破滅確定の悪役貴族だけど、ここから入れる保険はありますか? 作:双葉鳴
見事アルフレッドと仲直りし、父ナリアガルから交渉役を勝ち取ったコモーノは、バイヤーとして薬品の仕入れ担当を任命された。
しかしコモーノの得意分野は薬品ではなく菓子、スイーツだ。
なのでハーブをスパイスとして応用したスイーツを試食させてみたところ、母アレサからこんな話が持ち上がった。
「これ、次のお茶会に持っていきましょう! 体にも良くて美味しいなんて絶対ご夫人方が欲しがるわ!」
いつもの病気だ。
だが、それも面白いなと思った。
薬剤師の仕事は別にスグエンキルで執り行う必要はない。
いざという時に知識や肩書を持ってれば役に立つだろう。
しかし行使する相手は限られる。
王族や家格が上の貴族相手に医療行為をしようものならどんな風評被害をされるか分かったものじゃない。
何せ家名がスグエンキル。それは同様にこっちも簡単に尻尾を切られるということを意味していた。
「興奮しすぎです、母様」
「でもコモーノちゃんも立派だってことをみんなにも伝えたいのよ。これも母心というものだわ!」
「だからってあることないこと吹聴されるのはたまったものじゃありません。でも、そうですね。薬効は伏せて提供するのは面白そうだ。持参品で菓子なら毒味役をパスできれば皆様の口に入りやすいですからね、その役目引き受けさせてもらいます」
「まぁ、どうして情報を伏せるの?」
「今はただでさえ王都がピリついておりますから。父様の事業について快く思ってない方もおられます。そこで息子のオレが似たような商品を出したら周囲の方はどう思われるでしょう?」
「ケーベン様陣営はいい顔をしないわねぇ」
「はい。ただでさえルード様が復調されるのを快く思って無い方々です。それにデビュタントでの失敗に拍車をかけます。無能が無い知恵を絞って功績を稼ぎに来たぞ、と笑い者にされるのがオチでしょう」
「そう、そこまで自分で考えたの、コモーノちゃん」
「はい。オレはアルフレッドに負け続けてるから、あいつに勝つためにも他の有象無象に負けるわけには行かないんです。そしてそれが表に露呈するのもまずいと思ってます」
「ええ、そうね。私ったらダメな母親ね。息子がこんなに立派になってるのに、自分の見栄ばかり考えていたわ。もっとしっかりしなくちゃ母親失格よ、アレサ」
母がその場で小さくガッツポーズをしている姿を微笑ましく見守りながら霊薬トリュフチョコレートの研究は続いた。
霊草ニュクスの薬効、苦味成分を伴うアルコール液をチョコレートに混ぜてガナッシュチョコレートを作り、それを甘みの強いホワイトチョコで覆う。
食感を出す為にトゲをつけて冷温所へと冷やす。
この世界には冷蔵機器がなく、時間経過のない魔法バッグがあるくらい。
しかし王族以外で持ってるものは皆無。
そこでコモーノは一定の温度で保つように神経を尖らせた魔法操作で持ち運ぶこととなった。
持ち込んだスイーツはトリュフチョコレート3種。
ナッツ香るダーク、オレンジ香るミルク、そして霊草ニュクスが仕込まれたホワイト。
パイはカスタードの層を重ねていちごを盛り付けたミルフィーユ。
葉っぱの形に揃えて焼き上げたリーフパイ。
ムースは常温じゃ持たないのでベリーヌ(器に入れた)に仕上げた。
同様にプリンを三種(ノーマル、胡麻、カボチャ)を持ち込む。このうちどれか一つだけでも残れば御の字だな。
そんなことを考えてコモーノは会場につくなり厨房まで案内人に付き添った。
正直荷運びを自分以外に任せるのは心苦しいほどの繊細な魔力操作が必要だ。
コモーノ以外にこれができる存在がいるとすれば、弟のアルフレッドくらいだろう。
が、出力がおかしすぎてすぐに凍りつきそうだとすぐに考えを改めた。
「これを、スグエンキル家からの差し入れとして皆様にご提供いただきたい」
「王国主催の茶会に持参品持ち込みとは。随分と大それた事をなさる。だがせっかくのご厚意、謹んでお受けしよう。毒味役は立ててもよろしいかな? 小さな配達人さん?」
「もちろんだ。このコモーノ=スグエンキル、逃げも隠れもせぬ。だがあまりの甘美に腰が抜けてしまわぬか心配だ。それと我がメイド達が食した際、あまりにも美味で大変食いしん坊となった。毒味薬だけで食い尽くしてしまわないか、それだけが心残りである」
「なんと、これがあの噂のスグエンキル領の珍味!? これは心して味わなければいけません。本日は大変貴重な品々の献上品、誠にありがとうございます」
「ああ、素材はもう無いから追加は作れぬ。これで王家の皆様の口に入らなかったら問題だからな。私とて味見をやめられずに苦心した品々だ。心してかかれ」
恐々とするコンシェルジュに、少し脅しすぎたかと厨房を去るコモーノだった。
◆ー◆ー◆ー◆
「これは……なんて繊細な細工なんだ!これが菓子!?いや、これは芸術だ。これはどんな味か今から楽しみだ。まずは一口、この存在感の強い光を纏う黒いガゼボ風のものから検分しましょう」
室内に集められた三名の毒のスペシャリスト。
彼らはどんな毒物もたちまち発見して王族の安全を守ってきた。
そんな彼らはあらゆる食事を口にして舌が肥え切っている。
「ふぉお、これは……なんという」
その舌が肥えた者達から次々と感嘆の声が上がる。
一口分掬ったスプーンで毒があるか判断するスペシャリストが同時に二口目のスプーンを差し込もうとする珍事が起きたのだ。
その美味によって、毒かの判別も忘れて食べようとしてしまっていた。
「これは、なんてものを持ち込んだのでしょう。正直に言います、誰か毒を検知したものは?」
「口の中でさまざまな香りと味が複雑に絡み合ってそれどころじゃありません! 口に入れた瞬間に消えたと錯覚してるくらいです! これはなんなんですか!?」
まだ若い毒味役は未知なる味との遭遇に仕事を放り出してしまい気だ。
「分からぬ。皆目見当もつかぬ技術で作られている。それも我が国の忠臣スグエンキルから持ち込まれたものだ。その使者殿からの忠告で、王家の口に入らぬのはそちらの不手際だと忠告されている。使者殿は持ち込んだ種類も数も頭に入れておられるという事だ」
「こんなの拷問です!」
「言うな。私だってスプーンを掬いたい一心を押さえ込んでいるのだ。次の検分に行くぞ」
「うえぇ~~ん」
「いい歳して泣くな、みっともない!」
「だって~~食べたい食べたい食べたい!」
すっかり毒味役が駄々っ子になってしまった検分会は、持ち込まれた10品を30分以上かけて問題なしと判断した。
その直後に体調が復帰した事を報告するものはいなかった。
味に脳の中枢神経が支配され、麻痺していたのだ。
◆ー◆ー◆ー◆
持ち込んでしばらくすると、茶会の会場に新たな菓子類が並ぶ。
しかしみんなはお話に夢中でそれどころじゃない。
だが母アレサはようやくお出ましだ、と今まで我慢していた食事を再会すべく動き出す。
誰かとの会話も一時中断してまで。
「ようやく出てきたわね。私、早速取りに行っちゃうわ」
「母様、お行儀が悪いですよ?」
「んもう、コモーノちゃんの応援をしてあげたくてお母さん頑張ってるんじゃない」
「十分していただいてますよ。私が取りに行って参ります。三つ、お選びください」
「えー、三つだけとかむりー。悩むわぁ」
「あらスグエンキル夫人、三つに絞られないくらいに美味揃いですの?」
先ほど話を一方的に中断されたイーナ=カモノ子爵夫人が話に割り込んでくる。
「もう、なんでもおいしくて! とにかくみなさんに食べて欲しくて持ってきましたのよ!」
力説だ。
半分くらいは自分で食べる気満々でいたに違いない。
「母様は家でも食べれるでしょう? なので本日は三種までとさせていただきますね。後は皆様の分とさせていただきます。今持って参りますね」
コモーノはそれだけ言うと持ち運ばれたテーブルに向かうと慣れた手つきで数種類のスイーツをトレーに乗せて戻ってくる。
そして集められた夫人達はその芸術的完成度に心奪われた。
「なんだか食べてしまうのが勿体無い品々ですわね。フォークを差し込むのを咎められる気持ちですわ」
「これを、スグエンキルでは毎日食べられているんですの?」
「そうよー、これとかお勧め。口の中でゆったり転がしながら、合間に流す紅茶の熱で溶かしていくの」
母の勧めはトリュフチョコレートに向いた。
明け透けすぎるだろうとも思わなくもなかったが、別にいいかとコモーノは違うテーブルに移った。
そこで会場の端っこで一人、人形遊びをしている少女と出会う。
「こんにちわ」
【わ! あなた誰! こっち来ないで!】
少女はコモーノが近づくなり、慌てて逃げ出した。
「今の声は……」
【主人、もう一つの魔剣の持ち主が近くにいる。注意して】
自分以外にも魔剣使いが居る? 妙だな……
そんなのストーリーにはなかった。
それともアルフレッドが延命した事でストーリーが本来のルートから逸れたのか?
コモーノは首を傾げながら母の待つテーブルへと帰っていく。
◆ー◆ー◆ー◆
「あれが今代のスグエンキルか」
その後ろ姿を真上から覗き込む影。
執事の装いの少年が、会場全体を見回して言った。
【びっくりした! 私の姿見られた!】
「随分と番犬ポイントが上がってるな、ありゃ。あんな顔して何人か殺してるかもしれん。引き続き警戒しとけよ?」
【あいあいさー】
すぐに影と同化しその場から掻き消える。
そこには初めから何もなかったように、埃も舞う事なく空虚な空間が広がるばかりであった。