破滅確定の悪役貴族だけど、ここから入れる保険はありますか? 作:双葉鳴
茶会が終わり、マーナもまた自室へと戻る頃。
兄ルードが自室で強く咳き込む所を聞いてしまう。
いつもなら扉の前で控えてるメイドがいない。
きっと兄に何かあったんだと考えたマーナは、ノックもせずに兄の部屋へと駆け込んだ。
「お兄様!」
「お嬢様! おぼっちゃまは体調がすぐれません。近づいてはなりませんよ!」
すぐに兄つきのメイドからの叱責に耳を防ぐマーナ。
マーナはルードのことが心配で声掛けをしてるのだが、メイド達はそうはとらえない。
またわがままに振り回されるのはごめんだとばかりに追い払う。
「何よ! 私はお兄様のことを心配してるのよ! 家族が大変な目に遭ってるというのに心配すらしてはいけないの!」
金切り声を上げて叫ぶマーナに、またいつもの癇癪か、とメイド達はすごすごと退室した。
それを見て満足したマーナは、今日の茶会を体調不良で出席できなかった兄に自慢する様におしゃべりし出す。
ルードの体調不良は6歳の頃よりある。
ちょうど双子の弟ケーベンと王位継承権を争う頃合いからだ。
それまではおかしな点などなかったのにどんどんと調子を崩していった。
マーナは周りからそういうものだと聞かされていたし、そういうものだろうと納得しているが、煮え切らない気持ちでいっぱいだ。
マーナには二歳上の兄が二人いる。
一人は魔法も剣技も卒なくこなすルード。
もう一人は体力こそあるが口より先に手が出るケーベン。
双子の兄のどちらが好みかと聞かれたら断然ルードを選ぶマーナである。
ケーベンは妹からの人気も、王位継承権もルードに一歩劣った。
すぐに脅してくるケーベンより優しく諭してくれるルードの友好度が高いのは必然。
努力不足のケーベンは全く違う方向で民に取り入ろうとしていることも知っていた。
「それでね、それでね!」
マーナの話はいつも一方的である。
ルードは優しさからそれを一度も断ったことはないが、眼前で自分の話しかしない妹を少しだけ疎ましく思っていた。
メイド達の声は、半分くらいはルードの願い。
「お嬢様、おぼっちゃまは就寝のお時間です。自室に帰られます様に」
メイドの声を煩わしく思うマーナとは対照的に、やっと帰ってくれると安堵するルード。
兄として妹を無碍にするわけもいくまいと相手にしてたらいつの間にか懐かれてしまったものだと物憂げに思うところもあった。
「はぁい」
その顔からは今がいいところだったのにと不満な感情がありありと表れている。
今からこれでは嫁ぎ先もどうなる事やら。
そんなルードの前に差し出されるハンカチがあった。
「あ、お兄様。これ」
「これは?」
「お兄様にも食べて欲しくて持ってきたの!」
「僕、甘いものはあんまり得意じゃないよ? マーナが食べなさい」
「これ、全然甘くないのよ! むしろ心なしか体調も良くなったの! 絶対お兄様に食べてもらおうとたくさん持ってこようと思ったの! でも、これしか持ってこられなかったの!」
先ほどまでの勢いが嘘であるかの様に沈んだ声。
「でもね、それを作った職人は私専属になってくれるって言ってくれたの!」
「あんまり大人を困らせちゃダメだよ? でもお茶会に来てたというなら貴族達の使用人?」
「ちがうわ!」
「じゃあお菓子作りが趣味のマダム?」
「それもちがうの!」
要点がはっきりしなくて困惑するルードとは対照的にマーナの瞳はどんどんと輝いてきている。
その瞳をルードは知っている。
何かサプライズを仕掛ける時、妹の顔はいつもこうなる。
「じゃあ何?」
「お兄様はスグエンキル家をご存知?」
「軍閥のでしょ。将来部下になる貴族を知らないなら王族はやめるべきだね。器じゃない。そのスグエンキルがどうしたの?」
「これを作ったのはそのスグエンキルの子息のコモーノ=スグエンキルなの! お兄様と同世代よ!」
「本当に?」
疑いたくもなる。
何せハンカチに包まれた菓子は10歳の子供が見様見真似で作ろうとしたって出来上がらない美しさを纏っている。
ただ、妹が同時にペテンにかけられているのではないかという考えも過った。
普段こそ鬱陶しく思う妹だが、守るべき対象でもある。
兄としての矜持がコモーノに向くが、どうにも煮え切らない気持ちでいっぱいだ。
ルードはデビュタントの時のコモーノを目撃していた。
あのプライドだけが全ての男がこんな繊細な菓子を作れるとは到底思えないのだ。
「本当にこれを彼が?」
「デビュタントの時は焦っていたとのことよ。己の浅はかさを見つめ直して、これを作り上げたらしいわ。最初は点数稼ぎだと思ったのだけど、食べたみんなは一斉にコモーノの悪口を言わなくなったわ。味でみんなを黙らせたのよ。これってすごいことだと思わない?」
「十分すごいよ。彼にそんな才能があったなんて……でも彼は魔剣士の家系。良くマーナの選任菓子職人なんて引き受けてくれたね?」
「学園に入るまでの限定よ。コモーノも家を引き継ぐ以上、周囲に顔を売り込みたい。むしろ王家御用達となるならこちらからお願いしたいと同意してくれたのよ!」
半分くらい話は盛ってるが、妹はいつも話を大袈裟に言うのでルードは話半分くらいに聞いている。
王族が口にした以上、毒味は済んでいる。
会場からここにくるまであの気性の荒い妹が誰かの命令をいちいち聞くわけもない。
なら安全か。
一瞬でそこまで考えて、ルードはその菓子を口の中へと放り込む。
「うわ」
最初に来たのは強い甘味。
しかし溶け出した中から強い苦味が現れた。
口の中の熱で、苦味と甘みが融合して、その味はひとつになって先ほどまで感じた甘味も苦味も消え去った。
後に残るのはいつまでも口の中で転がしていたい甘みの残る苦味だ。
これは凄いぞ。
もっと食べたくなる味だ。
気づけば口の中からその菓子は消えていた。
噛んだ記憶もなければ飲み込んだ記憶も薄い。
ただ飲み込んだ後も、口の中に香りを残し続けた。
「マーナ」
「なぁに、お兄様?」
「良くやった」
頭の上に手を置かれたことで、ようやく自分が認められたとはしゃぐマーナ。
菓子の味に喜んだのではないと言いかけたが、自分の肉体に満ち溢れる得体の知れない清々しさに言葉を噤む。
体調不良が消え去った原因は不明だが、妹の差し入れによって体力が戻ったことは確かである。
鍛錬で弟に一歩リードされた形であるが、学園入学まで5年はある。
巻き返すには十分な時間だった。
「コモーノ、君は狙って妹に取り入ったのか?」
「お兄様、今何か言いました?」
「いいや、独り言だよ。もし再び王宮に彼が来たら僕が喜んでいたと話す様に」
「わかったわ!」
妹を退室する様に促し、メイドの持ってきた食事に手をつけずに捨て置く。
わかっていることだ。これが全ての原因であると。
不思議なことにあの菓子を食べてから多少飲まず食わずでも意識は保てた。
メイド、若しくは料理人がケーベンの手に落ちている。
6歳の勝負の時、あまりにも一方的に勝ってしまったのもあってケーベンはなりふり構わずライバルを蹴落とすのに薬を盛る方にシフトを変えた。
どんなに有能でも人間である以上薬の力には抗えない。
腹が減れば食事をするように、王族の食事は常に誰かの手が入りたい放題だ。
毒味薬が狙って薬を入れることもある。
王族はいつどこで誰が命を狙ってくるかわからないのだ。
「しかし……これはなんとも悩ましいな」
口の中に残る余韻が、消えてしまうのをもったいないと思ってしまう。
次が欲しいと思ってしまったのだ。
まるで麻薬の様だと思わずにはいられなかった。
コモーノは敵か、味方か。
判断のつかぬルードであった。
普通に考えてバッグに誰がついてるかを考えるまでが王族。
けど魔剣士の生まれの時点で王族には逆らえない。
叛逆の目はないけれど、それは自分だけではなく弟のケーベンにも適用される。
このまま受け入れていいものか悩んでしまうのは王族あるある。