破滅確定の悪役貴族だけど、ここから入れる保険はありますか? 作:双葉鳴
「失態だな、ファルキン」
執務室にて、父に呼び出されたファルキンは萎縮したまま、言い訳を並べ立てる。
「父様、コレは違うんです! コモーノの奴が連絡をよこさなかったのが悪くて、僕はただあいつとの連絡を待っていただけで」
「そうか。お前がそんなにスグエンキルを信用してるだなんて夢にも思わなかった。常日頃からライバル視していたのではなかったか? そんなお前がどうしてスグエンキルを信じられる? そもそも私はお前がどれだけ動けるかを期待していた。五体満足で帰ってこいとは言ったが、一ヶ月間何の成果も得られずでは我が家の体面が保てぬ。陛下はお前に呆れていたよ。優秀とは名ばかりの愚物であるな、と」
「そ、それは!」
「どうした? 何か申し開きがあるなら言ってみなさい。私だって鬼じゃないんだ。一ヶ月間、喫茶店のメニューを制覇する以上に考えがあったことを期待しているぞ?」
「何故それを!」
ファルキンはよもやそこまでバレているなど思わず、声を荒げる。
「何故バレぬと思う? 護衛の役割をなんと心得る。いつからお前の都合の良い私兵となった? あれらはお前の動向を探るための監視も兼ねていた。王命をどれだけ重く感じているかも見定める役割だ。まさかあそこまで軽んじられているだなんて、報告をされた時ペンを砕きそうになったほどだ」
「ぐっ」
もう何も言い返せない。
普段ならすぐにそのことに気がついたのに、何故かコモーノが絡むと感情的になった。
何故だかわからない。
デビュタントの頃の評価のまま今まで来ているのも要因の一つだろう。
そこでファルキンは今回の攻略は容易いと心のどこかで思ってしまった。
今回のコモーノは弱い。
ただ知恵が回るようで、その点で劣っているのは認めざるを得ない。
「精進しなさい、ファルキン。私だってお前には期待してるんだ。スグエンキルの息子と何があったか、話してくれる気はないのだろう?」
「実は……あいつも独断でどこから聞いたのか同じ情報を探っていたようで」
もうなりふりかまってられない!
ファルキンはコモーノの情報を打ち明けた上で、汚名を返上すべく動き出す。
「ほう、それでお前はスグエンキルに任せて一人で喫茶店に通っていたと?」
リボイスのこめかみがピクピクと痙攣する。
相当お怒りのようだ。
「そこが落ち合う場所でした。信じてください父様!」
「
リボイスは大きなため息を吐き、息子へと向き直り威圧をかける。
その様子のおかしさにファルキンの方も間の抜けた顔を返した。
子供のお使いを失敗した時の親の対応じゃないと、いよいよ持ってあとがなくなった。
そんな顔である。
「え?」
「ファルキン、お前は王命をなんと心得る?」
「それは、僕を一人前と認めてくれた上での命ですよね?」
「そうだ。原因を突き止めるまで行かなくても、どれくらいの情報を得られたかで評価が大きく分かれる。その上でお前は何をした? どんな報告をするつもりだった? 私にではないぞ? 国王様へのご報告だ」
「だって、コモーノが!」
「スグエンキルは関係ない。たまたま偶然同じ案件を抱えていた? だからお前が働かずとも良いと誰が言った? スグエンキルに探らせる裏でお前も別方向から動かずなんとする! お前の浅はかな行動がシット公爵家に泥を塗ったのだぞ!」
「ぐっ!」
それ以上、コモーノからは何も言い返せなかった。
何故自分がこんな目に遭うのかもわからなかったし、イベント外の事をされても対応しきれない。
自分は主人公じゃないのか?
この恵まれた境遇は誰もが羨むんじゃないのか?
父からの一方的な叱責を受け、すごすごと退室するファルキンの前に現れたのは妹のグレイスだった。
「聞きましたわよ、お兄様。国王様からの信頼を失ったようですわね?」
「まだたったの一回だ。まだ挽回するチャンスはある」
「そう。ですがどうしてお兄様はコモーノ様を侮ってらっしゃるの? 確かにあの方のデビュタントでの行動は酷いお粗末なものでした。だから軽んじられるのもわかります。ですがそのあとのあの方の努力まで軽んじてらっしゃるのは何故でしょう?」
「お前こそ、随分とコモーノに入れ込んでるようじゃないかグレイス。奴に惚れたか?」
「さぁ、どうでしょうか? 恋人としては申し分ありませんが、家柄と長男という時点で嫁ぎ先としてはマイナス。いえ、第二妃でもいいとおっしゃる方はいくらでもおります。私はどうでしょうか? 確かに出てくるスイーツは大変魅力的ですが、苦労する未来が見えるので遠慮させていただきたいですわ。そもそも、貴族の女に殿方を選択できる権利などございません。親が嫁げと言った先が第二の棲家となるのですから。逆にお兄様は選べる権利があって羨ましい限りですわ」
「そうか。確かに僕には選ぶ権利がある」
妹から揶揄され、自分は主人公なんだから当然だと誇るファルキン。
グレイスの思惑は大きく外れるが、ファルキンにとって女の不都合などつゆほど興味もないが故に捨て置く。
「そういうところですわよ、お兄様」
「何がだ?」
「女性を軽視しすぎですわ。私は妹だから慣れたものですが、お兄様とお近づきになりたいとおっしゃるお友達が出てきた時にお勧めしかねると苦言を申す気持ちを少しはお考えください」
「なんだ、僕がモテる事への嫉妬か?」
「はいはい、そうですわね。それよりも今度のお茶会はどうされます? 鍛錬なさるのならまた欠席に……」
これはいつまで経っても平行線の水掛け論になりかねないと察したグレイスは、話をすり替える為に興味のなさそうな茶会の出欠を尋ねた。
いや、むしろ出席しないだろうと決めて話を振っている。
それで会話は終わり。
忙しいからまた今度、という企みもあった。
しかし……
「いや、出る」
「あら、自分の鍛錬を後回しになさるなんて珍しい。何かお心代わりでもありましたか?」
「その茶会、コモーノは出るんだよな?」
「それはまぁ、マーナ様の選任菓子職人ですからご出席は義務ですし……お兄様、何を考えられていらっしゃいますの?」
あからさまに悪い事を閃いた、という顔をするファルキンに、変な事をしでかさなければいいのだけど、というグレイスの不安は見事に的中した。
失態を取り戻そうと焦ったファルキンが取った行動とは……
「コモーノ=スグエンキル! お前に決闘を申し込む!」
王族主催の茶会。
王族どころか貴族が集まる場所での決闘の申し込みだった。
これに対してリボイスもニクルゥも、グレイスまで他人のフリをしたくなったものだ。
手袋を叩きつけられたコモーノは、訳がわからないと周囲を大きく見回す。
叩きつける相手を間違えてはいないか?
そんな顔である。
「何事か!」
駆けつけたのは今いちばん勢いのある台に王子のケーベン。
脳筋である彼は理由を聞き、それならば武器の使用を禁止した模擬戦で決着をつけろと特別に試合を認めさせた。
王族からの試合。
これで負けようものならファルキンは大きく失態することになる。
逆に勝てば……それはそれで問題だが、実力だけはあると認めてもらえる。
考えなしにも程があるが、実力があるなら誰も逆らえないのは事実であった。
こうして行われた
これで負けたら王命の失敗どころの騒ぎじゃない。
いよいよ持ってファルキンに後はなくなるものであった。
武器の使用は禁止。
これはファルキンにとって有利に働いた。
魔剣士にとっての魔剣を使えない状態は弱体化を意味する。
むしろ魔剣が本体なところまであるので、攻略は容易い。
そう考えた。
なのに……一方的に嬲られた。
「は?」
意味がわからない。
なぜ自分は転がされて天井を見上げているのか。
説明して欲しいくらいだった。
「どうしましたファルキン様。お身体の調子がすぐれないので?」
優雅にハンカチでも手渡す仕草で寄ってくるコモーノ。
しかし対するファルキンは全く身動きが取れなかった。
今何をされているのか、ゲーム知識のあるファルキンだからこそわかる。
これは魔法のグラビティだ。
だが詠唱も、魔法陣の光もどこにも無い。
それが掴めないうちは不正も何も無いのだ。
重力による体の縫い付けの次は、何も無いところで転ぶスリップが行使された。
拳を握って殴る。
シンプルな行動も相手が回避した時にバランスを崩す、そのタイミングで発動させるとファルキンは何度も無様に転んでみせた。
その上でコモーノが殴る時だけファルキンは身動きが取れない。
グラビティで重力を倍加されて回避行動をさせてもらえないのだ。
誰がどうみても不正が行われている。
だが、誰も気づかない。
ファルキンからは殴れず、殴られっぱなし。
子供の手なので大してダメージは受けずとも、プライドの方はバキバキに折れていた。
周囲からの反応は、防御は高くても攻撃はダメという評価が下った事だろう。
対してコモーノの方はさすが魔剣士のジョブ持ちだけあって戦闘センスが優れている。
ここに魔剣が加われば一騎当千だと高く評価された。
観客の評価に納得のできないファルキン。
こんなのは正当な評価じゃない! 不正だ! そう大きな声で喚き立てても誰にも相手にしてもらえなかった。
おかしい、自分は主人公じゃないのか?
もし主人公なのにこの仕打ちだとしたらあまりにもハードモードすぎる!
やり直しだ! やり直しを請求する!
その言葉は、興味をなくしてコモーノの話題で盛り上がる貴族たちの会話によってかき消された。
一人その場に残されたファルキンは、誰の記憶にも残らず、醜聞だけが貴族間で共有される事となった。
彼はピエロとして一流でした。