曙光の艦隊   作:星乃 望夢

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第十八話 僚友会談

高野五十六が泰山航空工業との電撃的な提携を結んだ直後から、敷地内の第一設計局は、連日連夜にわたって異様な熱気に包まれていた。

 

海軍航空本部の技術官たちと、泰山航空工業の精鋭技師たちが机を並べ、図面を引く。

 

高野が命じた最初の号令は――「零式艦上戦闘機」の開発の大幅な前倒しであった。

 

照和十一年現在、海軍がようやく制式採用に向けて試験を重ねているはずの「九六式艦上戦闘機」など、悠長に待っている暇はなかった。

 

複葉機から単葉機への過渡期に生まれた機体などすっ飛ばし、直ちに次世代の主力艦戦を形にせねば、やがて来る未曾有の大戦には到底間に合わない。

 

だが――高野五十六という男の深謀遠慮は、単なる零戦の前倒しだけに留まるものではなかった。

 

(……巴戦で勝てるのは、せいぜい開戦から一年の間だけだ)

 

前世において、零戦が華々しい緒戦の勝利を飾りながらも、大戦中盤以降、米軍が繰り出してきたF6FヘルキャットやF4Uコルセアといった「二千馬力級の怪物たち」の前に無残にすり潰されていった記憶。

 

米軍は旋回性能など歯牙にもかけず、圧倒的なエンジン馬力、ビクともしない重装甲、そして高高度からの急降下一撃離脱戦法によって、紙のように脆い零戦を一方的に火だるまへと変えていったのだ。

 

にもかかわらず――現在の帝国海軍の航空主流派や軍令部の石頭どもは、未だに日露戦争以来の「格闘戦至上主義」という呪縛に囚われていた。

 

防弾鋼板の一枚すら「運動性を損なう」「軽量化の敵だ」と喚き散らし、搭乗員の生還性よりも軽快な宙返りを優先させる前近代的な教義が、軍の空を支配していたのだ。

 

ならば、どうするか。

 

高野が下した決断は、極めて老獪な「二重の陽動戦略」であった。

 

格闘戦至上主義を叫ぶ海軍の保守派どもには、旋回性能と航続距離を極限まで研ぎ澄ませた「零戦」を与え、そちらに彼らの目を釘付けにさせて満足させておく。

 

そして――その表の看板の裏側で、泰山航空工業の最深部において、全く異なる思想に基づく本命の新型機を極秘裏に開発・前倒しさせるのだ。

 

格闘戦の幻想を完全に捨て去り、敵を遥かに凌駕する圧倒的な大馬力で機体を強引に振り回し、頑強な防弾装甲で敵弾を跳ね返し、一撃離脱戦法によって敵機を一瞬で四散せしめる――。

 

前世の歴史において大戦末期にようやく形になりかけた悲運の傑作機「烈風」の系譜を直撃し、さらに先鋭化させた重制空戦闘機。

 

その機の名を――「電征(でんせい)」といった。

 

この照和十一年の段階において、二千馬力級の戦闘機を形にするなど、本来であれば狂気の沙汰である。

 

だが、それを可能ならしめたのは、他でもない泰山航空工業が誇る異次元の技術基盤と、竜宮がもたらした未来の工学理論であった。

 

回転翼機「嵐」シリーズの開発で培われた小型高圧過給器と高張力耐熱合金。

 

それらを惜しみなく注ぎ込んで設計された多気筒新型エンジンは、この時代の常識を軽く吹き飛ばす大出力を叩き出す。

 

主翼に埋め込まれる武装も、豆鉄砲のような七・七ミリ機銃など端から想定されていない。

 

「二十ミリ機関砲」という凶悪な火力を備えていた。

 

「……格闘戦しか知らぬ連中が見れば、鈍重な鉄の塊だと嘲笑するでしょうね」

 

製図台に広げられた電征の重厚な青写真を指先で弾きながら、竜宮が銀縁眼鏡の奥で薄く笑った。

 

「言わせておけばいいさ」

 

隣で腕を組む高野五十六が、獰猛な笑みを返す。

 

「戦場で真に生き残り、敵を恐怖の底へ叩き落とすのは、軽業師の曲芸ではない。圧倒的な速度、防弾、そして破格の火力だ。……竜宮提督、この『電征』が空を飛んだ時、世界の航空戦の常識は、文字通り音を立てて砕け散るぞ」

 

表の「零戦」で海軍主流派の目を欺き、 裏の「電征」で未来の米軍機を迎え撃つ絶対の牙を研ぐ。

 

前世の連合艦隊司令長官と、一世紀先の「提督」が仕掛けた空の革命は、泰山航空工業の工場の奥深くで、静かに、だが確実にその翼を広げつつあった。

 

 

◇◇◇

 

 

帝都の喧騒を遠く離れ、武蔵野の雑木林を抜けた内陸――旧中山道沿い。

 

江戸の宿場町の面影を色濃く残す街道の片隅に、黒ずんだ羽目板と瓦屋根を持つ、年季の入った小さな宿がひっそりと佇んでいた。

 

憲兵の監視が張り巡らされた帝都の料亭など、端から使う気はなかった。

 

こんな鄙びた街道筋の木造宿に、帝国陸軍の中将と海軍の少将が私服で潜り込み、密談を交わすなど、陸軍参謀本部も海軍軍令部も、そして列強のスパイ網すら夢にも思いはしない――竜宮ならではの、虚を突いた完璧な隠蔽工作であった。

 

二階の奥座敷。 障子越しに初夏の青葉のざわめきが聞こえる中、先に座して待っていた高野五十六の前に、襖が静かに開かれた。

 

現れたのは、質素な紬の着物に身を包んだ、恰幅の良い男――大高弥三郎であった。

 

一瞬、互いの視線が交錯し、張り詰めた沈黙が座敷を満たした。

 

陸と海。前世において互いに反目し合い、祖国を焦土へと落とし込んだ二大組織の将官同士である。

 

だが――その極限の緊張を先に解いたのは、大高の豪快な破顔であった。

 

「……いやはや。前世におきましては、山本さんとして私淑しておりました」

 

大高が細めた目から温和な笑みをこぼしながらそう切り出すと、高野もまた我慢しきれぬように相好を崩し、低く笑い声を漏らした。

 

「それを言うなら、私の方こそですよ、大高さん。……陸軍にあって、貴方のような本物の見識を持つ方がいらっしゃったことを、先の世では知らずにいた己の不明を恥じるばかりです」

 

「閣下」という軍隊の硬苦しい階級の壁を取り払い、互いをさん付けで呼び合うその柔らかな敬語の調べには、組織の垣根を越え、同じ地獄を生き抜いてきた戦友ならではの、深い敬意と親愛が満ち満ちていた。

 

床の間の隅に控える竜宮が手酌で酒を運ぼうとするのを手で制し、大高自らが徳利を取り、高野の猪口へと地酒を注ぎ入れる。

 

「さあ、高野さん。まずは一杯……あの愚劣極まりない陸海軍の反目に、乾杯と洒落込みましょうか」

 

「ええ、大高さん。まったく、二度とあのような下らん喧嘩に付き合う気はありませんよ」

 

二人が酌み交わした盃の音は、明治以来の宿痾であった陸海軍の確執を、この小さな宿の一室で完全に融解させていた。

 

だが――盃を干し、本題へと入るや否や、二人の巨頭の眼差しには、冷徹極まりない軍事戦略家の光が宿った。

 

「……竜宮殿を通じて、高野さんが『紺碧会』で進めておられる研究のことは伺いました」

 

大高は膝の上に手を置き、静かに語り始めた。

 

「今の日本を見れば、いずれ米国との衝突は避けられぬところまで来てしまっている。……そこで私が常に考えているのは『如何に勝つか』ではなく、『如何にして上手く敗けるか』……これに尽きるのです」

 

「上手く、敗ける……ですか」

 

高野が頷くと、大高は苦渋を滲ませながらも、鋭い視線で言葉を継いだ。

 

「ええ。いま我が国の手元には、竜宮殿がもたらしてくれた回転翼機や、あの『雷震』という恐るべき鋼鉄の武神がある。さらには、高野さんが泰山航空で開発を進めている『電征』などの次世代機もある。……これらを総動員すれば、前世と同じように、緒戦において米軍を完膚なきまでに叩きのめす大勝利を収めることは、十分に可能でしょう」

 

「ええ。緒戦でハワイを制圧し、敵の太平洋艦隊を壊滅させることくらいは、今の我らの手札ならば赤子の手をひねるより容易い」

 

高野もまた、淡々とその戦術的見通しを肯定した。

 

だが――二人の男が浮かべた表情は、勝利の陶酔などとは程遠い、暗澹たる現実を見据えたものであった。

 

「しかし……米国という国の底知れぬ工業力、あの圧倒的な資源と生産能力を骨身に沁みて知っている我々からすれば、どれほど緒戦で華々しく勝とうとも、長期戦になれば最後は必ず押し潰される。どう足掻いても、米国には物量で敗けるのです」

 

大高の絞り出すような言葉に、高野も深く、重く首肯した。

 

「まったく同意見です、大高さん。私の組織した紺碧会の研究目的も、まさにそこにある。対米戦を土壇場まで回避すべく足掻くのは当然として、万が一戦端が開かれた場合、いかに被害を極小に抑えて日本を存続させるか。……すなわち、敵の急所へ電撃的な打撃を叩き込み、米国民の継戦意志を早々に挫いて、有利な条件のうちに『早期講和のテーブル』へ引きずり下ろすことです」

 

勝てない戦争を、いかにして最小の出血で終わらせるか。 国民を焦土の業火で焼かせず、国体を保ったまま、いかにして手打ちへと持ち込むか。

 

前世の帝国陸海軍が「勝った勝った」の大本営発表に酔い痴れ、最後の一兵まで国民をすり潰していったあの狂気の対極にある、冷徹で、苦渋に満ちた、だがこれ以上なく真摯な「敗戦のコントロール」。

 

二人の視線が、再び静かに交錯した。

 

寸分の狂いもない、完全なる戦略思想の一致。

 

「高野さん。我ら清風会は、陸軍の狂暴な手足を縛り、大陸の泥沼から兵を引き揚げるための準備を進めます。……海の守りは、貴方に全幅の信頼を預けてよろしいかな」

 

「ええ、大高さん。海と空の主導権は、我が紺碧会と竜宮提督の翼が完全に掌握してみせます。……共に、この国を無事に生き残らせましょう」

 

二人の将官が、再び固く盃を交わし合う。

 

その光景を、座敷の片隅から見守りながら、竜宮は銀縁眼鏡の奥で静かに息を呑んでいた。

 

勝つための戦ではなく、生き残るための「敗け方」を論じ合える二人の巨頭。

 

前世の歴史において決して交わることのなかった陸と海の最高の知性が、中山道の小さな宿で、ついに一つの巨大な「救国の方舟」を編み上げた瞬間であった。

 

 

◇◇◇

 

 

宮内省の厳粛な通達によって、「雷震」が皇室の直属たる帝国斯衛軍の「護国の剣」として認定され、領土外への持ち出しを禁制とされたこと――それは陸軍による大陸への強奪を防ぐ完璧な防壁となったが、同時に竜宮の手足を「専守防衛」という枠内に縛る鎖でもあった。

 

東プロイセンのクリームヒルトと共に開発した「シュツルムフォーゲル」は、避弾経始を追求して装甲を極限まで削ぎ落とした高機動仕様である。

 

だが、資源に乏しく、守勢に回った際に敵の濃密な砲火を耐え凌がねばならない島国・日本の戦術思想において、竜宮はあの「トラス・ハニカム複合装甲」による絶対的な重装甲設計を、決して手放すつもりはなかった。

 

ならば、どうするか。

 

法の抜け道を突くことなど、前世のインテリヤクザにとって息をするより容易いことであった。

 

「宮内省が持ち出しを禁じたのは、あくまで『雷震』という特定の機体名とその直接の血統だ。タクティカルモジュールという兵器概念そのものが禁止されたわけじゃない。――ならば、最初から別の機体として組み上げれば済む話さ」

 

そうして泰山航空工業と竜宮重工の密閉ドックで産み落とされた新型機――その名を「雷轟(らいごう)」といった。

 

この機体であれば、将来いかなる戦線へ投入しようとも、「これは雷震とは設計も規格も異なる完全な別機体ですから」と、法的に寸分の隙もなく筋を通すことができた。

 

ご禁制の網の目を鮮やかに潜り抜ける、確信犯的な脱法兵器であった。

 

そして、その設計思想における最大の変化は――「機体の大型化」と「人型への純化」にあった。

 

従来の雷震が全高約三・五メートル、寸胴で無骨な作業機械然としたフォルムであったのに対し、雷轟は全高四・五メートルへと一回り巨大化されていた。

 

だが、巨大化しながらもそのシルエットは野暮ったさを微塵も感じさせず、より人体の骨格と筋肉のプロポーションに近づけられた、研ぎ澄まされたスマートな機能美を誇っていた。

 

大型化の恩恵は、工学的に計り知れないものがあった。

 

容積が拡大したことで、中枢フレームたる「ムーバブルフレーム」の剛性は飛躍的に向上。

 

背部には、泰山航空工業が開発した最新鋭の高圧ターボディーゼルを余裕をもって搭載することが可能となった。

 

脚部の長大化によって一歩あたりの歩幅は劇的に延伸され、人間に近づけた滑らかな四肢の追従性により、最高速度は時速五十キロを軽々と突破。

 

悪路を疾走する走破性と、敵の照準を躱すステップ退避の即応性は、雷震のそれを二段階以上も飛び越えていた。

 

重装甲でありながら、研ぎ澄まされた豹の如く俊敏に大地を駆ける――まさに、前世の技術者が夢見た理想の人型機動兵器の完成形であった。

 

当然のことながら、この怪物の存在を嗅ぎつけた帝国陸軍の軍閥どもは、再び喉から手が出るほどに欲望を滾らせた。

 

「あの『雷轟』とやらは、雷震ではないのだな!? ならば宮内省の国外不出のご禁制は適用されん!」

 

「今度こそ陸軍が国家総動員の大権をもって『軍事徴用』をかけ、満州の戦車第一連隊へ配備させるべきだ!」

 

参謀本部の強硬派幕僚たちは色めき立ち、机を叩いて気勢を上げた。

 

だが――どれほど勇ましい大言壮語を吐こうとも、実際に徴用令状を手に竜宮警備の門を叩こうとする者は、陸軍の中にただの一人も名乗り出なかった。

 

彼らの脳裏には、先の二・二六事件の夜における、あの凄惨極まる「血の教訓」が生々しく焼き付いていたからである。

 

宮内省前庭での武士の情けとは裏腹に、あの夜、泰山航空の私有地に押し入った皇道派の将校や兵士たちはどうなったか。

 

右肩に漆黒のバルケンクロイツ、左肩に東プロイセンの黒鷲を刻んだ鉄騎兵――シュツルムフォーゲルによって、正当防衛の看板のもと、一片の情け容赦もなく「武装強盗」として蜂の巣にされ、ミンチ肉へと変えられたのだ。

 

竜宮が私財で買い上げた土地は、実質的な治外法権の城塞であった。

 

もしも陸軍が統帥権を振りかざして強引に敷地へ踏み込めば、相手は民間警備会社である。

 

法を盾に徴用を拒絶され、力ずくで奪おうとすれば、待ち受けるのは「不法侵入の強盗」として敷地内の十字砲火に晒され、ハチの巣にされるという確実な死であった。

 

しかも、その背後には友邦ドイツ帝国貴族――ヴィッテンフェルト家と、中立国スウェーデンの資本ががっしりと噛み合っているのだ。

 

武力強奪を強行して流血沙汰を起こせば、軍閥のメンツが潰れるどころか、国際連盟脱退で孤立する日本政府が唯一頼りとしているドイツの名門貴族層を完全に敵に回し、外交的破滅を引き起こすことは火を見るよりも明らかであった。

 

「……手が出せん。あの小僧、最初から軍が手を出せないように、国際法と私有地防衛の毒針を張り巡らせている……!」

 

参謀本部の将校たちは、悔しさに奥歯をギリギリと噛み締め、拳を震わせるしかなかった。

 

奪うこともできず、脅すことも叶わず、ただ指をくわえて工場の奥を見つめることしか許されなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

房総の臨海プラントの奥深く、照らされた白熱灯の下で。

 

四・五メートルのスマートな肢体を誇る「雷轟」は、陸軍の無力な視線を冷ややかに見下ろすように、静かにその起動の時を待っていた。

 

ハイエンドの決戦機として設計された四・五メートルの「雷轟」に続き、竜宮は休むことなく、もう一つの量産型タクティカルモジュールの開発を進めていた。

 

どれほど高性能な機体であっても、高度な工作精度と莫大なコストを要する機体だけでは、広大な戦線を維持することはできない。

 

泥にまみれ、過酷な前線で部品を交換しながら数で戦線を支える、頑強で信頼性の高い「普及型量産機」が不可欠であった。

 

そうしてロールアウトされた機体――その名を「雷鋼(らいこう)」といった。

 

この機体は、原点たる「雷震」の信頼性の高いムーバブルフレームをそのまま受け継いだマイナーチェンジ機であった。

 

だが、その外観は雷震の無骨な角張った箱型フォルムから一変していた。

 

まるで「頑丈なドラム缶」を切り詰めて組み合わせたかのような、極端なまでに丸みを帯びた曲線装甲――。

プレス加工と鋳造技術を組み合わせ、曲面を多用したその装甲構造は、敵の徹甲弾や破片を力で受け止めるのではなく、角度によって物理的に滑らせて弾き飛ばす「避弾経始」を徹底的に追求した結果であった。

 

装甲の継ぎ目を極限まで減らし、泥水や粉塵、果ては毒ガスの侵入すら防ぐ密閉構造。

 

角が取れてドラム缶のようになった胴体は、被弾面積を小さく抑えつつ、内部容積を無駄なく確保するという極めて実戦的な機能美を誇っていた。

 

そして何より――竜宮がこの機体をこさえた真の理由は、法的な大義名分にあった。

 

(これもまた、書類上は雷震ではない……)

 

外見も装甲構造も、名籍すらも完全に刷新されている以上、宮内省から下された「雷震の国外持ち出し禁制」という呪縛に引っかかる道理はどこにも存在しなかった。

 

すなわちこの雷鋼こそは、将来訪れるであろう世界大戦において、竜宮の手勢たる第302陸戦中隊が海を渡り、海外の激戦区へと殴り込むための――完全なる「外征用主力機」であった。

 

輸送船空母「仙鷹」の格納庫へ、あるいは地下ドックで艤装が進むポンプジェット潜水母艦の耐圧筒の中へ。

 

塩害に強い表面処理を施されたドラム缶型の鉄騎兵たちは、いつでも大海原を越えて敵の喉元へ電撃上陸できるよう、徹底した洋上・外地運用の思想が叩き込まれていたのだ。

 

「へっ……見た目はちょっと太っちょのドラム缶だが、座りの良さと頑丈さは折り紙つきだな」

 

房総のドックで雷鋼の丸いハッチを叩きながら、受領に訪れた第302中隊の古参兵がニヤリと笑った。

 

前世の過酷なタウイタウイで泥水を啜ってきた彼らにとって、気取った美術品のような兵器など端から求めていない。少々被弾しようが泥に浸かろうが、エンジンを唸らせて確実に前進し、敵を粉砕してくれるこのタフな鉄の塊こそが、何よりも信頼できる相棒であった。

 

実のところ、外見の印象こそ大きく異なっていたものの、角張った箱型の「雷震」と、ドラム缶の如き曲面装甲を纏う「雷鋼」の二機種は、その内部構造において完全に瓜二つであった。

 

中枢のムーバブルフレーム、高圧ターボディーゼル機関、油圧リンクの減速比、操縦席のインターフェースに至るまで、主要なコンポーネントは寸分の狂いもなく共通化されていたのだ。

 

違いといえば、フレームの外側にボルト留めされる装甲板のプレス形状が「角ばっているか」「丸いか」という一点に過ぎなかった。

 

この徹底的なモジュール設計がもたらした恩恵は、工学的に計り知れないものがあった。

 

わざわざ別の製造ラインを立ち上げる必要など毛頭ない。

 

房総半島の竜宮重工プラントでは、まったく同じ生産ラインの上で、取り付ける外装パネルの金型を切り替えるだけで、斯衛軍向けの「雷震」と外征用の「雷鋼」を柔軟に、かつ効率的に並行生産することが可能だったのである。

 

さらに、この共通化は運用面において、極めて凶悪な「脱法トリック」を可能にしていた。

 

現在、北の大地・北海道において土木重機や防衛用として配備されている無数の「雷震」。

 

もし将来、これらを海を越えた外征作戦へ投入する必要が生じた場合、現場でやるべき作業は極めて単純明快であった。

 

整備ハンガーでボルトを緩め、角張った装甲板を取り外し、用意しておいたドラム缶型の曲面装甲へと付け替える――。

 

それだけで、宮内省から「国外持ち出し禁止」の禁制をかけられた雷震は、わずか数時間の作業で、書類上も外見上も完全な別機種である外征用機動兵器「雷鋼」へと、鮮やかに早着替えを完了してしまうのだ。

 

法律の文言に縛られる官僚や軍閥の目を欺くための、完璧極まりない偽装工作であった。

 

竜宮は、得られた莫大な特許料と満州からの鉄鋼を惜しげもなく注ぎ込み、房総半島の工場群にこの二機種の「大量生産ライン」を一気に拡張させた。

 

巨大な油圧プレス機が地鳴りを響かせて装甲板を打ち抜き、規格化されたフレームがベルトコンベアの上を次々と流れていく。

宮内省の帝国斯衛軍へ向けて正規の「雷震」を安定供給し、皇室との強固な信頼関係を繋ぎ止める一方で、自らの手勢たる第302中隊へ向けても、真新しい「雷鋼」が怒涛の勢いで配備されていった。

 

そして、工場から吐き出された大量の鉄騎兵たちは、ただ格納庫で埃を被って眠るような無駄は一切許されなかった。

 

彼らに与えられた任務は――「北海道」と「房総半島」の同時並行大開拓であった。

 

北の大地では、元皇道派の懲罰部隊と第302中隊の古参兵たちが雷鋼を駆り、不毛の原生林を幾何学的な近代メガファームへと変貌させ続ける。

 

そして房総半島においては、三千メートル級滑走路を持つ国際メガエアポートの埋め立て地や、巨大造船所のドライドックの掘削現場へ無数の鉄人が投入され、山を削り、巨石を砕き、猛烈な速度で大地を均していった。

 

平時には、一国の土木力を何倍にも跳ね上げる「最強の建設重機」。

 

だが、ひとたび号令が下れば、その手持ち式油圧ブレーカーを機関砲へと持ち替え、チェーンソーを長刀へと換装するだけで、一瞬にして世界を震撼させる「最強の装甲騎兵集団」へと姿を変える。

 

汗を流して大地を拓きながら、同時に最前線の不整地機動と操縦技量を極限まで研ぎ澄ましていく隊員たち。

 

軍備の拡張と国家インフラの建設を完全に一体化させた竜宮の冷徹な合理主義は、照和の青空の下、誰にも真似のできぬ規格外の速度で、その鋼鉄の牙城を築き上げていた。

 

 

 

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