念は、他でもない。

 

前世において、苛烈な大戦の廃墟から立ち上がり、半世紀以上にわたって平和大国・日本をその身を挺して守り抜いた「自衛隊」の魂そのものであった。

 

憲法と法秩序の下で武力を抑制し、災害に汗を流し、主権の侵害に対してのみ抜刀する――その崇高な防衛理念を骨格とし、そこに宮内直轄としての「皇族警護」の任を付け足したもの。

 

それが、竜宮と昴が創り上げた帝国斯衛軍の真の姿であった。

 

「政治の腐敗を糺すのは、言論と法と民意の領分です。軍人が銃剣を振り回して『昭和維新』だの『君側の奸を討つ』だのと叫ぶなど、近代法治国家に対する明白な叛逆であり、ただの武装ヤクザの暴動に過ぎない。斯衛軍は、彼ら皇道派のテロリズムを後押しするための尖兵などでは絶対にあり得ません」

 

竜宮の断言に、大高は目を見張り、次いで深く息を吐き出して相好を崩した。

 

「……なるほど。武力はあくまで受動の盾であり、政治への不介入を貫く、と。一世紀先の世を守っていた防人たちの思想……実に清廉で、合理的だ」

 

だが、大高の安堵も一瞬のことであった。

 

将軍の眼光は、再び氷のような冷徹さを取り戻す。

 

「だが、竜宮殿。貴殿のその高潔な理念が、果たしてあの狂信的な青年将校たちに通じるかね?」

 

「通じるはずもありませんね」

 

竜宮は自嘲気味に肩を竦めた。

 

「奴らにとって、世界は『自分たちに従う正義』か『天誅を下すべき悪』の二色しか存在しない。自分たちの熱狂的な思い込みを斯衛軍が拒絶したその瞬間、彼らは間違いなくこう叫ぶはずです。――『鴻上宮殿下は、取り巻きの奸臣どもに誑かされている!』と」

 

大高の表情が引き攣った。 竜宮が看破した通りの最悪のシナリオが、頭の中で鮮明な輪郭を結んだからだ。

 

前世の二・二六事件において、叛乱軍の標的は首相官邸や重臣たちの私邸であった。

 

だが、この後世において、もし皇道派が斯衛軍の取り込みに失敗したならば――彼らは殿下を「救出」し、その背後にある無敵の鉄武者「雷震」を力ずくで強奪すべく、宮内省そのものを白昼堂々と強襲する可能性が極めて高かった。

 

「……宮中が、直接の戦場になるかもしれんのだな」

 

「ええ」

 

竜宮は囲炉裏の火を見つめたまま、冷たく言い放った。

 

「奴らが専守防衛の結界を破り、力ずくで踏み込んでくるというのなら――斯衛軍と、我ら竜宮警備のやるべきことは一つしかありませんよ」

 

銀縁眼鏡の奥に、かつてタウイタウイの海で無数の敵を沈めてきた元「提督」の、獰猛な火が灯っていた。

 

「降りかかる火の粉は、一粒残らず叩き潰す。……それだけです」

 

雪の二月まで、あと僅か。 暴走する皇道派の狂気と、専守防衛の鉄の砦が、帝都の闇の中で真正面から激突しようとしていた。

 

囲炉裏の炭がパチリと爆ぜ、薄暗い座敷に小さな火花が散った。

 

その静寂を切り裂くように、竜宮は低く、だが鋼鉄のように硬質な声を紡ぎ出した。

 

「大高閣下。鴻上昴は、私にとって実の弟のように想っている戦友です。彼は前世においても、皇族というやんごとなき生まれゆえに多くの理不尽と苦労を背負わされ、南海の最前線へ生贄のように送り込まれた、あまりにもお労しい立場の少年だった。そしてこの後世にあっても、この国の未来を案じ、己の身を削って私と共に戦ってくれている無二の同志です」

 

竜宮の銀縁眼鏡の奥で、静かな青い炎が揺らめく。

 

「あの純粋な少年を、己の妄想と野心のために望まぬ神輿として担ぎ上げ、泥沼の血戦へと引きずり込もうというのなら――相手が誰であろうと、私は断固として対峙する構えであることを、あらかじめ閣下に申し上げておきましょう」

 

「……相手が皇道派とはいえ、大日本帝国陸軍の正規部隊であってもか?」

 

大高の問いは重く、低かった。

 

国家の正規軍に対して民間武装組織が銃口を向ける。

 

それは近代法治国家において、弁解の余地なき「内乱」であり「反逆」を意味する。

 

だが、竜宮は眉一つ動かさず、即座に言い放った。

 

「はい。たとえ相手が陸軍の看板を背負っていようと、関係ありません。彼は我々の仲間です。仲間は家族であり、仲間は兄弟であります。――我ら第302中隊は、そうして互いの背中を守り合うことでしか、前世のあの地獄を生き残る術を持たなかった」

 

少年の細い喉から放たれる言霊は、一国家の軍規など遥かに超越した、戦士たちの絶対の掟であった。

 

「故に、私の仲間が涙を流すというのなら――国家から『叛徒』の汚名を着せられようと、私は迷わずこの銀の剣を抜き放ち、邪魔する者すべてを叩き斬りましょう」

 

一歩も引かぬ決意。 そして竜宮は、膝の上に置いていた白手袋の手を静かに解き、すっと背筋を伸ばした。

 

「大高閣下。もしも今の私の言葉を聞き、この竜宮一士が帝国に仇なす危険分子であると判断されたのならば……躊躇わず、今この場で私を縊り殺していただいて結構です」

 

竜宮は自ら顎を上げ、無防備な己の喉元を、大高の目の前へと晒してみせた。

 

「見ての通り、この肉体はまだ十六の童に過ぎません。歴戦の陸軍将官である貴方の膂力をもってすれば、私の細い首の骨をへし折ることなど、赤子の手をひねるより造作もないはずだ。……さあ、どうされますか」

 

座敷の空気が、極限の緊張によって張り詰めた。

 

息を呑むような沈黙。

 

晒された白い喉仏の前に、大高の分厚く大きな手がゆっくりと持ち上がった。鍛え抜かれた軍人の拳が、少年の喉笛の間近へと迫る。

 

だが――大高のその手は、少年の首を絞めることはなかった。

 

トン、と。 大高の分厚い掌は、少年の華奢な肩の上に、優しく、そして途方もなく重々しく置かれた。

 

「……参ったな」

 

大高の口から漏れたのは、苦笑と、深い畏敬の念が混ざり合った吐息であった。

 

将軍は肩の力を抜き、目を細めて少年を見つめた。

 

「仲間は家族、か。……かつて、兵を『消耗品』として使い潰し、補給を絶って餓死させ、精神論の美名の下に散華させたあの前世の日本軍において、それほどまでに兵を、友を、愛し抜いた指揮官がいただろうか」

 

大高の手が、竜宮の肩を力強く叩いた。

 

「貴殿のような男を危険分子として縊り殺すなど……この大高弥三郎、二度目の人生を丸ごとドブに捨てるに等しい狂気の沙汰だ。そのような真似をしては、あの世で先の世の英霊たちに顔向けができんよ」

 

大高は居住まいを正し、少年に向けて深々と一礼した。

 

「よくぞ、その覚悟を聞かせてくれた。……安心めされよ、竜宮殿。清風会も、この大高も、決して鴻上宮殿下を狂信者どもの神輿にはさせん。皇道派が暴発し、宮中へ牙を剥くというのなら――彼らを討つのは、反逆者ではない。皇国の真の背骨を守るための、正当なる防衛だ」

 

大高の双眸に、救国の決意が烈火の如く燃え上がっていた。

 

「帝都が雪に閉ざされるその日、狂瀾の徒を迎え撃つのは、貴殿らの『雷震』と我ら清風会の同志たちだ。……共に、この国を狂気から救い出そうではないか」

 

「……ええ、閣下」

 

顎を戻し、竜宮は銀縁眼鏡の奥で獰猛に口角を吊り上げた。

 

差し出された二人の手が、囲炉裏の赤い炎の上で、固く、固く握り合わされた。

 

照和十一年二月二十六日。 歴史の特異点たるその日は、もはやただのクーデターでは終わらない。

 

皇道派の狂気、大高の救国、そして元「民大将」の鉄騎兵たちが激突する、帝都最大の決戦の火蓋が切られようとしていた。

 

 

◇◇◇

 

 

西暦一九三六年――『照和』十一年、一月。 帝都が身を切るような寒風に包まれる中、三菱の船台から、静かに一隻の異形の艨艏が海へと滑り降りた。

 

――特殊貨物運搬船「仙鷹(せんよう)」。

 

かねてより竜宮が三菱へ巨額の私費を投じて発注していた、全長百五十メートル級の輸送船空母であった。

 

右舷に極限まで寄せられた艦橋構造物(アイランド)、艦首から艦尾まで遮るもののない全通飛行甲板。

 

そして何より、左舷前方へ向けて大胆に張り出した「斜め飛行甲板」。

 

書類上はあくまで「泰山航空工業の回転翼機を洋上輸送・展示するための民間特殊貨物船」という建前であったが、その実態は、世界に先駆けて誕生した史上初の「ヘリ空母兼強襲揚陸母艦」そのものであった。

 

竣工した仙鷹の広大な飛行甲板には、早くも泰山航空工業の誇る航空戦力が整然と並べられていた。

 

小型軽快な「嵐凰」、兵員輸送を担う中型汎用機「嵐迫」、そして二重反転ローターを掲げた大型輸送機「嵐征」。

 

だが――その銀翼の群れの中心にあって、ひときわ異様かつ凶悪な威容を放つ新型機が、この仙鷹の就役に合わせて配備されていた。

 

書類上の名目は「離島および僻地の治安維持用警備ヘリ」。

 

だが、その無骨な鋼鉄の巨躯に宿る本質は、世界で類を見ない「左右ローター式・重攻撃輸送ヘリ」――その名を「嵐颯(らんそう)」といった。

 

機体の胴体左右には、巨大な箱型のエンジンユニットが張り出し、その両端に高出力のローターが並列配置(サイド・バイ・サイド)されている。

 

小型機であれば吹き飛んでしまいそうな猛烈なパワーを叩き出すツインターボシャフト機関。

 

その規格外の推力は、重装甲を全身に張り巡らせた自重を軽々と持ち上げるだけでなく、機体下部のスリングフックに全高三・五メートルのタクティカルモジュールを丸ごと一機吊り下げたまま、時速二百キロを超える高速巡航を維持するための力技であった。

 

そして、その火力設計思想の根底にあったのは――前世において「空飛ぶ戦車」と恐れられた伝説の近接航空支援機、『A-10サンダーボルトII』の狂気そのものであった。

 

胴体下部には、シュツルムフォーゲルのブースター推進薬の技術を転用した多連装ロケット弾ポッドを強固にマウント。

 

さらに、重装甲車両の天蓋や陣地のトーチカを一撃で粉砕する「三十七ミリ高初速機関砲」が機首下部に据え付けられていた。歩兵銃はおろか、地上の対空機関銃の直撃を浴びてもビクともしない重装甲に守られたコクピットから、超低空で敵の頭上へ覆いかぶさり、ロケット弾と大口径砲弾の雨を浴びせて敵前線を更地へと変える近接支援(CAS)の怪物。

 

さらに、左右のエンジンユニット下部には、規格化された「パッケージコンテナ」を自在に懸架できるマルチロール・ハードポイントが設けられていた。

 

前線へ弾薬や医薬品を投下するための補給コンテナを吊るすこともできれば、追加の機関砲ポッドや爆装モジュールを装着してさらなる火力強化を図ることも可能。まさに、前線のあらゆる要求に単機で応えうる究極の空挺プラットフォームであった。

 

「……民間警備用、とはよく言ったものだな」

 

仙鷹の飛行甲板に立ち、潮風に長髪を遊ばせながら嵐颯の無骨な装甲を撫でる竜宮の背後に、マスタングが煙草を咥えて歩み寄ってきた。

 

ドイツの歴戦将校は、三十七ミリ砲の砲口を指先で弾き、獰猛な笑みを浮かべる。

 

「重装甲のガンシップに、TMの空輸投下能力、それにコンテナ換装による補給能力か。……この一機が上空に居座るだけで、地上で喚いている帝国陸軍の一個大隊など、文字通り五分でミンチにできるぞ」

 

「過剰な火力こそが、最短時間で敵の戦意を挫き、味方の損害を最小限に抑える絶対の担保ですからね」

 

竜宮は銀縁眼鏡を押し上げ、冷淡に言い切った。

 

前世のタウイタウイで、弾薬と火力の不足によって部下たちを危険に晒し続けた苦い記憶。二度と同じ轍を踏まぬため、竜宮が用意した手札は、常に敵の想定を三段階以上飛び越えた絶対的な暴力で塗り固められていた。

 

海の要塞「仙鷹」。 空の暴君「嵐颯」。

 

そして、甲板下の格納庫に満載された「雷震」と「ヘッツァー」の群れ。

 

一月の冷たい海風の中、東京湾の沖合に浮かぶその艨艏は、帝都を間もなく襲うであろう歴史の嵐を迎え撃つべく、静かに、だが完璧な臨戦態勢を整えていた。

 

二・二六事件まで、残された猶予はあと一ヶ月。

 

盤上の役者と駒は、ついに最後の一手まで揃い踏みを果たした。

 

 

◇◇◇

 

 

西暦一九三六年――『照和』十一年、二月二十六日、未明。

 

帝都・東京は、音もなく降りしきる深々とした牡丹雪に包まれていた。

 

白銀に染まる宮城の周辺を、夜の静寂が重く支配している。

 

だが、その冷たい闇の奥底で、狂信に駆られた1400余名の青年将校と兵士たちが、銃剣を煌めかせながら雪を踏みしめていた。

 

史実が刻んだ悲劇の日。

 

だが、この後世世界において、盤面はすでに何重にも先回りされていた。

 

宮内省の庁舎前広場。

 

降り積もる雪を背中に受け止めながら、全高三・五メートルの鋼鉄の武神たちが、息を潜めて陣を敷いていた。

 

その先頭に立つのは、雪景色に完全に同化するような純白の装甲を纏い、頭頂部に鋭角なブレードアンテナを掲げた――竜宮一士の駆る、白の「雷震」であった。

 

操縦席の中で、竜宮は銀縁眼鏡の奥の双眸を研ぎ澄まし、モニターに映し出される全方位のレールカメラ映像を睨み据えていた。

 

その両脇に従うのは、右肩に真紅の日の丸、左肩に鋭い筆致で「烈士」と刻印された、暗灰色の帝国斯衛軍制式雷震・一個中隊十二機。

 

そして、その中央やや後方には、高貴なる深紫の装甲を湛えた鴻上昴の指揮官機が、身の丈ほどもある近接戦闘長刀を地に突き立て、静かに抜刀の時を待っていた。

 

後方の備えに、一片の死角も存在しない。

 

東京湾沖に浮かぶ輸送船空母「仙鷹」には、重攻撃ヘリ「嵐颯」をはじめとする完全武装の回転翼機群が二十ミリ連装機関砲と三十七ミリ砲の砲身を帝都の空へと向けていた。

 

竜宮警備本社および泰山航空工業のプラントには、クリームヒルトとマスタングが手綱を握る二機の「シュツルムフォーゲル」が門扉を固め、いかなる暴徒の接近も許さぬ迎撃態勢を敷いている。

 

万が一の背後からの強襲など、天地がひっくり返ってもあり得ない鉄壁の布陣であった。

 

そして何より――皇道派の青年将校たちが知らぬ最大の絶望は、彼らが「君側の奸」と呼び、血祭りにあげるべく襲撃を企てている標的たちの所在であった。

 

岡田啓介首相、鈴木貫太郎侍従長、斎藤実内大臣、高橋是清蔵相、渡辺錠太郎教育総監――。

 

前世の史実において凶弾に倒れたはずの重臣たちは、大高弥三郎率いる清風会の事前通告と、竜宮警備のトラックおよび嵐迫による神速の隠密輸送によって、昨夜のうちに一人残らずこの宮内省の強固な地下防空区画へと退避を完了していたのだ。

 

もぬけの殻となった官邸や私邸で、青年将校たちがいくら空振りの引き金を引いたところで、何の意味もない。

 

彼らが真に己の狂信を遂げ、要人たちの首を刎ねようと欲するならば――この宮内省前庭に布陣する、帝国斯衛軍の雷震一個中隊十二機を正面から突破する以外に道はなかった。

 

だが、それだけでは終わらない。

 

皇居の外郭――桜田門から大手町、坂下門へと至る要衝の辻々には、西住阿保が率いる竜宮警備の所属機、深緑の「雷震」一個中隊十二機が、白雪に紛れてすでに完璧な十字砲火の射界を完成させていた。

 

宮外に一個中隊十二機。 宮内に一個中隊十二機。 さらに、竜宮の白と昴の紫。

 

合わせて二十六機に及ぶ、現代戦スペックの複合装甲と機関砲、そして長刀を帯びた「鉄騎兵」の防壁。

 

三八式歩兵銃と重機関銃、せいぜいトタン板同然の軽装甲車しか持たぬ反乱軍にとって、それは歩兵が素手で要塞の城壁に殴りかかるにも等しい、絶望的な戦力差であった。

 

「……提督。各機、有線および超短波による通信リンク確立。外郭の西住中隊より入電、歩兵第一連隊および第三連隊の叛乱部隊、首相官邸の空振りを経て、こちら宮城方面へと接近中とのことです」

 

ヘッドセットのスピーカーから、冷静なオペレーターの声が竜宮の耳に届く。

 

竜宮は操縦桿の油圧トリガーに指を掛け、白の手袋の中で静かに拳を握り直した。

 

「全機へ通達。……相手は狂気じみた精神論に酔った同胞の兵隊だ。可能な限り無力化を優先するが、こちらの専守防衛の結界を武力で侵すならば、容赦は一切無用。――降りかかる火の粉は、一粒残らず叩き潰せ」

 

『ラジャー!』

 

重厚な返答が、有線の回線を通じて白と紫、暗灰の機体へと一斉に伝播していく。

 

雪の帝都を揺るがす、運命の銃声が近づいていた。

 

歴史の濁流を力ずくでねじ伏せるための、帝都の長き夜の幕が、いま静かに切って落とされた。

 

 

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