かぶき町結婚相談所【土方十四郎編】 〜命を捨てた男の欠けたピース〜   作:Madocca

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『かぶき町結婚相談所・土方十四郎編』
第13話です。

いよいよ臨月の乙羽。

そこへ
土方に緊急指令が下る。

いつかこの日が来るとは

分かっていたもののー

最悪(!?)の出会いから始まる二人の関係や、真選組のドタバタな日常、そして互いの傷を優しく癒やしていく愛の軌跡を、挿絵(AIイラスト)と共にお届けします。

※今後は【ジャンプ発売日】に更新予定です!
少しでも楽しんでいただけましたら、いいね、ブクマ、評価やコメントをいただけますと大変励みになります❣️


#13 侍の妻【Fateful Bullet】

幾多の騒動を乗り越え、かぶき町に流れる時間は、

 

優しく、

そして確実に

 

一つの大きな節目へと近づいていた。

 

乙羽のお腹は、いまや

 

誰の目にも明らかなほどに大きく、

豊かな生命を宿して膨らんでいる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

臨月。

 

いつ産声を上げてもおかしくない、

 

神聖な静寂の日々であった。

 

あの壮絶なつわりの日々が嘘のように、

食欲は相変わらず旺盛だ。

 

夜中、

お腹の子が元気に動けば

 

乙羽も目を覚まし、

 

子が眠れば母も眠る。

 

それは母子一体となった、

愛おしい睡眠リズム。

 

熟睡こそできなくとも、

 

乙羽は

その不自由ささえも、

 

体内で育つ生命の息吹として

 

深く愛していた。

 

真選組屯所の静かな夜。

 

土方は、隣で眠る妻の寝顔を静かに見つめていた。

 

かつては「バラガキ」と恐れられ、

血の匂いしか知らなかったこの手に、

 

今は世界で一番柔らかい、

 

愛しい命の体温が委ねられている。

 

お腹のふくらみにそっと手を当てれば、

力強い鼓動が手のひらを叩く。

 

その瞬間、

土方の胸に去来するのは、

 

ただの安らぎではなかった。

 

何があっても、

何と引き換えにしても

 

守り抜くという決意。

 

自分のなかに驚くほど自然に、

そして強烈に芽生えた

 

「父性」という名の情熱に満たされ、

 

彼はこの静かな日々が永遠に続くと、

 

どこかで

信じていたのかもしれない。

 

 

【挿絵表示】

 

 

しかし、ここはあのかぶき町である。

 

静寂は常に、

嵐の前触れに過ぎなかった。

 

翌朝、

副長室のデスクに置かれた

 

一通の書状を開いた瞬間、

 

部屋の空気は凍りついた。

 

「副長……? 大丈夫ですか? 顔色が……」

 

山崎の案じる声が、どこか遠く聞こえる。

 

土方の視線は、

書状の文字に固く釘付けになっていた。

 

『緊急指令:

小久保利通財務大臣の警護主任に、

真選組副長・土方十四郎を任命する』

 

小久保財務大臣。

 

現在の江戸の経済を牛耳る超大物であり、

 

同時に

攘夷浪士たちから

 

最も命を狙われている人物の一人であった。

 

警護主任——

 

つまり、その男を守るためなら

 

自らの命を

盾にすることも辞さない覚悟が求められる、

 

過酷な任務である。

 

(……今、か? なんで、今なんだよ)

 

脳裏に、

昨夜見つめた

 

乙羽の愛おしい寝顔が浮かぶ。

 

「いつ産まれてもおかしくない」。

 

その言葉が、重く重く心臓にのしかかった。

 

もし、この任務で俺が死んだら。

 

……もし

俺がいなくなったら、

 

あの二人はどうなる。

 

「トシ……どうした。……その書状、見せてみろ」

 

静かに手から書状を取った近藤も、

内容を読み進めるにつれて

 

表情を厳しく引き締めていく。

 

「へぇ。大物ですねぇ、小久保大臣。

 

警護主任ってことは、

 

土方さんの命と引き換えにしても

守れってことでさぁ。

 

……土方さん。

 

まさか、ビビってるんじゃありやせんよね?

 

乙羽さんと赤ん坊のために、

命が惜しくなった、なーんて」

 

沖田の挑発的な、

 

しかし

どこか核心を突くような視線。

 

土方は大きく息を吐き出すと、

 

デスクから煙草を一本取り出し、

静かに火をつけた。

 

「……ふぅ。

 

誰がビビってるって?

 

総悟。

俺を誰だと思ってる。

 

……真選組副長、土方十四郎だぞ」

 

紫煙の向こう側、

土方の瞳から迷いは消え失せ、

 

冷徹なまでの「鬼」の眼光が宿っていた。

 

守るべきものができた。

 

だからこそ、

俺は誰よりも強く、

 

誰よりも死ぬわけにはいかない。

 

この手で、

 

二人の未来を掴み取らなきゃならないんだ。

 

「山崎、総悟。

 

小久保大臣のこれまでの動向、

攘夷浪士の動き、

 

すべての情報を洗い出せ。

 

……近藤さん。

 

俺がいない間、

屯所の警備、

 

そして乙羽のことは……頼みます」

 

「……ああ。トシ。安心して行ってこい。

 

俺の命に変えても、

乙羽ちゃんとそのお腹の子は守ってみせる!」

 

土方は一度だけ、

妻がいる部屋の方角へ視線を向けると、

 

そのまま迷いのない足取りで

 

副長室を後にした。

 

その背中は、かつてないほどに重く、

そして強固な覚悟に満ち溢れていた。

 

母親とは不思議なもので、

 

まだお腹の子が産まれいなくても、

母親は母親だった。

 

(……嫌な予感がする……十四郎さん?)

 

乙羽は、

今まで感じたことがない胸騒ぎを覚え、

 

居ても立っても居られなくなった。

 

大きなお腹を抱えながら、

いつになく小走りで部屋を出た。

 

「……十四郎さん!」

 

静かな屯所の廊下に、

乙羽の切迫した声が響き渡った。

 

普段なら決してしない小走りで、

 

大きなお腹を庇いながら、廊下を駆ける彼女。

 

胸の奥で渦巻く、

今までに経験したことのない

 

黒く冷たい不吉な予感。

 

お腹の子もその胸騒ぎを察知したのか、

 

強く、

何度も

 

母体を蹴り上げる。

 

「乙羽さん!?

ちょっと、そんな走ったら危ないって!」

 

飛び出してきた山崎が、

慌てて乙羽の肩を支える。

 

だが、その山崎の顔も、どこか暗く強張っていた。

 

「山崎さん……

 

十四郎さんは?

 

十四郎さんはどこですか……っ!?」

 

「副長なら……

 

さっき、

小久保大臣の要人警護の任に就くために、

 

隊員を率いて出動されました」

 

——要人警護。

 

その言葉を聞いた瞬間、

 

乙羽の背筋に

冷や汗が伝った。

 

命を狙われ続ける要人の盾となる任務。

 

それは、いつ死に直面してもおかしくない、

最も危険な戦場へと向かうことを意味していた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

◇

 

雨がしとしとと降りしきる江戸の街。

 

小久保財務大臣を乗せた駕籠を取り囲むように、

真選組の隊士たちが厳重な警戒態勢を敷いていた。

 

その先頭に立つ

土方十四郎の瞳は、

 

鋭く冷徹に研ぎ澄まされている。

 

(……来るなら来い。

 俺には、一秒だって無駄にする時間はないんだ)

 

脳裏に過るのは、

 

今朝、

廊下で見かけた乙羽の大きなお腹。

 

一刻も早く、

無事にこの任を終わらせて、

 

あいつの元へ帰る。

 

ただそれだけが、今の土方を動かす全てだった。

 

その時——。

 

「小久保の首、もらい受けたァァァ!!」

 

雨の煙る屋根の上から、

数名の刺客が一斉に飛び降りてきた。

 

幾重にも煌めく刃の群れ。

 

「野郎ども、構えろォ!! 大臣を死守しろォォ!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

土方の叫びとともに、

 

刀と刀が激しくぶつかり合う金属音が

雨音を切り裂く。

 

圧倒的な剣技で

 

刺客たちを次々と伏せさせていく土方。

 

天然理心流の重厚な一閃が、

迫り来る敵を薙ぎ払う。

 

しかし、戦乱の狂気の中、

 

刺客の狙いは刀だけではなかった。

 

「死ねぇ、小久保ぉぉぉ!!」

 

一人の刺客が、

 

袂から取り出した西洋製の短銃を

 

小久保大臣に向け、

引き金に指をかけた。

 

(しまっ——!)

 

雨で滑る足元。

大臣までの距離。

 

刀では届かない。

 

頭で考えるより先に、土方の体は動いていた。

 

——ドンッ!

 

 

【挿絵表示】

 

 

乾いた銃声が、雨の街に虚しく響き渡る。

 

「……ぐっ……っ!?」

 

土方の胸元が、鮮やかな朱色に染まる。

 

激痛が走り、

視界がぐらりと揺れた。

 

重体となる一撃を受けながらも、

 

土方は倒れることなく、

渾身の力を込めて刺客を斬り伏せた。

 

「副長ぉぉぉ!!!」

 

隊士たちの絶叫が、

暗雲の立ち込める空へと吸い込まれていった。

 

 

◇

 

「……嘘……」

 

山崎の口から発せられた

 

「副長が撃たれた」という

 

信じがたい報告。

 

乙羽の頭の中は真っ白になり、

気がついた時には、

 

雨の中をあてもなく走り出していた。

 

臨月の大きなお腹が重く、

足元がもつれる。

 

涙で視界が滲み、雨水と混ざり合って頬を濡らす。

 

(……十四郎さん!

 ……十四郎さん!行かないで……っ!!)

 

雨の手越神社。

 

誰もいない境内の石段に

倒れ込むようにひざまずき、

 

乙羽は激しく泣きじゃくった。

 

お腹を抱え、

ただひたすらに神へ祈るように、

 

声を上げて泣き続けた。

 

そんな彼女の頭上から、

静かに傘が差し伸べられる。

 

「……こんな雨の日に、

臨月の身で泣き崩れるとは。

 

穏やかではありませんな、奥方」

 

聞き覚えのある、

どこか浮世離れした静かな声。

 

乙羽が涙に濡れた目を上げると、

 

そこには、

 

濡れた髪を肩に垂らし、

傘を差し出す男——

 

桂小太郎が立っていた。

 

「……桂……さん……?」

 

「お腹の命が泣いていますよ。

 

……男が命を賭して

戦場へ向かったのなら、

 

妻がなすべきは

 

己を砕くことではないはずだ」

 

桂の瞳は、

いつになく真剣で、

 

そして

静かな重みをたたえていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

一方、その頃——。

 

真選組屯所では、

血相を変えた土方が、

 

胸に包帯を巻いた痛々しい姿で

 

副長室を飛び出していた。

 

「乙羽が……屯所からいなくなった……!?

てめぇら、なんで目を離してやがったんだ!!」

 

「土方さん! あんた弾がかすって重傷なんですよ!

動き回ったら命が……!」

 

「うるせぇ!!

 

乙羽に何かあったら、

俺が生きている意味がねぇんだよ!!」

 

傷口から血を滲ませながら、

雨の中へと叫び散らす土方。

 

万事屋の面々も、

新八や神楽、銀時が

 

真剣な表情で屯所に駆け込んでくる。

 

「おいマヨ王子! 落ち着け!

 

乙羽ちゃんがどこ行ったか、

俺たちが手分けして探す!

 

お前はその身体で無茶すんじゃねぇ!」

 

「……土方さん。

 

乙羽さんが向かう場所なんて、

ひとつしかねぇでしょうが」

 

激しい雨の中、

それぞれの想いが交錯し、

 

運命の歯車が、大きく動き出そうとしていた。

 

「桂さん……」

 

乙羽は、お腹の中の命の鼓動に気づいた。

 

母親が取り乱しているにも関わらず、

その命は、お腹の真ん中でどっしりしている。

 

(私……しっかりしなきゃ……)

 

乙羽は桂の目を見て、

ぼつりぽつりと話し出した。

 

「分かっていたんです……

 

いつか

この日が来ることを……

 

十四郎さんも言ってくれました。

 

いつ死ぬか分からない男に

ついてきてはいけない、と。」

 

乙羽は、大きなため息をついた。

 

「でも……

一緒になりたいと言ったのは、私なんです!」

 

堪えていたものが溢れ出し、

 

乙羽の瞳から大粒の涙が

ぽろぽろと零れ落ちた。

 

雨の冷たさも忘れ、

 

彼女は己の胸の奥底に秘めていた

強い想いを

 

一語一語

 

噛みしめるように吐き出していく。

 

「十四郎さんが真選組の副長として、

どれほど重いものを背負って戦っているか……

 

分かっていたつもりでした。

 

いつ命を落としてもおかしくない世界で

生きている人だって……。

 

それでも、

私はあの方の隣にいたかった。

 

あの方の優しさも、

不器用な温もりも、

 

全部愛してしまったから……」

 

乙羽は小さく震える手で、

 

大きなお腹を

そっと包み込むように抱きしめた。

 

お腹の中の子は、

母の動揺を静めるかのように、

 

力強く、

そして穏やかに

 

温かい鼓動を伝え返してくる。

 

「どんなに危険な目に遭っても、

私が強く在らなきゃ……。

 

あの方が命を懸けてこの町を守り、

私たちを守ろうとしてくれている……

 

侍の妻になると決めたんです。

 

あの方が

何度傷ついても、

 

帰ってくる場所になりたい……

 

ずっと、そう心に決めていました……

 

でも……

怖い……

 

十四郎さんを失うのが……」

 

その言葉に、

桂は静かに目を細め、

 

差し出していた傘を

そっと乙羽の頭上へ引き寄せた。

 

雨音が、傘の布地をトントンと優しく叩く。

 

「……見事な覚悟だ、乙羽殿」

 

桂の口元に、どこか温かく、

そして切ない微笑みが浮かんだ。

 

「侍の妻とは、

 

ただ帰りを待つだけの存在ではない。

 

男が背負う業も、

命を懸ける理由も、

 

その全てを共に背負って立つ者のこと。

 

……貴女の中に宿る

その強い光がある限り、

 

あの男が簡単にくたばるはずもあるまい」

 

その時——。

 

「乙羽ァァァァァッ!!どこだァァァァァッ!!」

 

境内を突き破るような、

怒号にも似た叫び声が響き渡った。

 

濡れた石畳を強く踏みしめ、

 

肩を大きく上下させながら走ってくる男。

 

胸元の白い包帯には

朱色の血が滲み、

 

雨と汗に濡れた緑がかった黒髪が

額にへばりついている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

死線をくぐり抜けてきたばかりの鬼の副長——

 

土方十四郎だった。

 

「十四郎……さん……!?」

 

「探したぞ……バカ野郎が……!

 

なんで屯所抜け出して

こんなところに……っ!

 

身体は大丈夫なのか!

赤ちゃんは!?」

 

息を荒らげ、

傷口の激痛に顔を歪めながらも、

 

土方は、まっすぐに乙羽のもとへと駆け寄った。

 

大きな手で乙羽の肩を掴み、

 

どこか怪我はないか、

冷えていないかと

 

無我夢中で確かめる。

 

その背後から、

 

追いついた真選組の隊士たちや

万事屋の面々が

 

次々と姿を現した。

 

「おいおいマヨ王子、

 

重傷の身で

疾走すんじゃねぇよ。

 

追いかけるこっちの身にもなれっての……

 

って、おいヅラ!

 

てめぇ

なんでこんなところにいやがる!」

 

「ヅラではない、桂だ。

 

……フッ、真選組副長。

 

妻の覚悟も知らずに

血相を変えて走るとは、

 

興ざめだな」

 

「桂……ッ! てめぇ、乙羽に何しやがった!!」

 

「マヨブタ黙るネ!

 

乙羽ちゃんはな、

お前が撃たれたって聞いて、

 

心配で死にそうになりながら、ここに来たネ!

 

お前が不甲斐ないから

乙羽ちゃんが泣いてるアル!」

 

「副長、まずは

乙羽さんを安心させてあげてください!

 

お二人とも、

こんな雨の中にいたら

 

身体が冷えちゃいます!」

 

怒鳴り散らそうとする土方だったが、

 

自分の前で

涙をポロポロと流しながら、

 

それでもしっかりと

自分を見つめ返してくる乙羽の瞳を見て、

 

ハッと息を飲んだ。

 

「……乙羽……。すまねぇ……

 

俺が

情けねぇばっかりに、

 

不安な思いさせちまって……」

 

土方は雨に濡れた大きな手で、

乙羽の冷たくなった頬を優しく包み込んだ。

 

その手はかすかに震えていたが、

 

そこには

揺るぎない愛と感謝が込められていた。

 

「俺は絶対に死なねぇ。

 

お前と、

この子を置いて

 

逝ったりしねぇよ……。

 

だから、俺の側にいてくれ」

 

乙羽は、

瞬きも出来ずに大きな瞳で、

 

声を震わせた。

 

「十四郎さん……傷……重傷なのに……」

 

自分が取り乱し、

ここまで来てしまったことで、

 

重傷の土方に、

 

余計な負担をかけてしまったことを

 

乙羽は胸が締め付けられるほど、

申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

「十四郎さん……ごめんなさい……

 

私、副長の妻として、

強くなれなかった……

 

分かってたはずなのに……」

 

雨の音に混ざり合いながら、

 

少女のように

声を上げて泣きじゃくる乙羽。

 

その小さく震える肩を、

土方は包帯越しに痛む腕で、

 

けれど

何よりも力強く抱き寄せた。

 

「謝るな……バカ野郎。謝るのは俺の方だ」

 

土方は、

乙羽の濡れた髪にそっと顔を埋め、

 

絞り出すような声で言った。

 

胸の傷から走る激痛など、

 

今の彼には

微塵も感じられなかった。

 

目の前で自分を想い、

身を削るように涙を流す妻の姿に、

 

胸が潰れそうなほどの愛おしさと

 

切なさが押し寄せていた。

 

「強くなる必要なんてねぇんだよ。

 

お前が俺を心配して

泣いてくれた……

 

それだけで、

 

俺が生き返るには

 

十分すぎるんだ。

 

副長の妻だからって、

 

お前が痛みを

一人で抱え込む理由にはならねぇ」

 

土方はゆっくりと体を離すと、

 

大きな手で

乙羽の涙で濡れた頬を何度も優しく拭った。

 

その眼差しには、

冷徹な鬼の面影など欠片もなく、

 

ただ一人の男として、

一人の夫としての

 

深い慈愛が溢れていた。

 

「俺はな、お前に

 

『侍の妻』として我慢させたいわけじゃねぇ。

 

お前と、

これから生まれてくるこの子と……

 

一緒に生きていきたいだけなんだ。

 

だから頼むから、

自分のせいにすんじゃねぇよ」

 

その光景を静かに見守っていた銀時が、

 

雨の中でふっと柔らかく目を細め、

やれやれと首を振った。

 

「……聞いたか乙羽ちゃん。

 

このマヨ王子、

柄にもねぇキザなセリフ吐いてるぜ。

 

だいたいな、

旦那が命懸けて撃たれて帰ってきたんだ、

 

妻が取り乱して泣くのは当たり前だっつーの。

 

強くなる必要なんて

これっぽっちもねぇんだよ」

 

「そうネ!

 

マヨブタが勝手に撃たれて

ヘマしたのが悪いのアル!

 

乙羽ちゃんは何も悪くないネ!

 

泣きたい時は私の胸で

いくらでも泣くアル!」

 

「神楽ちゃん、それじゃ乙羽さん潰れちゃうから!

 

……でも乙羽さん、

 

副長は

絶対に

 

乙羽さんと赤ちゃんを置いて

死んだりしませんよ。

 

今日だって、

傷口開いて血を流しながら

 

乙羽さんの名前叫んで

 

走ってきたんですから」

 

「まったくでさぁ。

 

せっかく

土方さんがくたばる

 

絶好のチャンスだったってのに、

 

乙羽さんのこととなったら、

 

死に損ないのくせに

バカ力出しやがって……。

 

乙羽さん、

あんたが泣いてる限り、

 

この人は意地でも死ねやせんよ」

 

隊士たちや

万事屋の言葉に、

 

土方は

気まずそうに顔を背けたが、

 

乙羽を抱きしめる腕の力だけは

 

絶対に緩めなかった。

 

「……フッ、良い仲間を持ったな、真選組副長。

 

乙羽殿、

 

己の弱さを知る者こそが、

 

本当の意味で

誰かを支える強さを持つものだ。

 

貴女のその涙は、

決して無駄ではない」

 

桂は、静かに

傘を土方と乙羽の頭上へ預けると、

 

雨の向こうへと背を向けた。

 

「ではな。……元気な赤子を産むのだぞ」

 

 

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「桂さん……」

 

乙羽が涙を拭いながら

深々と頭を下げると、

 

桂は振り返ることなく

手をひと振りして、

 

静かに雨の境内から姿を消していった。

 

雨がしとしとと二人を包み込む中、

 

土方は

乙羽のお腹にそっと手を添えた。

 

手のひらを通じて、

 

お腹の子がドクン、ドクンと

 

力強く

脈打つのが伝わってくる。

 

「……帰ろう、乙羽。俺たちの家に」

 

「……はい……十四郎さん……」

 

乙羽は、土方の胸に再びしっかりと顔を埋め、

溢れ出る温かい涙とともに、力強くうなずいた。

 

「いつ死ぬか分からない男」の傍らで生きる

 

凄絶な覚悟。

 

しかしそれ以上に、

 

命を懸けて

自分たちを愛し抜いてくれる夫とともに

 

歩む未来を、

 

乙羽は

もう二度と疑わないと心に誓うのだった。

 

 

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