破滅確定の悪役貴族だけど、ここから入れる保険はありますか? 作:双葉鳴
茶会での評価は大成功と言っていい。
王女様との縁が結べたのは想定外。
何故か聖女まで釣れてしまったのは番狂せ。
平穏な貴族生活を送りたいだけなのに、どうしてこうも面倒ごとが向こうからやってくるのか?
「あら、どうしたのコモーノちゃん。考え事?」
「なんでもありません母上。次王宮に行く時、どんなお菓子を持参して行くか思い悩んでいただけです」
食事中、談笑をする父と母から注目を浴びたコモーノは、即座に言い訳を口にした。
「それにしても菓子で名前が売れてもなぁ」
軍閥の息子が菓子とは嘆かわしいと父は不満気だ。
「何を言ってるんですか。戦争のない平時の収入が弱い我が家にとっての向かい風ですよ? いつまでも無限に宝石が舞い込んでくるわけでもないんです!」
母アレサの追求は実に的確だ。
スグエンキルの呪縛によって領民どころか貴族から村八分にされてる我が家の収入は鉱山からの宝石発掘のみ。
それを磨いて売って、なんとか首の皮一枚を繋いでいた。
そんな火の車の財政を大赤字にしたコモーノだからこそ、反省して何か事業をしたいと動き出したのが菓子である。
とは言え、素材の入手がアルフレッド頼みなので今の収入でそれらを外から購入して商売に繋げるのは骨が折れる。
というより現実的じゃない。
王国主催の茶会ですら、注目を浴びた。
購入できると知ったら押し寄せてきそうである。
「それよりもだ、コモーノ。マーナ様の事だが」
次、王宮にお呼ばれする期日のことだろうかと耳を傾ける。
「お前は自分の責務を忘れてはいないだろうな? あまり腑抜けた態度ばかり見せると他家に侮られるぞ?」
「勿論です。あくまでもこれらは鍛錬の一環でして」
「どんな効果がある?」
「今ですとこんな感じでしょうか?」
コモーノは椅子に座りながら後方にスムーズに動く。
カテラリーが宙を舞い、コモーノの背後で狙いを定めてぴたりと止まった。
「ふむ。有事の際にそれだけ動ければ大丈夫だろう。まさかその鍛錬の合間に菓子を作るとはな、私の頃と時代が変わったか」
「まぁ、凄いわコモーノちゃん! お母さん全然反応できなかったわ。でも危ないからやめなさい。それは食事に使うアイテムよ?」
「申し訳ございません、母様」
突然のことにキョトンとするコモーノ。
なんせカトラリーの制御を完全に奪われてしまったからだ。
生まれながらにして魔力量の少ないコモーノは、いつもアルフレッドに魔法を上書きされて不発に終わっていた。
軽くトラウマになっていたコモーノにとって、母のやったことはトラウマの再発を呼び起こすものである。
「でも凄いわ。10歳でその精度。お母さんは奪い取るのがやっとよ」
「アレサ、子供の前ではしたないぞ」
「あら、でもこれ難しいわ。少ない魔力でこれを制御できるコモーノちゃんは素晴らしいわ」
「そういう問題ではない。全く……コモーノ、鍛錬の件は分かった。私はお前が今の実力に満足して現を抜かしているのではないかと心配だったのだ」
「心配をおかけして申し訳ありません。ですが菓子はあくまでも趣味にございます。その趣味で地に落ちた名声を勝ち取れるのであれば、このコモーノ全力を尽くす所存です」
「お前はまだ子供だろう、そんな心配などしなくていいんだぞ?」
「余計なお世話なのは十分承知。そもそも菓子はアルフレッドとの友好の証として始めた事です。武芸、座学、全てにおいて上をいくアルフレッドに対抗する手段が……」
「菓子か。しかし当のアルフレッドはいつになったらこちらに来るのだ?」
「すぐには戻って来れないでしょう。何せ一度廃嫡しています。本人にとって屋敷に戻ってくるのだって相当に勇気がいること。そう焦る必要もないでしょう」
「確かに」
「あなたは嫌われているかもね?」
「あの時の私はどうかしていたのだ……どうしてあんなことを」
それはひとえにスグエンキルの呪縛によるものだとコモーノは喉元まで出かけた言葉を引っ込める。
「まずは興味をひいてもらえた。償いはこれからですよ、父上。アルフレッドに誇れるくらいに大成しようじゃないですか」
「そうだな。その為の菓子と考えれば、軍閥だからと咎めるわけにはいかぬか」
「兄弟の仲を取り持った菓子。これは売れるわよ!」
「気が早いですよ母様」
まだ素材確保もままならぬというのに。
茶会の手応えを感じつつ、コモーノは新たな菓子を作るために厨房へと籠る。
「それは何を作っておられるので?」
茶会にはついてこなかったパメロが、鍋で煮込んでる奇妙な色合いの液を見据えて声をかけた。
「これか? これはゼリーだ」
「ムースの上にかけていたような?」
「似たようなものだがな。良し、これだけ煮立てばいいな。パメロ、漉し器を持て」
「はい、どうぞ」
すっかり自分の管轄のように道具置き場から漉し器を持ってくるパメロを所定の位置に据え、鍋を傾けて別のボールへと流す。
「随分とカラフルですね」
「果実やバラから抽出した色だ。次の持参品候補にしようと思ってな。パメロ、お前は教会のステンドグラスを知ってるか?」
「もしやこれで再現すると?」
「実は聖女ともご縁ができてな」
「王女様だけじゃなく、聖女様までなんて! とんだスケコマシですね!」
「妬くな妬くな。オレだって役職持ちに目をつけられて迷惑してるんだ」
「満更でもない顔してますが?」
「男である以上、麗しい女性に言い寄られる願望くらいは持つさ。まぁ、菓子に釣られた食いしん坊なので色気より食い気だがな」
「夢がないですねー」
「まだ子供だしな。それくらいでいいさ。良し、冷えたぞ。カットしていく」
色違いのゼリーを氷属性魔法で力技で冷やし、風の魔法で切り分ける。包丁と違い、魔法なら切り絵のような細かいカットも可能だ。
四角く切り分けるだけでなく、型抜きしたようなリーフ型もお手のものである。
「これを、こうする」
ボールにペタペタと貼り付けるコモーノに、パメロはその地味な作業にウンザリしながら見守った。
貼り付けたゼリーの上からどこかで仕込んでいたムースを流し込む。
「これは、いつもの小さいケーキと違いますね」
「ホールケーキだ。カットしていただくんだ。その分サイズが大きく、細工もしやすい」
今日の作業はここまでだというと、パメロは生殺しだと叫んだ。
チョコレートやゼリーと違い、ムースを固めるには時間がかかる。日を置くのが正解だ。
翌朝、コモーノが仕上げをするより前に厨房に待機している影があった。
「お前……朝の仕事はどうした?」
「もう終わらせて来ました!」
「コモーノちゃん、何やら面白いことをしてるんですって?」
「母様まで……試食は切り分けて持っていきますのに」
「出来上がりを見るのがいいのよ。それに、気になる人は私だけじゃないようよ?」
厨房の入り口には、この時間は書斎にこもってる父の姿まであった。
「父様まで、そんなところで立っていられては邪魔です。中に入ってこられたらいかがですか?」
当主なのに、この場では随分と小さく見えた。
母に手を引かれ、コモーノは苦笑しながら虹色のゼリーを煮立たせる。
ゼリーを冷やし、昨晩冷やしたムースをボールから剥がす。
魔法で表面を凍らせ、そこへゼリー液を流し込むと、そこは陽の光を浴びて輝く教会のステンドグラスの輝きが映えた。
「おぉ、これは凄いな」
「でしょう? コモーノちゃんのお菓子は芸術品なの。ただのお菓子だと思ったら大間違いよ?」
「うぅむ、これ程とは思わなかったな。映像水晶で記憶しておかなくていいのか?」
「食べ物ですよ? 宝石じゃないんですから……」
「宝石と見紛うほどだ。本当にお前がこれをなぁ」
「今切り分けます。執務前にどうです? パメロ、茶を用意せよ。フレーバーはなくていい。父様は甘いのは苦手だからな」
「畏まりました」
その日は、家族水入らずでホールケーキを堪能した。
父からは「食べるのが勿体無い」となかなか口をつけてもらえなかったが、母が食べ進める様を見せつけられてようやく口に運ぶ。
甘さは控えたが、それでも甘く感じたようだ。
今度作る時は糖分控えめの菓子を持っていこうと考えるコモーノだった。
菓子の主成分は脂肪分、糖分、塩分です!
カロリー爆弾なので食べ過ぎ注意。
まぁゼリーは見た目着色しただけの砂糖水なのでカロリーはそこまででもないですが。
けどキャラメル、お前はダメだ。