破滅確定の悪役貴族だけど、ここから入れる保険はありますか? 作:双葉鳴
「つまり、その剣がスグエンキル家を殺人鬼に仕立て上げてるって事?」
「殺人鬼とは聞こえが悪い。が、事実だ。我が家が侯爵家でありながら領民から愛想を尽かされている理由もこれだ。アスティ、そうだよな?」
「兄さん、さっきから魔剣に話しかけてるけど、それはただの切れ味のいい剣でしょ?」
【こいつ、ダメ。生きてちゃダメな奴。でも、どうして!? どうしてこいつが素材提供者なの!? お菓子は好き、お菓子に罪はない。だから殺せない】
「ああ、こいつは喋らないしただの剣だが、オレの前には小さな女の子の姿となってあれこれ警告してくる。お前を殺せとさっきから喚いてる。が、そうなるのがわかってたから事前に手を打った」
「それが、菓子?」
「ああ、前世の記憶を全力で注いだ最高級品だ。その為の素材は現状お前にしか入手出来ない。それを逆手にとって契約を改竄したんだ」
「その為の、王の采配<アナザーキングダム>?」
「アナザー何ちゃら、ってのは知らないが。その貿易によってしか入手できない素材がある。俺はそれに目をつけたわけだが、お前が返礼品でよこした霊草ニュクスで一波乱あった。まぁ話を要約すれば国が動いた」
「まさか……ルード様がスグエンキルに目をつけられた?」
勝手に周りが騒ぎ立てているだけではなくなった。
王国側が本腰を入れて動き出した。
それは完全に想定外。
アルフレッドにとってもそこまで大ごとになるとは思っていなかったのだ。
「父様がそれの出自を有耶無耶にしようと薬師を集めた。それをルード様を担ぐ貴族に勘繰られた形だ。侯爵家はルード様にお付きになる。そんな噂が社交界で持ちきりだ。お父様は頭をお抱えになった。王族がこの話題を耳にしてる時点で我が家は逃れられん。お前のせいだぞ、アルフレッド。軽率な真似をしたものだな」
「ならば僕はそれ以外の素材を集める必要がある?」
「あー、そこは多分そんなに重要じゃない」
「重要じゃない!?」
コモーノがアルフレッドの言葉尻を拭う。
あれだけ責めるような物言いをしておきながら、本質はそこにないとしれっと発言の撤回をした。
誰を担いだところでスグエンキル家は安泰である。
そもそも呪いのせいで国を裏切れないのだ。
コモーノが魔剣を振るう限り、その忠誠に偽りはない。
いつ暴発するかもわからない自爆装置こそ抱えているが、それは菓子で繋ぎ止めている。
「では兄さんは何を求めて?」
「お前、オレの部下にならないか?」
「何を言って……僕の居場所はもう屋敷にはないんじゃ?」
まぁそうだろうな、とコモーノは思う。
ここで無理に誘っても乗り気で来ないとは思っていた。
ならばと手を変える。
「ああ、ここでの暮らしが気に入ってるというのなら無理にとは言わんぞ。父様はお前に手を挙げたことを未だに悔やんでいるのだ」
「父様が……呪縛のせいで手を上げたことを悔やんでる?」
「本当にこの魔剣は取り返しのつかないことをオレ達一族に強いてくるんだ。多くの領民は王族の愚痴を溢しただけで切り捨てられた。お前の件では特に苛烈に攻撃的になる。オレも、気を緩めればお前を殴りつけたいくらいだ」
今コモーノは椅子に縛りつけられていた。
魔道具による拘束だ。
感情は身動きを縛ることで直接攻撃する手段を封じたのである。
封じると言っても尻に椅子が引っ付いて、その椅子が地面に引っ付いてる程度だ。
その椅子の横で魔剣がガタガタ震えている。
コモーノは魔剣と共に呪縛に抗っていた。
「その話は本当ですか?」
「ああ、父様も母様もだ。お前の安否を気にしている。今は呪縛が緩んでいる」
「でも僕がこの職能を持つ限り……」
「ああ、その点は大丈夫だ。殺意をある程度セーブできるように魔剣を菓子で釣ったからな。契約者のオレが全ての呪縛を引き取った。もう父様や母様が直接お前を苦しめることはないよ」
「でも、すぐには答えを出せない。少し時間をください」
「ああ、そう答えを急く必要はない。オレは父様にお前と仲直りした件を伝えればいいだけだからな。それよりオレのスイーツはどうだ? 美味いだろ?」
「本当にね、こればかりは勝てそうもないや」
「お前にこれでも負けたらオレはいよいよ持って闇堕ちするよ。唯一勝てる技能にまで対抗意識を燃やさんでくれ」
「今の僕には再現できないもの。でも、食べたいお菓子があったら要望出していい?」
「前世の記憶を読み取ったか。まぁ手間のかかるもの以外なら全然請け負うぞ。出来上がったらパメロに持たせよう」
「ありがと、兄さん」
「おうよ、それくらいはさせてくれ。今まで悪かった。勝手な思い込みで辛くあたっちまって」
アルフレッドが感謝の気持ちを出したのに被せるように、コモーノが頭を下げる。
その場から動けないからこそ、着席した上での一礼。
アルフレッドは数秒その光景を瞳に焼き付けた後「頭を上げて」と告げた。
しかしコモーノは頭を下げ足りないとそのままの姿勢で返す。
「頭を下げたくらいで許してもらえるなんて思っちゃいない。でも、これをしないとオレは一生前に進めない。その為の通過儀礼だ」
「分かったよ、兄さんが反省してるのも分かった。それに、兄さんがそうなった原因は僕にもあるから。僕も僕で生意気だったから、さ」
過去の己の過ちを悔いているのはアルフレッドも同じだった。
それを聞いたコモーノは、どこか自分だけが頭を下げれば済むと思っていた思い上がりに苦笑する。
「本当にな」
「そこは否定してよ。正直、以前の兄さんに任せるくらいなら僕が侯爵になったほうがマシと思ったのは本心だよ」
「まぁな。だがそれを認めたらオレの立場はどうなる? 弟に負けた無能として一生後ろ指差されて過ごすんだぞ? 死んだほうがマシだわ」
「貴族ってそういうしがらみあるよね」
「本当、これから学園行くの憂鬱だわ~」
「でも兄さんは後継者になったんだし、大手を振って通えるでしょ?」
「デビュタントのやらかしがまだ拭いきれてないんだよ。父様がお前の成果をオレに押し付けたんだぞ? あの時は生きた心地がしなかったな」
「あはは、それは御愁傷様」
自分の打ち立てた成果を思い浮かべ、それを受け取ったはいいが受け止めきれない以前までの兄がどんな失態をしでかしたかありありと頭に浮かんで苦笑する。
それを横目に、従者が二人並んで様子を見守っていた。
「ああ、こんな日が見れるとは夢にも思いませんでした」
「ですねぇ」
諍いあって離縁した兄と弟が、侯爵家の今後について語りあっている。
従者にとってこの光景は望んだ未来の一つであると同時に、望みが最も薄い未来でもあった。
「そう言えば、あなたは屋敷で見ない顔ですね。新人ですか?」
「ああ、そう言えば僕も自己紹介をすべきでした。僕はパメロ、執事長ロルフは僕の父です」
「ああ、ロルフ様の! 通りで顔立ちに面影がございます」
「サリィ様こそアルフレッド様の最後のお勤めご苦労様です。お辛い日々でしたでしょう?」
「どうでしょうか? アルフレッド様の職能が便利すぎて苦労を苦労と思わずにここまで来れてしまったのもありますし」
「そう言えばコモーノ様もヤバいと仰ってました」
「ヤバいという表現が控えめに聞こえるレベルです。この屋敷を見てどう思われますか?」
「最近新しく改築した? くらいには思ってますがまさか……」
「誰がこんな行き来も困難な場所まで来て改築してくれるというのですか。全ておぼっちゃまの職能によるものです」
「それは……確かにヤバいという言葉が控えめに感じますね」
「でしょう? 今まで出会ったどんな人よりも飛び抜けてる。そう思っていたんです。けど……」
「コモーノ様はその上を行かれた?」
「ええ、悔しいですがあの菓子に私もおぼっちゃまも夢中です。どんなに優れた力を持っていても、決して叶わぬ分野があると知った。それがまさかあのコモーノ様だとは思いもしなかったですが……」
「僕も最初は驚きました。それでアルフレッド様を口説き落とすと申された時はいよいよ持って頭がおかしくなってしまったのかと思ったほどです」
「でも……?」
「ええ、お一人で作り上げたプリン。あれで僕はこの人に一生付き従おうと決めました」
「ああ、確かにあれは心奪われました」
「あれにはレパートリーがあり、こちらに持ち運ぶのに適さないとして味見役の僕は役得しかしてません」
そこまで聞いた時、サリィがものすごい形相でパメロを見ていた。
なぜそこでこんな話をしたのか?
コモーノ陣営に与することで得られる恩恵をこれでもかと自慢しているのだ。
アルフレッドが落とせなくてもその周りから。
サリィを落とす役目をコモーノから指示されていたからである。
そしてその思惑は和気藹々とした雰囲気で終える。
確かな手応えを感じた商談だった。
父ナリアガルにいい土産話ができたとコモーノは屋敷へと凱旋した。