うちに転移してきた魔女がエロゲ出身すぎる 作:匿名希望
日をまたいで、夕方。
一週間ぶりに九重から連絡が来ていた。
『本日、十八時に伺います』
ようやく既読が付いたと思えば、届いたのは簡素なこのメッセージのみ。
当然、その後に送った俺のメッセージには、また既読が付かなかった。
電話も鳴らしてみたが、発信できず、おそらく電源を物理的に切っているのだろう。
「さて、そろそろ行きましょうか」
「ああ、だな」
今日はロスティやら会長さんの見送りはない。
会長さん曰く、今回は帰ってくるまでが任務だから、迎えはしても見送りはしないのだとか。
だから、俺は昨晩以降会長さんとロスティに会っていない。
ポリシーというやつだろうか。
なんかちょっとだけかっこいい。
そんなことを考えながら、千里の方に手を伸ばしかけて、止める。
「……もう、触れている必要はないんだったな」
「そうね。でも、別に、触れていてもいいのよ」
言いながら、千里が途中で止まった俺の手を取った。
「——んっ♡ ……もう、なんで興奮してるのよ」
「……仕方ないだろ」
こんなことを言われて手をつながれたら、誰だって興奮するだろう。
だが、これはある種の生理的反応であり、夜のように鼻息荒く興奮しているつもりはない。
今、一番に考えているのは九重のことだ。
「じゃあ、今度こそ行くわよ」
「おう。頼む」
見慣れた光が全身を包んでいく。
そして、一秒も経たないうちに、俺たちの視界は光に包まれた。
◇◇◇
視界が晴れ、なんだかずいぶん久しぶりに感じられる景色に迎え入れられる。
一週間ぶりに戻った我が家は、なんだか少し空気が籠っているような、そんな気がした。
「誠治、念のためあなたも気配探知をしておいて。もしかしたら、もうどこかに潜んでいるかもしれないから」
「……九重の性格的に家屋侵入なんてしないと思うが、まあ、そうだな」
念のため、千里と二人で当たりの気配を探って回る。
と言っても、部屋を回るのは俺だけで、千里はその場で周囲の探知ができるのだが。
「大丈夫……そうね。誠治は?」
「ああ、俺も大丈夫だと思う」
風呂からトイレまですべての部屋を確認して回った俺たちはベッドに腰を掛け、時間を待つ。
「確か十八時だったわよね?」
「ああ、あと十分くらいだな」
緊張感のせいか、会話も続かず、なんとなく気まずい雰囲気が流れる。
「……ねぇ、誠治。全然関係ないんだけど、聞いてもいい?」
そんな雰囲気を嫌ってか、千里が口を開いた。
「いいぞ」
「この家、なんだけど……どうして寝室にできる部屋があるのにワンルームタイプみたいにリビングにベッドを置いているの?」
「……楽だから、って言ったら納得するか?」
「その言い方をされて納得する人はいないわよ」
「だよな……」
俺の部屋は1LDKタイプの部屋だ。
キッチンとつながっており、リビングダイニングとして使っているこの部屋と、もう一つ、あまり大きくはないが、寝るのには十分なスペースのリビングが付いている。
にも関わらず、俺はベッドをこの本来はダイニングである部屋に置いていた。
確かに、普通の人が見れば不自然極まりない状態だろう。
その訳は——
「それで? ……もしかして、誰かと同棲してたりした? ってそんなわけ——」
「……いや、そうだよ」
「……え?」
俺が言おうとする前に千里が見事に言い当てる。
虚を突かれたかのような顔をしているが、本当にその通りだ。
「まあ、別に隠していたってわけじゃないし、期間限定と言うか、事情があっての同棲だったわけだけど、あの部屋にはもう一人住んでたことがあってな」
あの同棲もまだ大して前の話ではないのだが、なんだか懐かしくなって、遠い目をしてしまう。
「……女ね」
そんな俺に千里の鋭い視線が突き刺さる。
「……」
「…………いえ、もっと詳しく言えば——九重さん、かしら?」
「……すごいな。なんでわかったんだ?」
でも、ここまで言い当てられてしまえば、もう開き直るほかなかった。
「そういえば、あの、九重さんがここに押しかけて来た日、どうして誠治の家を知っていたのかしらって思ったのと、あとは女の勘よ」
「女って怖え……」
「それで? 一体どういう理由があってのことだったのかしら?」
「ああ、それはだな——」
言いかけたところで、急に玄関先に気配を感じた。
どうやらそれは千里も同じだったらしく、俺たちは同時に立ち上がる。
「やっぱりただ者じゃないわね。ここまで近づかれるまで気が付かないなんて」
「ああ。俺も、なるべく気配を探り続けるようにしていたが、まるで転移してきたみたいな気配の表し方だったな」
話しているところにインターホンの無機質な音が鳴り響く。
今日は二人で、迎えることにした。
玄関の鍵を開き、扉を開ける。
「せんぱ……永礼さん。それに、千里さんも。今日は突然すみません」
扉の先に立っていたのはもちろん、九重だった。
だが、その顔は一週間前と比較にならないほどにやつれていた。
「九重、体調悪いのか?」
「……いえ、大丈夫です」
「そうか? ……とりあえず、上がってくれ。お前には色々聞きたいことがあるんだ」
「……はい」
まるで別人のようになってしまった九重を俺たちは家に上げ、テーブルに着かせる。
九重の対面には俺が座り、千里はその少し後ろのベッドに腰を掛けた。
「それで、九重。今日は急にどうしたんだ? 俺に何か用があったんだろ?」
「……はい。ですが、先に永礼さんの聞きたいことをどうぞ。私の話は最後で大丈夫ですので」
「……そうか、分かった。じゃあ、まずは……そうだな。九重、お前が消却の魔女って呼ばれているのは事実なのか?」
「——!」
俺の質問に、九重がびくりと肩を震わせる。
でも、それはほんの一瞬だけで、次の瞬間には変わらない様子で頷いた。
「……はい。そうです」
「そうか……。それじゃあ、以前、無差別に魔法使いを襲ったというのもお前なのか?」
「……いえ、それは私ではありません」
「……どういうこと? あれは確かに消却の魔女の仕業でしょう」
後ろから、千里が口を挟む。
それでも、九重は動揺することなく淡々と答えた。
「はい。でも、あれは私ではありません。……消却の魔女は、二人いますから」
「「!?!?」」
その言葉に、今度は俺たちが肩を震わせることになった。
どういうことだ?
消却の魔女が二人?
「それは……そのままの意味で解釈していいのか? 九重に人格が二つあるとかではなく」
「はい。私とは別にもう一人、消却の魔女と呼ばれる存在がいます。世間的に知られているのは恐らく彼女の方でしょう」
「そう、だったのか」
衝撃の事実。
だが、九重が無差別に魔法使いを襲ったりしていないとわかり内心ではほっとしている俺もいた。
いや、でもまだだ。
まだ、聞かなければならないことがある。
「それじゃあ、次だ。九重、以前、お前はギルドのメンバーではないと言っていたが、あれは本当のことか?」
「はい。私はギルドのメンバーではありません。……ですが、元はギルドの一員として活動をしていました」
「……そうか。じゃあ、今はもうギルドとは関係がないんだな?」
「……いえ。ギルドのメンバーではありませんが、今はギルドの長にあたる人物から一つの命令を受けて動いています」
「——!? どういうことだ?」
「そのままの意味です」
メンバーではないのに、その指示で動いている?
一体どうして?
そう思って千里を振り返るも、彼女も首をかしげていた。
「せ……永礼さん。質問は他にありませんか?」
混乱する俺に、九重が他はないのかと聞いてくる。
他、他か……。
「じゃあ、これが最後だ。お前は何時から魔女だったんだ? あの頃。ここで一緒に暮らして居た頃はもう魔女だったのか?」
「——!?」
再び九重の肩が大きく跳ねる。
今さらあの時のことを引っ張り出されるとは思っていなかったのだろう。
実際、俺も、聞くつもりがあったわけではない。
だが、直前の千里との話で、この話題が上がっていたこともあってか少し気になった。
「……あの頃、あの頃はまだ、魔女ではありませんでした。と言っても、あの後すぐに魔女になったわけですが」
九重が語り出す。
俺たちが同棲? をしていたのは俺が社会人を始めてすぐ、九重はまだ短大生だった頃のことだった。
「覚えてますか? 兄に家を追い出された私をせ、先輩が拾ってくれたんですよ」
「覚えてるよ。あの様子じゃ、放っておけなかったからな」
まだ冬の寒さの抜けない春先、新人歓迎会終わりに終電で帰宅しようとした時、一人、部屋着のままで外に立ち尽くしている女の子がいた。
それが九重だった。
酔いの勢いもあったのだろう。
俺は、大して話も聞かずに、彼女を家に連れ帰った。
今考えれば、危ない話だが、当時の俺にはもちろん下心などなく、くだらない正義感で動いていたのは確かだった。
「そして、結局先輩は私を連れ帰るだけ連れ帰って一人で爆睡。あの日はほんと、どうしたらいいかわかりませんでしたよ」
少しずつ、九重の声に色が戻っていく。
「はは、悪かったな。でも、翌日事情を聞いて、とりあえず住まいが見つかるまでは住まわせてやることになったんだよな」
「はい。本当に感謝してます。あの日から、ずっと」
「別に良いって言ってるのに………………と、それで? 魔女になったのは?」
思い出話に花を咲かせていれば、いつの間にか隣に立っていた千里がつまらなそうな顔をしていたので、俺は話を強引に戻す。
「……そうでしたね。それは、家に帰る目途が付いた日のことです。先輩の家を出て、兄と一緒に暮らしていた部屋に戻ると、そこは地獄のような空間でした。目のおかしくなった裸の女数人と、そんな女を侍らせる兄。兄が私に連絡を寄越したのは、そんな家の片づけをさせるためでした。期待を一気に裏切られた私は、そのまま再び家を飛び出し——そこで、出会ったんです」
九重が一度言葉を区切り、深く息をついて続ける。
「……消却の魔女に。彼女は私に、今一番したいことは何か、と問いかけてきました。そこで半分自暴自棄になっていた私は兄とその周りの女どもを消してしまいたいと、そう答えたんです。すると、いきなり体に知らない力が湧いて、私は消却の魔女、その二代目になりました」
「……そんな経緯があったのか」
「はい。そして、それからはその消却の魔女の下で魔法を学び、そのお返しとして、少しギルドの仕事を手伝いました。ですが、彼女のしていることがあまり良いことではないと察して、私は魔力の元を見つけ出し、それを献上することで組織を抜けたんです」
「……なるほどね」
千里が頷く。
魔力の元の献上と言う部分にリアリティを感じたのだろうか。
「だが、そんな九重がなんでまたギルドの仕事を?」
「……それは、ギルドの標的に選ばれたのが、……先輩だったからです。その時点ではまさか先輩本人が標的だとは思っていませんでしたが、先輩の家がターゲットになっていることが分かり、ずっと無視していたその人からの連絡に応えました」
「……俺のため、ってことか?」
「そんな恩着せがましいことを言うつもりはありませんけど……まあ」
「なるほど? それで、あなたは仕事を横から邪魔しようとしたギルドの他の魔法使いから魔力を奪ったのね」
「はい。先輩の監視を任されたのは私だったので」
すると九重は屈託のない笑みを浮かべ、こちらに笑いかける。
その無邪気さは少し怖いが……まあ、どうやらやはり、九重は俺の知る九重だったようだ。
「ありがとう、九重。俺から聞きたいことは以上だ。千里は?」
「そうね……ギルドの仕事を手伝ってたって言うのなら、その構成員とかを教えてほしいけれど……」
「……すみません。ほかのメンバーについては何も。私は初代消却の魔女の直属のような扱いだったので」
「……そう。なら、私も大丈夫よ」
「よし、じゃあ、九重、お前の用事を教えてくれ」
この時の俺は、思い出話や、九重の態度の軟化、そして認識違いでなかったことで、ずいぶんと安心してしまっていた。
「はい。私の用事は簡単です。先輩を連れ帰ることですから」
「え?」
「……すみません。でも、断ってもらえれば大丈夫です。失敗したと報告に上げればいいだけなので」
一瞬身構えかけたが、続く言葉で力を抜く。
「俺が断って、九重、お前は大丈夫なのか?」
「……きっと、大丈夫だと思います。ダメでも何とかしますよ! こう見えて私、消却の魔女ですから」
「……そうか? じゃあ、分かった。悪い九重。お前と行ってやることはできない。でも、またこうして話すくらいなら、いつでも歓迎だ!」
「先輩……ありがとうございます! また、あの時みたいに仲良くして——え?」
その時だった。
「カハッ……な、にこ、れ?」
いきなり、九重が胸を抑え、椅子から崩れ落ちる。
「おい! おい九重! どうした!」
「誠治! 待って!!」
咄嗟に駆け寄ろうとした時、千里が俺の手を引いて止めた。
「千里! なんで!?」
そう言って振り返ろうとした時、突然、目の前の景色が湾曲するように歪み、その中から長身の女性が姿を現す。
「はぁ……九重君。そんな甘い考えで、どうして大丈夫だと思ったんだい?」
その女性は、床に倒れ伏している九重を冷めた目で見下ろしていた。
「……し、しょう……」
「ははっ! そんなになってもまだ私のことを師匠なんて呼んでくれるんだね。でも残念。九重君は今日で破門だよ。だって、もう、君の魔力は私が消したからね」
「——!? まさか……」
その言葉に、思わず声が漏れる。
「おっと、失礼。家主に断りなくお邪魔していたというのに、名乗りもしないのは失礼だよね。どうも私が消却の魔女……だと二人いて分かりづらいね。そうだな、デリートとでも名乗っておこうか」
「お前……いつからここに!」
「さぁ、君たちが必死に気配探知をしているころにはすでにここにいたよ?」
「「なっ!?」」
千里と声が重なる。
あれだけ入念に確認したというのに、察知できなかったとは……分かってはいたが、この魔女は本当にまずい。
「さて、永礼誠治君、だったかな? 君の特質は極めて珍しい。ぜひ、私の手を取ってくれないか? ともに、世界の実権を握ろうじゃないか! この腐った世界を壊して、魔法による新しい秩序を築こう!」
じりじりとデリートと名乗った魔女がこちらに距離を詰めてくる。
まずい、どうする?
この魔女は明らかにレベルが違う。違いすぎる。
今は俺に交渉を持ち掛けているから何もしてこないだけで、こちらが何かを仕掛ければ一瞬で壊滅させられてしまう。
そんな未来が容易に思い描けた。
「誠治! 逃げるわよ!」
「待ってくれ! まだ、九重が!」
千里が叫ぶ。
でも、視線の先には苦しそうに胸を抑えたままの九重がいる。
「でも、あなたが捕まったらおしまいよ! あとで殴ってくれてもいい。だから——」
しかし、そんな俺の葛藤をよそに、俺の身体は光に包まれていく。
「……何の魔法かな? 逃がさないよ」
デリートが、俺に向けて手を伸ばしてきた。
視界が光に包まれていく。
くそっ、どうすれば——かつてないほどの速さで思考が巡る。
その時、一つだけ、まだ九重を助けられる可能性を思いついた。
俺はほぼ条件反射的に、ポケットから小さな袋を取り出し、それを開く。
「頼む、間に合ってくれ! 九重!」
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