破滅確定の悪役貴族だけど、ここから入れる保険はありますか? 作:双葉鳴
茶会の席で、いつになく真剣な表情の王女マーナに、何かお悩みでもあるんですかとコモーノは尋ねた。
「ここでは耳が多いから」
「僕にも言えないことかい?」
アルフの擬鎧ver.のルードがマーナを気遣うが、マーナは首を横に振るばかりだ。
「どうもここ数日お父様のご様子がおかしいの。今までは継承争いでピリピリしてたのは知ってるでしょ?」
「今は違うと?」
「まるで意思のない人形の様に目は空で、語る内容もチグハグ。まるで誰かに操られてるみたい」
「それはマーナも時々なるよね?」
「えっ?」
「えっ?」
アルフの合いの手に、マーナはそうなの? と眉を顰める。
「しょっちゅう頻繁になってるよ。そういうごっこ遊びかと思ってた」
「そんなわけ……」
「それについては僕から一言、良い?」
「どうぞ」
気づいたらことがあると挙手したのはアルフだ。
「どうも最近、寝起きに体に巻き付く何かがあるんだよ。もしかしてそれのせいかなって、魔力を無理やり通して外したら、気分が晴れ渡る様になってる」
「それが私にも?」
「可能性は高いよね」
気落ちするマーナ。
それを唯一気遣うのは同性のカーミぐらいだ。
この場の男どもはマーナがそんなに弱いとは思ってないので無視である。
とはいえ、もし自分が操られていると知ったら正気でいられるだろうか?
そういう配慮がないのは『別に操られてても、自分なら解除できる』という自信があるからだ。
か弱いマーナにはそれが出来ないとは考えない。
自分で解除するためにいくらでも手を貸すつもりでいるが、手を差し伸べないのはその道が生半可な努力では至れぬ道であるからだ。
軍閥のスグエンキルの基準を一般人と比べるのは愚の骨頂。
ましてやそれを蝶よ花よと育てられた王女に施すとなったら血反吐を吐く思いだろう。
ルードに通じなかったのは、王になる為の教育が施されていたがゆえである。
国を繋ぐ為の駒であるマーナにそんな過酷な真似は出来ない、というよりする必要がなかった。
「本当にこの国の男どもときたら……マーナ様がお可哀想だわ」
「えーん、よくしてくれるのはカーミだけよ」
「……(嘘泣きだ)」
「……(嘘泣きだね)」
兄弟の思いは満場一致でマーナに白い目を向ける。
それはそれとして、コモーノは身の保身に走る。
言われっぱなしでは後にどんなレッテルを貼られるかわかったものではない。
「事実無根な嘘で堕とすのはやめてくれ。別に助けないとは言ってない。アルフ、助けてくれ」
「これはコモーノ様も悪いと思いますよ?」
「おま、裏切るのか?」
「僕は公平な立場からの判断を下しているまでです。それと今はルードなのですから、そっちの名前で呼ばないでください」
「お前の擬態が完璧すぎて、本当にアルフなのか心配でな」
「それでバレたら事です。防音の魔術で外に声が聴こえないとはいえ……」
バレたらどうするつもりだったんだと追求され、悪かったよと両手を挙げるコモーノ。
その一連のやり取りを聞いて、マーナとカーミが目を丸くした。
「防音の魔術、ですの?」
「ああ、聞かれちゃまずいお話の場合はよく多用する。こいつは昔からこの手の小細工が得意でな」
「コモーノ様に比べたら児戯に等しいですよ。僕には魔術を菓子作りに応用できない。あれこそ精緻の魔術操作だ」
「そう言えばあれも魔術なのよね?」
さっきまで泣いてたのにケロッとしながら混ざってくる。
やっぱり嘘泣きじゃないか。
「と、言っても所詮は魔術。精密機械の真似事は無理だよ。こうやってアイスクリームの元をアイスにすのが精一杯さ」
コモーノは瓶の中に詰めたアイスクリーム液を冷やしながらシェイクする。
すっかり肌が蒸れる様になった季節には嬉しい采配だ。
「ルード様、器を」
「ああ、用意してるよ」
どこからか取り出した器は、氷の魔術で形成されていた。
手で持つには冷たすぎるそれは、魔力操作で手に触れずとも持ち上げることができる。
この場で魔力操作に慣れていないものはいない。
魔術とは、王族であればあるほど威力が高まり、魔力操作もお手のもの。
貴族の爵位でもその得意分野に大きな隔たりが生まれるものだ。
カーミは男爵家でありながら聖女の職能を授かった時点で王族に1番近い。
ルードに至っては第一王子。
今現在擬鎧で操作してるアルフレッドも王の采配のジョブで実質王族。
マーナも王族。
この中で1番適性のない者はコモーノである筈なのだが……魔剣の扱いより、王族を出し抜くほどの魔力操作をする異端者でもあった。
「いつ見ても魔法なのよね。無から有を作る出す錬金術よ」
「タネも仕掛けもあるんですけどね」
「ではお姫様方、どうぞ」
コモーノが取り出したのは細長い金属の板。
それは手の熱でアイスクリームを掬い取るのに適したスプーンである。
王宮で見られるカトラリーの中のスプーンとは比べるまでもない無骨さ。
しかしその飾り気のなさが、逆に食事を夢中にさせる。
最初こそはしっかり冷やされたアイスだったが、熱伝導によって指の温度がスプーンに伝わり、掬いやすくなるのだ。
氷の器である以上、ずっと冷やされ続ける。
その為のスプーンを用意したコモーノ。
しかもそのスプーンすら魔法で作り出したというのだからマーナは興奮気味だ。
「ああ、ここでの食事が唯一の癒しです」
カーミに至っては聖女になってから教会関連の仕事で忙殺される毎日だという。
「そう言えば、例の噂だが」
「ああ、解決しました?」
「あれの出所、教会だろ? カーミ嬢、あなた知ってて
困ったように眉を下げるカーミ。
コモーノは仕方がないとばかりに肩を竦める。
「どこもきな臭いわね」
「教会も地位復権に執心しておられるのでしょう」
「お父様の代で権力を剥奪したのが余程堪えたのね」
「ルード様の代で現れた聖女、これは担いで権力を取り戻すチャンスだと思ったのでは?」
「マリオン王がそれを予測してないとは思えないけどね?」
アルフがアイスをパクパク食べ進めながら言う。
「むしろ残党を潰すつもりで泳がせてる?」
「そう言えばシット家のバカ息子がその件で槍玉に挙げられてたわね」
マーナの発言に皆がどこに耳があるのかわからないんだぞ、という顔をする。
「ファルキン様ですか?」
「バカよねー、あなたに勝負を仕掛けて勝てると思ってたんでしょうね。スイーツを作る様を見て、なぜ魔法が使えないと思うのかしら?」
「それは
「額縁通りに受け取って良い相手じゃないと気づけなかったのかしら?」
「まぁ
「コモーノ様は魔剣を使わない方が強いまであるので、謙遜しすぎないほうがいいですよ?」
「む、そうなのか?」
自覚してないのか、と呆れ気味にアルフは呟く。
コモーノはまだアルフレッドの全力に打ち勝ててないことを気に病んでいた。
どう考えてもアルフレッドの強さがおかしいのだが、それを打ち負かそうとしているコモーノが世界基準で弱いわけもなかった。
そもそもスグエンキル家の基準が世界から乖離してると言っても良い。メイドの戦闘力が凄腕冒険者クラス。
下っ端ですら一騎当千。
それがスグエンキル侯爵家の基準だった。
それを従える当主ナリアガルもまた、英雄として活躍していた。
「それはともかくとして、マーナ様がよろしかったら我が家に遊びにきませんか? ルード様の様になり変わりまでさせられませんが、息抜きくらいは必要でしょう」
「コモーノ様! わたくしもご一緒していいでしょうか!」
コモーノのちょっとした提案に、シュバッと後乗りするカーミ。
「いや、カーミ嬢は聖女のお仕事が忙しいでしょう?」
「姫様が行かれるのでしたら、毒見係のわたくしが同行するのが道理。じゃなきゃ有る事無い事教会に言いふらしますよ!」
「何でそこまでしてウチに来たいんだ? マーナ様はルード様と相談の一つもしたいだろうと思っての相談もあるだろう。でもカーミ嬢は何もないじゃないか」
「だったら私も相談していただきたいことが!」
はいはい、はーいといつになく元気なカーミに圧倒される様にコモーノは飲み込む形になる。
しかし今すぐにとは行かないので、王様に取り次いでからという形になる。
日は一週間後。
お迎えしたマーナ様は、どこか虚ろな瞳をコモーノに向けていた。
その伽藍堂な瞳の奥には、得体の知れない何かが映り込んでいた気がした。
みーつけた!