破滅確定の悪役貴族だけど、ここから入れる保険はありますか? 作:双葉鳴
コモーノは悪役貴族の未来なんて真っ平ごめんとばかりの今までの態度を改めて修練や領地経営の勉強に努めてきたが、それだけで事前に犯した罪が帳消しになる程甘い世界ではないことを理解していた。
己が口だけの男であると吹聴した挙句、自分が悪役になるきっかけである弟を追放、更には自分の命令で命を落とす一歩手前のところまで追い詰めたのだ。
正直に言えばどん詰まりである。
だが、ここにきて父ナリアガルの新規事業の提案。
コモーノは即座に飛びついた。
ここで汚名を返上すれば、失態を挽回できるかも知れないという思いがあった。
が、父の反応は思った以上に悪かった。
むしろ立候補してほしくないという感情があまりにも顔に出ていた。
「その話をどこで聞いた?」
「そこかしこでメイドが話しておりました」
コモーノは機転を利かせて話を合わせた。
実際には聞き耳を立てて仕入れた情報だ。
後ろ暗い気持ちがあるからこそ、馬鹿正直には話さなかった。
「まったく。まだ取り決めを行ったばかりだぞ? 専門知識もなく、子供のお前に何ができる」
「それでもやらせていただけませんか?」
「欲しいのは箔か、あるいは実績か?」
「お父様には敵いませんね。そのどちらとも、というのは少し強欲でしょうか?」
「強欲だな。徳というのは積むものだ。どちらかを手に入れるだけでもそれこそ一足跳びには得られぬものだ。コモーノ、急ぐ必要はもうないのだぞ? お前はアルフレッドから勝ち取ったのだ。何をそんなに生き急ぐ」
口調は厳しいが、言葉の端々には子を思う親の優しさを感じた。
前世の記憶を取り戻す前までは、ただ厳しい言葉を浴びせられてるだけだと思っていた。
同様に愛されていたではないか、と今になって気づく。
全てにおいて、遅すぎる。
「だからこそですよ、オレは職能ではアルフレッドに勝ちました。でも、勝負は負けっぱなしで悔しいんです」
「まだ、あの子を許せぬか? 憎く、手を上げたい気持ちはあるか?」
コモーノの、アルフレッドに対する心の奥底の憎悪は消えない。
でも、前世の記憶を得てからの思いはアルフレッドを許して、平和な暮らしを送るというのが第一条件になったはずだった。
でも、口を突いて出てくるのは恨み言が殆どである。
「そりゃ憎いですよ。あいつは勝ち逃げしたんです。オレはまだたったの一回勝っただけだ。今までの勝負で負けっぱなしだった。より勝利を重ねて自信をつけたいのはおかしな事でしょうか?」
「もう勝負なんてしなくていいのに、まだ勝負を望むと?」
「貴族である以上、絶対はないでしょう?」
「お前がそれを言うのか。追放せよ、殺すべきだ。そう望んだのが誰だったか忘れたわけではあるまい?」
「……っ、それは。ですがお父様だって」
コモーノはこれ以上追い込まれたらまた自分の悪い癖が出ると話題を変えた。
いや、変えきれない。
責任を転嫁しただけである。
「あの時は私も追い込まれていたのだ。迫るデビュタントの期日。準備は万端だと思っていたら、その前週に起きた不手際。お前がもう少しまともであればと願った日はない」
「その節は、ご苦労かけました」
「まったくな。だがお前は変わったな。いや、恥を晒してようやく世間を知ったのだな」
「ええ。アルフレッドは、弟は……ずっとあの環境にいたんですね。オレは、その場で笑ってるだけで精一杯でした。将来の部下を選ぶだなんて、そんな余裕はなかった。大勢の大人からの期待に押しつぶされそうになっているだけでした」
「そうだ。それが爵位を引き継ぐ覚悟だ。あの子も不器用でな。いつもお前のことを気にかけていたよ」
「あいつがですか?」
ここにきて自分が気に掛けられていると知って驚く。
コモーノにとってアルフレッドは見上げた先の天上の雲。
手を伸ばして掴もうにも先へ先へ行ってしまう。
そんな存在だった。
けどそんなアルフレッドは常にコモーノの詳細を聞いてまわっていたのだそうだ。
そんな話を聞いて、俄には信じきれなかった。
「知らなかったか? あいつはな、お前の天性の才能をいつも恐れていたよ。ここぞと言う時でミスする以外でお前のスペックはとても高い。そう評価していたものだ」
「全然知らなかった……です」
「きっと私も悪かったのだろう。お前達兄弟にはもっと兄弟として接する時間を設けてやればよかった。だが私たちは貴族だ。恥をかいてほしくないと言う気持ちを優先し、心を鬼にした。父親失格だ」
「ですが、お父様の判断が間違えていたとは……」
「貴族としての教えを優先しすぎて、親としての失態をしたと気づいたのはアルフレッドに暴力を振るった後だった。あの後母さんと喧嘩してな。数日口を聞いてもらえなかったのだ。その時になって自分が何をしたのか思い知った。私も同じなのだ。コモーノ」
「そうだったんですか……」
「だからこの件からは手を引いてくれると助かる」
先ほどの穏やかな表情のまま、ナリアガルはキッパリと断言した。
この件にかかわるのは時期尚早であると。
もちろんそれにコモーノは取り合わない。
「何故ですか?」
「この件にはアルフレッドが関わっているからだ」
「あいつが、薬剤に?」
「お前はきっとムキになって勝ちに行くだろう。だからこの話はお前に聞かせたくなかった」
「失敗できない何かがあるのですか?」
「そんなものだ」
「で、あればますますオレに任せてください」
コモーノは胸を張って、勢いづく。
「何がお前をそこまでさせるのだ?」
「それはオレにも分かりません。ただ、今のままではダメだと、そう思っています」
「ならばお前にはアルフレッドとの交渉役を任せる。事業そのものを任せるのは時期尚早だ」
「それだけでも、ありがたいです」
「ちなみに、お前が交渉に失敗すればこの事業は頓挫すると思え」
「一番重大な責任じゃないですか!」
「言ったろう、根幹にはあの子が関わっている。宝石採掘以外で重い腰を上げたことのない私が食いつくのだ。それと同じくらいの価値があると思って動け。そして補佐としてロルフの子をつける」
「パメロと申します。どうぞお見知りおきを」
音もなく室内に現れた子供を見据え、コモーノは目だけで存在を捉えた。
まだ子供ではないか、とは言えない。
自分に比べて随分と大人びて見えたくらいである。
「コモーノだ。オレの悪評は聞いてるだろうが、ひとまずそれらは忘れてくれ」
「お噂は伺ってます。なんでも改心されたと?」
「するのが遅すぎると自分でも思ってる。それ以上は言うな」
「癇癪を起こさないだけでも十分です。これからよろしくお願いします」
補佐と言うには軽口が過ぎるが、今はこれくらいの方が気が楽だ。
コモーノは頭を下げて退室し、早速アルフレッドに対して交渉に入る準備をした。
◆ー◆ー◆ー◆
「それで、アルフレッド様を説得させる策はあるので?」
「正直に話せば、ない」
「でしょうね。一体どうなさるおつもりで?」
「それを今から考えるんだよ。パメロ、と言ったか? お前は今回の出来事どこまで把握している?」
「ここでは耳が多すぎます。別室へ参りましょう」
そう促され、自室へとパメロを案内する。
そこでコモーノはようやく事の顛末を知った。
霊草ニュクスの存在。
それはもちろん前世知識で知っている。
だがそれを入手できる環境でないことも知っていた。
ではどこから入手したか?
その目処も立っている。
同時に弟への執着、殺意の高さも理解した。
(あいつ、よりにもよって『王の采配』引きやがった! じゃあオレや父様に狙われるわけだ。あちゃー、これじゃ面会なんてできないぞ? どうする、考えろコモーノ)
内心で焦りつつも冷静さを保つ。
正直顔を見ただけでハラワタが煮え立つ。
これはスグエンキル家にかけられた呪いだ。
凡俗であればあるほどその効果を強く発揮する。
それがコモーノの代でアルフレッドに向けられた。
スグエンキル家の呪いを<魔剣士>の職能でより強く受け取ってしまったコモーノ。
父ナリアガルがおかしくなるわけだ。
それ程までに職能『王の采配』とは一等級のやらかし案件だった。
何せ王族がめくじら立てて殺しにくる。
ネット王国が盤石の地位を建てているのは対抗の芽を育つ前に潰してきているからだ。
その芽を潰す暗部の一つがスグエンキル家。
その嫡子が最大級の地雷を持っていたわけである。
嫡男のままにしていたら王の顔に泥を塗る気かと詰られ、お家断絶くらいはやってくる。
凡俗であるコモーノが当主に据え置かれたのはスグエンキル家にとって首の皮が一枚繋がった状態であった。
「パメロ、オレはまだ弟の前に顔を出せん。むしろ真っ先に殺そうと殺意が湧く。だが大事な交渉相手だ。絶対に成功させなければならん」
「その策は?」
「確かロルフの話では筆談しているのだったな?」
「文字すら交わしていません。一方的な施しです」
「返礼品に特大級の呪物送りつけてくる相手にただの白パンと干し肉で相手をしたとあっては舐められるだけだ。だから次からはオレの指示通りの文章を送れ。それまでにオレの方も策を間に合わせる」
「それは何をするかお聞きしても?」
「オレが唯一この世界でアルフレッドと勝負してないもの。ズバリそれは料理だ」
「はい?」
ニヤリと何か企んでそうなコモーノを前に、パメロは大丈夫かなぁという顔をした。
座学において父ロルフから手解きを受けてきたとはいえまだ8歳。
最初の仕事がお使いと文通とは舐められたものだと内心でこぼしつつ、初めてのミッションを卒なくこなしていく。
その間にコモーノは数多くの失敗を繰り返し、遂には一つのメニューを完成させていた。
パメロはそれを覗き見て、本当に料理ができるのだと思い知る。
しかし軍閥である侯爵家の次期当主が料理スキルを磨いて何になる?
パメロは幼いながらに疑問を持った。
「これを、返礼品としておつけするのですか?」
「ああ。その代わり次からはメッセージの内容を変えろ。オレのことを主人と呼び、さるお方と匂わせるんだ。肩書はそうだな、流れの商人とでもしておけ」
「スグエンキル領内に入って来られる商人ですか?」
「そうだ。あいつらは耳が早い。オレが無能であることも、弟が有能であることも入手してるに違いない」
「だから助け舟を出した?」
「筋書きとしては面白いだろ?」
「だからと言ってこんなものを送りつけるのもどうかと」
パメロは陶器の器に入れられた謎の物体を見つめた。
それは黄ばんだ固形物で、指で押すと程よい弾力を持ち、スプーンを突き通せば内側から茶褐色の液体が飛び出る代物であった。
初めて見る物に対して畏怖を持つパメロ。
だがそれはどこからどう見てもプリンであった。
この時代にはない、まだ開発される前のレシピをコモーノは前世知識で有していたのである。
「あ、お前! 返礼品を壊すなよ。責任持ってお前が食えよな」
「これが食べ物なのですか?」
「ああ、美味いぜ? 味は俺が保証する」
「ならば一口」
主人が食えと言ったら『食えぬ』と言えぬのが主従関係。
パメロは恐る恐るスプーンで掬った物体を口に入れ、そして破顔した。
「ふぁああ、なんですかこれ? え、美味しい。初めて食べる物です。コモーノ様はこれをご自分で考えたので?」
一口、と言いつつ全部頬張る従者パメロ。
気づけば空っぽになっていた陶器をじっと睨みつけていた。
まだ食べ足りないとその顔がこれでもかというくらいに主張していた。
「美味いだろ? だがこれはアルフレッドを釣り出す返礼品の一部だ。交渉はここから始まるんだよ」
「これなら絶対気に入ってくれると思います。むしろこれを主力にしてもいい気がしますが?」
「アホ」
パメロはコモーノにおでこを弾かれた。
「こんな物で釣られる相手と思うな。オレが散々辛酸を舐め尽くすハメになった弟だぞ? それにこの程度なら、あいつ付きのメイドでもレシピを知れば作れるようになる。あいつにはその能力があるからな。だから交渉の第一手としたんだ」
「霊草ニュクスは領内で採れたものではないと?」
「だったらうちの財源が尽きるわけないだろう、あれは取り寄せ品だ」
「その財源、一体どこの誰が食い潰したんですかねぇ?」
この従者、主人に対しての物言いにも手加減をしない。コモーノは何も言い返せなくなった。
「オレも些か正気を失ってた。あの件で却って頭が冷えたよ。自分はとんでもない大馬鹿者だったってな」
「早いうちに気づけてよかったですね。あと1ヶ月遅れてたら使用人のほとんどが実家に戻っていたと思いますよ?」
「そうならない為にも最善を尽くす。そしてこれ以上を望むなら素材の仕入れをしてくれとお願いしろ」
「要求が通れば飲んでくれたと見るのですか?」
「まずはその要求を通すのが問題だがな」
まったくです、とパメロは嘆息した。