うちに転移してきた魔女がエロゲ出身すぎる 作:匿名希望
ロスティに部屋を追い出されてしまったので、仕方なく自分の部屋に戻る。
あれで二十歳と言うのは何かのバグな気もするのだが、まあ、魔法があるくらいだし、と思えばそうでもないか。
「……」
一人戻った部屋は当然ながら静かだ。
ロスティに魔法を教えてもらったおかげで少しは気も紛れたかと思ったが、こうして、一人になってみるとやはり脳裏をちらつくのは九重のことだった。
「九重……お前は一体どうして……」
魔法使いを無差別に襲ったりしたのか。
この部分を口に出すのは何だか憚られる。
まだ、俺がこの事実を認めたくないからだろうか?
……おもむろにスマホを取り出し、メッセージアプリを開く。
一番上には、九重が昨晩送ってきたメッセージが表示されていた。
悠月 『先輩! 先輩がいないせいで、今日も残業になりそうです!! 悪いと思うなら会社に戻ってきてくれてもいいんですよ?』
後輩として指導をし始めてから、ずっと変わらない調子のメッセージ。
可愛がられ上手とはまさにこのことを言うのだろう。
ただ、先ほどの話を聞いた今では、九重のことが全く分からなくなってしまった。
別に、裏の顔がないと思っていたとか、そんな理由でショックを受けているわけではない。
誰にだって見せない顔はあるだろうし、それを不意に知ったからと言って、それまでと対応を変えるような年齢はとうに過ぎている。
だが、そうは言っても許容範囲と言うものはある。
元ヤンです、だとか、実は遊びまわってて、だとか、そのくらいなら、おお、そうなのか、丸くなったんだな、と驚きこそすれ、受け入れられただろう。
でも、無差別な攻撃は中々受け入れられることではなかった。
魔法を知らない一般人の常識と魔法使いの常識は違うのかもしれないが、それでもだ。
……俺はどうすればいいんだ?
どうすればこの感情を飲み込める?
あの話を聞いた後でも、俺は九重を恐ろしい存在だと思うことはできない。
でも、同時に恐ろしい存在なのかもしれないと疑いを持つ心も否定できなくなってしまった。
矛盾する感情がぐるぐると渦巻いて、ずっと俺の中に淀んでいる。
「はぁ…………」
ベッドに座り込み項垂れる。
だらしなく垂らした腕の先、握っていたスマホの時計が目に入った。
そういえば、千里が俺の部屋に行ってからもうかなり時間が経っているようだが、まだ戻らないのだろうか?
俺のスマホの充電器や着替え等はそんなに難しい場所にあるわけでもないし、千里の転移魔法があれば、そろそろ戻ってきてもいいころだろうに。
そんなことを考えながら、俺は再びベッドに倒れこみ、天井を見上げた。
◇◇◇
——コンコンコン。
ノックの音で起き上がる。
ぼーっと天井を眺め、気が付けば数時間が経過していたらしい。
「はい」
のそのそと身体を起こし、扉を開ける。
すると、そこに立っていたのは千里でもロスティでもなく、会長さんだった。
「悪いね誠治君。お休み中だったかな?」
「……いえ、ぼーっとしてただけなので」
その隣にはティーワゴンと、洋風なそれにはなんとも似合わないおにぎりやら味噌汁やらが乗っていた。
「もう、お昼を過ぎてしまったからね。誰かが降りてくれば作ろうかとも思ったけど、誰も来なかったから勝手に作って持ってきたよ」
「え、わざわざありがとうございます。いただきます」
「うん、存分に食べておくれ。……あと、食べながらでいいから少しいいかな?」
「え? はい。どうぞ、何もない部屋ですが……と、俺が言うのも変かもしれないけど」
「ふふっ、じゃあ、お邪魔するよ」
会長さんが俺の部屋に上がり、二人きり。
完全に個人用のこの部屋には椅子も一脚しかなく、会長さんは俺のベッドに腰を掛けた。
「それで、どうかしたんですか? 俺に用が?」
「まあ、少しね。でも、とりあえずは食べてよ。冷めたら勿体ないから」
「それもそうですね。では、いただきます」
いい旅館の朝ご飯などで出されたらかなりテンションの上がりそうなおにぎり主体のメニューに舌鼓を打つ。
「どうかな?」
「めちゃくちゃ美味いです」
「それは良かったよ」
部屋の構造上、会長さんの声を背後に聞きながらの食事になってしまうが、なんとなくこの人の前では行儀の悪いこともできず、そのまま食事を続ける。
そうして、数分無言で食べ続けていると、思い立ったように会長さんが切り出す。
「誠治君、先ほどは、その……すまない」
その口から語られたのは謝罪の言葉だった。
「……え? 何のことですか?」
だが、会長さんに謝られることに全く覚えのない俺は素の反応を返してしまう。
「……君の心情を考えずに事実を伝えてしまったことについて、だよ」
「あぁ……なるほど。でも、そんなもの謝ってもらうことじゃないですよ。逆に、変に隠された方が嫌ですから」
「そうかな……できることなら知りたくないことって、あると思うよ?」
「まあ、それには同意しますが……九重の件については知りたくないことではないですから」
食事を終え、回転椅子を回し、会長さんと向かい合う。
常に凛とした態度を崩さなそうな会長さんが、本気で申し訳なさそうな顔をしていた。
「そう……。なあ、誠治君。すごく嫌なことを聞いてもいいかな?」
「……いい、ですけど」
何を聞かれるのだろうと、身構える。
でも、ノーと言える雰囲気ではなかった。
「……もし、だよ? もし、フェルやロスティのいる私たち側と、九重悠月さん、そのどちらかにつかなければならなくなった時、君はどちらを選ぶ?」
その質問は心のうちのわだかまりが取れていない今の俺にとって、ピンポイントで嫌なところを突かれたようなものだった。
「……中々嫌なことを聞きますね」
「……すまない」
文字通りの二者択一。
二日三日の関係でも今、確かに味方である千里たちの手を取るか、二年間の関係がある中、元は魔女協会に敵対していたという九重の手を取るか。
もちろん、冷静な俺は良くしてくれている千里たち魔女協会の手を取ると答えるだろう。
だが、もし本当に選択を迫られた場合、俺はどちらを取るのだろうか?
その時、俺は本当に九重を切る判断ができるのか?
きっと会長さんのこの質問はそんな意図を含んでいるのだろう。
「答える前に……もちろん、どちらを選んでくれても、それは君の自由だよ。私たちとしては君の力のことを抜きにしても、私たちを選んでもらいたいと思っている。これだけは言っておくね」
悩む俺に、会長さんがフォローのような二の矢を放ってきた。
こんなことを言われては、口が裂けても九重を取ります、なんて言えないじゃないか。
今思えば、昼食を持ってきてくれたのも、俺に答えにくくさせる意図が含まれていたのかもしれない。
でも、そんな二の矢の中に、俺はもう一つの選択を見た。
「……俺の自由」
「……ああ、そうだよ。あくまで選択権は君が持っている」
俺の呟きを会長さんが肯定する。
そうだよ、選択権は俺にあるんだ。
この二者択一に限った話ではない。
九重についても同じことだ。
どうにか折り合いをつけて感情を飲み込む必要はない。
重要なのは俺がどうしたいか、どうするか、だ。
「……どちらも選ばない」
「……え?」
顔を上げて答えた俺の目に、不意を突かれたような会長さんの顔が映る。
そんな会長さんに説明するように続けた。
「選択権は俺が持ってる。会長さんはそう言いましたよね?」
「……そうだね」
「なら俺は、どちらかの手を取るという選択肢はきっと選びません。九重のことは今でも可愛い後輩だと思ってるし、だからと言ってフェルやロスティ、あなたを切れるかと聞かれればそれにはすぐにノーと答えられる」
「欲張りだね……でも、それは現実的じゃないよ」
「だとしてもですよ。そもそも魔法なんて現実的じゃない力を目の当たりにしているんですから、選択肢の一つくらい現実離れしていても問題はないと思うんです」
「……そっか。すまないね、変なことを聞いて」
俺の答えに満足したのか、それとも浅はかだと思ったのか、どちらかは分からないが、軽い笑みを浮かべて会長さんは立ち上がる。
そして食べ終わった食器をティーワゴンへ乗せた。
「私としては、その答えを聞いても私たちを選んでもらいたいと思っているよ」
「……はい。すみません」
「いや、選択権が君にあると言ったのは私だからね。でも、そうだな……」
ティーワゴンを押して、部屋を出ていくのかと思えば、会長さんはティーワゴンから手を離し、身を翻すと見送ろうと立ち上がっていた俺をベッドへ思い切り押し倒した。
「私たちを選んでくれれば、少なくとも私とフェルのことは好き放題にしてもらって構わないよ?」
「——!」
狙いすましたかのように腰を合わせて俺に跨り、覆いかぶさるように倒れこんでくる。
そして耳元で囁いた。
「……私の初めても君にあげられるよ?」
「——!!!」
「……それとも処女をこじらせたアラサー女は、タイプじゃないかな?」
反射的に首を振ってしまう。
「ふふっ、良かった。……じゃあ、前払いしておこうか? 今ならまだ、フェルは帰ってこなさそうだからね」
会長さんの腰が挑戦的に動く。
本当に初めてなのか? と疑いたくなるものの、横目に見た顔が朱に染まっていたことで、そんな疑念は吹き飛んだ。
……この選択権も俺が持ってるんだよな?
なら——
「ひゃっ///」
肩を掴み、体勢を逆転させる。
さっきまでの強気な態度とは正反対な可愛らしい声が俺の理性を焼き焦がしていく。
「……その、優しく、してほしい、かな」
会長さんが目を閉じる。
そして俺たちの距離は段々と零へ近づいていき——
瞬間、部屋に強い光が満ちた。
「誠治! ただいま! ごめん、ちょっと遅く………………へぇ?」
そして突然真横から声が聞こえたかと思えば、その声はいきなり絶対零度を宿す。
「……いや、せ……フェル。これは、その……」
「……せっかく、元気のない誠治のために色々持ってきてあげようと思ってたのに。実はもう元気ビンビンでしたってこと? ふんっ! 別にいいけどね。べ、つ、に!」
「ふぇ、フェル。これは何と言うか、必要なことだったというか……」
「会長まで言い訳して……もう、勝手にしてください!」
「ま、待ってくれフェル。これは私たちにとって必要だったんだよ。それに、私は最初からフェルのことを仲間外れにしようとなんてしてないよ。なぁ、誠治君?」
「あ、ああ。もちろん。またさっきみたいに三人で、って話をしていたところだ」
怒って出ていこうとする千里に必死に会長さんが呼びかける。
俺もそれに同意しながら、落ち着いて客観的に聞いたら、ぶん殴られそうなセリフを吐いた。
だが、落ち着いていない千里相手には——
「……ふぅん? そうなんだ?」
まさかの効果あり。
帰りかけた足を止め、こちらに戻ってくる。
……言った俺が言うのもなんだが、さすがにちょろすぎないでしょうか? 千里さん。
「……でも、どうしたらまた三人で、なんて話になるの?」
「ああ、それはだね……」
自然と同じベッドに腰を掛け、俺にもたれかかりながら甘えた声を出し始める千里に会長さんが訳を説明する。
「……なるほどね。でも、そういうことなら、止めておくわ」
しかし、訳を聞いた途端、千里は真面目な顔をして立ち上がった。
「フェル?」
「会長、これはフェアじゃないですよ。私は、こんなやり方で誠治に選ばれても嬉しくありません」
「それは……」
「誠治も、別に会長とするな、なんて言うつもりはないし、……嫉妬はするかもだけど。それに私のことだって……その、誘ってくれればいつでも応える、けど……こういう流れでするのは、ちょっと嫌」
「……ああ、悪い」
「ううん、こっちこそ、急に来て、勝手言ってごめん。でも、そういうことなら、今はやめてほしい」
「分かった」
「……じゃあ、会長、部屋を出ますよ」
「……うん、フェル、あの……」
「……いえ、分かってます。会長の考えも、もちろん。でも、この場に行き会ってしまった以上、言わないわけにはいかなかったので」
「……ごめん」
「だから、いいですって。でも今後、こういう風に誠治に迫るのは無しにしましょう。何かを盾に選択を迫ったんじゃ、誠治がギルドに居るのと一緒じゃないですか。もしかしたら、今回の場合は誠治は喜んでいたのかもしれませんけど」
「……そう、だよね。誠治君、改めてすまない」
「ああ、いや……俺の方こそ……」
気まずい空気。
だが、おかげで冷静に戻れた。
俺は、最悪の選択をしてしまうところだった。
目の前の欲と後輩を天秤に掛け、あろうことかそれを一時の欲に傾けるなんて。
そんなもの、誰に対しても失礼だろう。
選択権を持つことと、流されることは違う。
千里はそれを強く認識させてくれた。
「じゃあ、誠治。持ってきたものは色々置いておくから」
「おう。ほんと、悪いな」
「良いのよ。これでも、ここでは私が一番誠治と時間を過ごしているんだから。あなたのことを補うのも共同生活者としての役目よ」
「……助かるよ」
「それなら良かった」
申し訳なさそうな会長と、最後にはにかっと笑って見せた千里が部屋を出ていく。
一気に静かになった部屋で、俺は決意した。
「もう一度、よく考えよう。九重のことを俺が、どうしたいのかを」