恋愛小説AI利用   作:タツオ・クローニン

2 / 3
朝食は七時半

 

 

 旅行の予約をしたのは、俺だった。

 

 十一月八日から一泊。宿も列車も夕飯の時間も、全部取った。橘は確認画面を見て「できるじゃん」と言い、俺は、できるに決まってるだろ、と答えた。

 

 本当は予約サイトを三つ見比べ、部屋の写真を十回くらい拡大した。

 

 付き合って八か月、泊まりに来るたび橘に「次はどこ行く?」と聞いていた。答えてもらうことに慣れすぎていたのだと思う。

 

 宿の最寄り駅に着くと、雨が降っていた。

 

「海、見えないね」

「明日は晴れる」

「調べた?」

「たぶん」

 

 橘は笑った。駅の売店で買った傘は骨が六本しかなく、二人で入ると俺の肩が濡れた。

 

 部屋の窓の向こうは一面灰色だった。写真にあった海は、窓枠に説明をつけないと分からないくらい暗かった。

 

「こんな感じじゃなかったんだけどな」

「晴れてる日の写真でしょ」

 

 橘は靴下を脱ぎ、畳に両足をつけた。

 

「あったかい」

 

 暖房はまだ入れていなかった。

 

 夕飯は思っていたより量が多く、最後の炊き込みご飯を二杯食べたら動けなくなった。

 

「俺、明日の朝飯いらないかも」

「七時半って自分で決めたのに」

「七時半には減ってるか」

 

 橘は空いた小鉢を端に寄せ、箸袋を折っていた。出来上がったものは、くちばしの長い何かだった。

 

「鶴?」

「途中で分かんなくなった」

「新種か」

 

 湯呑みの横に置いて、写真を撮っていた。

 

 部屋に戻ると布団が敷かれていた。二組の間に、畳の縁が一本通っていた。

 

 俺がテレビをつけると、橘はバッグから文庫本を出した。ずいぶん古い本で、頁の角が柔らかくなっている。

 

「面白い?」

「まだ途中」

「それ、どうしたの」

「家にあったやつ」

 

 後ろの見返しに何か書いてあったので、覗いた。

 

「火を止めてから、レモン」

「レシピかな」

「小説に?」

「紙がなかったんじゃない」

 

 俺にもそういうことはあった。

 

 橘は少し読んでから、本を伏せた。

 

「ちょっと電話してくる」

「ここでいいのに」

「テレビ見てていいよ」

 

 俺はチャンネルを替えた。見たいものはなかったが、替えていれば何かある気がした。

 

 戻ってきた橘は、売店の小さな紙袋を持っていた。八時五十分になるところだった。

 

「お土産?」

「のど飴。さっき一個落としたから、ついでに」

 

 袋を差し出されたので、一つ取った。知らない果物の味がした。

 

 窓の下で雨樋が鳴っていた。明日の予報を確かめると、昼まで雨だった。俺はスマートフォンを伏せた。

 

「ごめんな」

「何が?」

「景色とか、いろいろ」

 

 橘は俺を見てから、窓を見た。

 

「海、なくなったわけじゃないよ」

「そうだけど」

「明日見えたら見よう。見えなかったら、また来ればいいし」

 

 畳の上を膝で進み、俺の横に来た。

 

「今日はもう、出かけなくていいんでしょ」

 

 俺は頷いた。

 

 布団を寄せると、間にあった畳の縁が見えなくなった。電気を消したあと、橘が俺の冷たい足を蹴った。それで二人とも笑ってしまった。

 

 夜中に一度、雨音で目が覚めた。彼女は俺の腕に頭を乗せていた。少し痺れていたが、動かさなかった。

 

 朝食には間に合った。

 

 橘は魚をきれいに食べ、俺は昨夜の心配を忘れてご飯をおかわりした。

 

「減ってたね」

「減るもんだな」

 

 窓際の席には誰も座っていなかった。海はまだ見えなかった。

 

 チェックアウトして駅まで歩く途中、橘が立ち止まった。

 

 建物の隙間に、細く青いところがあった。

 

「あそこ」

 

 海なのか空なのか、俺にはすぐ分からなかった。彼女に指を引かれ、傘の縁を上げると、灰色の下に波の白い線が見えた。

 

「見えた」

「見えたね」

 

 写真を撮ろうとしたが、レンズについた水滴でぼやけた。

 

 消そうとすると、橘が言った。

 

「送って。それ」

 

 帰りの列車で送った。彼女は隣で写真を開き、少し拡大してから保存した。

 

 俺も消さずに残した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。