曙光の艦隊   作:星乃 望夢

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第九話 烈・帝国斯衛軍

北海道の大開拓が莫大な農作物と富を吐き出し始めるや否や、竜宮はその潤沢な果実を次の巨大な歯車へと注ぎ込んだ。

 

――重工業の心臓部、「竜宮重工」の旗揚げである。

 

近代工業の背骨となるのは、いつの時代も鉄だ。

 

竜宮は建国間もない満州国へ目を向け、鞍山製鉄所をはじめとする大陸の製鉄コンビナートから産出される良質な鉄鋼を、圧倒的な資金力で大量に買い付けた。

 

陸軍や満鉄が資源の利権争いに明け暮れている間に、竜宮警備の辣腕事務官たちが電光石火の契約を結び、極東最大の鉄鋼サプライチェーンを竜宮重工の傘下へと組み込んでいったのだ。

 

そして、その鉄を受け止める生産拠点として竜宮が選んだのは――帝都・東京湾の対岸に広がる、房総半島であった。

 

当時の房総沿岸は、鄙びた漁村と広大な砂浜、そして未開発の平野が延々と続く長閑な地帯に過ぎなかった。

 

京浜工業地帯にばかり固執していた既存の財閥陣が気にも留めていなかったその広大な沿岸部と内陸平野を、竜宮は手に入った資金の端から片っ端から買い上げていった。

 

そこに描かれた青写真は、照和初期の都市計画者が見れば卒倒しかねない狂気の規模であった。

 

東京湾の水深を活かした大型船の艤装が可能な「巨大臨海造船所」。

 

満州の鉄鋼を加工し、装甲板や高張力鋼を吐き出す「沿岸コンビナート」。

 

そして何より――前世の成田や羽田、関西国際空港といった国際メガエアポートに匹敵する、三千メートル級の長大な滑走路と近代的な誘導路・管制塔を備えた「超大型空港」の建設である。

 

既に、回転翼機のフリート(嵐凰・嵐迫・嵐征)によって、日本全国の短中距離輸送や離島空輸は「竜宮航空」が一手に掌握しつつあった。

 

だが、竜宮が目指す空の覇権は、ヘリコプターの枠内に留まるものではなかった。

 

(必ず当たる宝くじ――ジャンボジェットの市場を、他国に渡すわけにはいかないなぁ)

 

前世の歴史において、ボーイング747をはじめとするワイドボディ超大型ジェット旅客機が、いかに世界の物流と人の流れを一変させ、莫大な富と戦略輸送力を生み出したか。それを知る竜宮にとって、超大型ジェット機の開発は絶対に欠かせぬ国家戦略であった。

 

単なるターボジェットエンジンの基本設計図であれば、すでに泰山航空工業の東野源一郎と共有を終えていた。

 

だが、竜宮が真に狙っていたのはその先――大量の空気を燃焼室の外側へバイパスさせ、圧倒的な大推力と驚異的な低燃費を両立させる「高バイパス比ターボファンエンジン」の実用化だった。

 

戦闘機のようにアフターバーナーで空気を焼き尽くすのではなく、静粛性と航続距離を極限まで突き詰めた、現代の民間航空路を支える心臓部。

 

竜宮が持ち込んだ未来の流体力学と耐熱設計に、昭和二十年の無念を晴らさんとする東野の執念が注ぎ込まれ、その試作図面は今や完成間近の領域に達していた。

 

(スケジュールは……早ければ照和11年。遅くとも照和14年までには、最初の機体を空へ飛ばせる)

 

世界各国がようやく全金属製の単葉レシプロ機や、黎明期の双発爆撃機を飛ばし始めたばかりの時代である。

 

そんな世界の頭上へ、三百人以上の乗客と数十トンの貨物を腹に収め、時速八百キロを超える亜音速で太平洋を無給油横断する「ジャンボジェット」が突如として現れるのだ。その経済的・軍事的衝撃は、核兵器の登場にも匹敵するパラダイムシフトとなるに違いなかった。

 

民間輸送の名目で飛ばす巨鳥。

 

だが、その広大な胴体は、ひとたび有事となれば数百名の完全武装兵を一瞬で地球の裏側へ送り届ける「超長距離戦略輸送機」となり、あるいは大陸間を跨いで敵の心臓部を焦土と化す「超大型戦略爆撃機」へと瞬時に化ける。

 

房総の静かな砂浜に、地中深く打ち込まれる無数の鋼鉄杭。

 

海を埋め立て、滑走路を均す重機の轟音が、未来の空の怪物を迎え入れるための揺りかごを築き上げていた。

 

 

◇◇◇

 

 

竜宮が新たに組み上げたロールアウト直後の「雷震」を一機、そっくりそのまま鴻上昴へと託した時、二人の間に言葉による説明はほとんど必要なかった。

 

大高弥三郎が警告した通り、陸軍内部の主戦派はすでにこの巨人の存在を嗅ぎつけ、強引に戦車隊へ組み込んで満州や大陸戦線へと投入する機会を虎視眈々と狙っていた。

 

民間の新興企業がいくら「自社保有の警備機材だ」と言い張ったところで、国家総動員や戦時徴用という名の国家権力を振りかざされれば、法的に抵抗し続けることには限界がある。

 

ならば、どうするか。

 

陸軍の軍閥どもが、天地がひっくり返っても絶対に手出しのできぬ「至高の聖域」へと、機体ごと押し上げてしまえばいい。

 

竜宮の意図を正確に捉えた昴の行動は、電光石火であった。

 

国際連盟脱退の激震が過ぎた四月の初頭。

 

桜が舞い散る帝都・宮内省の前庭において、内外の新聞記者や軍首脳、閣僚たちを緊急招集した前代未聞の「宮内省正式会見」が執り行われた。

 

白布が落とされた瞬間、広場を埋め尽くした記者団から悲鳴にも似たどよめきが上がった。

 

そこに聳え立っていたのは、陽光を妖しく吸い込む深い「紫」に染め上げられた、全高三・五メートルの鋼鉄の巨人であった。

 

頭頂部には、部隊長機であることを示す鋭角なブレードアンテナが天を突くように増設されている。

 

角張った寸胴の無骨な装甲躯体でありながら、その塗装と威容は神話の武神のごとき神々しさを放っていた。

 

巨人は、その巨躯に見合う身の丈ほどの長大な日本刀――超硬特殊鋼で鍛造された長刀を両足の間の地面へと垂直に突き立て、マニピュレーターの両手をその柄頭の上に静かに重ね、不動の姿勢で佇んでいた。

 

静まり返る会見場の中央に、正装に身を包んだ鴻上昴が歩み出た。 少年の面影を残しながらも、その双眸には一国の命運を背負う者たる烈烈たる光が宿っていた。

 

「――此処に在る鋼鉄の巨躯は、泰山航空工業および竜宮警備の英知を結集し、来たるべき国難の時代において皇国をあらゆる災禍から守護すべく鍛え上げられた、不滅の鎧にして剣である」

 

澄み渡る昴の声が、マイクを通じて帝都の空へと響き渡る。

 

「本日を以て、宮内省直轄の独立武装組織――『帝国斯衛軍』の創設を天下に布告する。

 

この機体を筆頭とし、斯衛軍は皇宮の警衛、ならびに国体存亡の危機においてのみ発動される、大元帥陛下の直属親衛戦力として任に就くものとする!」

 

その宣言が発せられた瞬間、会場の末席にいた陸軍参謀本部の将校たちの顔色が、土気色へと変わった。

 

帝国斯衛軍。 それは、陸軍の管轄下にある既存の「近衛師団」とは全く別系統の、宮内省および皇室が直属で統帥権を握る、完全なる独立親衛軍であった。

 

その効果は、覿面という言葉ですら生ぬるかった。

 

満州事変の成功に酔い痴れ、政府の統制を無視して独走を続ける血気盛んな陸軍の軍閥たちであっても、皇室そのものが直轄する親衛組織に手を出すことなど絶対に許されない。

 

大日本帝国憲法の下において、それは明白な「不敬」であり、国家反逆罪に直結するからだ。

 

これにより、「雷震」という兵器は、陸軍の干渉を一切受けることなく、竜宮重工と泰山航空工業の手で合法的に、かつ大規模に量産・配備・改良を進めるための絶対的な免罪符を獲得した。

 

そして何より――竜宮が最も忌避していた「大陸での無用な侵略戦争へ駆り出され、泥沼の消耗戦ですり潰される」という最悪のシナリオを、法的に完全に封殺したのである。

 

もし仮に、陸軍の向こう見ずな幕僚が雷震の技術や機体を前線へ無断徴発しようものなら、宮内省からの激怒と不敬罪の追及を受け、軍歴の剥奪どころか文字通り物理的に首が飛ぶ。

 

皇室の権威という名の、これ以上なく強固な「不可侵の結界」が張られたのだ。

 

記者団のフラッシュの嵐の中、長刀を突き立てて微動だにしない紫の機体を見上げながら、群衆の片隅に立つ竜宮は銀縁眼鏡のブリッジを押し上げ、静かに笑った。

 

陸軍の暴走を抑え込み、自らの手札を国家最高位の盾で守り抜く。

 

大高弥三郎が求めた「軍の暴走抑止」と、竜宮が求めた「戦力温存」は、この少年皇族の一手によって完璧な調和を見せた。

 

盤上の駒は、もはや一介の民間企業の域を完全に超越していた。

 

照和の空の下、神の紫を纏った鉄の武神が、激動の歴史を見下ろすように静かにその刃を研ぎ澄ましていた。

 

 

◇◇◇

 

 

電撃的な記者会見が帝都を揺るがした、その日の夜。

 

春宵の冷気が漂う神楽坂の路地裏、黒塀と石畳に囲まれた小さな料亭の奥座敷にて、竜宮は大高弥三郎と向かい合っていた。

 

芸妓も仲居も一切近づけぬ完全な密室。坪庭の行灯が障子越しに揺れる静寂の中、酒の代わりに運ばれた熱い茶を啜り、大高は深々と息を吐いた。

 

「……いやはや。恐れ入った、としか言いようがありませんな」

 

大高の苦笑いには、呆れと、それを遥かに上回る最大級の賛辞が込められていた。

 

「参謀本部も陸軍省も、今宵は蜂の巣をつついたような大騒ぎです。虎視眈々とあの巨人を大陸へ奪おうと画策していた強硬派の連中が、揃いも揃って顔を青ざめさせ、手も足も出せずに地団駄を踏んでいる。……陸軍近衛師団とは別系統の、宮内直轄『帝国斯衛軍』とは。まさか、そこまで大胆不敵に皇室を盤上に巻き込むとは夢にも思いませんでしたよ」

 

「陸の将校方に余計な色気を出させないためには、これが最も確実で迅速な手でしたので」

 

湯呑みを置き、竜宮は淡々と応じた。その涼しげな横顔を見つめながら、大高は探るように身を乗り出した。

 

「それにしても、あの鴻上宮の若君……。ただ神輿として担がれただけとは思えん、凄まじい眼光と気迫でした。お二人の間には、単なる機材の納入業者と発注者という以上の、奇妙なまでの呼吸の一致を感じましたが」

 

「ええ。隠すつもりはありませんよ」

 

竜宮は銀縁眼鏡の位置を直しながら、事も無げに告げた。

 

「昴もまた――私と同じく、前世の修羅場を共にくぐり抜けてきた戦友です」

 

「……なんと!」

 

大高は思わず膝を打ち、目を見開いた。

 

「あの若君も、前世の記憶を持っておられると……!?」

 

「ええ。タウイタウイの泊地で、泥水と硝煙にまみれながら共に戦線を支えた無二の仲間です。見た目はあのように華奢ですが、前世ではあの巨人を駆らせれば右に出る者のない、一流のエースパイロットでした」

 

「あの可憐な若君が、人型戦車のエース……」

 

大高は絶句し、次いで天を仰ぐようにして低く唸った。

 

実は、大高自身も陸軍内部の良識派として、皇室――それも、当代の「御上」と直接言葉を交わし、極秘裏に意思疎通を図ることのできる稀有な独自ルートを保持していた。

 

前世の過ちを繰り返さぬため、いざという時には玉座の威光を以て軍の暴走を押し留める腹積もりはあったのだ。

 

だが、制度として公然と宮内直轄の「斯衛軍」という独立軍を立ち上げ、軍閥の介入を法的に完全封殺してしまうという離れ業は、大高の構想すら遥かに飛び越えていた。

 

何より、大高の胸を震わせたのは――皇族の血脈、宮中の最深部に「後世復命者」が存在しているという、途方もない事実そのものだった。

 

(これは……天佑という他はない)

 

やがて訪れるであろう国家改造の瞬間。

 

軍部中枢の腐敗を断ち切り、国家の舵を力ずくで切り替える救国クーデターを断行する際、最大の壁となるのは常に「宮中・皇室の理解と承認」である。

 

そこに、前世の惨劇と敗戦の地獄を骨の髄まで知る「復命者」が、しかも自衛のための鋼鉄の牙を率いて鎮座しているのだ。これほど心強く、これほど決定的な戦略的楔が他にあるだろうか。

 

「竜宮社長……いや、竜宮殿」

 

大高は居住まいを正し、少年に向けて深々と頭を下げた。

 

「貴殿と鴻上宮が打ち立てたこの布石、我が清風会にとっても、そしてこの国の未来にとっても、計り知れぬ光となります。陸軍の暴走を抑え込み、大陸の泥沼を回避するための最大の拠点が、いま宮中に打ち立てられた」

 

「利用できるものは、天皇家の看板であっても徹底的に使い倒す。それが私の流儀ですから」

 

不遜とも取れる言葉を、竜宮は冷徹な平熱のまま口にした。

 

だがその冷徹さこそが、前世で国家の欺瞞と補給の差別に殺された元「民大将」の、何者にも屈せぬ覚悟の証であることを大高は知っていた。

 

「結構。存分に使い倒すがよろしい。……我ら清風会も、水面下で動かすべき歯車をさらに加速させねばなりませんな」

 

大高に猛禽のような鋭利な闘志が宿った。

 

神楽坂の静かな夜。

 

帝都が寝静まる闇の奥底で、陸の将官、海の民大将、そして宮中の戦士という異形のトライアングルが、運命の絆をがっしりと結び合わせていた。

 

 

◇◇◇

 

 

電撃的な帝国斯衛軍創設宣言からわずか一週間後。

 

帝都の熱気が冷めやらぬ中、宮内省前庭にて帝国斯衛軍への「雷震」先行納入式典が執り行われ、内外のメディアへ向けてその全貌が公開された。

 

報道陣のカメラの砲列と、列強各国の駐在武官たちが放つ貪欲な視線が集中する広場の中央。

 

重厚なシートが外され、白煙とともに姿を現したその巨躯は、先週の紫の機体とはまた異なる、戦慄すべき「兵器としての完成度」を全身から放っていた。

 

頭頂部にあった指揮官機のシンボル――鋭利なブレードアンテナは取り外され、センサー類の防弾性を高めた無骨なノーマルタイプの頭部。

 

機体全体を覆うのは、陽光を鈍く乱反射するマットな「暗灰色」の低視認塗装であった。

 

そして、その装甲の要所には、鮮烈なマーキングが施されていた。

 

右肩には、混じり気のない真紅で描かれた「日の丸」の国籍標識。

 

対する左肩には、まるで刃物で切り刻んだかのような鋭い達筆の墨文字で――『烈士』の二文字が刻印されていた。

 

皇室の直属でありながら、泥を啜り死線を越える覚悟を秘めた鉄の武者。

 

その姿は、居並ぶ観衆の息を呑ませるに十分な威厳を漂わせていた。

 

何より、軍事関係者たちの目を釘付けにしたのは、その全身を固める過剰なまでの近接戦闘兵装であった。

 

背部から右マニピュレーターへと引き抜かれたのは、身の丈を優に超える「近接戦闘長刀」。

 

超硬特殊鋼を鍛え上げたその刀身は、戦車の履帯や装甲車の外板を一撃で両断すべく極限まで研ぎ澄まされている。

 

左腕部には、対戦車砲弾の衝撃をも減衰させるハニカム内蔵の「複合兵装防盾(コンポジット・シールド)」が装備され、防御と同時に打撃兵装としても機能する設計となっていた。

 

さらに、射撃兵装の即応性も凄まじい。

 

右前腕部には、給弾ベルトを直結した「二十ミリ連装機関砲ガンポッド」が一体化するようにマウントされ、長刀を構えたまま瞬時に敵前衛へ濃密な弾幕を浴びせることが可能だった。

 

そして左腕のアタッチメントには、予備の「近接戦闘短刀」を収めた鞘が据え付けられ、超至近距離の組み討ちや狭隘な市街地戦闘においても間断のない連撃を叩き込める構造となっていた。

 

ガシャン――と、暗灰色の巨人が長刀を構え、大地を震わせて演武の如き踏み込みを見せる。

 

その人間離れした、しかし完全な「人間の重心移動」をトレースした機敏な太刀筋に、外国人記者たちから悲鳴にも似た歓声が上がった。

 

「オーマイゴッド……なんだあの怪物は……!」

 

「歩兵の機動性を持ったまま、中戦車以上の装甲と火力を振り回しているぞ……!」

 

青ざめた顔でメモを走らせる米英の駐在武官たち。

 

一方、後方で観覧していた帝国陸軍の幕僚たちは、拳を白くなるほど握りしめ、悔しさに奥歯を噛み締めていた。

 

これほどの絶対的な矛と盾が、自分たちの管轄外――宮内省直轄の「斯衛軍」として、皇室の不可侵の御旗のもとに配備されたのだ。もはや指をくわえて見つめる以外に術はなかった。

 

報道陣の喧騒から離れた天幕の陰で、竜宮は静かにその光景を見届けていた。

 

(暗灰の『烈士』……。悪くない仕上がりだ)

 

先行納入された一般機仕様の雷震は、斯衛軍の精鋭たちの手によって、これから徹底的な戦術研究と運用訓練に供されることになる。

 

これで、国内におけるタクティカルモジュールの存在価値は確立された。陸軍の横槍を遮断しつつ、国家規模の生産基盤を維持する道筋はついたのだ。

 

少年の双眸は、熱狂する式典の広場を通り越し、すでに次なる盤面――東京湾の対岸に広がる房総の埋め立て地、そして地下ドックで静かに外皮を纏い始めた深海の艨艏へと向けられていた。

 

帝国斯衛軍の制式採用という至高の「錦の御旗」を手に入れたことで、タクティカルモジュール「雷震」の量産計画は、何者にも邪魔されることなく爆発的な軌道に乗った。

 

憲兵隊も特高警察も、皇室の直属軍に納入される重要機密物件に手出しすることなど許されない。

 

 

◇◇◇

 

 

東京湾を挟んだ房総半島の竜宮重工プラントでは、満州から運び込まれた良質な鉄鋼が巨大なプレス機で叩かれ、昼夜を問わず暗灰色の装甲躯体が次々とラインから吐き出されていった。

 

その生産された雷震の行き先は、二つに分かれていた。

 

一つは、帝都の宮内省および斯衛軍の訓練基地。

 

そしてもう一つが――津軽海峡を越えた北の大地、北海道の開拓前線であった。

 

兵器として鍛え上げられた人型機動兵器を、極限環境の土木重機として投入する。

 

その試みがもたらした威力は、開拓民のみならず、現場の技術者たちをも震え上がらせるほど凄まじいものだった。

 

「――全機、作業開始!」

 

原生林が鬱蒼と生い茂る石狩平野の奥地。響き渡る号令とともに、数機の雷震が一斉に動き出す。

 

腕部マニピュレーターに装着された特注の超大型「剣スコップ」が、まるで生身の人間が園芸用スコップを振るうかのような自在さで大地を抉り、瞬く間に長大な排水溝と道路基盤を掘削していく。

 

行く手を阻む巨大な巨石や頑強な岩盤に行き当たれば、腕部アタッチメントを油圧ブレーカーへと換装。機関銃の如き高速ピストン打撃で、コンクリート同然の岩塊を一瞬で砂利へと粉砕した。

 

さらに、開拓民たちを最も感嘆させたのは、森林の伐採と建築の速度だった。

 

雷震の両腕が構えるのは、高トルクの油圧モーターで駆動する特大の手持ち式チェーンソー。

 

樹齢数百年の大木が数秒で切り倒され、マニピュレーターがその丸太を器用に掴んで枝を払い、その場で正確無比に製材していく。

 

そして、組み上げられるログハウス。

 

全高三・五メートルの巨人が己の体格に合わせて丸太を組み上げていくため、出来上がる建造物は生身の人間から見れば「巨大庁舎」か要塞そのものであった。

 

一般の開拓民家族が入居する一軒家タイプの規格住宅に至っては、まるで子供が積み木を重ねるかのような軽快さとミリ単位の精密さで、わずか半日で一棟が完全に組み上がった。

 

人力と馬力に頼り、泥にまみれて何ヶ月もかけていた開拓作業が、雷震の投入によって文字通り数十分の一の工期へと圧縮されていく。

 

だが、竜宮の指揮が真に先進的だったのは、目に見える建築物の先にある「地下」の設計であった。

 

北海道の各地に敷設された燃料発電機や、石炭を利用した高効率火力発電所からの送電網。

 

それらの電線インフラは、すべて「地下埋設」――地中深くへ埋め込む無電柱化方式で徹底的に統一されていた。

 

電柱を地上に立てれば、北海道特有の猛烈な吹雪や豪雪による凍結断線を引き起こす。

 

何より、将来訪れるであろう空爆や砲撃の破片によって、一瞬で都市のライフラインが寸断されることを竜宮は前世で痛感していた。

 

(インフラは、後から掘り返すのでは遅すぎる。最初から『戦争と災害』を前提に埋め込んでおくのが鉄則だ)

 

泥炭地を暗渠排水で沃土へと変え、地下には強固な電力網と通信ケーブルを張り巡らせ、地上には雷震が組み上げた頑強な防寒都市とメガファームが幾何学模様のように広がっていく。

 

もはや、そこは単なる開拓地ではなかった。

 

いかなる経済封鎖や海上封鎖を受けようとも、自前で食糧と電力を生み出し、必要とあらば一夜にして鉄の騎兵が迎撃態勢を整える――北海に突如として現出した、不抜の近代要塞地帯であった。

 

泥に汚れた長刀の代わりに、油まみれのチェーンソーとスコップを握りしめ、大地を均していく鉄の巨人たち。

 

その圧倒的な土木の進撃を、北の冷たい風に長髪を遊ばせながら、竜宮は満足げに見届けていた。

 

北海道の原野において、何機もの鉄の巨人が大地を抉り、山を切り拓いているという報告が陸軍参謀本部にもたらされた時、将校たちの間に走ったのは激しい動揺と疑念であった。

 

「宮内直轄の斯衛軍にしか配備されていないはずの『雷震』が、なぜ北の大地に群れを成しているのだ!?」

 

「軍部に隠れて、私設軍隊でも組織しているつもりか!」

 

参謀本部の強硬派幕僚たちは色めき立ち、すぐさま宮内省に対して詰問状めいた照会を叩きつけた。

 

だが、返ってきた宮内省からの回答は、木で鼻をくくったように冷淡なものだった。

 

――北辺に配備されている機体は、竜宮重工が独自に製造・保有する「個人所有物(土木重機)」に過ぎず、斯衛軍の制式軍用機ではない。

 

「民間企業の私有物だと……?」

 

その回答を握りしめた陸軍幕僚たちの口元に、下卑た笑みが浮かんだ。

 

国家の公権力たる軍隊にとって、民間企業の私有財産などいくらでも料理できる獲物に過ぎない。

 

「ならば話は簡単だ。『軍事徴用』をかければよい!」

 

「あの巨人を接収し、満州の関東軍戦車隊へと組み込めば、ソ連赤軍への絶対的な抑止力となる!直ちに徴用令状を執行し、船で大連へ送れ!」

 

日頃から「国家総動員」を口にし、民間の物資を我が物顔で吸い上げてきた軍閥の連中にとって、徴用は伝家の宝刀であった。

 

彼らは即座に憲兵と輸送部隊を動かし、北海道の雷震を根こそぎ奪い取ろうと画策したのである。

 

だが――その動きを完全に予測していた宮内省から、間髪を入れずに下されたのは、陸軍の頭脳を凍りつかせる苛烈な「鉄槌」であった。

 

『――身を厳粛に慎め』

 

宮内大臣の署名と、皇族たる鴻上昴の意志が色濃く反映されたその公式通達は、陸軍省および参謀本部の首脳陣へ向けて叩きつけられた。

 

通達の文面は、軍閥の傲慢さを完膚なきまでにへし折る論理で満ちていた。

 

雷震の設計思想と基本骨格は、すでに帝国斯衛軍が「皇国の守護神」として奉戴した神器に連なる神聖不可侵の系譜である。

 

それを一地方軍閥の都合で奪い取り、大陸侵略の「尖兵」として泥水にまみれさせるなど、皇室に対する言語道断の不敬であり、断じて罷り通らぬ不埒の極みである――と。

 

そして、通達の最後には、決して破ることのできぬ絶対の呪縛が刻まれていた。

 

――軍用、民間用の名目を問わず、「雷震」と構造を一にする機動兵器の一切は、皇室の特旨なき限り『大日本帝国の領土外へ持ち出すことを厳格に禁制』とする。

 

「ぐ、ぬぬ……っ!」

 

参謀本部の作戦室で、将校たちは拳を机に叩きつけ、悔しさに顔を紅潮させて絶句した。

 

国外への持ち出し禁制。

 

それは、満州への配備も、中国大陸への投入も、将来の南方作戦への動員すらも、法的に完全に「禁止」されたことを意味していた。

 

いくら軍刀を鳴らして威張り散らす陸軍であっても、皇室の不可侵の権威を盾に「国外不出」を命じられては、手も足も出ない。無理に徴用令状を突きつければ、その瞬間に「皇室への反逆者」の烙印を押され、憲兵ではなく斯衛軍の長刀部隊が参謀本部に乗り込んでくるのだ。

 

(完璧だな、昴)

 

東京湾の風が吹き抜ける房総の事務所で、宮内省の通達の写しを眺めながら、竜宮は銀縁眼鏡を押し上げて静かに笑った。

 

陸軍の欲に塗れた手先を完封し、最新鋭機が泥沼の大陸戦線ですり潰されるのを防ぎ切った。

 

そして何より――この通達によって、北海道の広大な大地に配備された雷震群は、「国境防衛と国土開拓のための自衛戦力」として、合法的に竜宮の手元に温存されることが決定づけられたのだ。

 

奪うことも、持ち出すこともできぬ鋼鉄の守護神。

 

陸軍が地団駄を踏んで歯噛みする中、北の大地では今日も、鉄の巨人たちが静かに、だが着実に、来るべき国難を跳ね返すための「絶対の防壁」を築き上げていた。

 

 

 

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