◇◇◇ ——枢木・ライアフェルト・千里視点——
「——っ!? ここはっ!?」
目を覚ましてすぐ、視界に飛び込んできた知らない天井に飛び起きる。
脳裏を過る最後の記憶は、消却の魔女、デリートによって何かをされる瞬間だった。
咄嗟に魔法発動の確認をしてみれば、幸いなことに魔力は失っていないようだ。
それから、一瞬呼吸を置いて周りを見渡し、周囲をカーテンに遮られたベッドの上と言う状況から、ここがおそらく日陰先生の病院であろうことを理解した。
「フェルさん? 目を覚ましたんですか?」
すると、カーテンの向こうから心配そうな声が聞こえてくる。
……九重さん?
九重さんが近くにいるということは、デリートに勝ったの?
それとも、何らかの方法で逃げおおせた?
誠治のことはちゃんと守れたの?
混乱する思考の中、カーテンを開けて九重さんと日陰先生が顔を出した。
「フェルさん、目を覚ましたんですね」
「良かったよ……私の診察では大丈夫だと理解はしていても、相手があの消却の魔女だからね……。さすがに不安だった」
私のベッドに駆け寄るや否や、二人は安堵を示す。
だが、その表情の曇りは拭えていなかった。
「……ねぇ、二人とも。誠治は?」
その曇りの正体に、私は薄々感づいている。
でも、聞かないわけにはいかなかった。
「……」
「……」
数秒の沈黙。
その後で、九重さんが口を開いた。
「先輩は……今、消却の魔女と二人でいます」
「——っ!? どうしてっ!? 九重さん!! どうしてあなたがっ……」
言いかけて言葉を止める。
それは言っても栓のないことで、それに、元々の原因を作ってしまったのはデリートに捕まった私だ。
悔しさと申し訳なさで、グッと握りしめた手のひらに爪が食い込む。
「……誠治は今どこに? どこにいるのっ!」
「先輩は……」
「誠治君なら、この診察室を出て右に行った突き当りの部屋に居るよ。彼と二人で話すことが消却の魔女が出した交換条件だったからね」
「そんな近くにいるならっ——交換条件?」
「ああ、誠治君は捕らえられたキミと自分の時間を天秤に乗せて取引をしたんだ。だから、私たちは何の被害も負っていない」
……私と、誠治を……交換?
「そ、んな……」
ベッドに座っていなければ、間違いなく膝から崩れ落ちていたことだろう。
彼を、誠治を守れなかったショックが、怒りが、私の身体を震わせる。
「もちろん、フェルが責任を感じることではないと思う。誠治君が自分で選んだことだ。彼は、私たちを助ける英雄になったんだ。……それに、もうすぐ約束の二時間だからね。ここは私に任せて、迎えに行ってあげてほしい。大きな魔力反応は確認できていないから、きっと大丈夫だよ」
日陰先生が無理に笑顔を作っているのが分かる。
どんな慰めも逆効果だと、だが、真実をそのまま伝えるのも違うと、色々な配慮をして言葉を掛けてくれているのがこれ以上ないほどに伝わってきた。
「……フェルさん。行きましょう。きっと大丈夫ですよ。先輩……ですから。先輩って、いざと言う時、ほんとに頼りになるんです。今回もきっと、せ、せん……ぱい、が、機転を利かせて……なんとか…………」
私の手を握った九重さんの声が震えている。
目元に涙をこれでもかと蓄えながら、それでも、零さないように表情を作ってくれている。
私は震える手を何とか抑え、九重さんの手を握り返した。
「行き、ましょう。私の……私たちの英雄の元に」
「は、い」
◇◇◇ ——会長、ロスティ視点——
「日陰先生からの報告が途絶えてもう二時間……これは……」
「会長! そんな弱気にならないでください! きっと、きっと大丈夫です」
「ロスティ……だが……」
魔女協会。
残された二人は祈るような仕草で、現地からの連絡を待ち続けていた。
日陰の病室の特性上、会長の魔法でも中の情報を覗き見ることは難しく、二人の元に届いたのは、二時間前、誠治が回復魔法を成功させ、協会の魔法使いは次第に回復していっているという情報だけだった。
そんな二人の元に一件の通知が飛び込んでくる。
送信元は待ちわびていた日陰村雨だった。
「——!」
「か、会長!」
「ああ、すぐに確認する」
ロスティはすぐに会長の隣へと駆け寄り、会長は手元のタブレット端末で送られてきたメッセージを開く。
すると——
『会長、ロスティ、連絡が遅れてすまない。結論から言えば、患者たちは無事だよ。……一人の英雄の犠牲のおかげで』
書き出しの一文目から、目が動かない。
「……え?」
「くっ……」
『詳細はまた伝えるが、おそらく消却の魔女が患者たちに手を出すことはもうないと思う。あれはそういう顔をしていた』
内容は朗報だろうに、なぜだろうか?
文章からも全く明るい雰囲気が伝わってこない。
『もし、これから数時間以内に私からの連絡がなければ回復した患者たちの回収に来てほしい。受け入れの準備も頼むよ。それじゃあ』
「……かい、ちょう。これ……」
「……っ! ロスティ!! 無理にでもいい。病院につながる鍵を至急用意してくれ! 誠治君が! みんなが!」
「——っ! でも、そうしたら……」
「早くするんだ! これは会長命令だ!」
「…………会長っ! それは……だめ、です」
「ロスティ! 何を言っているんだ! みんなが、誠治君が!!」
「それでもっ! ……私たちと協会の魔法使いを守ってくれた誠治さんの……みんなの犠牲を……無駄にはできませんっ!」
半狂乱になって叫ぶ会長と、ぼろぼろに涙をこぼしながらそれを止めるロスティ。
二人だけの協会は悲痛な空気に包まれている。
「……くそっ! 私が、私が誠治君を……」
「………………」
やりきれない怒りの矛先が向かう場所を今の二人は持ちえなかった。
◇◇◇ ——永礼誠治視点——
一方その頃——
「んっ♡ んぅっ♡♡ イイっ♡ イィっ♡♡♡」
「くそっ、百年物とか言って、ほんとは現役だったろ!」
「んぅっ♡♡♡ ほんと、ほんとよっ♡ こんなに気持ち良いなんて、全然知らなかったのぉ♡♡」
説教? を経て友人となった俺とデリートは乱れまくっていた。
「……なあ、お前名前はなんて言うんだ? デリートって、さすがに偽名だろ?」
「な、まえ……?♡ もう、遠い昔に消してしまったよ。苗字すら思い出せなイっ♡」
「そうか……」
「……あ、じゃあ、あなたが名前を付けてよ? 私の初めての相手として、責任、とって頂戴♡」
「…………そうだな。じゃあ……藍ってのはどうだ? 着てたローブからとってみた。安直だけど、似合ってたし」
「藍……藍……いいねっ♡ そうするっ♡ 私は今日から、藍♡」
行為がより一層激しさを増す。
強大な力を持った魔女だからだろうか?
俺の魔力増幅を受けても、適応が早く、どんどんペースアップしていっていた。
「んっ♡ んっ♡ ——あぁっん♡♡」
デリート……藍の身体がビクンと大きく震えた。
………………。
「はぁっ♡ はぁっ♡」
「……ふぅ」
呼吸を整え、見つめ合う俺たち。
そんな耳にパタパタと、こちらに向かう足音が聞こえてきた。
「……藍、時間は?」
「……そういえば、もう二時間経っているね」
「——っ!? それを早く……さっさと——」
だが、時すでに遅し。
部屋の扉がガラリと開かれ、その奥から、表情の死んだ千里と九重が入ってきた。
「せい……じ?」
「せんぱ……い?」
二人とバッチリ目が合う。
「……あ、ああ。フェル、目を覚ましたんだな。九重も声が戻ってよかった」
思考がかつてないほど高速回転し、どうにかこの状況を切り抜けようと言葉をはじき出す。
だが……。
「………………なにやってんのよ、もう……」
「………………ほんと先輩って、どうしようもない人なんですから……」
一瞬、安堵を浮かべ、表情には笑みを戻したかと思われた二人が、今度は瞳を黒く濁らせてこちらに近づいてきた。
「……い、いや、これには事情があってだな。ああ、そうだ。でも、おれ消却の魔女を改心させることに成功したから、なっ?」
必死に説得を試みるも、二人の歩みは止まるどころか、ほぼ同時に着ている物まで脱ぎ捨てた。
そして——
「ほんとっ! 馬鹿っ! でも、良かった。誠治が無事で、ほんとに!」
「最悪ですよ先輩! もう、私の心配を返してください!」
泣きながら、怒りながら、笑いながら、二人同時に俺に飛びついてくる。
「ちょ、ちょっと、今は私が誠治君の時間を貰ってるんだけど……」
「うるさい! あんたは黙ってなさい!」
「そうですよ! そもそも、あなたの時間はもうとっくに終わってます!」
そして、あれだけ恐れていたデリート、藍に対しても、一切恐れを知らない様子で言葉を投げつける。
「誠治、誠治……!」
「先輩、先輩……!」
「あ、ああっ! 私の時間だったのに……」
「せ、千里、九重! 一旦、一旦落ち着け……!」
「無理よっ!」「無理です!」
完全に目の据わった二人によって、藍が押し出されそうになる。
おそらく、病院のベッドが狭いと感じるのは後にも先にも今日だけだろう。
♡♡♡ ——日陰村雨視点——
「……おかしいな。二人が戻ってこない。……いや、そんなまさか。まだ、満足していなかったとでも言うのか?」
患者の中に一人残された日陰村雨は、落ち着かない様子で診察室を行ったり来たりしていた。
彼女はその職業柄、諦めた者や満足した者、人生の淵に立った人間のする表情を見慣れていた。
そして、先にこの診察室に現れた消却の魔女には、そんな満足を迎えた者の色が見えていた。
だからこそ、誠治を一人で行かせたのだ。
もちろん、誠治が犠牲になるかもしれないことは分かっていた。
だが、それ以外のことで彼女が満足する可能性も十分にあると思っていた。
しかし、そんな彼女と誠治の様子を見に行った二人が三十分以上経っても戻らないことには、さすがの日陰も焦りを募らせていた。
「私も見に行くべきか? ……だが、私が行ったところで…………いや、行くべきだ。誠治君を死地に送り込んだのは私の責任でもある。もしここで私の命が尽きるとしても、英雄と並んで逝けるのならば、それも悪くないだろう」
そして、そんな焦りは日陰に普段取らない行動を取らせた。
いつもは簡潔に済ませる会長への連絡。
だが、ここで終わるかもしれないとなると、相手への伝わり方なども考えてしまう。
「……まあ、これでいいかな?」
数分掛けて文面を作り、一瞬のためらいの後に送信をする。
「……よし。行こうか。私で最後になればいいが……」
そして日陰村雨は診察室を出て、誠治たちがいるであろう個室の病室を目指して歩き出す。
近づくと、何やらドチュ、グチュと言うような嫌な想像を掻き立てる水音が聞こえる気がした。
魔法医と言う立場上、凄惨な光景にもある程度耐性はある。
だが、自ら進んでそんな場所に向かうというのはやはり恐ろしかった。
「……ふぅ、はぁ——よし」
個室のドアに手を掛ける。
そして、それを一気に開いた。
「消却の魔女! どうか、私で最後に……へ?」
扉の先、病室のベッドの上では、三匹の獣と、それに剣一本で立ち向かう勇者の姿があった。
「………………こ、これは? 一体?」
村雨の思考は一気に困惑に支配された。
◇◇◇ ——永礼誠治視点——
扉が開いて、俺の視線は一瞬そちらに向けられる。
すると、扉から現れたのは決死の表情をした日陰先生だった。
「………………こ、これは? 一体?」
そして、日陰先生はこの状況を見るや否や、脳がショートでもしたかのような顔になり、ポカンと立ち尽くす。
「日陰先生……」
「………………。無事なら無事と早く報告に戻りたまえよキミたち!!! ああ、もうっ! 早くそこを離れたまえ! ここはラブホテルじゃないんだ!!!!」
かと思えば、急に怒り心頭な様子で声を荒げると、その細腕からは考えられない力で、千里に九重、藍を俺から引きはがし、頭から服を被せていく。
「……誠治君、キミにはこれからしっかり話を聞かせてもらう必要がありそうだ。……それから女ども! 安心したのは分かるけど、順序を考えなさい!! 罰として、この部屋が元通りになるまで帰さないからね!!!!」
「ひ、日陰先生、これは……」
「も、申し訳ないです……」
「私もなのかい……?」
「問答無用だよ! ほら、誠治君は早くこっちに来るんだ」
「は、はい!」
普段の日陰先生のダウナーというか抜けている感じからは想像もできない怒り具合に俺たちは背筋を伸ばし従わざるを得なかった。
◇◇◇
「それで? 何がどうしたらあんなことになるのかな?」
診察室に戻ると、大きく足を組み、なにやらタブレット端末を操作した日陰先生が軽蔑した目で俺を見ながら聞いてくる。
「それには深い事情が……」
そんな目に耐え切れず、俺は事の詳細を一から十まですべて説明した。
「へぇ? 不老、ねぇ?」
俺の話を半信半疑に聞きながらも、不老、には興味を持ったらしい日陰先生がそう言う。
「はい。彼女の話によれば、俺もそうなっている可能性があるらしくて」
「……よし、分かった。今回の件は、今後の私の実験に協力してくれたら、水に流してあげよう」
「本当ですか?」
「ああ、もちろんだとも——」
どうやらその話が興味に刺さったらしい。
俺自身も不老については気になることが多かったし、それで水に流してもらえるとなれば、上々だ。
「——ただ、私は、だけどね?」
「……え? それはどういう?」
なんて、そんな風に思っていれば、日陰先生がおもむろにタブレット端末をこちらに見せてくる。
すると、端末には大きく電話のマークと画面越しに怒りを滲ませる会長さんとロスティの姿が見えた。
「……いやぁ、誠治君が隠さず全部話してくれて助かったよ。私の報告の手間が省けた」
「………………」
「誠治くん」
「誠治さん」
「……はい」
「帰ってきたらお話しようか?」
「戻ったらお話がありますので」
「はい……」
俺からしてみれば、この後の方が、消却の魔女より恐ろしかった。
更新時間遅れてすみません!!
おそらく次話で完結します!