かぶき町結婚相談所【土方十四郎編】 〜命を捨てた男の欠けたピース〜   作:Madocca

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『かぶき町結婚相談所・土方十四郎編』
第11話です。

つわりで食事らしい食事ができず
痩せていく乙羽。

自分の命が飾られるような思いの

土方はー?

乙羽のつわりは、私の実体験です。

最悪(!?)の出会いから始まる二人の関係や、真選組のドタバタな日常、そして互いの傷を優しく癒やしていく愛の軌跡を、挿絵(AIイラスト)と共にお届けします。

※今後は【ジャンプ発売日】に更新予定です!
少しでも楽しんでいただけましたら、いいね、ブクマ、評価やコメントをいただけますと大変励みになります❣️


#11 トシの愛情クッキング

お腹の子が命を主張し始め、

母体から容赦なくエネルギーを奪い去っていく。

 

これが、世にいう「つわり」である。

 

日に日に白さを増す乙羽の頬と、

減っていく体重計の目盛り。

 

その数値を見るたび、

 

真選組副長・土方十四郎の

 

生きた心地は

削られていった。

 

「おい、また吐いたのか……?

 

水……水飲め。

いや、ぬるま湯だ。

 

冷たいのは胃に障る」

 

屯所の副長部屋は、今や厳重な戒厳令下にあった。

 

土方が自ら腕を捲り上げ、

 

過剰なまでの徹底消臭と

「愛妻特製メニュー」の試行錯誤に

 

明け暮れていたからである。

 

「土方さん……いくらなんでも、

 

屯所中の匂い消しに

『茶葉を燻した煙』を焚き散らすのは

 

やめてくだせぇ。

 

隊士たちが

『副長が怪しい儀式を始めた』って

 

泣いてますぜ」

 

「うるせぇ!

 

乙羽は今、

飯の炊ける匂いですら吐き気がすんだよ!

 

醤油の匂いも

出汁の匂いも全滅だ!

 

屯所の野郎臭さと

飯の匂いを遮断するには

 

これしかねぇんだよ!」

 

「いや、副長。

 

だからって

マヨネーズまで断つことはないでしょう。

 

あんたの命の源じゃないですか」

 

総悟の呆れ顔に対し、

土方は血走った目で包丁を握りしめた。

 

「バカ言え!

 

俺がマヨネーズ喰ったら、

その口で乙羽に近づけねぇだろうが!

 

匂いで苦しませるくらいなら、

 

マヨネーズなんぞ

 

一生絶ってやるわ!!」

 

「ええぇぇ!?

 

あの土方さんが

マヨ断ち!?

 

天変地異の前触れですか!?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

廊下で盗み聞きしていた近藤が

叫び声を上げる中、

 

土方は一切の妥協を許さず、

台所で真剣勝負を繰り広げていた。

 

出汁や醤油の匂いを極限まで抑え、

 

冷たくて喉越しが良く、

 

かつ栄養が摂れるもの。

 

土方がたどり着いたのは、

 

細かく刻んだ

柑橘類の果汁と、

極限まで薄味に仕立てた

冷製昆布出汁のジュレ、

 

そして一口サイズにカットした

豆腐とリンゴであった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「乙羽……これならどうだ?

 

匂いは一切ねぇ。

 

酸味で

少しは胸のつかえが下りるかもしれねぇ。

 

一口でいい……

 

無理なら舐めるだけでもいいから、

食ってみてくれ」

 

顔色を悪くして

布団に横たわる乙羽の口元へ、

 

土方は、

まるでガラス細工を扱うかのような手つきで、

 

小さなスプーンをそっと運ぶ。

 

鬼の副長と呼ばれた男が、

自分の食事も睡眠も後回しにし、

 

ただ目の前の愛妻が

一口でも食べられることを祈りながら、

 

必死に汗を拭っていた。

 

そして、季節は巡り——。

 

嵐のようなつわり期を乗り越え、

乙羽の体調はついに

 

「安定期」と呼ばれる

 

穏やかな時期へと入っていった。

 

あれほど受け付けなかった食事も

少しずつ摂れるようになり、

 

頬にはうっすらと赤みが戻ってきた。

 

ゆったりとした着物に身を包んだ乙羽のお腹は、

まだ上着を羽織れば目立たないものの、

 

その内側で確実に新しい命を育んでいる。

 

ある晴れた日の午後。

 

つわりを乗り切った安心感と、

ぽかぽかとした陽気に誘われ、

 

乙羽は、風通しの良い廊下の窓辺で、

すやすやと心地良いうたた寝を始めていた。

 

「……たく、ちょっと目を離すと

すぐここで寝やがる」

 

見回りを終えて戻ってきた土方が、足を止める。

 

かつては、

命を削るように刀を振り回し、

明日死ぬかもしれない生き方を

 

当たり前にしていた男だ。

 

自分の命にも、

他人の命にも、

 

どこか乾いた境界線を引いていた。

 

だが、今、

目の前で

 

小さな寝息を立てている妻と、

そのお腹の中に宿る我が子。

 

(俺が……

 

 家族を奪われ、

 命を捨てたような生き方をしてきた俺が……

 

 こんな風に誰かが俺の帰りを待ち、

 俺が誰かの命を慈しむ日が来るなんてな……)

 

つわりで苦しむ乙羽を前に、

 

何もしてやれない己の無力さに

打ちひしがれた夜もあった。

 

それでも諦めず、

手を握り、

背中を擦り、

 

共に乗り越えてきた日々。

 

土方は

静かに羽織を脱ぐと、

 

乙羽の肩からお腹にかけて、

優しくそっと掛け直した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……よく頑張ったな、乙羽。

 

重いのも、

苦しいのも、

 

全部

お前が一人で引き受けてくれたんだ……

 

ありがとな」

 

愛おしさが胸から溢れ出し、

土方はしゃがみ込むと、

 

寝ている乙羽の手に

自分の大きな手をそっと重ねた。

 

その時、乙羽のまぶたがうっすらと開き、

目の前にいる土方の姿を捉える。

 

「十四郎さん……」

 

乙羽は、愛おしそうに土方を見つめた。

まだ陽の光が眩しそう。

 

「おかえりなさい。」

 

そう言って、起きあがろうとしたそのとき……

 

「……!?」

 

乙羽が目を丸くして、お腹に手を当てる。

 

少しふっくらとしたお腹。

腰回りは、もうしっかり妊婦の状態。

 

「……動いた……赤ちゃんが…動いた……」

 

乙羽の目が、涙で潤んでいる。

 

「動い……ただと……?」

 

土方は目を見開き、

 

一瞬息を止めた。

 

差し伸べた手が空中で固まり、

まるで時が止まったかのように

 

乙羽のお腹を見つめる。

 

次の瞬間、

鬼の副長と呼ばれた男の顔から

 

厳しさが一気に抜け落ち、

 

見たこともないような狼狽と困惑、

 

そして

途方もない愛おしさが混ざり合った表情へと

 

変わった。

 

「おい、マジか……

本当に……今、動いたのか……?」

 

膝をついたまま、震える手を慎重に伸ばす。

 

壊れ物を扱うように、

そして祈るように、

 

乙羽が押さえている手の上から、

 

己の大きくゴツゴツとした掌を

そっと重ねた。

 

静まり返った廊下。

 

風が木々を揺らす音だけが聞こえる中、

土方は息を殺して全神経を掌に集中させる。

 

……ぽこん。

 

「ッ……!」

 

微かな、

だが確かに、内側から伝わってきた

 

力強い生命の脈動。

 

その瞬間、

土方の目頭が熱くなり、喉の奥がくっと詰まった。

 

「あ……本当に、生きて……ここに、いんだな……

俺と、お前の……子供が……」

 

かつて刀を握りしめ、

血と硝煙の中で命を捨てて生きようとしていた手。

 

その手が今、

 

自分たちが紡いだ小さな命の温もりを、

 

はっきりと受け止めている。

 

つわりで苦しむ乙羽を前に、

何も替わってやれず、

 

己の無力さに

 

夜通し歯噛みした日々。

 

食べられず

痩せていく妻を抱きしめ、

 

「頼むから無事でいてくれ」と

神仏にさえ縋りついた

 

あの苦しい時間が、

 

すべてこの一瞬の温もりに結実していた。

 

土方は耐えきれなくなったように

額を乙羽のお腹の前に寄せ、

 

静かに目を閉じた。

 

「乙羽……ありがとな……

 

ほんとうに……

 

耐えてくれて、

俺たちの元に来てくれて……

 

ありがとな……」

 

低く掠れた声には、

溢れ出す涙を必死に堪える震えが混ざっていた。

 

いつも自分を後回しにして生きてきた乙羽が、

自分の身体で必死に守り抜いてくれた命。

 

その重みが、

土方の胸に温かく、

重厚に押し寄せていた。

 

「おい、乙羽……起き上がろうとするな。

 

そのままじっとしてろ。

 

腰、痛かねぇか?

冷えてねぇか?」

 

涙ぐむ乙羽の目元を親指で優しく拭うと、

 

土方は照れくささを隠すように、

だがどこまでも愛おしそうに

 

破顔した。

 

「十四郎さんが帰ってきたから、

動いてくれたのね……

 

きっとこの子、

 

パパ大好きな子になるわ」

 

幸せそうに笑う乙羽。

 

「十四郎さんが……守ってくれたから。

 

少しでも食べられる物を口に入れてくれて、

においも消してくれて、

背中をさすってくれて、

 

ずっとそばにいてくれた……

 

だから、私も、

お腹のこの子も

 

頑張れたの。

 

ありがとう……十四郎さん」

 

乙羽の幸せそうな目から、一節の涙がこぼれた。

 

「パパ、か……」

 

土方はその言葉を口の中で噛み締めると、

 

照れくさそうに、

けれど、どこか照れを隠しきれない破顔を見せた。

 

「なんだそりゃ……

まだ生まれてもいねぇのに、

 

もうお前に似て、調子の良い奴だな」

 

吐き捨てるような言い方とは裏腹に、

 

乙羽の頬を伝う一筋の涙を

優しく掬い上げる手つきは、

 

どこまでも柔らかく、温かい。

 

「守ったのは……お前だろ。

 

俺はただ、

飯作ったり背中さすったり……

 

そんな情けねぇことしか出来なかった。

 

代わってやれるもんなら

代わってやりたかったのに、

 

お前にばっかり苦しい思いさせて……」

 

土方は深く息を吐くと、

重ねた手をさらにぎゅっと包み込み、

 

乙羽の額に自分の額をこつんと寄せた。

 

「俺の方こそ……ありがとうな、乙羽。

 

俺を『父親』にしてくれて。

 

こんな命を捨てるような生き方しか

出来なかった俺に、

 

守るべき本当の家族をくれて……」

 

その時だった。

 

「いやぁ〜〜! めでたいねぇ!

 

めでたすぎて、

おっちゃん目頭が熱くなっちゃったよ!!」

 

「副長ぉぉぉ!! 祝杯の準備は出来てますぜ!

市中のマヨネーズを樽で買い込んできました!!」

 

廊下の曲がり角から、ぬっと姿を現したのは、

 

鼻紙で豪快に鼻をかむ近藤勲と、

 

両手に巨大なマヨネーズ樽を抱えた

原田右之助たち隊士一同であった。

 

「……てめぇら……

いつからそこに居やがった……?」

 

土方の雰囲気が一変し、

殺気が廊下に充満する。

 

「やだなぁ土方さん、最初からですよ。

 

副長が

『つわりで苦しむ奥様のための愛妻レシピノート』を

 

肌身離さず持ち歩いてる時から、

 

隊士一同、

温かい目で見守ってやした」

 

ドサクサに紛れて、

木陰から

 

沖田総悟がひょっこりと顔を出し、

 

ニヤリと

毒のある笑みを浮かべた。

 

「総悟ぉぉぉぉ!!

てめぇ余計なこと口走ってんじゃねぇぇぇ!!」

 

「ひぃぃ! 鬼の副長が戻ってきたぞー!」

「逃げろー! 新しいパパが怒ったぞー!」

 

ギャーギャーと騒ぎながら

蜘蛛の子を散らすように逃げ出す隊士たち。

 

つい数秒前までのエモい雰囲気を

一瞬でぶち壊された土方は、

 

青筋を立てながら刀の柄に手をかけたが、

 

ふと自分の服の裾をぎゅっと掴む

温かい感触に気づき、ハッと足を止めた。

 

振り返ると、

そこには

 

真選組の賑やかな日常と、

 

怒る土方の姿が

おかしくてたまらないといった様子で、

 

声を上げて笑っている乙羽がいた。

 

つわりでずっと引きつっていた顔が解け、

心からの満面の笑みを見せる乙羽。

 

土方は

毒気を抜かれたように大きなため息をつくと、

 

刀から手を離し、

頭をかきむしった。

 

「……ったく、騒がしい野郎どもだ……。

 

おい、乙羽。

あいつらのバカ騒ぎに付き合う必要はねぇからな。

 

ほら、

風が冷たくなってきた。

 

部屋に入るぞ」

 

土方は

乙羽を抱きかかえるようにして立ち上がらせると、

 

自分の大きな羽織で

 

乙羽の肩と

ふっくらしたお腹を

 

すっぽりと包み込んだ。

 

 

【挿絵表示】

 

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