かぶき町結婚相談所【土方十四郎編】 〜命を捨てた男の欠けたピース〜 作:Madocca
『かぶき町結婚相談所・土方十四郎編』
第12話です。
沖田総悟の悪知恵+便乗ビジネス
土方十四郎の外出禁止令
万事屋の奥さまサポートサービス
とにかく
カオスです…
最悪(!?)の出会いから始まる二人の関係や、真選組のドタバタな日常、そして互いの傷を優しく癒やしていく愛の軌跡を、挿絵(AIイラスト)と共にお届けします。
※今後は【ジャンプ発売日】に更新予定です!
少しでも楽しんでいただけましたら、いいね、ブクマ、評価やコメントをいただけますと大変励みになります❣️
幾多の死線を乗り越え、
江戸の街に束の間の平穏が戻った頃。
真選組屯所の風向きは、
誰も予期せぬ方向へと大きく傾き始めていた。
過酷な戦いと引き換えに手に入れた
愛しい日々。
しかし、ここは、あのかぶき町である。
美しい愛の物語の裏で、
たくましく芽吹く商魂と悪ふざけを、
江戸の風が放置しておくはずもなかった。
「……おい。総悟。ちょっとそこに座れ」
「嫌でさぁ。
土方さんの顔見ると、
俺の純粋な心が澱むんでさぁ」
「てめぇの心に
純粋な部分が
ミリでも残ってたら、
江戸の人口が半分に減ってんだよ!!
……で、
これはどういうことだ。
説明しろ」
土方が畳へ豪快に叩きつけた、一枚の瓦版。
そこには、和紙の質感も艶やかに印刷された、
あまりにも見覚えのある手書きの文字が躍っていた。
『月額三百文で届く!
鬼の副長直伝
つわりを乗り切る愛妻マヨ尽くしレシピ
(※今なら副長の秘蔵ブロマイド付き)』
「うおおおっ!? 何だコレはトシ!!
『つわりで食欲がない夜は、
マヨネーズを線状に絞って
ご飯に網目模様を描くと
喉通りが良くなる』
……って、これ
お前が乙羽ちゃんのために
毎晩
必死こいて書いてた
ノートじゃないか!!」
「近藤さん!大声で朗読すんじゃねぇぇぇ!!」
「いやー、大盛況でさぁ土方さん。
市井の妊婦さんや
婚活女子の間で
大爆発的な人気でねぇ。
『あの冷徹な鬼の副長が、
奥さんのために夜な夜なマヨレシピを……ッ!』
ってな具合で、
今や『鬼の副長ファンクラブ』の会員数は
三千人を超えましたぜ」
「三千人だと!?
てめぇ!
何勝手に
俺のプライベート売っ払ってんだコラぁぁぁ!!」
「金儲けじゃありやせん。
これは仕返しでさぁ。
蛇山との決戦で
『俺の女になれ』だの
『欠けたピースだ』だの、
格好つけすぎて
男の勝ち組オーラ撒き散らした罪は重い。
俺ぁね、
あんたのその甘っちょろい愛妻家っぷりを
白日の下に晒して、
社会的に死んでもらう算段だったんです。
……まさか、
こんなに売れるとは思いやせんでした」
その時、廊下のドタバタという足音とともに
山崎が飛び込んできた。
「副長! 大変です!
屯所の前に
『副長おすすめのマヨ離乳食レシピも
販売してください!』って
若い奥様方が押し寄せてて、門が壊れそうです!!」
「山崎ぃぃぃ!
門死守しろ!!
つーか離乳食に
マヨネーズ入れるわけねぇだろ!!」
「やれやれ……
朝からやかましいと思ったら、これかい。
おいおいマヨ王子、
ついにレシピ本で印税生活か?
俺にも一枚噛ませろよ。
『万事屋銀ちゃん特製・パフェで乗り切る産後ケア』
ってタイトルで
月額五十文でどうだ?」
いつの間にか
大広間の敷居に腰掛けていた
坂田銀時が、
あくびをしながら口を挟む。
「絶対にダマされる人出ないからやめて!?
っていうか総悟さん、
いくらなんでも
副長のノート盗み見るのはマズいですよ!」
「何言ってるネ新八!
マヨブタの愛妻家ノートのおかげで、
我が家の食卓に高級苺牛乳が届いてるネ!
総悟、
もっとファンクラブのグレード上げて
『副長の耳元ささやきボイスCD』もつけるネ!」
「てめぇら全員
まとめて
切腹させてやろうかぁぁぁ!!」
男としての幸せを
すべて手に入れた副長への、
隊士たちの妬みと
総悟の悪戯心が生んだ
「鬼の副長ファンクラブ」。
しかし、当の本人はそんな狂騒を余所に、
さらに別の過酷な試練と戦っていたのだった。
◇
季節は巡り、
乙羽のお腹は
どこから見ても、立派な妊婦のそれとなっていた。
妊娠8ヶ月。
つわりを脱した彼女の食欲はすこぶる旺盛であり、
「少しでも動いて元気な赤ちゃんを産みたい」
という一心で、
今日も元気に、屯所内を歩き回っている。
そう、
あの土方からの
「"俺がいないときは"外出禁止令」を
忠実に守りつつ——。
「あ、隊士さん! いつもお稽古お疲れ様です。
今日も素敵な汗をかいてらっしゃいますね」
「あ、は、はいっ! 乙羽様!
ありがとうございますっ!!」
隊士が引きつった笑顔で見上げる先。
廊下の陰からは、
鬼の相形で目を光らせる土方の姿があった。
(おい待て……!
乙羽、
そこは畳の縁の段差があるだろ!
つまづいたらどうする!!
あと
そこの隊士、
なんで
乙羽と三秒以上目を合わせてんだ
殺すぞ!!)
「あ、こちらの刀、
いつもピカピカに磨かれていて凄いですね。」
「は、ははっ! 恐縮ですっ!」
(副長! 俺を見てないでください!
刀磨いてるだけです! 命だけはご勘弁を!!)
必死な隊士たちの心の悲鳴が
廊下に充満する。
「へぇ、今日も大人気ですねぇ乙羽さん。
でも土方さん、
あんた顔が般若を超えて
もはや妖怪の域に達してやすよ。
そんなに心配なら
背負って歩けばいいじゃねぇですか」
「バカ言え!
8ヶ月の腹で
つまずいて転んでみろ、
取り返しのつかないことになるだろ!
江戸の街に出せねぇから
屯所の中にいさせてんのに、
この屯所が、
一番段差と
刀の危険で
満ち溢れてんだよ!!」
「うむ! トシの気持ちも分かるぞ!
この前も
乙羽ちゃんが
庭の飛び石を渡ろうとした瞬間、
トシが音速で滑り込んで
自分の背中をクッションにして
着地させていたからな。
あの機動力は
もはや隊長格以上だ」
「近藤さん、余計なこと言わなくていいです!!」
大きなお腹で
足元が見えづらい乙羽の一歩一歩に、
全集中で神経をすり減らす「鬼の過保護副長」。
屯所の敷居や
小さな段差のすべてが、
今の彼にとっては、巨大な罠に見えていた。
そんな夫の尋常ではない視線と
過剰な警戒心に気づき、
乙羽は、足を止めて振り返った。
「十四郎さん、
これからはしっかり体を動かさないと、
妊娠後期の
妊娠高血圧症候群になったら、
お腹の赤ちゃんも母体も大変なんですって。
ここは、いろいろ障害物があって、
アスレチックみたいですね」
ニッコリと微笑む乙羽の言葉に、土方は頭を抱えた。
「ア、アスレチックだと……!?
おい乙羽、
運動が大事なのはわかった……
わかったから、
頼むから
屯所を
障害物競走の会場みたいに言うのはやめろ。
俺の寿命が先に尽きる」
土方は深くため息をつくと、
額の汗を拭い、
乙羽の前にゆっくりと歩み寄った。
そして大きなお腹をそっと庇うように、
そのしっかりとした腰の後ろへ自然と手を回す。
「妊娠高血圧なんたらってのが危ねぇのも
百も承知だ。
だがな、
お前が、
その大きなお腹で躓いて
転びでもしたら、
俺は一生
自分を許せねぇんだよ。
……ほら、
歩くなら俺の腕しっかり掴んでろ。
足元に何か落ちてねぇか、
俺が全部確認しながら
進むから」
「へいへい、副長。
そうやって甘やかすから
乙羽さんが、ますますたくましくなるんでさぁ。
いっそのこと、
土方さんが四つん這いになって、
乙羽さん専用の
人間段差解消スロープにでも
なったらどうです?」
「総悟、てめぇは後で絶対に切腹させる。
……いいか乙羽、
屯所内を歩くときは
必ず俺か、
百歩譲って山崎を
伴走させろ。
一人で冒険に出るのだけは
絶対に禁止だ、
いいな?」
「山崎さん、ありがとうございます。」
乙羽は、山崎にニッコリした。
その時だった。
「大切な奥さまの伴走なら、
この万事屋銀ちゃんにお任せ」
静かな廊下に響き渡る、
あまりにも緊張感のないダラけ切った声。
音もなく忍び寄っていた坂田銀時の登場に、
周囲の空気が一瞬で凍りつく。
「へっ!? ぎ、銀さん!?
なんでこんなところに……
っていうか、
いつの間に屯所の敷地内に侵入して……!」
「おいおい山崎ぃ、
侵入だなんて
人聞きが悪いこと言うなよ。
俺ぁ正真正銘、
依頼を受けてやってきたプロの護衛……
いや、
プロの『妊婦さんお散歩アテンダント』だっつーの」
「……銀時ぃぃぃ!!
てめぇ、なんでここにいやがる!!」
青筋を浮かべて
刀の柄に手をかける土方の前に、
銀時は、
ひらひらと一枚の紙きれを突きつけた。
そこには、達筆な字で
『特選護衛依頼書』と書かれている。
「ちょっと銀さん!
勝手に総悟さんからの裏依頼を
受けないでくださいよ!
副長、すみません!
うちの神楽と銀さんが
『副長ファンクラブの売上金で
イチゴパフェと酢昆布が食べ放題になる』って
総悟さんに唆されて……!」
「だまれ新八! これは立派なビジネスネ!
乙羽ちゃん、
安心するネ!
この神楽ちゃんがついていれば、
屯所の段差なんて
全部平らに踏み潰してやるネ!」
「屯所を破壊すんじゃねぇよ駄兎!!
……おい総悟!
てめぇ
どこまで
俺の屯所と家庭を荒らせば気が済むんだ
コラぁぁぁ!!」
「何言ってるんですか土方さん。
あんたが
『山崎でも伴走させろ』なんて言うから、
より信頼と実績のある
万事屋を
臨時雇用してやったんでさぁ。
これで乙羽さんの安全は万全、
あんたも安心して仕事に戻れますぜ?」
「まあ……!
銀時さんに神楽ちゃん、
新八さんまで!
皆さんお揃いで
なんだか遠足みたいで楽しそうですね」
「乙羽! 騙されるな!
こいつらは
ただのハイエナだ!!」
そんな騒ぎの中、
乙羽はそっと神楽に耳打ちをした。
「神楽ちゃん……あのね、
お腹が大きくなって、
足の爪が切れないの。
神楽ちゃんにお願いしてもいいですか?」
「任せるネ乙羽ちゃん!
爪切りなんて
大工仕事に比べたら朝飯前ネ!
この神楽ちゃんの手にかかれば、
爪どころか
足の指ごとピカピカに削り上げて……」
「削るなァァァ!!
指まで削る気満々だろうがてめぇは!!」
乙羽のあまりにも無防備で
可愛らしい悩みの吐露に、
男たちの動きが、一瞬で完全に停止した。
「……おいおいおい、ちょっと待て。
今なんて言った?
足の爪?
妊婦さんが自分の足元見えなくて
爪切れない問題って、
それマジのやつじゃねぇか。
おいマヨ王子、
お前今まで何やってたんだよ。
奥さんの爪一本ケアできねぇで
何が鬼の副長だ、えぇ!?」
「なっ……! お、俺だって……
切ってやろうとしたさ!
だがなぁ!
乙羽の指が小さすぎて、
俺のこの手で切ろうとすると
誤って皮膚まで挟んじまいそうで
手が震えるんだよ!!
刀なら一寸の狂いもなく振れるってのに、
あの爪切りの刃先が
乙羽の指に触れる瞬間のプレッシャーはな、
決闘の比じゃねぇんだよ!!」
「どんだけ繊細な悩み抱えてんですか!副長!!
普段
あんなに人斬っといて
爪切りで手が震えるってどういうこと!?」
「わかるぞトシ……!
愛しい人の体に
傷一つつけられないという
その恐怖……
男なら誰しも一度は通る道だ!
よし、ならばこの近藤勲が、
ゴリラ並みの精密な手先で——」
「近藤さんは引っ込んでてください!!
あなたの手力だと
爪どころか
乙羽の足首持っていかれます!!」
「へぇ、じゃあ俺が切ってあげやしょうか?
大丈夫ですぜ、
爪と一緒に
足の小指を
ちょいと落とすだけでさぁ」
「てめぇに任せたら
怪我どころか
落とし前になんだろ!!
絶対触らせねぇ!!」
たったひとつの「足の爪切り」を巡り、
大広間は緊迫した攻防戦へと突入した。
爪切りを持ち、やる気満々の神楽。
乙羽の足の指に
爪切りの刃が添えられたその瞬間——
居並ぶ男たちの視線は、
まるで
真剣勝負を見守るかのように
一点へと凝縮していた。
土方は目を見開き、息を止めて直立不動。
銀時は目を皿のようにして乗り出し、
近藤は滝のような汗を流しながら爪先を凝視し、
沖田も珍しく真面目な顔で
ミリ単位の角度をチェックしている。
「あの……みなさん。
そんなに……
じっと見られると……」
男たちのあまりにも過剰な熱視線を受け、
乙羽の白い頬が
一瞬にして真っ赤に染まった。
キュッと小さな指先を丸め、
恥ずかしそうに着物の裾を引っ張る乙羽。
そのあまりの可憐さに、
男たちの脳内に激震が走る。
「……ッ!! て、てめぇら
全員あっち向いてろぉぉぉ!!
乙羽の足をジロジロ見てんじゃねぇよ!
変態どもが!!」
「誰が変態だコラぁ!
俺ぁ神楽が
乙羽ちゃんの指ごと切断しねぇか
監視してやってんだろうが!
っていうかマヨ王子、
お前が一番
真横で穴が開くほど見てただろうが!」
「うぐっ……!
乙羽ちゃんのあの恥ずかしがる顔……
照れて赤くなる足先……ッ!
トシ、お前は毎日
こんな可愛い奥さんと暮らしているのか!
羨ましすぎて
ゴリラになっちまうよ俺は!!」
「土方さん、
乙羽さんが照れて
足の指丸めちゃったせいで、
神楽の爪切りルーティンが狂いやしたぜ。
これもう
土方さんが目隠しして切るしか
ねぇんじゃないですか?」
「神楽ぁぁぁ! 刃の角度!!
刃の角度に気をつけろって言ってんだろ!!
ああっ、
そんな端からいったら
深爪するだろぉぉ!!」
「副長が一番うるさいから!
乙羽さんが恥ずかしがって
余計に緊張しちゃってるから、
一回みんな大広間から出ましょうよ!!」
たったひとつの「足の爪切り」に、
命がけの攻防と
照れくさい甘やかしが交錯する
真選組屯所。
過保護すぎる夫と、
頼もしくも騒がしい仲間たちに囲まれ、
乙羽の愛おしく賑やかな日々は、
これからも続いていくのだった。