ヒーロー的な彼女とミーハーな彼   作:のーぷらん

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4. side 《Hoki Shinonono》

 

 

『わたしとけんどう                2年3くみ  しののの ほうき

 

わたしはけんどうがすきです。小さなころからやっています。いつからはじめたかおぼえていません。でも、だいすきです。けんどうはお父さんにおしえてもらっています。おなじクラスの一夏も1年のとき入って、いっしょにけんどうをして、たのしいです。

わたしはつよくなりたいです。いっぱいれんしゅうします。

 

 

 

思わず読み返してしまったつたない作文の中の私は、今の私よりもずっとしっかりしているように思えた。

私はそっと引き出しに古びた紙をしまった。これはIS学園寮に入る前の引っ越しの最中に偶然アルバムからこぼれ出てきたものだった。すごく驚いた。何せ姉さんがISを発表して以来、数えきれないほど引っ越しをしてきた身だ。当然徐々にいらないものは捨てて行き、少しでも身軽にすぐ別の地に行けるようにしていったのだ。こんなつたない作文が残っていたのは予想外だった。

本当は捨ててしまいたかった。

中学3年生の時の剣道の全国大会の記憶がよぎったからだ。「篠ノ之束は君の姉だろう」「場所を知っているだろう」「答えろ」という言葉は耳にたこである。あの頃の私は政府の執拗な追及に耐えかねていた。

政府の要人に何を言われても「知らない」の一言。わずかに所属する学校という空間で姉のことを聞かれても「知らない」の一辺張り。

それだけで私は何も知識のない、価値のないものにされ、私自身もその言葉を使いすぎて自分自身が何も分からないものに思えてきていた。そのことから抜け出せないことへの不平不満の爆発、憂さ晴らしの最終地点、心底の汚い部分、欲望、本質の顕現。それが中学3年生の全国大会だった。優勝はした。その結果のみ見ればベストな結果なのだろう。しかし、私にとってはワーストな結果であり、これ以上もないストレスをもたらす思い出となった。

力に溺れたとしか言いようがなかった。全ての試合において私は人をぶちのめす気持ちしかなかった。強さを示すことは純粋に面白かった。そして、決勝戦。

対戦相手の準決勝を見たが、非常に強い相手だった。心技体全てがそろっているようで、その完璧さを私は妬み、憎んだのだ。欠けたところがない剣道に観客はほうっとため息をこぼしていたが、私には姉を彷彿とさせる苦労のない、すでに完成された形をもって認められているものを許容できるだけの精神は持ち合わせていなかった。

 

叩きのめす。

 

暗い思いに操られるように竹刀を振るい、感情の歪みに反してどうしようもなく心は浮き立った。だが、しまいに見たのは……

 

涙。

 

そこでようやく私は力に溺れていたと気付いたのだ。私の最も嫌だと思う人間に好き好んでなっていたと。叩きのめすことが強さのはずがない。強さを見誤った私は愚かだった。

 

「『つよく』なる……」

 

引き出しにしまった作文を学園寮に持って行くために出した段ボールに入れた。捨ててしまってはあの頃の私が可愛そうだった。

今の私は憂さ晴らしで剣道を続けているだけだ。でも辞めることは出来なかった。

私から剣道をとったらどうなる?私は本当に『篠ノ之束の妹』だけになってしまう。学園の剣道部に所属したものの、人と試合をすればまた暴力を振るってしまいそうで幽霊部員となってしまった。個人練習だけして剣道との絆を細々と保つことが、完全な『博士の妹』に陥るのを防ぐ唯一の手段だった。

試合をしては(いくら腕が鈍っていようが)男の一夏をも打ちのめしてしまうのだ、そしてここはIS学園。どうやっても姉の影を掃うことは出来ない。そうする以外の何が出来ようか。それに少なくとも一夏の傍にいれば、私は『一夏のことが好きな女』でいられる。別にとってつけたような称号ではない。小学校の頃に感じた淡い想いから続いているのだ。立派な肩書だ。セシリア、鈴、クラスの女子もいまやそのように見てくれている。それに満足し始めていたとき、来たのだ。

 

 

岸谷弘毅。

 

 

剣道という面だけで私を見る男。

私について知っていることといえば、名前と剣道をしているということと、一応『女』という性別くらいではないだろうか。

決勝戦で相対した私を恐怖せず、再戦を望む彼は、うっかり私全てを受け入れてくれるんじゃないだろうか、と考えざるを得なかった。だって、あのときの私は一番醜い部分を見せていたのだから。しかし、顔すら覚えていない私がそれを望むのはひどく厚かましく思えて、私は目をそらした。

「IS同士の剣道なら、男女の体格差も力も関係ないだろ?真っ向勝負の、真剣勝負が出来ると思ったからさ。ISを操縦できて良かった。そういう意味じゃ、お前のお姉さんに感謝しなきゃいけないな」

彼にとっては姉の方が私の付属でおまけなのだ。

やっぱり押さえきれずに、飛び上がりそうなくらいの高揚感、喜び。直後に失望された時の、申し訳なさ。

 

そして。

 

「ここが剣道場だ」

「おう、ありがとう」

「部長。今日転校してきた岸谷弘毅です。剣道部の体験をしたいそうです」

「?!そ、そう、よろしく」

私は彼を剣道場に連れてきた。今日は一夏に練習に付き合えないと言っておいた。

「いつも俺の練習に付きあう必要ないだろ。セシリアも鈴も部活に行って来いよ。今日はシャルルと練習するし」とヘラヘラしている一夏を一発殴ることは忘れなかったが。

ともあれ、部長は突然現れた男子に驚愕したが、自己紹介をしながら私の方をちらりと見た。『あなたはどうする?』という目だ。

「私も参加します」

岸谷が入っては部員が奇数になる。私が入れば偶数だ。……練習でペアになる部員が足りないから参加する。それだけだ。

 

 

 

「幽霊部員のわりにいい動きだった」

「お前失礼だな……」

練習後着替えて体育館の隅に座っていると、岸谷がスポーツ飲料を差し出していた。ありがたくいただく。近くの壁に岸谷ももたれかかりながら同じ飲み物を飲んでいた。

火照った体に冷たい水分が通るのが気持ち良い。体内が潤う感触に目を細めながら私は満足していた。

だって、久しぶりに人と練習をした。孤独ではなく、その感じが楽しかった。

岸谷とは結局試合こそしなかったものの、何度か竹刀を受けながら練習をした。恐ろしく力が強く、動きも美しい。すでに生身では負けてしまうだろう。一緒に練習するのが楽しい反面、悔しいと感じていると、「どしたー?」と上から言葉が降ってきた。

剣道をして頭に酸素が回っていないせいか、ろくに考えずにその分素直な答えを出せた。

「お前、私より強いではないか。今更私と戦わなくても……」

「何言ってんだ、篠ノ之箒。人の話聞いてないんだな」

「……私をバカにしているのか?」

こいつは子どもみたいな言い合いをしたり、人をアホンダラと呼んだりするようなやつなのに、そいつに話を聞いていないと言われると腹が立つ。

「だって、お前女だろ。女が男に力で勝てないのはしょうがねぇって。でも、力さえ同じなら俺とお前、どっちが勝つか分からないさ。だから、IS利用して力の不公平をなくして勝負するって言ってるんだろ?」

「それは私でなくてもいいのでは?同じくらい強い人なら、剣道部にもいるだろう?」

「俺が四回戦って四回とも負けたのは、お前だ。そのまま勝ち逃げなんて許さねーぞ?……それにお前は俺に大切なこと教えてくれたし。だから、超えたいのはお前なんだよ」

最後は非常に早口で小声だった。岸谷弘毅はひどく大切な宝物を見せるようなふうだった。

「そうか……」

他に言えることはなかった。なぜなら、私は覚えていない。

それが残念だった。同時に、そんな『大切なこと』を彼に教えたという私が羨ましかった。

「やっぱ覚えてないかー……」

やつはちょっと寂しそうだった。

私は一体何と言ったのだろう。

放課後のゆっくりとした時間が流れる中、私は『何か』を言わなければならないと焦っていた。だが、どう考えてみても適切な答えは出てこなかった。

 

「まぁ、俺は覚えてるし、いいけどな!」

 

ああ、タイムアップだ。完結。

やつはすでに体育館から出ようと歩き出していて背中しか見えなかったが、やはり寂しそうな顔をしているのだろうか。

確かめるのが怖くて彼の二、三歩後ろを歩きながら、私はペットボトルを握りしめた。

 

 

5. side 《Koki Kishitani 2》

 

 

 

「篠ノ之箒って、忘れっぽいのか?」

「お前、それ箒の前で言うなよ?怒られるぞ?」

俺がぽつりとつぶやいた言葉を一夏は拾ったらしい。苦笑しながら、ノートを渡してきた。

「これ、俺がまとめたノート。これ見てISについて勉強しろよ」

「おう!ありがとう!!」

「しーっ!」

「あ」

気付けば周囲の目がこちらを向いている。何人かは咳払いをしていた。休日朝の図書室だってのにこんなに生徒がいるのは学校が真面目な証拠だな。

視線がキツくなるのが分かって、俺は慌てて頭を下げた。嬉しくてうっかり叫んだが、ここはIS学園の図書室だった。忘れてた。

「……弘毅も忘れっぽいと思うけどな」とシャルルがつぶやき、それに一夏が笑ったが、無視してノートに目を落とす。俺がもうちょっと我慢強くなかったらしばいてたぞ。ノートは、ISの由来から、おそらくここの生徒にとっては基礎で常識なものまで事細かく説明してあって本当に助かるから許すが。

「よくここまでまとめたよな」

「だろ?俺も入学したての頃は苦労したんだ。そのときまとめたのがこれさ」

今日は休日だから、男三人でISの勉強会を開こうと提案してくれたのは一夏だった。だがシャルルも一夏もISの基本知識は理解している。まぁ、俺のために集まってくれたわけだ。本当お人よしなやつらだよ。

「そういえば、女子連中は?」

「ああ、たくさんいても勉強進まないだろうし、……前、図書室で勉強会したら箒、セシリア、鈴の三人が喧嘩しちゃってな。誰が俺に説明するかーっていうどうでもいいことで。喧嘩するほど仲が良いってやつなのかな。それで、しばらく出入り禁止なんだ」

「そうなのか」

「あー、あのメンバーだと、そうなるだろうねー」

驚く俺に妙に納得したげなシャルル。どういうことだ?

「午前中三人は部活の自主練やISの練習してくるって。昼には一緒にご飯しようとも言ってたけどな。って、もうすぐ10時か。アリーナ行って弘毅のIS使用申請してこようぜ」

学園には40機、世界全部のISを合わせても467機しかないISは申請してもいつ使えるかは分からないらしい。

だから申請受付開始の10時に行こうという話をしていた。

一夏は「あ、でも俺、その前にトイレ行ってくる」と言って出て行った。忙しいやつだなぁ。

「もう、一夏ったら……」

シャルルの方を見れば少々顔を赤らめている。

「どーしたー?顔赤いぞ?」

「えっ?な、何でだろうね?暑いからかな?」

シャルルはごまかすように笑った。多分ふれてほしくないんだろう。誰にでも答えたくないことの一つや二つあるもんだ。俺は話を変えることにした。

「そういえば、さっき妙に納得してたけど、どーしてだ?」

「えっと、……何のこと?」

「篠ノ之箒たちが出入り禁止って聞いた時、納得してたこと。何でだ?」

またもやシャルルは笑った。今度はいたずらっ子のような笑いだ。

「弘毅も鈍感なんだねー」と首を傾けた。そして、こそっと俺に耳打ちした。

「だって、みんな一夏のこと好きだから」

「……好き?」

「そう、好き」

「ライク?」

「ラブで」

そう言うと、耐えきれなくなったようにまた笑った。

「だから、きっと自分が一夏に勉強教えたくて、喧嘩になっちゃったんだと思うよ」

はー、なるほど。しかし、何だか腑に落ちなかった。

「……篠ノ之箒も?」

そう、そこだ。篠ノ之箒が男に恋をしているというのがしっくりこない。しかも、そんなくだらないことで喧嘩をするほどに、というのが。

「うん、そうだね……あ」

シャルルは事もなさげに頷いて口を開けた。こいつはごまかすような表情や何かを秘密にするような顔をするときがよくあるとは思っていたが、今回のは隠しようがないほど『取り返しのつかないことを言ってしまった』という顔だった。

「あ、あの……もしかして……その、弘毅、えっと……」

「……言いたいことあるならはっきり言った方がすっきりすると思うぞ?」

珍しく俺がフォローを入れてもシャルルはしばらく言葉にならない声を出していたが、ようやく「怒らないでね?」と上目で見てきた。そういうふうに見られたら怒るとか無理だろ。

 

「箒のこと、好きなの?」

「?ああ、好きだけど」

「……ごめん」

 

?よく分からん。黙っている俺にシャルルは眉をハの字にした。

「その、箒のこと好きな弘毅に、箒は一夏が好きなんだよって言っちゃって……ごめんね」

ますます分からん。

「確かに俺は篠ノ之箒が好きだが、それは、そうだな。憧れっていうか。お前の思う『好き』とは違う」

「……ライク?」

「ライク。

ただ、……ただ、篠ノ之箒が『恋してる』ってのが、違和感あるんだよなー」

あいつは、俺の考えを変えてくれたやつで、感謝しているんだ。だから『好き』なんだと思う。

箒は16歳の女だ。あの力の弱さと細い腕は女のものだ。俺だってそれは知ってるから、剣道もまともに勝負しようとも思っていない。でも、箒は女だから、誰かに恋している……っていうのには腑が落ちないんだ。

「よかったぁ……」

シャルルは思いっきり息をついた。

「待たせたな。じゃあ、行こうぜ」

一夏がやって来て、俺たちも出る準備をする。

後をついて行きながら金色の貴公子は振り返る。

「箒は女の子だから、恋もするよ。弘毅だってそう言ってたでしょ?」

『篠ノ之箒は女』だって。

 

 

 

そんなの分かっている。困ってしまうほどに。

 

 

 

 

6. In the Arina

 

 

朝の鍛練を終えた篠ノ之箒は部屋に帰ってシャワーを浴びていた。セシリアと鈴はアリーナでISの練習をしており、一緒にと誘われたのだが、彼女は頷かなかった。

 

「専用機さえあれば……」

 

シャワールームに彼女の言葉が妙に響いた。水音に紛れないその声は、つぶやきというより悲鳴のようだった。

使用申請を出さねば、彼女のように専用機を持っていない一般生徒は授業と試合以外でのIS使用は出来ない。セシリア・オルコットや鳳鈴音、シャルル・デュノア、それに織斑一夏は特別なのだということはもちろん彼女にも分かっている。専用機なんて本当に一部の人間しか持っていない。だが、篠ノ之箒にとって、その想い人の傍にいるために専用機は必要なものに思えてならなかった。

使用申請を出しに行こう。

IS学園の制服に袖を着替えて気分を変えようとしたが、やっぱり胸の中の劣等感は消えそうになかった。

 

 

 

 

受付開始時間なだけあって、アリーナ脇には多くの女子生徒が集まりIS使用申請書を提出している。その中で、いでたちの異なる一夏、シャルル、弘毅の三人は非常に目立っていた。

「あ、篠ノ之箒だ」

弘毅は箒の元に走り寄った。さすが四六時中彼女のために勉学、剣道に励んでいるだけある。彼女を見つけることに関しては彼の右に出るものはいない。

「おはよ、お前も申請に来たのかー……って何だ、その辛気臭い顔は」

「失礼な奴だな。大体私はこんな顔だ」

「そうでもないだろ。……一夏といるときは明るい顔してるじゃん」

「な!?」

この後きっと彼女はそれを否定し、怒り、手が出るだろう。弘毅の声につられてやって来た人物を見なかったならならば。

「箒、おはよう。箒も申請しに来たんだな」

「あ、ああ、おはよう。そ、そうだな」

だが、噂をすれば影。やって来たのは、織斑一夏その人である。すでに彼の登場するタイミングはプロの役者も驚愕するほどだ。それは箒も同様で、驚きのあまりいつもの凛とした口調はどこへやら、しどろもどろで対応していた。その背後でシャルルと弘毅が自分たちの様子を観察していることに気付かないくらいに。

「分かりやすいな。俺のときとまるっきり反応が違う」

「でしょ?……弘毅、大丈夫?」

「あー、イライラするだけだ。あそこまで違うとびっくりを通り越して腹立つっつーか、負けた気がするっつーか」

「弘毅は……何と張り合ってるのさ」

弘毅って本当に箒のことラブじゃないのかな、とシャルルは思った。だけど、それを言って何になるというのか。箒は一夏が好きなのは確実だし、その一夏もおそらく幼馴染の箒を憎からず想っているような気もしないこともないような気がする。すごく釈然としないけど。

そんな中でこんな発言をして、たとえば弘毅が箒への恋心を自覚したとして、一体だれが幸せになれるというのだろう。第一弘毅の言うとおり本当にライクかもしれないし。

「弘毅、シャルル!セシリアと鈴がアリーナで練習しているそうだから見に行こうぜ!」

「行く行く!あ、どうせならISの発射する瞬間が見たいなぁ。連れて行ってくれよ!」

「そうだね」

私だって。

箒と一夏の並ぶ姿を見て、泣きわめきたくなるような物を壊したくなるような衝動が起きるのを感じながら、シャルルは笑みを浮かべた。自覚したところで何にもならない。

 

 

 

 

 

「おおおぉおぉ!!かーっこいいっ!!!!」

「うるさい!」

昨日も同じことを言った。箒は思わず頭を抱えた。こいつと話していると自分まで馬鹿になる気がする。

「やれやれ、分かってないな。ロボットが動くとか男のロマンだろ!これが叫ばずにいられるか!!」

「す、すまん…って!IS学園なんだから当たり前だ!」

「篠ノ之箒はISに慣れてるからそう思うんだよ」

「……いちいち興奮していては身がもたんぞ」

「意外に優しいな」

「意外とは何だ。失礼な奴め」

弘毅はISの発射口や、そこから見えるセシリアと鈴のISバトルにはしゃいでいる。子どものように目を輝かせている彼に水を差したかと思ったが、まるっきりそんなことはないようだ。相変わらず物珍しげに色々なものを触ったり見たりしているのは何だかんだ言って微笑ましく感じられるような……

「お、これ何だ?」

「触るな!!」

やっぱり微笑ましくなんかない!

「hydrantと書いてあるのに何でわざわざ押そうとしているのだ!」

「何だよ、はいど…?」

「消火栓だ!常識だろう!」

「どこの常識だ!!」

「日本の常識だ!それに、むやみやたらにそこらへんのものをいじるんじゃない!」

消火栓の上の火災報知器を押そうとしていた弘毅にさんざん説教をしていた箒は気付かなかった。

「火災報知器って何か押したくなるよな」

「押すな!押すんじゃない!」

そして、「箒って弘毅のお母さんみたい」「ああ、良いお母さんになりそうだよな」と言ってさらに火に油をそそいでしまっているシャルルと一夏も気付かなかった。

ラウラ・ボーデヴィッヒ、そしてセシリアと鈴の戦いが始まっていることに。

「わ、私が良いお母さん…」

「ったく、篠ノ之箒は本当に一夏に弱いよな!」

「何だと?!どういう意味だ!」

「だから、二人とも……」

 

 

「キャアァアアアアア!」

 

 

全員の動きが止まった。続いて響き渡る衝突音。普通の学生ならば身を震わせ恐怖をするだろうが、一夏、箒、シャルル、弘毅は冷静に状況を見るという選択をした。

「セシリア、鈴!」

そのまま発射口に近づく。同時に黒い線と青い機影が一閃した。身をのりだしていたならば確実に飛ばされていただろう。それほどの風圧。そんな中、人間の肉眼では細かいところまでは見る由もないが、共に行動をしている仲間だからこそ判断出来た。

セシリアが、黒い機体にとらわれて、空中を舞っている。

そして、その先には。

「危ないッ!!」

叫んだのは、誰だったのか。鈴のピンクのカラーリングの機体がその声にひかれたのか、空気を切る音に気付いたのか、方向を変えようとするが、その前に青いつぶてが鋭利な直線の切れ味で彼女を地面に叩き落とす。地が抉れ、すさまじい土煙がのぼる。

発射口はかなり地面から離れているのだが、地面と二機が衝撃した瞬間揺れた。

「「「「……ッ!!」」」」

歯を食いしばって面々は足を踏ん張り体勢を崩すまいとする。それでも、目線は土の舞うアリーナに固定されていた。ピンクと青が動いているのが見え、無事は分かったが、追撃とばかりに黒い機体がワイヤーブレードで締め上げ、攻撃をする。青の少女が防御姿勢をとれなくなっても、搭乗者であり、加害者である銀髪の少女は、嗤っていた。傷つく者を見たい。力を見せつけるのが楽しくて仕方がない。そういう笑みで。

箒は、はっとして拳を握った。見たことがあるのだ。自分の顔、そして一度相対した……――

(あれは、誰だったか……)

記憶に何かが引っかかりそうになったが、

「ひどい……!」

というシャルルの声に遮られた。

試合の範疇を越えたむごたらしい光景に、シャルル以外にもアリーナの観客席から非難があがる。横を見ると、一夏も怒りの視線を向けていた。

鈴が最後の力とばかりに震える手で双天牙月を振り上げるが、何故かその状態で固まってしまった。

「ど、どうしてあいつ振り下ろさないんだ?!」

彼女は試合中相手に慈悲をかけるような性格ではないだろう。特にラウラはそんなことをしていて勝てる相手ではない。

彼女は全身で息をしているような、揺らぐ意識の中必死に抵抗しているような形相なのに、双剣と銀髪の少女の中だけ時が止まっている。アリーナの真ん中で二人は真逆の表情で見つめ合う。

「AIC……」

か細い声がぽつりと落ちた。

「何だよ、それ」

「アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。対象を任意に停止させることができるんだよ。鈴は振り下ろさないんじゃなくて、振り下ろせないんだ」

シャルルが眉根を寄せて説明をする。

(え、それズルくないか?!)

あまりに強力な機能に絶句する弘毅。

と、下にいる少女が上を振り仰いだ。

「今度は誰も邪魔出来まい。雑魚がいくら集まろうと私には勝てないのだから」

遠すぎて彼女の声は一切聞こえない。しかし、片目だけの赤い目がこちらをうかがい、銀の髪が輝き、幼げな風貌に反した残虐愉悦の色が浮かんだ瞬間――時が、動いた。

 

「うぉおおおおっおおお!」

 

一夏が飛び出しながらISを展開し、次いでシャルルが目にも止まらぬ速さでアサルトライフルを出す。通常叫ぶという行為は相手を討つときには適していない。なぜならば相手に自分の攻撃が気付かれるからだ。だが、今回はそれが功を奏した。

ラウラの集中が一夏に向き、AICと二人を拘束していたワイヤーが解けたのだ。意識を失って生身の身でISの近くにいるということ自体危ういことなので一概には喜べないが、セシリアと鈴は解放される。

しかし、AICに次は一夏がつかまる。

「一夏ッ!……私に専用機さえあれば……!!」

箒は思わず拳を握りしめた。ISさえあれば助けに行ける。なのに、自分には待つことしか出来ないのか。悔しさともどかしさで胸が詰まりそうな中、場違いな言葉が聞こえた。

「篠ノ之箒、行くぞ!」

「……は!?」

弘毅、いや馬鹿は何をこの緊急事態に言っているのだろう。振り返れば、そこには自分の手を掴んで走り出そうとしている男の姿があった。

「何をするつもりだ?!」

「俺たちにもやることはあるだろ?!」

箒は驚き、思いっきり振り払った。

「お前に、私にッ、何が出来る?!見ていることくらいしか、出来ないだろう!!」

怒りが溢れ出るのが分かった。何も出来ないことは情けないが、ISがない以上どうしようもない。一夏が来たときに鈴にかけていたAICが切れた様子を見れば、きっと二方向に展開は出来ないのだろう。一夏とデュノアさえいれば、大丈夫だ。それに、無人機が来たとき、私の行動で一夏に迷惑をかけた。だからせめて見守る、と思っているのに、仕方がないのに、こいつは……!

再度手首を掴まれ、箒はまた振り払おうとした。だが、あまりに強い力で失敗する。離せ!また怒鳴ってやろうとした箒の前には真剣な表情の弘毅の姿があった。

「お前、何諦めてんだよ!あの時、『力に溺れる者に負けない』って言ったのは誰だよ!今、溺れてるやつを放っておくのかよ?!」

驚いた。私は普段から力に溺れまい、と自分に言い聞かせてきたのだから。虚をつかれた隙に心の中に激怒以外の、新しい意思が生まれた。助けたい。放っておきたくない。

「……忘れたことを責めてる訳じゃない。むしろ、それだけお前にとって当たり前のことを言ったってことだろうから、わざわざ覚えてないんだろうし。けど、先生呼びに行くなりあの女に呼びかけるなり出来るだろ」

視線を下げ、黙ってしまった箒に弘毅は「声届かないから拡声器いるだろうし先生の場所分かんねぇけど何もしないよりマシだ」と言った。

「……」

奇妙な沈黙が走ったが、銃撃の響きによって手首を握ったまま彼はきびすを返して走ろうとした。そして、

「わッ?!」

つまずいた。足もとを見ると、細い足が明らかに彼の行く先を妨害するようにあり……

「何だよ?!おま……」

「お前は今日学園に来たばかりだろうが!やみくもに走るな!!……聞け」

そう言った彼女に彼は口をつぐんだ。

「先生を呼びに行くのは時間がかかりすぎるだろう。もっと手っ取り早い方法がある」

きゅっと口角を上げた彼女はキレイだった。すらりと白い指が導く先には、

「喜べ、押してもいいぞ?」

「!……そっか!」

「それと、あともう一つ。手伝ってもらうぞ?」

待ってろ、一夏、シャルル。それに、

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。お前の頭を冷やしてやる」

力に溺れた奴も助けてやらないとな、……一応!

 

 

 

アリーナに土埃が立つ。二対一だというのに押されているのは、悔しいけれどラウラ・ボーデヴィッヒの技量と機体の性能が自分たちより勝っているという自信があるからだろう。

余裕の顔を崩さず、銀の髪をなびかせて黒の機体を操る彼女は自分の勝利を微塵たりとも疑っていない。

セシリアと鈴を発射口まで届けている一夏を横目で見ながら、ワイヤーに捕まったシャルルは焦っていた。隙がないラウラとの勝負を一気に終わらせるためには零落白夜が一番だろうが、始めに攻撃を与えられ、攻撃から免れる為にイグニッション・ブーストを使用した一夏では出来ないだろう。エネルギー不足だ。おまけに、あと一撃食らうとおそらくISが動かせなくなるくらい。

ライフルで撃った弾丸が全てAICで止められるのを見ながら、ぐっと奥歯を噛みしめ、必死で頭を働かせる。どうやったら勝てるか、考えなきゃ、何かなにか……!

「そんなものか!」

ラウラは哄笑した。レールガンの奥に赤い粒子が灯るのが見え、シャルルは息を飲んだ。

「うおおおおぉおおお!!!」

「!」

一夏。声で彼が上から躍りかかるのが分かった。おそらくあの二人を無事に避難させることが出来たのだろうが、今はそれに安心している場合ではない。ラウラが一夏の方に向き、AICを作動させる。動きが停止した一夏に対してレールガンが光り、

 

「一夏ぁッ!!」

シャルルが絶望的な声を上げたと同時に、

 

バッシャアァアアアアア!!!!!

 

上からすさまじい勢いで水が降ってきた。『降ってきた』というのは優しい表現だが、正確に言うと、水の柱が放物線すら描かずに一直線にラウラに直撃した。

 

「え」

 

間抜けな音がラウラから漏れた。気が逸れ、AICが解かれる。一夏は、刀を振り下ろした。

 

 

 

7. Ending and …

 

木と木がぶつかり合う乾いた音と、気合を入れる声。

試合をしている部員を見ながら、箒は自分も参加しようと床に面当ての手ぬぐいを広げた。隣にいる男の足が邪魔なので腕で押しやる。男は抵抗せずにのっそりと位置を移動した。とは言ってもわずかに横にずれただけだったが。

「はー、ISって頭使うんだな」

だるそうな声だ。さっきまで「こんなに頭働かせたら知恵熱が出る」とか言ってたからな。

「そうだな。試験まで時間がないのだからお前は頑張るしかないな」

正座をし、面当てに使う手ぬぐいを二つ折にしながら篠ノ之箒は答えた。

織斑先生から説教を受けた後、剣道部の練習まで時間があったのでISの勉強を見たがこいつは入学当初の一夏と同じくらいしかISについて分かっていないと把握している。要は馬鹿者なのだ。知っていたが。

「それもだけど!さっきのISのバトルだよ。よく、消火栓を使おうだなんて思ったな」

今日の出来事なのに遠い昔のように思える。

ラウラの猛攻から逃れてセシリアと鈴を避難させた一夏とすばやく話した。ラウラはAICを集中しなければ使えない。その集中を私たちが乱すからお前はためらわず雪片で斬りに行けと。

そして、AICを作動させた瞬間に消火栓を思いっきりひねって、ラウラの意表をついたのだ。一夏はラウラに一撃を入れた。激昂したラウラだったが、そこに織斑先生が来て試合は中止。『私闘の一切を禁ずる』という言葉と、箒と弘毅は火災報知器を鳴らしたことなど説教を受けたという訳だ。

「あれは、お前が直前に消火栓をいじっていたから思いついただけだ」

「いじっていた本人の俺は気付かなかったぞ?すごいな、お前!」

急に背中にムズムズしたような感覚が走った。ジョークを言われた訳でもないのにうずうずと笑いたくなる衝動が走り、だが妙にそれが恥ずかしくて箒は手ぬぐいを手早く畳み、頭にかぶるついでに顔を伏せた。

「……私を褒めるなんて珍しいな」

そうだ。いつもこいつは私を馬鹿にしたような言動をとるし、ろくなことをしてこなかった。だから、私は、こんなに照れているのだ。

弘毅をちらっと見ると、満面の笑みである。

「入学してきたときは俺を覚えていなかったことにショック受けてたし、お前が剣道辞めたのかと思ったし、他にも色々戸惑ってたからな。つい、こう嫌なこと言っちまった。ごめん。……でも今日お前は結局ボーデヴィッヒを見捨てなかったじゃん?力に溺れている奴に負けない。助ける。しかも、ああいうふうに冷静に状況を把握してベストな手を打つ……うん、それでこそ俺が憧れてる『篠ノ之箒』だよ」

買い被りだ。こいつは一人で納得したように頷いているが。

そうは思っていても否定する言葉は案外弱々しかった。

「勝手に分かった気になるな……」

「そんな気全然ねぇって。単に俺が思うお前の感想言っただけ。実際この学園に来て意外に思うことの方が多かったし」

「……ふん」

こいつが思う私。まるでヒーローみたいだ。私が求めていた私。

そう、見えているのか。

弘毅の笑みが感染しそうだ。緩みかける口元を見られないように面を被った。

「あー、早くお前と全力で戦いたいな。『私闘は禁ずる』って言われちゃったけどさ!」

「……待っててやるさ。まだ卒業まで3年ある」

あの時の再戦だ。

今度は自分の力を見定めて、戦う。お前の憧れでいられるように。

 

 

面の隙間から見えた男の目は、キラキラして嬉しそうだった。まるで自分の父を尊敬していた私だ。

幼い頃の私が微笑んだ。

あの作文、しっかり皺を広げよう。大切にしよう。

 

踏み出した一歩は信じられないくらい軽やかだった。

 


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