かぶき町結婚相談所【土方十四郎編】 〜命を捨てた男の欠けたピース〜 作:Madocca
『かぶき町結婚相談所・土方十四郎編』
第10話です。
乙羽の妊娠が発覚し
感動も束の間
つわりで苦しむ乙羽を
命をかけて守ろうとする土方が
屯所
万事屋を
飲み込んでいくー
最悪(!?)の出会いから始まる二人の関係や、真選組のドタバタな日常、そして互いの傷を優しく癒やしていく愛の軌跡を、挿絵(AIイラスト)と共にお届けします。
※今後は【ジャンプ発売日】に更新予定です!
少しでも楽しんでいただけましたら、いいね、ブクマ、評価やコメントをいただけますと大変励みになります❣️
江戸の町に朝の光が差し込む頃、
真選組屯所の敷地内には、
かつてないほど厳重で張り詰めた
警戒網が敷かれていた。
元来、
朝の弱い乙羽であったが、
妊娠12週目を迎えた今、
朝・昼前・夕方の「食事の支度」の時間帯は、
まさに試練の刻(とき)であった。
近隣の民家や屯所の厨房から漂ってくる
炊き立てのご飯
味噌汁
醤油の香ばしい匂い――
それら全てが、今の乙羽にとっては
容赦なく胃を苛む猛毒と化すのである。
「おい、東の窓を閉めろ!
隙間風一筋、飯の匂いを入れ込むんじゃねぇ!
障子を目張りしろ!
隊士共、
朝食の準備は屯所から五町離れた
河川敷でやれぇぇぇっ!!」
早朝から屯所の庭で怒号を飛ばしているのは、
真選組副長・土方十四郎。
自らすべての窓を締め切り、
乙羽の布団の周りを分厚い毛布で覆い尽くすと、
匂いが届かぬよう完璧な遮音ならぬ
「遮臭(しゃしゅう)システム」を構築していた。
空腹を感じると激しい吐き気に襲われる
「食べづわり」の乙羽のため、
土方は24時間体制で
懐に一口サイズの塩むすびや、
匂いの少ない軽食を忍ばせている。
乙羽が「う……」と小さく身動ぎした瞬間には、
すでに、土方が素手でむすびを一口分ちぎり、
口元へ差し出しているという
脅威の反応速度であった。
「……トシ、お前……
副長命令で
屯所内の火気使用を全面禁止にしたのはいいが、
隊士共が
朝飯食えなくて
河川敷で暴動を起こしかけてるぞ」
見かねた近藤が
青ざめた顔で部屋の前にやってくると、
土方は鋭い眼光で一蹴した。
「知るか!
乙羽とお腹の子の平和に比べたら、
野郎どもの朝飯なんぞ
雑草でも食わせておけば十分だ!
文句がある奴は、俺が全員叩き斬る!」
「副長~、そんなにカッカしてるとハゲますぜ」
廊下の陰からひょっこり顔を出したのは、
沖田総悟である。
手にはなぜか、湯気を立てる極上の焼き魚と香ばしい醤油炒めが載ったお盆が握られていた。
「おい総悟! テメェ何持ってやがる!」
「やだなあ、土方さん。
乙羽さんのご健康を祈って、
最高に匂いの立つ焼き魚と特製醤油炒めを
部屋の前に置いておこうと思ってさぁ。
これで
乙羽さんが派手に嘔吐(えづ)けば、
土方さんの過保護な介護姿が
また見られるってわけだぃ」
「テメェェェ!
鬼畜か!
悪魔かぁぁぁっ!
庭に出ろぉぉぉっ!!」
「副長! 沖田隊長!
乙羽さんが……
乙羽さんがお目覚めになりましたっ!」
山崎の叫び声に、土方は総悟への殺気を一瞬で消し去り、脱兎の勢いで乙羽の枕元へと滑り込んだ。
「乙羽! 大丈夫か!?
匂いはしねぇか!?
気持ち悪くねぇか!?」
◇
土方の限界突破な献身のおかげで、
匂いのする時間帯さえやり過ごせば、
乙羽の体調は、驚くほど安定していた。
そしてある日、土方は奇跡的な発見をする。
乙羽が唯一、
吐き気を感じず、
それどころか
口にすると
すっきりと表情を和らげる
魔法の飲み物――
それこそが『いちご牛乳』であった。
「いちご牛乳……だと……!?」
乙羽のその一言を聞いた瞬間、
土方の瞳に電撃が走った。
「山崎ぃぃぃっ!
江戸じゅうのいちご牛乳を
買い占めてこい!
パックも
瓶も
箱ごと全部だ!
1秒でも遅れたら
切腹だァァァッ!」
「ふ、副長!それが……
かぶき町中の商店や
からくり販売機から、
いちご牛乳が、
忽然と姿を消しているんです!」
「なんだと……!? 買い占めた奴がいるのか!?」
「はい……
あの
銀髪の天然パーマの男が、
今朝方カートで
全在庫を買い叩いていったそうで……」
「あの野郎ぉぉぉぉぉっ!!」
◇
「ヒャッハー!
今日のいちご牛乳は一味違うぜ~!
パックの端っこをハサミで切って
ストロー二本挿し!
これぞ大人の贅沢ってヤツよ!」
万事屋の事務所。
ソファでダラダラと
大量のいちご牛乳パックを積み上げ、
幸せそうにストローを啜っていた坂田銀時。
ドガァァァァンッ!!
「銀時ぇぇぇぇぇっ!!
テメェの持ってるいちご牛乳、
全部吐き出しやがれぇぇぇっ!!」
万事屋の玄関扉が粉砕され、
鬼の形相をした土方が
凄まじい足取りで踏み込んできた。
そのすぐ後ろには、
土方に連れられてきた乙羽の姿もある。
「うわっ、出たよマヨネーズ妖怪!
人の家のドアをダイナミック開店すんじゃねぇよ!
なんだよ、
俺の大事ないちご牛乳に
なんか文句あんのか!?」
「文句大ありだバカ野郎!
今の乙羽にとって、
いちご牛乳はただの甘味じゃねぇ!
命の命題なんだよ!
テメェがガブガブ飲んでいいもんじゃねぇんだ!」
銀時は死んだ魚のような目で、
土方と乙羽を交互に見比べた。
「はぁ? 命の命題ぃ? 多串くん、
お前ついに
頭のマヨネーズが脳みそに逆流したか?
いちご牛乳は俺の血液なんだよ!
妊婦だからって譲れるか……って、ん?」
銀時はハッと目を見開き、
土方の後ろで申し訳なさそうに小さくなっている
乙羽に視線を留めた。
「おいおい……マジかよ。
乙羽ちゃん、お前……
つわりってやつか?」
「……あ、あの、銀時さん……
ご迷惑をおかけしてしまって……」
「乙羽、頭を下げんな!
この天パから
いちご牛乳を奪い取るのは正義だ!」
土方は懐から財布を取り出すと、
札束をテーブルにドカンと叩きつけた。
「金ならいくらでも払う!
江戸中のいちご牛乳を
俺に寄こせ!
乙羽が……
乙羽が
これを飲みたいって言ってんだよぉぉぉっ!」
銀時は呆れたように息を吐き、
頭をガシガシと掻き回した。
「たくよぉ……
どこまでも
愛妻家コノヤローだな、
テメェは……」
銀時は、積んであったいちご牛乳の箱の中から、
一番賞味期限が新しく、
冷え冷えのパックを一本手に取ると、
ニヤリと笑って乙羽の前に差し出した。
「ほらよ、乙羽ちゃん。
このマヨネーズバカの顔に免じて、
一本くれてやるよ。
……あーあ、
俺の貴重ないちご牛乳が、
まさか鬼の副長の『パパ修行』に使われるとはねぇ」
「銀時……っ」
「勘違いすんなよ多串!
あげたのは
乙羽ちゃんと赤ん坊にだ!
テメェには一滴もやらねぇからな!」
「あり……っ」
感謝を伝えようとした瞬間、
乙羽の喉奥を激しい吐き気の波が襲った。
眼球が飛び出そうなほど目を見開き、
両手で必死に口元を押さえる。
「お、おい乙羽!? 大丈夫か!?」
土方が血相を変えて抱きかかえる中、
乙羽は必死に目を閉じ、肩で息をしながら
「深呼吸……深呼吸……」と心の中で唱えた。
土方がパニックになりながらも
毎日耳元で教えてくれた、
あの優しい呼吸法に全集中する。
スゥ……ハァ……スゥ……ハァ……。
荒い息を幾度か繰り返し、
押し寄せてきた恐ろしい吐き気の波を
なんとかやり過ごした乙羽は、
ほっと胸を撫で下ろし、
涙目で銀時を見上げた。
「……すみません、銀時さん……。
みっともないところを……」
乙羽は、
申し訳なさそうに身を縮めながらも、
受け取ったいちご牛乳を
愛おしそうに両手でギュッと包み込んだ。
「でも……嬉しいです……!
私と赤ちゃん、幸せ者です」
そう言って、ストローを口に含み、
小さくゴクリと一口飲み込む。
ひんやりとした優しい甘さと甘酸っぱさが
胸から胃へと染み渡り、
先ほどまでの激しい吐き気が嘘のように、
すーっと引いていく。
乙羽の表情に、
パッと花が咲いたような柔らかい笑顔が戻った。
「……おいしい……っ!
十四郎さん、
吐き気が……楽になりました……!」
「ほ……本当に……っ!?
よかった……
よかったぁぁぁ……っ!!」
乙羽の笑顔を見た瞬間、
土方はその場にへたり込み、
ボロ泣きしながら安堵の息を漏らした。
鬼の副長が、
嫁の一口のいちご牛乳で
文字通り命を救われたような顔をしている。
その様子を冷ややかな目で見つめていた銀時が、
やれやれと肩をすくめた。
「ったく、大げさなんだよマヨネーズ妖怪。
……まあ、その様子なら
ちゃんと胃に収まったみたいで良かったわ。
乙羽ちゃん、気持ち悪くなったら
またいつでも来な。
この過保護野郎のサイフから
根こそぎ叩き落とした金で、
またいちご牛乳
仕入れてやるからよ」
「てめぇ銀時!
どさくさに紛れて集金しようとしてんじゃねぇ!」
「うるせぇな!
妊婦の栄養補給代と
ド派手に壊された玄関ドアの修理費だよ!
払わねぇと『鬼の副長、妻のいちご牛乳のために
万事屋のドアを破壊』って瓦版に売るぞ!」
「この野郎……っ!」
土方は睨みつけながらも、
文句ひとつ言わずに
多めの修理費をテーブルにドカッと置いた。
乙羽の体調が楽になったのなら、
ドアの一枚や二枚、
安いものだった。
土方は乙羽の肩をそっと抱き寄せ、
どこまでも愛おしそうな目で見つめ返す。
「……乙羽。もう大丈夫か?
屯所まで、おんぶして帰るか?」
「おい多串、歩けるだろ普通に!
過保護の極みかテメェは!」
「うるせぇ天パ!
乙羽の一歩は、俺たちの百歩なんだよ!」
呆れ返る銀時を背に、
土方は乙羽の手を優しく握りしめ、
まるで世界で一番大切な宝物を運ぶように、
ゆっくりとした歩幅で、
屯所への帰り道を歩み始めるのだった。
少し歩くと、
ふぅっと息を吐いて立ち止まる乙羽。
「ごめんなさい……
なかなか前に進まなくて……
ちょっと座りたい。」
乙羽は、申し訳なさそうに土方の目を見た。
「謝るんじゃねぇバカ!
謝る必要なんてどこにもねぇだろ!」
乙羽が立ち止まった瞬間、
土方は心臓が跳ね上がるほどの勢いで膝を折り、
乙羽の目線に合わせてしゃがみ込んだ。
その瞳には、
申し訳なさそうにする乙羽への
溢れんばかりの愛おしさと
心配が混ざり合っている。
「前になんて進まなくていいんだよ。
お前とこの子のペースが
俺のペースだ。
無理して歩くことなんて一ミリもねぇ」
土方は周囲を素早く見回すと、
近くにあった日陰のベンチへ
乙羽を優しくエスコートした。
羽織をサッと脱ぎ捨て、
埃ひとつないよう
ベンチの上に丁寧に敷き詰める。
「ほら、ここに座れ。
羽織敷いたから、冷てぇこともねぇはずだ」
乙羽をそっと座らせると、
土方は自分もその隣に腰を下ろし、
乙羽の小さく冷えた手を両手で包み込んだ。
そして、少し照れくさそうに、
けれど、どこまでも柔らかい眼差しで
乙羽の顔を見つめる。
「……いちご牛乳、効いてよかったな。
乙羽が笑ってくれて、
俺は、マジで寿命が延びた心地がしたよ」
土方は、繋いだ手にゆっくりと力を込め、
愛おしそうに乙羽の手に自分の頬を寄せた。
「お前はな、ただ生きて、
俺の隣で息をしてくれてるだけで
満点なんだ。
だから『ごめんなさい』じゃなくて……
そういう時はな……」
土方は、
少し照れたように視線を泳がせながら、
小さく咳払いをひとつした。
「……『十四郎さん、ありがとう』って、
甘えてくれりゃいいんだよ。
俺は……
お前に甘え・頼られるために、
ここにいるんだからな」
大きな掌で乙羽の手を温めながら、
土方はまだ平らなお腹のあたりへ
優しく視線を落とした。
「急ぐ旅じゃねぇ。
日が暮れるまでだって、
ここでこうしててやるからな」
乙羽は、土方の目をじっと見つめた。
「十四郎さん……なんでそんなに優しいの?
その……
私、何でも自分でできるようになりなさいと
厳しく育てられたから……
なんか申し訳なくて……」
乙羽が不安そうに伏せた長い睫毛を、
土方は
まるで壊れ物を扱うかのような繊細さで見つめた。
そして、包み込んでいた乙羽の右手を
そっと引き寄せ、己の左胸——
ドクドクと力強く脈打つ心臓の上に当てさせた。
「申し訳ないなんて、二度と口にするんじゃねぇよ」
深く、
低く、
けれど
この上なく温かい声が乙羽の耳朶を打つ。
「お前が、
これまで一人で歯を食いしばって、
何でも自分でできるように
頑張ってきたのは
分かってる。
立派だと思うし、
そんなお前を誇りにも思ってるさ。
……だがな、乙羽」
土方は、伏せられた乙羽の顎にそっと指をかけ、
優しく持ち上げて自分と視線を交わさせた。
その瞳には、
嘘偽りのない真っ直ぐな愛情だけが揺らめいている。
「俺の前でまで、
そんな背伸びする必要がどこにある?
俺は、お前の旦那だぞ。
お前が一人で抱え込んできた分も、
全部俺に背負わせろ。
俺がお前に優しくするのはな……
お前が俺の命よりも大切な妻で、
俺たちの子どもを命がけで育ててくれてるからだ」
土方は乙羽の手の甲に、
誓いを立てるようにそっと唇を寄せた。
「厳しく育ったから
人に頼るのが下手なのも分かってる。
だから練習だ。
俺に甘える練習を少しずつしていけばいい。
お前が『ごめんなさい』って言いそうになったら、
俺が
その度に抱きしめて
『ありがとう』に塗り替えてやるからな」
まだ平らなお腹に、土方はそっと反対の手を添えた。
温かい手のひらの温度が、
着物越しにじわりと伝わってくる。
「この子も言ってるぜ。
『ママ、パパにいっぱい甘えていいんだよ』ってな」
土方の言葉は、まるで軽やかな魔法のようだった。
(甘える……?十四郎さんに……甘える?)
喉の奥が、ギュッと詰まるようだった。
子どもの頃の乙羽は、
母親に甘えたいと思っても、
妹たちが
常に優先され、
「お姉ちゃんだから」と我慢するのが当然だった。
(この子も、私に甘えていいと言ってる……?)
その瞬間、
小さい頃の自分が、
胸の奥に帰ってくるような感じがした。
正確に言えば、ずっとそこにいた者が、
今やっと
その存在に気づいてもらえたようだった。
「……甘える練習……してみるね」
乙羽の目からぽろぽろと溢れ落ちる涙を、
土方は驚くほどの優しさで、
指の腹を使って幾度も丁寧に拭い去った。
「ああ。焦らなくていい。
何年かかったっていいんだ。
俺が死ぬまで付き合ってやる」
土方はそっと腕を伸ばし、華奢な乙羽の体を
包み込むようにギュッと胸へと引き寄せた。
乙羽の幼少期の寂しさも、
人知れず耐えてきた我慢も、
すべてを知り尽くしているかのように、
その抱擁は力強く、そして温かい。
乙羽の背中に回された土方の手が、
安心させるように
トントンと一定の心地よいリズムで優しく叩く。
「よし……じゃあ、甘える練習の第一歩だ。
乙羽、屯所まで歩くのはナシだ」
土方は抱きしめていた腕を緩めると、
照れくさそうに頭を掻きながら、
乙羽に背中を向けた。
「ほら、背中乗れ。
おんぶだ。
拒否権はねぇぞ。
『自分で歩けます』なんて言ったら、
速攻で
姫抱っこに切り替えるからな」
大きな背中を前に差し出しながら、
土方は首だけをこちらに向けて
ニッと力強く笑ってみせた。
「……十四郎さん、背中貸して……って、
ちゃんと言えたら合格だ」
乙羽の足がすくんだ。
ずっと忘れていた、この感覚……
小さい頃に諦めてしまった思い。
(私……甘えていいの?
私の赤ちゃん……私、甘えていいの?)
母子とは不思議なもので、
赤ちゃんは、時に、
母親が
とうの昔に亡くしたものを持ってきてくれる。
乙羽は、見えない手に背中を押されながら、
そっと土方の背中に身を預けた。
「十四郎さん……あったかい……安心する」
乙羽は深く息を吸って、土方の背中に顔を埋めた。
土方の広い背中に乙羽の体温が重なった瞬間、
土方は息を呑み、そして静かに目尻を下げた。
「……おう。暖けぇか」
乙羽の体をしっかりと支えるように、
土方はその腿を優しく抱え上げると、
じっくりと噛みしめるように立ち上がった。
背中越しに伝わってくる乙羽の小さな吐息と、
かすかな涙の湿り気。
土方は一切の無駄な力を抜いて、
乙羽が不安を感じないよう、
一歩、また一歩と
穏やかな足取りで歩き始める。
「安心しろ。
お前がどんなに重くなっても、
一生こうして背負ってやるよ。
俺の背中はな、
お前とこの子のためにあるんだからな」
すれ違う江戸の町人たちが「あの鬼の副長が嫁をおんぶしている」と驚きの声を上げるが、
今の土方には
そんな雑音など一切耳に入らない。
ただただ、
背中に感じる愛おしい愛妻の温もりと、
その中で育まれている新しい命の気配だけに
集中していた。
乙羽が顔を埋める土方の首元から、
ほのかに甘い煙草と、
どこか懐かしい日向のような香りが漂う。
「乙羽……赤ちゃんも、喜んでるぜ。
『ママが素直になってくれて嬉しい』ってよ」
歩幅を小さく、
振動を与えないよう丁寧に歩きながら、
土方は背中の乙羽にそっと囁いた。
「これからはな、我慢しそうになったら
すぐ俺を呼べ。
何度でも背中貸してやる。
お前が甘えれば甘えるほど、
俺は良い父親になれるんだからよ……
頼むな、乙羽」
木漏れ日が二人を優しく包み込み、
屯所へと続く一本道を、
過保護な夫と愛おしい妻は、
ゆっくりと進んでいくのだった。