上海強襲の火蓋が切られてから、わずか1時間。
守備隊司令部の中枢施設が粉砕・制圧されてから、20分の刻が経過していた。
竜宮は銀縁眼鏡の奥の瞳を鋭く細め、全軍へ向けて直ちに厳戒態勢を発令した。
「全突入部隊、司令部周辺の要道にバリケードを展開。現境界線を維持せよ。……深追いは厳禁だ。一歩たりとも担当区画から外へ出るな」
竜宮の指示には、大勝利の陶酔など微塵もなかった。
そこにあるのは、自らの手札の限界をミリ単位で把握している指揮官ならではの、極めて冷徹な計算であった。
現在、日本各地から合流を果たし、「竜宮警備」の制服を纏う第302哨戒警備中隊・陸戦隊員の総数は、すでに300名を超えていた。
彼らは全員が前世の記憶を色濃く残した元自衛官であり、レンジャー徽章や装甲騎兵の技量を持つ一騎当千の精鋭たちである。
だが――いかに神話的な戦闘能力を誇る精鋭であろうと、ここに投入されているのはわずか二個中隊規模、200数十の人員に過ぎない。
タクティカルモジュールに至っては、西住の「雷轟」、そしてクリームヒルトとマスタングの「シュツルムフォーゲル」を合わせた、たったの三機である。
この極小の戦力で、人口数百万人を抱え、周囲に十数万もの国民革命軍が展開する巨大都市・上海の全域を「面」として占領・維持することなど、物理的に不可能な絵空事であった。
無理に戦線を広げれば、いくら最新鋭の兵器があろうと、数千、数万の敵歩兵による泥沼のゲリラ戦と人海戦術の中に埋没し、すり潰されるのは火を見るより明らかだった。
だからこそ、竜宮の採った戦略は最初から「占領」ではなかった。
――国民革命軍の中枢神経系だけをピンポイントで断ち切る「斬首攻撃」。
上位の司令官たちが吹き飛び、有線・無線の通信中枢が蒸発したことで、上海周辺に展開していた中華軍守備隊の各師団や旅団は、文字通り「首を失った巨大な胴体」と化していた。
命令が届かない、状況が分からない。
何が起きているのかを把握する術すら奪われた各部隊の連隊長たちは、恐慌状態のまま立ち往生し、一歩も前進できずにいた。
わずか258名のプロフェッショナルと三機の鉄人が、十万を超える大軍の動きを、その中枢を握り潰すことで完全に「フリーズ」させていたのだ。
ガシャン! と、焼き切れるような熱気を放つMG42の銃身が引き抜かれ、予備銃身が手慣れた動作で即座に装填された。
金属と火薬の焦げ付く匂いが、土嚢陣地に濃密に立ち込める。
足元には、数千発に及ぶ七・九二ミリ弾の真鍮の空薬莢が、黄金の絨毯のようにジャラジャラと降り積もっていた。
「おいおい、銃身の交換が三秒遅いぞ! 前世で散々実弾射撃場でシバかれたのを忘れたのか!」
「へいへい提督殿!こちとらこの時代に来てから実弾をこんな景気良くバラ撒くのは初めてなもんで、指先が嬉し泣きしてんですよ!」
耳をつんざく銃声の合間に、軽口を叩き合う第302中隊の古参兵たち。
死線と硝煙のただ中にあって、彼らの精神は恐ろしいほどに弛緩し、同時に極限まで研ぎ澄まされていた。
前世において補給不足に喘ぎ、一発の銃弾を惜しんで戦線を維持した彼らにとって、神州丸と海軍輸送艦が届けてくれる無尽蔵の弾薬の山は、まさに狂喜乱舞すべき「楽園」であった。
だが、突撃を命じられた国民革命軍の将兵たちにとって、その土嚢陣地は地獄の門そのものであった。
どれほど兵を投入しようとも、MG42が形成する水平の弾幕――「死の剃刀」が、密集して前進してくる歩兵を数十メートル手前で寸断し、なぎ倒していく。
突撃の波が途切れた僅かな間隙を見計らい、路地の物陰から迫撃砲を据え付けようとした敵の重火器班も、数町先の上生煙突の上に潜んでいた狙撃手のシモノフから放たれた正確無比な一撃によって、指揮官ごと頭部を吹き飛ばされて沈黙した。
さらに、防衛線の両翼を固める鉄騎兵たちが、敵の希望を粉々に叩き潰した。
「西住、十時方向の路地! 装甲車二と歩兵一個中隊回り込み! 吹き飛ばせ!」
『了解であります!』
庁舎正面の破口から、西住の駆る「雷轟」が巨大な防盾を構えたまま半身を乗り出した。
左前腕部に据え付けられた75mm低圧砲が、重厚な地響きとともに火を噴く。放たれた成形炸薬弾が、先頭の装甲車の正面装甲に吸い込まれた刹那、超高熱のメタルジェットが車内を灼熱の地獄へと変え、弾薬庫が連鎖爆発を起こして砲塔が虚空へと吹き飛んだ。
逃げ惑う後続の歩兵集団へ向けては、右腕の25mm機関砲が火を噴く。
防弾鋼板の盾を構えたまま、人間大の巨砲を乱射して前進してくる鉄の巨人を前にして、旧式の小銃しか持たぬ兵士たちが抗し得る道理など、最初からどこにも存在しなかった。
「……マスタング、空からの客だ。掃き掃除を頼む」
無線越しに投げかけられた竜宮の静かな声に、庁舎屋上に陣取っていたシュツルムフォーゲルが、重厚な油圧音とともに長大な8.8cmライフル砲を天へと掲げた。
『了解した、提督。……手枷足枷のない戦争というのは、実に心地が良いものだ』
マスタングの引き金によって撃ち出された時限信管付きの対空榴弾が、慌てて爆撃に駆けつけようとしていた複葉爆撃機隊の直下で炸裂した。
黒煙の輪が空を覆い、破片を浴びた旧式機が主翼をもがれてきりもみ状態で墜落していく。
さらに、上空を哨戒していた蒼龍のスツーカ群が急降下を開始し、残存機をハエ叩きのように次々と海へと叩き落としていった。
もはや、戦闘などではなかった。
前世の近代戦を知る者たちが敷いた火力体系による、旧世紀の軍隊に対する一方的な圧殺であった。
「……退却だ! 退却ゥッ!」
「敵は人間ではない! 鋼鉄の悪魔だ!」
士気を挫かれたどころではない。
何千もの同胞が一瞬にして肉片へとすり潰される光景を目の当たりにした国民革命軍の兵士たちは、軍刀を抜いて前進を強要する将校を突き飛ばし、我先にと武器を投げ捨てて後方へと潰走を始めていた。
◇◇◇
奪還作戦が始まってから、わずか2時間足らず。
上海軍令部庁舎を取り囲んでいた数万の敵兵は、硝煙が漂う瓦礫の荒野に数千の屍を遺し、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
静寂が、ゆっくりと上海の廃墟を包み込んでいく。
二階の土嚢陣地で、竜宮は握り締めていたMG42の銃身から手を離し、白手袋の煤を払った。
銀縁眼鏡の奥の瞳には、勝利の歓喜など微塵も浮かんでいない。
あるのは、冷徹に数字を弾き出す計算家の視線だけであった。
「……敵の損害、三個連隊規模の戦闘力喪失。弾薬の残量は?」
「神州丸からのピストン輸送により、依然として九割以上を維持しています、提督!」
通信士が、興奮を抑えきれぬ声で報告する。
「上出来だ。……これで、南京の蒋介石も目が覚めただろう」
竜宮は瓦礫の街の向こう、中華民国の首都たる南京の方角を冷ややかに見据えた。
総力を挙げて送り込んだ上海奪還部隊が、防衛部隊に手も足も出ず、文字通り「挽き肉」にされて壊滅したという絶望的な凶報。
空は航空機に封鎖され、誇りのドイツ式軍事顧問団は沈黙し、陸の精鋭は一瞬で蒸発した。
これ以上の継戦が、自らの政権の完全な破滅を意味することを、いかに頑迷な指導者であろうと理解せざるを得ないはずだった。
上海の中枢が陥落してから、12時間が経過。
南京の国民政府総統府には、上海奪還作戦に投入された第一陣の各師団から、悲鳴にも似た増派要請と敗走の凶報が分刻みで殺到していた。
『敵の鋼鉄の巨人は我が軍の砲撃をことごとく弾き返し、前進を停止せず!』
『布を引き裂くような怪音を放つ新型機関銃と、空からの回転翼機による精密爆撃により、三個連隊が壊滅!
前線は完全に崩壊寸前!』
もはや軍事的な再編成すら追いつかぬパニックが中華民国全土を覆い尽くそうとする中――前線の元・国民革命軍警備司令部の一室で指揮を執っていた竜宮の無線機に、沖合の空母「仙鷹」のCICから、極めて異例の緊急入電が飛び込んできた。
『……提督、信じられない増援が長江河口に現れました。所属は……ロシア、イギリス、そしてアメリカです!』
「何……?」
竜宮が眉を跳ね上げた瞬間、上海の埠頭を震わせる重厚な汽笛の三重奏が響き渡った。
先頭を切って黄浦江へと堂々と錨を下ろしたのは、ロシア帝国以来の重厚な船体を持つ赤色海軍の戦艦――『ガングート』であった。
バルト海から極東へ向けて、前世のロシア連絡将校たる歴戦の職業軍人、ボリスクリフト・スミルノフ中佐が、本国の赤色艦隊から「丸ごと一隻パクって」回航してきた怪物艦である。
そのガングートの前甲板に聳え立っていたのは、スミルノフが極秘裏に組み上げたソビエト製タクティカルモジュール――『スターリ・チェラーヴェーク』であった。
オリーブグリーンの塗装に、T-34戦車を彷彿とさせる丸みを帯びた鋳造傾斜装甲。
その外観は竜宮の「雷鋼」と瓜二つであったが、左肩は鮮烈なソ連の真紅に染まり、金色の「鎌と鎚」が堂々と輝いている。
そして、三・五メートルの全高にはおよそ不釣り合いな、戦艦の副砲クラスたる「15.2cm砲」が肩部パイロンにドカリと懸架されていた。
ガングートの探照灯がモールス発光信号を送り、スターリの単眼モノアイが深紅に点灯する。 直後、竜宮の受信機に、聞き覚えのある凛々しい女性の声が飛び込んできた。
『――カズシ。遅れてすまない。アナスタシア・ロマノヴァ少佐、これより原隊へ復帰する』
「……エイメン」
その名乗りを聞いた瞬間、竜宮はいたたまれない表情を浮かべ、思わず胸の前で素早く十字を切った。
前世の第302中隊において、冷静沈着な幕僚として竜宮を支えてくれたアナスタシア。
彼女は前世においても正真正銘のロシア旧皇族――「ロマノフ王朝」の血筋であった。
平成や令和の世であれば「歴史上の有名人と同じ名前だね」と笑い話で済んだだろう。
だが、スターリンによる「大粛清」の嵐が吹き荒れる照和十二年のソビエト連邦において、「アナスタシア・ロマノヴァ」などという名は、冗談抜きで命がいくつあっても足りない超絶危険な名前である。
本人の転生なのか、奇跡的な同姓同名の別人として生まれ直したのかは定かではないが、赤色テロの監視網を掻い潜り、戦艦ごと極東まで脱出してきたその苦労は察するに余りあった。
もっとも、クリームヒルトに負けず劣らず豪胆無比で質実剛健な女傑である彼女のことだ。
精神的にはピンピンしているどころか、戦艦一隻を分捕ってくるあたり、相変わらずの剛腕ぶりであったが。
だが――奇跡の合流は、それだけに留まらなかった。
ガングートの巨影に追随して入港してきたのは、イギリス海軍が誇る世界最古の航空母艦――『ハーミーズ』であった。
その飛行甲板の上には、鋭角な複合装甲を纏い、深みのあるネイビーブルーに塗装された英軍製タクティカルモジュール――『エクスカリバー』が直立していた。
両腕には、大英帝国の象徴たる「40mm・ポンポン砲」が凶悪な多連装銃身を構えている。
操縦席に座るのは、フィリウス・ウォルコット中佐。
前世では英空軍のエースパイロットでありながら、機を降りてからは兵站と物資調達の貧乏くじを引き受け、柔らかな物腰で部隊を支え続けた苦労人であった。
そして、ハーミーズの艦橋から優雅にパイプを燻らせていたのは、艦長たるアーサー・マデューカス大佐――前世において生粋の潜水艦長として竜宮を厳しく、かつ温かく鍛え上げてくれた、生真面目な英国紳士。
彼らは本国の正式な辞令を盾にしつつ、実質的には艦をまるごと引き連れて、極東の提督のもとへ馳せ参じたのだ。
さらに、その横には――星条旗を掲げたアメリカ海軍の空母『ラングレー』が並んでいた。
艦橋から白い歯を見せて手を振っているのは、米軍のイケおじ艦長、ローディ・グローバル大佐。
マデューカス、スミルノフ、そしてグローバル。
前世のタウイタウイ泊地において、若造の民間徴用提督であった竜宮を、寄ってたかって一人前の「海の男」へと叩き直した三人の父親のような恩師たちが、アジアの花火大会を見越し、各国の仲間たちを乗せて集結したのだ。
「……まったく。揃いも揃って、無茶苦茶な連中ばかりだ」
竜宮は銀縁眼鏡を指先で押し上げながら、心底から込み上げる熱い笑みを噛み殺せなかった。
日の丸を背負う、西住の「雷轟」。
黒鷲とハーケンクロイツを纏う、クリームヒルトとマスタングの「シュツルムフォーゲル」二機。
赤の鎌と鎚を掲げ、巨砲を抱く、アナスタシアの「スターリ・チェラーヴェーク」。
そして、ネイビーブルーの騎士たる、フィリウスの「エクスカリバー」。
上海の前線に、五機のタクティカルモジュールが勢揃いし、世界最強の『装甲騎兵一個小隊』がここに結成された。
日・独・英・ソ・米――前世の死線を共にした多国籍の猛者たちと、各国から分捕ってきた軍艦群が上海の港を埋め尽くす異様な光景。
これを目撃した南京の蒋介石政権にとっても、そして外国租界の列強観戦武官たちにとっても、それはもはや戦争の勝敗などという次元を遥かに超越した――完全なる「チェックメイト」の宣告に他ならなかった。
◇◇◇
上海の元・国民革命軍司令部の中庭には、絶え間なく回転翼の爆音が吹き荒れていた。
「仙鷹」から飛来した「嵐迫」や、港湾の空母「ハーミーズ」「ラングレー」から次々と舞い降りる完全武装の兵士たちが雪崩を打って降下してくる。
その出で立ちは、実に色鮮やかで雑多を極めていた。 イギリス陸軍特有の皿型ヘルメットを被った兵士。 ソ連赤軍のカーキ色のルバシカにピロトカ帽を被った兵士。
そして、米海軍・海兵隊のカーキの軍服を着込んだ兵士たち。
だが――その三者三様の軍服の上から醸し出される空気は、1930年代のいかなる正規軍の兵隊とも根本から異なっていた。
タラップから飛び降りた瞬間の、無駄のないローレディ姿勢での銃の保持。 角を曲がる際に見せる、滑らかな「カッティング・パイ」による射界のクリアリング。
小銃を単なる棒切れのように担ぐ当時の軍隊とは次元の違う、現代的なCQBと相互カバーの足捌き。
軍服でどれほど国籍を偽装しようとも、その身体の芯に刻み込まれた戦技の数々を見れば、彼らの正体など筒抜けであった。
前世において、世界の海と陸を転戦し、不可能任務を平然とこなしてきた「第302哨戒警備中隊」――あの『ラストバタリオン』の生還者たちであった。
「よう、提督! 相変わらず景気良くドンパチやってるって聞いて、大西洋の向こうから飛んできたぜ!」
「まったく、ロシアのクソ寒い兵営でスターリンの顔色を窺いながら過ごすより、提督の怒鳴り声を聞く方が百倍生き返るってもんですよ!」
土嚢陣地の前に整列した各国の兵士たちが、銃を掲げて口々に叫び、白い歯を剥き出しにして笑い飛ばした。
本国の正規軍での地位も、安寧な生活も、やがて訪れる大戦の破滅的な運命すらも、彼らはあっさりと投げ捨ててきたのだ。
前世のタウイタウイで泥水を啜り、互いの背中を預け合って生き抜いたこの「鉄火場」こそが、彼らにとって何物にも代えがたい唯一の「実家」であった。
司令部のバルコニーからその光景を見下ろしていた竜宮の隣で、マスタングが煙草の煙を吹き出しながらニヤリと笑った。
「……揃いも揃って、本物の大馬鹿野郎どもだな」
「あぁ。だが、最高に頼もしい大馬鹿野郎どもだ」
竜宮は銀縁眼鏡の位置を直し、整列した数百名の多国籍兵士たちを見据えた。
その視線の先では、西住の「雷轟」とクリームヒルトの「シュツルムフォーゲル」の横に、ロシアの「スターリ・チェラーヴェーク」、英国の「エクスカリバー」が肩を並べ、五機の鉄の巨人が威圧的な影を落としている。
日、独、英、露、米。
この上海の一角に集結した戦力は、一民間企業の規模を逸脱し、小国家の軍事力を丸ごと凌駕する「多国籍混成軍団」へと膨れ上がっていた。
この光景を目の当たりにした南京の国民政府、そして黄浦江の対岸から固唾を呑んで見守る欧米列強の観戦武官たちが、どれほどの絶望と眩暈を覚えているかは想像に難くなかった。
「野郎ども!」
竜宮がバルコニーの手すりに手をかけ、低く、だが隅々まで響き渡る声で怒号を放った。
「よくぞ帰ってきた! だが、ここはまだ敵地のど真ん中だ。……歓迎の宴は、南京の蒋介石に講和のサインを呑ませ、この不毛な戦乱を終わらせてからだぞ!」
「「「イエッ・サーッ!!」」」
千の喉から放たれた地鳴りのような咆哮が、上海の青空を揺るがした。
泥沼の支那事変を力ずくで叩き潰すための、世界最強の私設軍団が、ここに完全なる陣形を完成させていた。
「死んでも治らん命知らずのロクデナシども!服装は仕方ないにしても、そんな女も満足させられん短小は今すぐポイして、新しい彼女を補給箱から防弾チョッキと合わせて貪るのを許可してやる!」
バルコニーから叩きつけるような竜宮の怒号が響き渡ると同時に、中庭に山積みされていた神州丸からの大型コンテナが一斉にこじ開けられた。
「歩兵はカラシニコフで前線に加われ! スカウトはシモノフで援護とカウンタースナイプだ! 支援隊はバズーカとパンツァーファウストを忘れるな!通信士はクソ重い通信機を拝み倒して実家の婆さんを背負う気持ちで装備しろ! 工兵隊はタクティカルモジュールと連携して、複合装甲防盾で要塞バリケードを作れ! 連中が泣いて謝るくらいの損害を与えるまで、持ち場を墓穴だと思え!!」
その容赦ない檄文に対し、旧式のエンフィールドやモシン・ナガンを放り投げ、真新しいAKやボディアーマーを奪い合う多国籍の兵士たちから、地鳴りのような歓声と定番の野次が飛んだ。
『少佐殿! 少佐! 代行! 代行殿! 大隊指揮官殿!!!!』
前世の泊地で散々擦り倒された懐かしの呼び名を連呼する部下たちに、竜宮は銀縁眼鏡の奥で片眉をピクリと跳ね上げた。
「いつの話をしている、このウォーモンガーども。……だがよろしい、ならばクリークだ」
竜宮は白手袋の拳を振り下ろし、獰猛な笑みを浮かべて言い放った。
「正面突撃しか知らん木っ端連中に、我々の恐怖を教えてやれ! 我々の鉄風雷火の味を、骨の髄まで刻み付けてやれッ!!」
「「「ウオオオォォォッ!!」」」
地響きを立てて応じる数百名の猛者たち。
その瞬間から開始された上海司令部の「要塞化」は、軍事工学の常識を遥かに超越した神速の領域にあった。
5機のタクティカルモジュール―― 西住の「雷轟」、 クリームヒルトとマスタングの「シュツルムフォーゲル」2機、 アナスタシアの「スターリ・チェラーヴェーク」、そしてウォルコットの「エクスカリバー」。
日・独・露・英の鉄騎兵たちが、その巨躯と圧倒的な膂力を振るい、巨大な複合装甲防盾を道路や交差点へと次々と突き立てていく。
その隙間を工兵隊が土嚢と有刺鉄線で埋め、建物の窓々にはカラシニコフを手にした歩兵分隊とMG42重機関銃座が幾重にも配置された。
屋上にはシモノフを手にした狙撃班が陣取り、肩部に15.2㎝砲を構えたスターリ・チェラーヴェークと、40ミリ連装ポンポン砲を構えたエクスカリバーが、四方の空と地上を完全に射程に収める。
背負い式通信機を背負った通信士たちが瞬時にグリッド座標を共有し、沖合の仙鷹、ガングート、ハーミーズ、ラングレー、そして上空の嵐颯・スツーカ編隊と結ばれた「戦術データリンク」の網が、上海の市街地を完全に覆い尽くした。
鉄壁の防弾チョッキを着込み、自動小銃の弾倉を叩き込む多国籍の精鋭たち。
彼らが築き上げたその陣地は、もはや一民間企業の防衛線などでは断じてなく、二十世紀前半のいかなる大軍であろうと、突入した瞬間に一握の肉片へとすり潰す「現代戦のキルゾーン」であった。
包囲を再構築しようと遠巻きに迫りつつあった国民革命軍の斥候部隊は、双眼鏡の先で組み上がったその異様な要塞都市を見て、恐怖に息を呑み、金縛りに遭ったように立ち竦んでいた。
空には猛禽の群れ、海には多国籍の艦隊。
そして陸には、五機の巨人と、最新鋭の火器を満載した数百名の悪魔たち。
泥沼の支那戦線を瞬時に断ち切るための「鉄風雷火」の舞台は、竜宮の指揮のもと、一分の隙もなく完全に整えられていた。