うちに転移してきた魔女がエロゲ出身すぎる 作:匿名希望
千里の一言で、俺の思考はまるで海底に沈んでしまったかのように、何も考えられなくなる。
だが、そんな俺に追い打ちをかけるように、会長さんが続けた。
「それに、消却の魔女は一度私たちと明確に敵対しているんだよ。理由は分からないけど、彼女は無差別に魔法使いを襲った後はギルドの利になる行動を取るようになっていたんだ」
「………………ぇ」
ようやく出たのはそんなかすれ声だけだった。
だが、おかげで固まっていた思考は動きを取り戻していく。
——九重が『消却の魔女』? あいつが? 本当に?
——無差別に魔法使いを襲う? あいつが?
——ギルドの利となるような動きを? あいつが?
考えるたびに、先輩後輩として過ごした記憶が脳裏をよぎり、「あいつが?」と思わずにはいられず、とてもじゃないが信じられない。
だが、嘘を吐かれているとも思えなかった。
「……一体、どうしてだ?」
少しずつ、状況を飲み込もうにも、やっぱり飲み込み切れず言葉を吐き出す。
九重が魔女だったことも驚きなのに、そんなに、ロスティが名前を聞いただけで怯える存在だなんて……。
「申し訳ないけど、あの男たちからは彼女個人の情報を得ることはできなかったよ。あくまで彼らの記憶に残っていたのは九重悠月によって魔法が消される瞬間だけだったからね。……まあ、そんな記憶すら無理やり消されかけていて、誠治君の力がなければ視ることはできなかっただろうけど」
「そうか……いや、会長さんを責めるつもりはないんだ。ただな……」
「うん。複雑な心中は察するよ」
「誠治……」
テーブルに肘を付き、両側のこめかみを抑えるようにしながら下を向く。
この話を受け入れるには、少し時間が必要そうだった。
そんな俺を置いて、会長さんと千里がこれから俺をどうするかについての話し合いを始めた。
「フェル。このまま誠治君と消却の魔女を接触させるのは危険だよ。いくらフェルが転移魔法を使える逃げの名手だとしても、魔法を消されてしまえばどうしようもないからね」
「……でも、じゃあ、どうすれば」
「誠治くんは何があってもギルドの手に渡すわけにはいかない。この意味が分かるよね?」
「——っ! そんな! それはあんまりよ! 確かに誠治は魔力の元かもしれないけど、一人の人なのよ!?」
「だからこそだよ、フェル。もしフェルがしくじれば、そこで誠治君の人間的な生活は終わってしまう。でも、ここでなら、最低限の自由は保障できる。フェルやロスティ、私が話し相手になることもできる。すべてを失う可能性がある方より、自由の幅を小さくして守ることの方が誠治君のためだと思うけどね」
「——それはっ、そうかもしれないけど……」
さすがは会長さんと言ったところか。
理詰めで千里を御し、千里は会長さんの理論に言葉を窮してしまっていた。
「と、言う訳だよ。誠治君、悪いけど、君にはしばらくこの空間、魔女協会内で生活してもらうことになる」
「……ああ、分かったよ」
決定事項だと言うように言われてしまえば、今の俺は反論する気力もなく、ただ頷く。
「……けど、俺が居たらここがバレる危険があるんじゃないのか?」
「……ロスティ。君も悪いけど当分、協会から離れないでもらうことになる。頼めるかな?」
「は、はい。誠治さんの過ごされる部屋だけでも、もっと壁を厚くしてみます」
「よろしく頼むよ」
そして、何とも言えない空気のまま、この場は解散となり、俺は先日も一泊させてもらったあの部屋へ移った。
「……誠治、何か取ってきてほしいものとかはある? 私は一度戻って、荷物とかを引き上げてこようと思うのだけど」
「ああ、そうだな……。スマホの充電器とか、着替えとか持ってきてもらえると助かる」
「分かったわ。その……あんまり広いところじゃないけど、不自由はさせないように頑張るから!」
「ふっ、ああ、ありがとな。色々気を使わせちまって」
「いいのよ、このくらい。元々、共同生活をする予定だったんだから」
「……そういえば、あの部屋で一緒に過ごした時間はかなり短かったな」
「ええ、でも、きっとしばらくしたら、また戻れるわ。だから、それまではごめんなさい」
「いや、千里……フェルが謝ることじゃないだろ。こればっかりは誰が悪いわけでもないんだから」
「ふふっ、二人なんだから千里でいいわ。でも……ありがと、そう言ってもらえると少しは楽になる」
過ごした時間こそ短いが、千里との間には確かな絆のようなものが生まれている感覚があった。
可愛がっていた後輩が界隈から恐れられる魔女だったと知って荒んだ心に、潤いがもたらされるような気がする。
「じゃあ、ちょっと色々取りに行ってくるわ。まあ、すぐ戻るけど、その間に何かあったら二つ隣の部屋にロスティがいるから」
「ああ。悪いけど頼む」
「ええ、行ってくるわ!」
千里の身体を光が包む。
もう見慣れてしまった転移魔法の発動兆候。
最後にこちらに手を振りながら、千里は光の粒となって消えた。
◇◇◇
一人になった部屋。
とりあえずすることもないので、ベッドに寝転ぶ。
視界には、あの日、あれを想起させてきた二つの丸い染みが……なくなっていた。
天井のあちこちを見回してみるが、それらしい染みは見つからない。
……どういうことだ? と考えかけて、気が付いた。
「……なるほど? もしかして、ロスティの魔法でこの部屋の壁が厚くなったのが関係しているのか?」
壁を厚くする、と言うのはもっと概念的な話か、こう、ゲームのシールドみたいな感じではた目からは分からない変化なのかと思っていたが、もしかしたら物理的に分厚くなっているのかもしれない。
魔法的な空間で、魔法的な気配に物理的な分厚さがどこまで力を持つのかは不明だが……。
「……暇だし、聞きに行ってみるか」
ここに一人でいても、いつまでもうだうだと余計なことを考えてしまう。
だったら少しでも別のことをしていた方がいいだろう。
こういうのは仕事と一緒だ。
滞っている仕事にいつまでも気を揉んでいるより、先に片付けられる仕事を片付けながら進捗を待つ方が何倍も効率が良くて精神的にも健全だ。
部屋を出て、二つ隣の部屋。
初めてここ魔女協会に来た時に千里とともに転移してきた部屋をノックする。
「ロスティ、俺だ。誠治だ。ちょっといいか?」
コンコンコンと三度のノックの後で声を掛けると、中からドタバタと騒々しい物音がする。
「せ、せせせ、誠治さん!? ど、どうしたんですか急に! ……ハッ! まさかフェルの不在をいいことに会長の次は私を!? だ、駄目ですよ! 破廉恥なのは!!」
そして、扉から顔だけを出したかと思えば、その顔を真っ赤にさせながら一息にこんなことを言ってきた。
「違うって……。俺の部屋の天井なんだけどさ、前回来た時にあった模様が消えてたから、ロスティの魔法で変わったのかな~? って気になったから聞きに来ただけだよ」
「——! 魔法、私の魔法に興味がありますか!?」
偏見への弁解の意味も込めて、理由を言ってみれば、今度は俺を部屋の中に引き込むように扉をガッと開き、前のめりに聞いてくる。
「え? あ、おう。あるな」
「そうですか! いいですよ! 何でも聞いてください! ふふっ、嬉しいです! ずっと一番年下だったので、誰かに魔法を教えるってことが中々なくて」
「そうなのか。そういえば、千里との魔法訓練もろくに出来てないな。質問ついでに基礎的なことも教えてくれるか?」
「はい! 任せてください! さ、どうぞどうぞ。つまらない部屋ですが」
口ではそんな風に言いながらも、嬉しそうに俺を招き入れるロスティ。
主にその体格のせいなのだが、何というか、こう、庇護欲をそそられる可愛らしさがあった。
「それでは、まずは誠治さんの部屋の天井の模様についてですね」
「おう」
まるで授業を受ける生徒と教える教師のような恰好でロスティが語り出す。
「模様が消えてしまった理由はお察しの通り私が誠治さんの部屋の壁を厚くしたからです」
「厚くするって、本当に何センチ分厚くなった、とかそういう感覚なのか?」
「はい。その認識で大丈夫ですね。まあ、魔法なのでどう作用させるかはかなり個人差が大きいんですが、今回の私の場合はさらに壁を追加して分厚くするイメージで魔法を使ったので、そのイメージが反映されているんです」
普段の若干のどもりや言い淀みも全くなく、すこぶる饒舌に話してくれるロスティ。
「なるほどな。魔法ってのはかなりイメージに左右されるってことか?」
「そうですよ! 例えば……誠治さんはフェルから魔力を抑える方法を教わってますよね?」
「ああ、教わったな」
「その時はどんな風にイメージをしましたか?」
「俺は、流れ続けてる滝を囲ってせき止めて、ダムを造るようなイメージ、だな」
「なるほどぉ……すさまじい魔力量をお持ちの誠治さんらしいイメージですね。私の場合はふわふわした雲をぎゅっと固めるようなイメージで魔力を抑えているんです」
「へぇ……魔力の捉え方? も、かなり個人差があるんだな」
「そういうことです! 誠治さん、飲み込みが早いですね。……そういえば、何か魔法は習いましたか?」
「いや、魔法はまだなんだよ。まあ、ここ数日で色々ありすぎたからな」
今思い返しても激動の日々だった。いや、ついさっきまでのことなんだけど。
「そうでしたか。……なら、一つ。今、教えましょうか?」
なんて思っていれば、いたずらっぽい笑みを浮かべてロスティがそう言った。
「え? いいのか?」
「はい! この間許可なく私の部屋に転移してきたフェルへの仕返しです。誠治さんの初めての魔法は私が教えちゃいます!」
「頼むよ。俺も早く魔法が使ってみたかったんだ」
千里には少し悪いと思ったが、こんな風に言われてしまっては断ることはできない。
それに、早く魔法が使ってみたいというのは心からの本音でもあった。
「じゃあ、一番基礎的な魔法から行きましょうか」
「ああ。一番基礎的、って言うと……そういえばフェルが火球を出したりしていたんだが、ああいうやつか?」
「いえ、魔力を別の何かに変化させて扱うのはそこそこ高度な技術です。漫画やアニメではファイヤーボールとかいう風に簡単に扱われていますけど、火がそこまで身近ではない私たちのような現代人には意外と難しいんですよ」
「そうなのか……となると、基礎的な魔法って何なんだ?」
「それはズバリ、身体機能を向上させる魔法です! 創作風に言えば、強化魔法ってやつですね!」
「おおぉ……! 強化魔法!」
「……ですが、これも漫画の様にはいきません。手を強化したからと言ってパンチは強くなりませんし、足を強化しても急に俊敏になったりもしないんです」
「えぇ……じゃあ、どうなるんだ?」
「そうですね……分かりやすいのはやっぱり五感ですね。例えば目を強化すると——」
言いながらロスティが部屋の奥へと離れていく。
「誠治さん! 扉の前まで行って、スマホで適当なランドルト環を表示してみてください!」
「え? おう、分かった」
言われた通りにロスティとは反対方向に歩き、部屋の直線状で一番離れた距離に立つ。
そして、検索して出てきたランドルト環の表を画面に映し、ロスティの方へ向けた。
すると、ロスティは手で片目を隠して待っていた。
「じゃあ、どれか指さしてください!」
横に長いこの部屋の端同士に立った俺とロスティの距離はだいたい八メートルほどだろう。
普通の視力検査が確か五メートル、健康診断などで行われる簡易検査は二、三メートルだったはずなのでかなり離れている。
しかも、表示している画面は二十センチもないスマホの画面の中。
そこに表全体を映しているのだから、もし俺だったら絶対に視えない。
だが……
「じゃあ、これは?」
「む、いきなり意地悪ですね。でも、視えますよ! 右斜め上です!」
「おお……じゃあ、これ」
「左です!」
「じゃあ——」
表示している俺の方がよく見て確認しないと視えないほどのサイズでも、ロスティは一つも間違えることなく答えて見せた。
「どうですか? これが一番基礎的な身体機能を向上させる魔法です!」
「すごいな! ……けど、なんだか地味だな」
「ふふっ、まあ、そうですね……。魔法って意外とこんなものなんです。……じゃあ、誠治さんもやってみましょうか」
「おう。けど、いきなりできるもんなのか?」
「誠治さんなら、多分できると思いますよ」
「なんだそりゃ?」
「勘、ですね」
「……なら、成功させるか」
「はい! ……じゃあ、魔力を抑えた時とは反対に、少しずつ魔力を開放してみてください」
「分かった」
「……ちょっと、多すぎですね。もう少し絞ってください」
「——! ……おう」
訓練を始めると、自然とロスティの手が俺の胸にあてられていた。
おそらく魔力の量を測ってくれているのだろうと思うが……。
さすがの俺もびっくりするので、一言声は掛けて欲しかった。
「……いい感じです。今度はそれを目元に集めるようにしてみましょう」
「目元に……」
言われた通りに意識するが、なかなかどうしてうまくいかない。
すると——
「私の手に沿わせるようにしてみてください」
「——っ!?」
胸にあてていた手をゆっくりと、首筋、頬と辿りながら目元までなぞるロスティ。
危ない危ない。
千里や会長さんに同じことをされていたら、間違いなく魔力の増幅が起きていた。
しかし、相手はロスティなので、なんとか俺は自分を抑えきり、目元に魔力を集めることに成功した。
「そうです! いい感じ! あとはその魔力を目に馴染ませてください」
「馴染ませる……馴染ませる……」
なんとなく水を吸っていくスポンジを意識してみれば、不意に視界が良くなった。
「すごい! 出来てますよ!」
「おお、これが……」
俺の視力は直近の視力検査では確か0.3程度だったはず。
ずっとこんなものなので、視えていないという感覚はなかったが、こうして強化魔法を使ってみると、全然見えていなかったのがよくわかった。
「ちょっと待っててください。今、ランドルト環を……」
そういってロスティが自分のスマホを操作する。
その隣で、俺は良くなった視界で部屋をぐるりと見回してみた。
すると——
「ん? なんだあれ? ……」
ロスティのベッドの下に、何やら数冊の本が落ちているのが視えた。
なになに……
「『幼児体系の私に帝国の王子様の発情が止まらない』、『冷徹な上司は実はロリ体形趣味だった』、『お兄ちゃんに求められて~体格差を埋める深い愛~』……え」
中々なタイトルの数々に俺は思わず、声を上げて読み上げてしまう。
「……ま、まあ、好みは人それぞれだからな。いいと思うぞ」
「……」
気まずい沈黙に耐えられず、俺はそんなコメントをしてしまう。
「せ、せ、誠治さんの破廉恥大魔神ー!!!!!」
「ちょ、ごめっ——うわっ!」
だが当然それはなんのフォローにもなっておらず、悲鳴にも似た絶叫とともに、突如巻き起こった強い風によって、俺は部屋の外へと運び出されてしまった。
ただ、最後に見えたのはロスティの真っ赤な顔とは対照的な風に巻き上げられた純白だった。
……部屋から追い出されたのは不幸中の幸いと言ったところだろう。特に、俺の名誉のために。