かぶき町結婚相談所【土方十四郎編】 〜命を捨てた男の欠けたピース〜   作:Madocca

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『かぶき町結婚相談所・土方十四郎編』
第15話です。

土方十四郎「命を捨てた男」

彼に欠けたピースを投げたのは

誰か…?

最悪(!?)の出会いから始まる二人の関係や、真選組のドタバタな日常、そして互いの傷を優しく癒やしていく愛の軌跡を、挿絵(AIイラスト)と共にお届けします。

※今後は【ジャンプ発売日】に更新予定です!
少しでも楽しんでいただけましたら、いいね、ブクマ、評価やコメントをいただけますと大変励みになります❣️


#15 命を捨てた男の欠けたピース

かぶき町の街並みを貫く大通りを、

 

異様な大行列が

 

しずしずと進んでいた。

 

先頭を歩くのは、

 

漆黒の隊服に身を包み、

腕組みをしながら堂々と胸を張る

 

真選組局長・近藤勲。

 

そのすぐ後ろを、

身重の大きな体を慈しむように

 

ゆっくりと歩く乙羽が続いている。

 

そして何より

人々の目を惹きつけたのは、

 

二人の背後に長く伸びた

 

隊士たちの列であった。

 

山崎退を筆頭に、

重苦しい表情を浮かべた隊士たちが抱えているのは

 

―巨大な布団、特大の抱き枕、加湿器、空気清浄機、ベビー服の詰まった葛籠、

 

果ては

特製クッションに至るまで、

 

およそ入院手配の枠を超えた

大量の出産準備資材であった。

 

「……あ、あの、近藤さん。

 

さすがに荷物が多くないですか……。

 

隊士の皆さんにも、

こんなに運んでいただいて……」

 

「何を言っているんだい、乙羽ちゃん!

 

小久保大臣の暗殺を阻止して

瀕死の重傷を負ったトシの看病と、

 

これから君が挑む『出産』という

 

真選組の一大事なんだぞ!

 

これくらい当然の陣容だ!

 

むしろ

『副長夫人ご出産の儀』として、

 

隊士全員で

赤絨毯を敷き詰めたいくらいだったんだからね!」

 

「ちょっと局長!

 

それやったら

マジで副長に傷口開かれますから、

 

やめてくださいよ!

 

ていうか俺、

なんで空気清浄機ふたつも背負わされてんの!?

 

監察の仕事って

空気清浄機の搬送でしたっけ!?」

 

額に汗を浮かべて

悲鳴を上げる山崎を

 

「声が大きいぞジミー!」と一蹴しながら、

 

近藤は優しく歩調をゆるめ、

乙羽の歩幅にぴったりとあわせた。

 

臨月を迎えた乙羽のお腹は

はっきりと丸みを帯び、

 

一歩を踏み出すのにも相応の重みが伴う。

 

病院を脱走して

手越神社まで自分を追いかけてきた土方。

 

あの日、

「乙羽が病院に付き添い入院する」という

 

約束を交わして、

 

彼は大人しく

病院へ送還(再入院)されていった。

 

一刻も早く病院へ駆けつけ、

夫の顔を見て安心させたい――

 

はやる気持ちはあるものの、

足取りは、どうしても慎重にならざるを得ない。

 

ふと、乙羽はそっと近藤の横顔を見上げた。

 

ずっと胸の奥に温めていた疑問が、

唇を突いて出た。

 

「近藤さん……ずっと、お聞きしたかったんです。」

 

「ん? なんだい、乙羽ちゃん」

 

「なぜ……

あのお見合いを設定してくださったのですか?

 

最初に

私が蛇山さんのことで

 

万事屋さんに駆け込んだ時、

 

銀さんから

近藤さんを紹介されて……。

 

なぜあの時、

事件の捜査だけでなく、

 

私と十四郎さんのお見合いまで

 

話が進んだのでしょうか……?」

 

近藤は歩みを止めず、

青空を仰ぎ見ながら、

 

ふっと破顔した。

 

その瞳には、

 

あの日の出来事と、

愛おしい弟分への

 

深い慈愛が宿っていた。

 

「……万事屋の万事屋たる所以だな。

 

あの天パの野郎、

 

俺に

『厄介な闇金に追われてる綺麗なお嬢さんが行くから、警察の力で匿ってやれ』って連絡してきたんだ。

 

最初は

ただの事件として、蛇山を挙げるつもりだった。

 

……だがね、乙羽ちゃん。

 

屯所にやってきた

君の瞳を見た瞬間、

 

俺は息を呑んだんだよ」

 

静かだが、

ずっしりと重い近藤の声が、

 

往来の喧騒をすうっと消し去っていく。

 

「蛇山という恐ろしい男に狙われ、

絶望の淵にいるはずなのに……

 

君の瞳には

 

『誰かを傷つけたくない』という気高さと、

 

凛とした

強い覚悟があった。

 

それを見たとき、

俺の脳裏に浮かんだのが……

 

トシの顔だったんだ」

 

「十四郎さんの……?」

 

「あいつはね、

 

己の命をどこで捨てるか、

 

そればかり考えて

生きてきた男だ。

 

真選組の副長として

俺の盾となり、

 

己の幸せなんてハナから諦めて、

 

ただ武士として

死ぬ場所を探していた。

 

あいつの心には、

最初からぽっかりと大きな

 

『欠けたピース』があったんだよ。

 

いくら俺たちが傍にいても、

 

将棋の駒のように

己を擦り減らすことしかできない男だった。

 

……だけど、

 

この乙羽ちゃんという女性なら、

 

トシの荒んだ魂を

 

丸ごと包み込んで

救ってくれるんじゃないか、

 

そう直感したんだ」

 

近藤は、

乙羽に温かい笑顔を向けた。

 

「だから俺は、

あいつが怒ると分かっていても、

 

『誰かと生きていく道』を

 

作ってやりたかった。

 

そして今、

君とお見合いで出会ってからの

 

あいつを見てごらんよ。

 

今回の

小久保大臣暗殺阻止の死闘でも、

 

傷だらけになりながら

 

『生きて戻らなきゃならん場所』を

 

見つけた顔をしてる。

 

命を捨てるための剣じゃなく、

 

誰かを護り、

生き抜くための剣を

 

握り直したんだ。

 

乙羽ちゃん、

君こそが……

 

トシの人生にずっと足りなかった、

 

たったひとつの大事なピースだったんだよ。」

 

近藤は、ふと目を伏せて

乙羽の背中をそっと押すように頷いた。

 

「だから俺は、

何があっても

 

君をトシの傍に置くと決めたんだ。

 

あいつに

『生きる意味』を教えてくれたのは、

 

乙羽ちゃん、君なんだからね」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

病院の最上階。

 

集中治療室と

特設の産科病室が地続きになった、

 

真選組の威信をかけて手配された

 

巨大な特別個室。

 

ドアが静かに開いた瞬間、

室内の空気が跳ねた。

 

ベッドに横たわっていた土方十四郎は、

 

酸素マスクを力任せに外し、

上半身を起こそうとして

 

痛みに顔を歪めた。

 

その胸元には、

痛々しいほど真っ白な包帯が

 

幾重にも巻きつけられているが、

 

激しい動きのせいで早くも滲み出た鮮血が

斑点となって赤く染まり始めている。

 

上着の患者着ははだけ、

 

点滴の針を力任せに引き抜こうとした手首には

痛々しい紫色の内出血が残っていた。

 

「……っ、乙羽……っ!?」

 

掠れた声で

妻の名を呼ぶ土方の瞳に、

 

狂おしいほどの焦燥と、

溢れんばかりの安堵が

 

同時に渦巻く。

 

病院を脱走してまで

妻のもとへ駆けつけようとした男が、

 

目の前に現れた「愛しい存在」を

視界に収めた瞬間、

 

その険しい眉根が微かに震えた。

 

(……無事だ……。

 俺のせいで、また危険に晒すところだった……

 無事でいてくれた……っ)

 

集中治療のための心電図モニターが

ピピピと高い電子音を鳴らし、

 

心拍数の急上昇を告げている。

 

血管に繋がれた点滴チューブや

心電図のコードを無視して、

 

土方は左手を伸ばした。

 

 

【挿絵表示】

 

 

血の気の失せた唇を噛み締めながら、

 

ただ一心に、

妻の手を求めようと手を伸ばす。

 

「おいトシ!

暴れるなと言ったろうが!

 

傷口が開くぞ!」

 

「うるせぇ……っ! 離せ近藤さん!

 

乙羽……

おい、無事だったか……

 

怪我はねぇか……っ!?」

 

自分自身が死にかかっていることなど微塵も気にとめず、開口一番に妻の身を案じる土方。

 

その横には、

山崎や隊士たちが必死に運び込んだ、

 

抱き枕や加湿器、

ふんわりとしたピンク色の特製クッションが

 

手際よくセットされ、

 

無骨で血生臭い集中治療室の片隅に、

なんともシュールで温かな

 

「出産準備エリア」が完成しつつあった。

 

真っ赤に染まる包帯を胸に巻き、

痛みに耐えながら、

 

狂おしいほどの愛おしさを込めて

 

手を伸ばす土方十四郎。

 

(十四郎さん……)

 

手越神社から

共に屯所へ帰宅したときの

 

十四郎とは打って変わり、

 

銃弾の深い傷に苦しむ姿を見て、

 

乙羽は胸を締め付けられた。

 

(こんなに重傷だったのに……

私が飛び出したから、

手越神社まで来てくれたのね……)

 

乙羽は、申し訳ない思いでいっぱいだったが、

 

いつもなら

泣き虫の自分を抱きしめてくれる手が、

 

苦しみのなかで自分を求めている。

 

(泣いちゃだめ……!)

 

乙羽は、土方の手を握りしめて微笑んだ。

 

「十四郎さん、お待たせしました。」

 

その細く柔らかい手が

自分の左手をぎゅっと包み込んだ瞬間、

 

土方の全身から

 

ふっと

余計な毒気が抜け落ちた。

 

点滴のチューブを引きちぎらんばかりに

荒ぶっていた指先が、

 

乙羽のぬくもりを慈しむように

 

微かに震える。

 

手のひらから伝わってくるのは、

 

間違いなく愛しい妻の体温と、

 

そのお腹の中でドクドクと力強く脈打つ、

我が子の生命の鼓動だった。

 

「……遅ぇよ、バカ野郎が……」

 

強がりの言葉とは裏腹に、

土方の声はひどく掠れていた。

 

呼吸を荒らげながら、

握り返す手にじわじわと力を込める。

 

白地に赤い血の斑点が広がる胸元を

激しく上下させながら、

 

土方はどこか泣き出しそうな、

 

それでいて

この上なく愛おしそうな目をして

 

乙羽を見つめ返した。

 

「待たせやがって……。

 

てめぇが目の届かねぇ場所にいるだけで……

 

俺の命が

幾つあっても足りねぇんだよ……っ」

 

心電図モニターの電子音が、

依然として高いピッチで部屋に響き渡っている。

 

だが、先ほどまでの

「危機的状況の荒れ狂う心拍」から、

 

どこか

「愛する者への抑えきれない興奮と安心」の音へと

 

変わりつつあった。

 

「おいトシ!

 

乙羽ちゃんの手を折る勢いで

握るんじゃない!

 

ほら、大人しく横になりなさい!

 

乙羽ちゃんも重い体で

ここまで歩いてきて

 

疲れてるんだからな!」

 

近藤が

慌てて土方の肩をやさしく押し戻し、

 

ベッドに寝かしつける。  

 

山崎は

「ふぅ……間一髪で副長の暴走が止まった……」と

 

胸を撫でおろしつつ、

 

手際よく

乙羽の腰掛け椅子と特大クッションを

 

土方のベッドのすぐ隣に配置した。

 

「乙羽さん、どうぞこちらへ!

 

副長のすぐ横で

手が届く位置です!

 

抱き枕も加湿器も

完璧にセッティングしましたからね!」

 

「山崎……でかした。

後でマヨネーズ一年分授与してやる……」

 

「いりませんよそれ!?

むしろ減給レベルのご褒美やめてください!!」

 

山崎の叫びを意に介さず、

土方はベッドに背を預けたまま、

 

握った乙羽の手を

 

絶対に放そうとはしなかった。

 

自分の胸元に引き寄せるようにして、

 

その手に

何度も己の額や頬を押しつける。

 

「……怪我はねぇな?

 

お腹……

痛むところはねぇか?

 

寒くねぇか……?」

 

まるで

ガラス細工でも扱うかのような手つきと、

 

痛痛しい包帯姿。

 

自分が

集中治療室にぶち込まれている身であることなど

 

完全に忘れ去り、

 

ひたすら

乙羽の体調だけを気遣うその姿は、

 

痛々しくも

どこまでも

 

不器用な愛に満ちあふれていた。

 

そこへ、ガチャリと音を立てて病室のドアが開く。

 

入ってきたのは

白衣を着た天人(宇宙人)の主治医と、

 

その後ろで

 

鼻をほじくりながら

着流しの懐に手を突っ込んでいる

 

坂田銀時であった。

 

「はいはい、

 

騒がしいと思ったら

 

鬼の副長様が

嫁ハン相手に

 

デレデレのゴリラ化ですかー。

 

心電図の波形が

さっきから

 

『乙羽ラブ』の形に跳ね上がってんだけど、

 

医者として

どう触診すればいいわけ?」

 

「銀時ぃぃぃ! 誰がゴリラだ誰が!!」

 

「近藤さん、

アンタは自覚あるから叫ばなくていいの!

 

つーか、何なのこの部屋!?

 

左半身は

集中治療室のゴツい医療機器で、

 

右半身は

ピンクのクッションとベビー用品で

 

メルヘン街道まっしぐらじゃねぇか!

 

脳みそバグるわ!」

 

銀時は呆れ顔で吐き捨てると、

パイプ椅子を足で引き寄せて

 

ドカッと腰掛けた。

 

その手には、なぜか

「特製苺パフェ」の容器が握られている。

 

「ったく……土方君よ。

 

お前が脱走しようとして

点滴引き抜いたせいで、

 

病院中の看護師が悲鳴あげて

大騒ぎだったんだぞ。

 

おかげで

俺が売店で買おうとしてたイチゴ大福が

 

売り切れただろーが。

 

どう落とし前つけるつもりだコラ」

 

「知るか髪結いの床屋!!

 

誰が頼んで

面会に来てもらってんだ探偵気取りが!!」

 

「はー? 面会じゃねぇよ。

 

お前がいつ死んでもいいように、

遺言の代筆をしに来てやったんだよ。

 

『マヨネーズは墓に入れてくれ』ってな」

 

ぎゃあぎゃあと怒鳴り合う二人だが、

 

銀時の目はしっかりと

 

土方のバイタルモニターと、

乙羽の落ち着いた表情を確認していた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

銀時なりに、

二人が無事に再会できたことを

 

確かめに来たのだ。

 

「……ま、とりあえず

 

生きてて良かったんじゃねぇの。

 

お前がくたばったら、

その腹の中のガキが生まれたときに

 

『お父さんはマヨネーズの妖怪でした』って

 

教え込むところだったわ」

 

「殺すぞ天パ……っ!」

 

土方が殺気立つと、

胸の傷が痛むのか

 

「ッ……ゲホッ、ゴホッ……!」と

 

激しく咳き込んだ。

 

心電図が跳ね、包帯の赤い滲みがわずかに広がる。

 

土方は苦しそうに

顔を歪めながらも、

 

握りしめた乙羽の手だけは

 

絶対に離さない。

 

「……十四郎さん……っ!」

 

乙羽の温かく優しい手が、

苦しみに喘ぐ土方の背中にそっと添えられた。

 

ポン、ポンと、

 

まるで幼子をあやすような

静かで愛おしいリズムが、

 

傷口の痛みに疼く土方の身体へ染みわたっていく。

 

「十四郎さん。

いつかこうしてくれましたよね。

 

私が

たくさん泣いた夜……」

 

その言葉と、

柔らかく包み込むような温もりに、

 

土方は息を呑んだ。

 

かつて、幾度となく

不安と恐怖に押し潰されそうになり、

 

己の腕の中で

 

涙を流していた乙羽。

 

その背中を、

不器用ながらも必死にさすり、

 

「大丈夫だ」と

 

声を掛け続けた

あの夜の記憶が、

 

走馬灯のように

 

脳裏を駆け巡る。

 

(……ああ、そうか……。

 俺は……この手を護るために……)

 

乙羽の眼差しには、

 

もう

迷いも恐怖もなかった。

 

愛する夫が

命を懸けて自分を護ってくれたように、

 

今度は自分が

 

この男の苦しみを受け止め、護るのだという、

 

武士の妻としての

 

揺るぎない覚悟と

深い慈愛に

 

満ち溢れている。

 

強く握り返された手のひらから伝わる

 

確かな体温と

強さに、

 

土方の胸の奥が熱く震えた。

 

「……ッ、ふ……ふざけんな……っ」

 

土方は

激しい咳き込みをどうにか抑え込むと、

 

掠れた声で呟いた。

 

荒い息を吐き出しながら、

 

握られた乙羽の手の甲に

己の額を深く擦り付ける。

 

「男が……嫁ハンに護られてどうすんだよ……。

 

俺が……

俺が一生、

 

てめぇとこのガキを……

 

護るって……

 

決めたんだ……っ」

 

言葉とは裏腹に、

 

土方の身体からは

刺々しい緊張感がすうっと抜けていった。

 

モニターの電子音が、

少しずつ穏やかなリズムを取り戻していく。

 

血の気の失せた頬に

微かな赤みが差し、

 

激しく上下していた胸元が、

乙羽の優しい手つきに導かれるように

 

静かな上下運動へと変わっていく。

 

「ヘッ……なんだよ、鬼の副長様も形無しだな」

 

パイプ椅子に深く腰掛け、

イチゴパフェのスプーンを口に運んでいた銀時が、

 

ふっと目を細めて

小さく笑った。

 

「誰が一番効く特効薬か、

 

一目瞭然じゃねぇか。

 

最高級の点滴よりも、

心電図の機械よりも……

 

その嫁ハンの手ひとつありゃ

 

十分だったってワケだ」

 

「銀ちゃん、

カッコいいこと言ってるつもりが

 

口元に

生クリームついてるアル。

 

汚いネ」

 

「黙れ神楽!

 

今

いい雰囲気だったろーが!

 

雰囲気を味わえよ!」

 

いつの間にか

病室のドアの隙間から覗いていた神楽と新八が、

 

ズルリと室内に滑り込んでくる。

 

「でも、本当によかったです……

 

土方さん。

乙羽さんが来てくれて、

 

すごく安心した顔してますよ」

 

「フン、当たり前ネ!

 

パフェ食ってる天パより、

 

乙羽手製の

愛のマヨネーズおにぎりの方が

 

百倍効くに決まってるアル!」

 

「食えるかバカ野郎! 今は重傷なんだよ俺は!」

 

怒鳴りつつも、

 

土方は

握りしめた乙羽の手を

 

絶対に離そうとはしなかった。

 

ベッドの脇に整えられたクッションに

乙羽が腰を下ろすと、

 

土方は

そのまま引き寄せるようにして、

 

妻の手を己の胸元――

 

痛む傷口のすぐ近く、

 

しかし

一番温かい場所に抱きかかえた。

 

「……乙羽」

 

荒々しい呼吸が完全に落ち着き、

 

土方は

伏せられた長い睫毛を少しだけ揺らして、

 

愛しい妻を見上げた。

 

「……傍に、いてくれ。

 

俺が……完全に治るまで……

 

いや、

お前が無事に出産を終えるまで……

 

一秒たりとも、

 

俺の視界から消えるな」

 

不器用で、

我儘で、

 

けれど

世界で一番深い愛の乞い方。

 

集中治療室の無機質な機械音の中に、

 

真選組の仲間たちの賑やかな声と、

二人だけの温かな時間が

 

静かに溶け込んでいく。

 

(十四郎さん……泣いていいのよ。辛いよね……)

 

乙羽は、小さく深呼吸をした。

 

「十四郎さん、

私はちゃんとそばにいますから、

 

いい子にしててくださいね。

 

でないと、

この子を産んだら、

 

この子と一緒に

 

先に屯所へ帰りますよ?」

 

そう言って、

土方にイタズラっぽく笑ってみせた。

 

乙羽のイタズラっぽい笑みと、

愛ゆえの「脅し」の言葉に、

 

土方は

一瞬ポカンと

 

目を見開いた。

 

「っ……おい!

 

『いい子にしてろ』って

 

俺はガキか!

 

ていうか

勝手に先に帰るんじゃねぇ!

 

産後すぐの重い体で

屯所に帰れるわけねぇだろーが!」

 

思わず

素でツッコミを入れた土方だったが、

 

乙羽の瞳に宿る

 

温かな愛しさと

誇り高い覚悟に触れ、

 

すぐに「降参だ」と言わんばかりに

 

フッと目元を緩めた。

 

痛む胸の傷をかばうように

小さく息を吐き出すと、

 

握りしめた

乙羽の手のひらに、

 

己の愛おしい鼻先を

 

甘えるように擦り寄せる。

 

「……たく、言うようになったじゃねぇか……。

 

前なら

俺が『いい子にしてろ』って言ったら

 

『はい、十四郎さん』って

 

縮こまってた癖によ……」

 

口元には苦笑いを浮かべつつも、

 

土方の瞳には

どこか誇らしげな光が宿っていた。

 

自分をただ恐れて

頼るだけの存在ではなく、

 

自分の弱さも苦しみも

丸ごと包み込み、

 

時には

お茶目にお返しをしてくれる

 

「対等で最強の妻」に

 

なってくれたこと。

 

それが何よりも嬉しく、誇らしかった。

 

「へっ、完全に尻に敷かれてやんの。

 

あの鬼の副長様が

『いい子にしてろ』で一発撃沈とか、

 

真選組の歴史に刻むべき名シーンだな」

 

「銀ちゃん、今のうちに録音して屯所に流したら

マヨネーズ何キロで買い取ってくれるネ?」

 

「バカ言え、

そんなもんカツアゲの材料にして

 

名誉副長の座を

脅かしてやるんだよ」

 

「てめぇら

一回本気で死んでこい!!

 

俺の病室を

作戦会議室にするんじゃねぇ!!」

 

土方の怒声が響き渡り、

(※ただし傷口をかばって声量はいつもの半分)

 

病室内は

どっと温かな笑いに包まれた。

 

それから数時間が経過し、

 

賑やかだった

近藤や万事屋の面々も

 

「体を休ませろ」と

主治医に追い出されるようにして

 

病室を後にした。

 

夜の帳が下り、

静まり返った病室。

 

規則的な心電図の電子音だけが

静かに響く空間で、

 

乙羽は

土方のベッドのすぐ隣に用意された

 

特製クッションに腰掛け、

 

彼の左手を

自分の両手で大切に包み込みながら、

 

すやすやと小さな寝息を立て始めた。

 

臨月を迎えた体で、

ここまで張り詰めた緊張の中を

 

歩いてきたのだ。

 

疲れが出て

当然だった。

 

ふと、土方は静かに目を覚ました。

 

麻酔と鎮痛剤が切れかかり、

 

胸を抉られるような激痛が

身体を襲う。

 

額には脂汗が滲み、

荒い息が漏れそうになるが、

 

土方は歯を食いしばって声をとどめた。

 

(……ッぐ……っ)

 

呼吸一つするだけで、

全身の皮膚が引き裂かれるような痛み。

 

だが、

土方は苦痛に顔を歪めながらも、

 

自分の手のひらに頬を寄せて

心地よさそうに眠る乙羽の寝顔を、

 

じっと見つめた。

 

痛む左腕を慎重に動かし、

 

指先で

乙羽の柔らかい髪を

 

そっと撫でる。

 

自分のせいで、

どれほど不安な思いをさせたか。

 

手越神社で

自分を思い泣き崩れるあの姿が、

 

今も

鮮明に

 

脳裏に焼き付いている。

 

(……バカ野郎が……。泣いていいのよ、だ……?

  泣きたいのは……お前の方だろ……)

 

土方は伏せた瞳から、

 

溢れそうになる

熱いものを

 

必死でこらえた。

 

この手でどれだけの命を奪い、

どれだけの血を流してきたか。

 

そんな己の

 

「泥塗れの過去」も

「死にたがりの生き様」も、

 

すべて

この温かな手が救い上げてくれた。

 

(俺に……

 こんな温かい場所をくれたのは、

 

 てめぇだ、乙羽。

 

 俺の……欠けてた人生を……

 

 全部

 埋めてくれたのは……)

 

土方は傷の痛みに耐えながら、

乙羽を起こさないよう静かに、

 

けれど力強く、

 

彼女の小さな手を

胸元に引き寄せた。

 

「……絶対に……護る……」

 

かすかな呟きとともに、

土方はそっと目を閉じ、

 

妻の温もりを感じながら

 

再び

深い眠りへと落ちていった。

 

翌朝。  

 

窓から

柔らかな朝日が差し込む病室で、

 

乙羽がふと目を覚ますと、

土方が静かにこちらを見つめていた。

 

集中治療の酸素マスクは外され、

顔色も昨日よりずっと落ち着いている。

 

「……おはよう、乙羽」

 

少し掠れた、

 

けれど

どこまでも優しい声。  

 

土方はそっと手を伸ばし、乙羽の頬に触れた。

 

「……よく眠れたか?

腹のガキは……暴れてねぇか?」

 

(十四郎さん……大丈夫?……大丈夫なの?)

 

大きく見開いた瞳。

瞬きすることも忘れて、

 

乙羽は土方を見つめた。

 

乙羽の目から、大粒の涙が溢れた。

 

ぽろぽろと零れ落ちる大粒の涙が、

 

乙羽の頬を伝い、

 

土方の差し出した手に

ポタリと落ちた。

 

溢れ出したら止まらないその涙は、

昨日から……

 

いや、

土方が撃たれたと聞いてからずっと、

 

彼女が

その小さな胸に必死で押し込めていた

 

「不安」と「恐怖」のすべてだった。

 

「……おい、乙羽……」

 

土方は息を呑み、

慌てて体を少し起こした。

 

胸の傷に激しい激痛が走り、

眉根を寄せたものの、

 

そんな痛みを気にする余裕など微塵もない。  

 

指先で、

愛しい妻の頬を濡らす涙を、

 

丁寧に、

幾度も濡れた皮膚を撫でるようにして

 

拭い去る。

 

「大丈夫だ……。

 

見ての通り、俺は生きてる。

 

息も吸えるし、

てめぇの顔も……

 

こうして見えてる」

 

土方の声は、

 

どこまでも低く、

 

そして

途方もなく優しかった。

 

かつて、

傷ついた自分を抱きしめて

 

「大丈夫だ」と言ってくれた

 

あの夜と同じように。

 

いや、

あの日以上のすべての愛を込めて、

 

土方は

乙羽の頭をそっと引き寄せ、

 

自分の胸元

――ドクドクと力強く打つ心臓の音の真上へと、

 

そっと包み込んだ。

 

「聞け……この音を。

 

お前と、

このガキを護るために、

 

俺の心臓は

ちゃんと動いてる」

 

トクン、トクン、と規則正しく刻まれる

 

生きている証。  

 

幾重にも巻きつけられた包帯越しに伝わる

その温かな鼓動と体温が、

 

「十四郎さんは無事だ」という

 

何よりの真実を

 

乙羽に伝えていた。

 

「もう……どこにも行かねぇよ。

 

お前が泣き止むまで、

ずっとここにいる。

 

だから……

 

もう我慢して泣くのをこらえるな」

 

土方は愛おしそうに目を細め、

乙羽の背中に回した腕にほんの少し力を込めた。

 

自分の命の欠けたピースが、

 

いま完全に、

 

この温もりのなかで

満たされていくのを感じながら。

 

夫婦の絆が静かに深まる病室のすぐ外――

 

半開きになったドアの隙間から、

二つの怪しい影が覗いていた。

 

「……近藤さん、見てくださいよあれ。

 

副長、

完全に

 

『包容力あふれる理想の旦那様』モードに

 

入ってますよ。

 

俺たちが見知った

あのマヨネーズ妖怪と同一人物とは

 

思えませんね」

 

「静かにしろジミー!

今いいところなんだから!

 

…うっ、ううっ……トシぃぃぃ!

よかったなトシぃぃぃ!!

 

ちゃんと生きてて、

乙羽ちゃんを抱きしめられて

 

本当に良かった……っ!」

 

「声が大きいですよ局長!

 

鼻水出ながら

叫ぶのやめてください!

 

雰囲気が台無しでしょうが!」

 

山崎の必死のツッコミと、

近藤の男泣きが廊下に響き渡る。  

 

その声に気づいた土方の眉間が

一瞬で跳ね上がり、

 

病室内には

いつもの「鬼の副長」の気配が戻ってきた。

 

「……おい、外の音の鳴るゴミども。

 

三秒以内に消えねぇと、

 

この

点滴のスタンドで

 

頭割るぞ」

 

「ヒィッ!? 復活早ぇぇぇ!!

 

乙羽さん、

副長が完全に通常運転に戻りました!

 

俺たちは退散します!!」

 

廊下を慌ただしく逃げていく

隊士たちの足音が遠ざかり、

 

病室には再び、

二人だけの静かで穏やかな時間が戻ってきた。

 

土方はフッと呆れたような笑みを漏らすと、

胸元で泣く乙羽の髪に優しく口づけた。

 

「……さぁて。

騒がしい奴らも消えたことだし……

 

乙羽、

改めておはよう」

 

乙羽の震えた声が、喜びを伝えてくる。

 

「おはようございます……十四郎さん。」

 

やっぱり強くなれなかった。

 

土方に守られる安心感は、

 

すでに

乙羽の体の一部だった。

 

突然

もぎ取られた体の一部が、

 

やっと帰ってきた気がした。

 

「……バカ野郎」

 

乙羽の溢れんばかりの感情と、

その震える声で告げられた

 

「おはよう」を全身で受け止め、

 

土方は目元を熱くさせながらも

 

愛おしそうに呟いた。

 

涙で濡れた乙羽の頭を、

胸元でさらに強く抱きしめる。  

 

『強くなれなかった』

 

――そう想い、

 

土方に身を委ねる乙羽の体温が、

彼女の心音のすべてが、

 

土方の欠けていた魂を

 

完璧に埋め尽くしていく。

 

「強くなんてなる必要がどこにある。

 

俺が

てめぇの前でしか

 

『男』になれねぇように……

 

お前は俺の前でだけ、

 

いくらでも弱くて、

泣き虫でいいんだよ」

 

土方は

自分の胸元に顔を埋める乙羽の背中を、

 

包帯の巻かれた腕で優しく、ゆっくりとさすった。

 

「もぎ取られた体の一部……か。

へっ、それぁ俺のセリフだ。

 

てめぇが離れてた間、

俺の胸のここらへんが……

 

ごっそり抜け落ちて

 

空洞になっちまってたんだからよ」

 

土方は苦笑しながら、

乙羽の小さな手を取ると、

 

自分の胸の傷口のすぐ近く

 

――トクン、トクンと力強く脈打つ心臓の上に、

 

もう一度

しっかり重ねさせた。

 

「見ろ。お前が触れてなきゃ、

 

この命すら

元に戻らねぇ。

 

俺を鬼じゃなく

『ただの男』にしてくれるのは……

 

世界中でてめぇだけなんだよ、乙羽」

 

重傷の激痛も、

死線の恐怖も、

 

この温もりの中に溶けて消えていく。

 

夫婦として、

 

そして

これから親となるふたりとして、

 

二人の絆は

 

揺るぎないものとなっていた。

 

その時だった。

 

ドサリ、と

ベッドの脇の「出産準備エリア」に置いてあった

葛籠が微かに揺れ、

 

乙羽のお腹が――ポンッ、と

 

内側から力強く跳ね上がった。

 

「……ッ!?」

 

土方は目を見開き、

重ねていた乙羽の手の下から伝わってきた

 

「明確な蹴り」の感覚に息を飲んだ。

 

「お……おい……

いま、動いたか……?

 

腹のガキ……」

 

命の芽吹きが、

 

父となった土方の手のひらを、

 

そして

抱き合う母のお腹を押し返す。

 

まるで

「僕も(私も)ここにいるよ」と

主張するかのように、

 

力強く、誇らしく。

 

「っ……ハハ……なんだよ……

 

親父が

カッコつけてる最中に、

 

自己主張が激しいガキだな……」

 

土方は胸の痛みをすっかり忘れ、

 

見たこともないほど柔らかく、

溢れんばかりの愛おしさに満ちた笑顔を浮かべた。

 

その眼差しには、

 

もう「死に場所を探す男」の影などどこにもない。

 

我が子の誕生を

愛する妻とともに迎える

 

「父親」の顔だった。

 

土方はそっと顔を寄せ、

 

乙羽の額に

優しく己の額を重ね合わせた。

 

「よく耐えてくれたな、乙羽。

 

……よし、

いつ生まれてきてもいいぞ。

 

俺たちの子だ」

 

 

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