かぶき町結婚相談所【土方十四郎編】 〜命を捨てた男の欠けたピース〜 作:Madocca
『かぶき町結婚相談所・土方十四郎編』第1話です。
真選組副長・土方十四郎と、過去に傷を抱えたオリジナルヒロイン・乙羽の物語がここから始まります。
「隊の今後に関わる大事な話がある」と近藤さんに呼び出された土方。
しかし、指定の場所に現れたのは不安げな表情を浮かべる女性・乙羽だった——。
土方はどうする!?
最悪(!?)の出会いから始まる二人の関係や、真選組のドタバタな日常、そして互いの傷を優しく癒やしていく愛の軌跡を、挿絵(AIイラスト)と共にお届けします。
※今後は【ジャンプ発売日】に更新予定です!
少しでも楽しんでいただけましたら、いいね、ブクマ、評価やコメントをいただけますと大変励みになります❣️
夕刻の影が伸び始めるかぶき町。
天人の奇抜な宇宙船が頭上を交差し、路地裏からはネオンの明かりと焼き鳥の香ばしい煙が立ち上る。
その一角に佇む「大江戸レストラン」の店内は、仕事帰りの町人や異形の天人たちでごった返し、食器のぶつかる甲高い音と雑多な喧騒に満ち満ちていた。
店の最奥、薄暗いボックス席に、場違いな威圧感を放つ一人の男が座っている。
真選組副長、土方十四郎。
漆黒の隊服に身を包み、腕を組んだまま、トントンと不機嫌そうに足で床を叩いていた。卓上の灰皿には、すでに短くなった吸い殻が何本も放り込まれている。
「……あのバカゴリラ。
人の都合も聞きやがらねぇで呼び出しておいて、刻限を十分も過ぎてやがる」
土方は煙草を指に挟み、深く吸い込んでは紫煙を吐き出した。煙の向こうで、鋭い眼光が壁掛け時計の針を睨みつける。
近藤から「隊の今後に関わる大事な話がある」と拝み倒されて指定された店だった。
局長の頼みを断り切れずに足を運んだものの、待たされる身としては苛立ちが募るばかりだ。
その時、入口のからからという引き戸の音とともに、店内の喧騒が一瞬だけ揺れた。
入ってきたのは大きな体の近藤勲ではない。
小さく肩をすくめ、緊張した持ち様で店内を見渡す一人の女性――
乙羽だった。
手に握りしめたメモ帳と、店の奥へと向けられる不安げな視線。真選組の隊服を着た土方の姿を捉えた瞬間、彼女の足がぴたりと止まる。
土方は煙草を口にくわえたまま、眉間に深い皺を寄せて乙羽を凝視した。組んでいた腕をゆるやかに解き、煙を低く吐き出しながら、探るような視線を向ける。
「……おい。近藤の奴はどうした。
あんた、俺に何か用か?」
近藤の策略とも知らず、土方の瞳に不審と警戒の色が鋭く宿る。
「あの……土方さんですよね……」
潤んだ瞳が印象的な乙羽。
色白の頬を赤らめ、小さな声が震えている。が、意を決したように、土方の目を見た。
「お見合いに来ました!」
「……は?」
口にくわえていた煙草の火種から、白い灰がパラリと膝の上に落ちた。普段なら見逃さない火の粉にも気づかぬほど、土方の思考は完全に停止していた。
「お見合い」という聞き慣れぬ四文字が、店内のガヤガヤとした喧騒を通り抜けて脳味噌に届くまで、たっぷりと三秒。
言葉の意味を理解した瞬間、眉間の皺がこれでもかというほど深く刻まれる。
「……見合……っ、ゴホッ! ガハッ、ふざけんな!」
突如として喉に詰まった煙に激しくむせ返りながら、土方は勢いよく卓上のグラスを掴み、水を一気に流し込んだ。
息を整え、手皿で口元を覆いながら、目の前に佇む乙羽を上から下まで、さらにはその後ろの店外へと視線を走らせる。
当然、仕掛け人であるゴリラの姿は影も形もない。
(あの野郎……!
『隊の今後に関わる大事な話』だと……!?
まんまとハメやがったな!!)
心の中で局長への殺意を滾らせつつ、土方はふうと短く息を吐き出し、乱れた隊服の襟元を片手で整えた。椅子に深く深く背をもたれかけさせると、組んだ脚の上に肘を突き、顎の下で手を合わせる。
眼前の乙羽は、あまりの威圧感に縮こまり、震える手で着物の裾を握りしめている。色白の頬を赤らめ、まっすぐ自分を見つめてくるその瞳には、嘘も偽りもない純粋な緊張だけが宿っていた。
ここで女相手に怒鳴り散らすほど、土方も野蛮ではない。
「……おい、お嬢さん。とりあえず座れ」
低く抑えた声。
土方は指先で向かいの席を小さく示すと、胸ポケットから新しいマヨネーズ型のライターを取り出し、カチリと音を立てて煙草に火を付け直した。
煙を天井に向けて細く吐き出し、どこか投げやりで、だがどこか捨てきれない不器用な気遣いを削ぎ落とした眼差しで乙羽を見る。
「悪いがな……
あいつの勝手な妄想に付き合うつもりはねぇんだ。
アンタも被害者だろ。
茶の一杯でも飲んだら、とっとと家に帰りな」
土方の言葉を聞いた瞬間、乙羽の目に涙が浮かんだ。
「……やっぱり……私じゃダメですか?」
覚悟していたとはいえ、断られるのを震えて待つ乙羽。
ぽつりと落ちたその一言と、今にも零れ落ちそうな瞳の雫。土方は向けられた言葉の重さに、息を詰まらせた。
煙草を挟んだ指先が、ぴたりと空中で止まる。
断られたショックに肩を小さく震わせ、じっと耐える乙羽の健気な姿。ただの悪戯やゴリラのお節介として突っぱねるには、目の前の少女が背負ってきた覚悟があまりにも切実すぎた。
(ちっ……なんだってこんな顔すんだよ。俺はただ、本当のことを言っただけだろうが……)
土方は苦々しく眉をひそめると、気まずそうに視線を泳がせ、頭をガリガリと掻きむしった。唇の端に挟んだ煙草の紫煙が、二人の間の重苦しい空気にゆっくりと溶けていく。
女の涙には、どんな修羅場よりも弱い。
ましてや自分の言葉で傷ついたとなれば、胸の奥がチクリと痛むのを払いのけることはできなかった。
「……おい、泣くんじゃねぇよ。俺は……あんたがダメだなんて一言も言ってねぇだろ」
土方は溜息まじりにそう呟くと、くわえていた煙草を灰皿の縁で押し消した。
トントンと人差し指で卓上を叩き、不器用極まりない手つきで、向かいの席に置かれた湯呑みを乙羽の方へと押しやる。
「俺が言いたいのはな……
俺みたいな、いつ死ぬかも分からねぇ人斬り(さむらい)の隣に、あんたみたいな真っ当な奴を置くわけにはいかねぇってことだ。
近藤のバカが何を吹き込んだか知らねぇが……
俺と関わっても、ろくなことになりゃせん」
言い捨てると、土方は気まずさを誤魔化すように腕を組み直し、横を向いた。
だが、その鋭い横顔の眼光には、先ほどまでの刺々しい苛立ちではなく、目の前の命を巻き込みたくないという、この男特有の不器用で深い優しさが滲み出ていた。
恐る恐る乙羽が口を開ける。
「……分かっています。
土方さんは、この江戸を守るお方。
私は、ただの何もできない女で、土方さんのお役には立てないです。でも……
だからといって、周りの人たちみたいに、お金持ちのおじさんと結婚することもできない。
ずっとお見合いも断り続けている変な女です……」
乙羽は、がっくりと視線を床に落とした。
落とされた視線、小さく丸められた背中。
乙羽の口から溢れ出た告白は、かぶき町の喧騒にかき消されそうなほど儚く、それでいて重く卓上に落ちた。
土方は組んだ腕を解くことも忘れ、じっとその頭頂部を見つめていた。
「お金持ちのおじさん」という言葉に、一瞬だけ瞳の奥が険しく光る。
江戸の市井では珍しくもない話だ。
家のため、生きるため、己の心に嘘をついて金や権力に身を売るような縁談。だが目の前の女は、それを拒み続けてきたのだという。
不器用で、頑固で、自分の心に嘘がつけない。
(……変な女、か)
土方は深く、長く息を吐き出した。
煙草のなくなった口内が妙に寂しい。
「……何が役に立たないだ」
低く、けれど静かな声が、落ちていた乙羽の視線を強引に引き上げる。
土方は肘を膝に置き、少しだけ身を乗り出すと、その真っ直ぐな瞳で乙羽の顔を覗き込んだ。
「自分の心を守るために意地張ってきたんだろ。
周りに流されず、自分の足で踏み止まってきたんじゃねぇか。
それが『何もできない』わけねぇだろ」
胸ポケットから煙草の箱を取り出し、トントンと箱の底を叩いて一本差し出す。カチリとライターの火が灯り、橙色の光が土方の鋭くも柔らかい眼差しを照らし出した。
「男に買われるような生き方が嫌で逃げてきたなら……胸張りな。
あんたがやってきたことは、間違いじゃねぇよ」
煙をふっと上空へ吹き払いながら、土方はどこか照れくさそうに、粗野な手つきで自分の後頭部を掻いた。
「……たく、あのゴリラ……
こういう奴を俺のところに引っ張ってきやがって。
計算なのか天然なのか分からねぇからタチが悪い……」
独りごとのように毒づいた後、土方は横目でちらりと乙羽を見た。その唇の端には、先ほどまでの警戒心は消え失せ、ほんの僅かな苦笑が浮かんでいた。
すると、ポロポロと、堰を切ったように乙羽の瞳から大粒の涙が溢れ出した。
ポトリ、ポトリと卓上に小さな染みを作っていくその音すら聞き取れそうなほど、土方の思考は再びフリーズした。
自分の放った言葉が、まさかさらなる大雨を降らせることになるとは夢にも思っていなかったのだ。
「っおい……! な、なんで泣くんだよ……!?」
土方は目を見開き、あからさまに動揺した様子で腰を浮かせた。
周囲の客――仕事帰りの町人や異形の天人たちの視線が、一斉にこちらのボックス席へと注がれる。
「おい見ろよ、真選組の男が若い娘泣かせてるぞ」「ひでぇ奴だな」と言いたげな刺々しい空気が、大江戸レストラン内に伝染していく。
「ちっ……周りの目が痛ぇだろ、泣くな静かにしろ……! 俺がまるで悪者みたいになってんじゃねぇか!」
冷や汗を頬に伝わせながら、土方は懐をゴソゴソと探り、乱暴な手つきで一枚の白い手ぬぐいを引っ張り出した。
「ほら、これ使え!」
差し出された手ぬぐいは、真選組の厳しい隊士生活を物語るようにどこか武骨で、ほんのりと煙草の香りが染みついている。
土方はそのまま恥ずかしそうに顔を背けると、腕を固く組み直し、耳の先端を少しだけ赤く染めながら低く唸った。
「……たく、言っとくがな。俺は慰めるのも、女の機嫌取るのもからっきし下手なんだ。
……泣き止んだら、ちゃんと話を聞いてやるから……
それ以上、ポロポロ流すんじゃねぇよ」
ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、その手ぬぐいを握らせる指先には、乙羽の肌を傷つけまいとする繊細な気遣いが宿っていた。
「……ごめんなさい……泣き虫で……」
乙羽の努力も虚しく、涙が止まってくれない。
(このままじゃ、土方さんを困らせてしまう……
私、やっぱり……何もできない女だ……)
乙羽は、焦りで肩を震わせた。
乙羽が焦れば焦るほど、ポロポロとこぼれ落ちる雫は速度を増していく。差し出された手ぬぐいを小さな手で固く握りしめ、必死に涙を拭おうとするものの、溢れる感情を止める術を彼女は知らなかった。
小さく上下する肩。自分を責めるように小さく丸められた背中。
(……くそが、本気でパニくってやがる)
土方は静かに溜息を吐き出すと、組んでいた腕をゆっくりと解いた。
周りの客たちのヒソヒソ声や好奇の視線など、もうどうでもよくなっていた。
目の前で、自分の一言に救われ、同時に己の無力さに打ちひしがれている小さな存在――
その震えを止めることだけが、今の土方の頭の中を占めていた。
ガタリと椅子を引く音が響く。
「……自分を『何もできない』なんて言うのは、金蒔絵の煙管を溝に捨てるより無駄なことだ」
土方はゆっくりと立ち上がると、卓を迂回し、乙羽の真横へと歩み寄った。
漆黒の隊服の影が、怯える乙羽をすっぽりと包み込む。
土方はその場に片膝をつき、乙羽の目線よりも少しだけ低い位置に顔を寄せた。
「おい、顔を上げろ」
低く、包み込むような声。
土方は大きな手を伸ばすと、ほんの少しの躊躇いのあと、乙羽の頭の上にそっと乗せた。
武士のゴツゴツとした、タコだらけの無骨な手。
だが、その掌から伝わってくる体温は、驚くほど温かい。
ポンポンと、不器用なリズムで優しく髪を撫でる。
「泣き虫で結構じゃねぇか。
あんたが一人で溜め込んできたもんが、全部溢れてきただけだろ。
今までずっと、誰も頼れずに一人で踏ん張ってきたんだ……
たまには人の前でボロボロ泣いたって、誰にも文句は言わせねぇよ」
土方は少しだけ表情を緩め、眉を八の字にしながら、困ったように笑ってみせた。
「……ほら、息吸え。
俺はどこにも逃げやしねぇから、落ち着くまで泣いてろ」
すぐ側に寄り添う隊服の香りと、煙草の匂い。
土方はそのままじっと動かず、乙羽の心が静まるのを、静かな眼差しで見守り続けていた。
深呼吸するかのように、大きく息を吸う乙羽。誰から見ても、涙を止めるのに必死だった。
(やだ……私、子どもみたい……
近藤さん…こんな私で、本当にいいの……?)
土方の手ぬぐいをギュッと握りしめる乙羽。
土方の優しさは、痛いほど伝わっていた。
だが、何か言おうと口を開けるも、声が出ずに、また黙ってしまう。
大きく吸い込まれた息が、震える胸を上下させる。
乙羽は手ぬぐいを両手でぎゅっと握りしめ、溢れ出る涙を必死にこらえようと口唇を噛みしめていた。何か言葉を紡ごうと開かれた唇から漏れるのは、掠れた吐息ばかり。
その健気で必死な姿を、土方は目線を合わせたまま静かに見つめていた。
(近藤さん……アンタ、本当に見込み違いなんかじゃねぇな。こんな真っ直ぐな奴、この薄汚れたかぶき町でどうやって生き抜いてきたんだか……)
土方は頭に乗せていた手をゆっくりと離すと、自分の隊服のポケットから、カチリと音を立ててマヨネーズ型のライターを取り出した。
だが、火をつけることなく、そのまま手の中で転がす。
「言葉なんざ無理に出さなくていい。伝えようとしてくれてんのは、その目見りゃ分かる」
土方はゆっくりと立ち上がると、卓上の伝票を不器用な手つきで引っつかんだ。
「……こんな騒がしい店で、泣き顔晒し続けるのも酷だろ。
外の風でも浴びにいくぞ」
言い捨てて背を向ける土方。
だが、その足取りは決して乙羽を置いていくような速さではなく、彼女がついてこられるように、ゆっくりとした歩幅だった。
店の出口に向かいながら、土方はちらりと振り返り、ポケットに片手を突っ込んだまま、ぶっきらぼうに言った。
「……おい、足元気をつけろよ。
転ばれてまた泣かれたら、今度こそ俺の手におえねぇからな」
口調こそいつも通りの粗野なものだったが、その背中には「逃げずに最後まで付き合う」という、武士としての、そして一人の男としての覚悟が、重々しく漂っていた。
店の外に出ると、夕方の風が乙羽の心に優しく染み渡った。
ふぅ〜と大きく息を吐くと、土方に向き直った。
「土方さん……ご迷惑ばかりおかけして……ごめんなさい。」
小さく頭を下げる乙羽。
夕闇が深まり始めたかぶき町の路地裏。
大江戸レストランの賑やかな喧騒を離れると、川沿いから吹き抜ける少し冷たさを帯んだ風が、火照った乙羽の頬と湿った目元を優しく撫でていく。
頭を下げる乙羽の頭頂部を見下ろし、土方はポケットに両手を突っ込んだまま、くわえ煙草の火種を小さく爆ぜさせた。
紫煙が夕風に乗って、紫紺色の空へと溶けていく。
「……何度も謝るなと言ったろ。
別に迷惑なんざ受けてねぇよ」
土方はふっと吐息をつくと、歩幅を緩め、乙羽の少し前を歩きながらポツリと言葉を落とした。
「……あいつ――近藤さんはな、人の痛みに無頓着な奴じゃねぇ。
あんたが一人で抱え込んでたもんを見抜いたからこそ、強引にでも俺に引きあわせたんだろうよ」
自分の上司であり、命を預ける男の顔を思い浮かべるように、土方の眼差しが遥か遠くのネオンへと向けられる。
その声には、近藤に対する呆れと、揺るぎない信頼が混ざり合っていた。
「あのゴリラ……
『土方なら、こいつの意地を笑わねぇ』とでも思って送り込みやがったんだろ。
たく、どこまでもお節介な男だ」
土方は足を止め、ゆっくりと振り返った。街灯の橙色の光が、その鋭い側顔と隊服の金ボタンを静かに照らし出す。
「乙羽」
初めてその名を口にした土方は、照れくささを隠すように横を向き、ぶっきらぼうに手ぬぐいを指差した。
「そいつはやるよ。……次会う時まで、ちゃんと笑えるようになってから返しに来い。いいな?」
不器用な優しさをその一言に込め、土方は再び歩き出した。
乙羽が置いていかれないよう、絶妙な歩調を保ちながら。
(え……?)
乙羽は、目を丸くした。
そして、慌てて土方に走り寄る。
「あ……あの!その……
私、お見合いを断るたびに、他に好きな人がいるのかと聞かれて、私なんかが土方さんが好きだなんて言えないし、何も言えなくて、周りから変な奴だと言われてました。
でも、やっぱり、私、変な奴ですよね……
それでも、また会って下さるんですか?」
乙羽の真っ直ぐな視線が、土方を捉えた。
駆け寄ってくる小さな足音。息を切らせながら一気に捲し立てられた乙羽の告白に、土方はぴたりと足を止めた。
「私なんかが土方さんが好きだなんて言えない」
その言葉が、夕暮れの路地裏に静かに響き渡る。
土方は固まった。
くわえていた煙草が指先から滑り落ちそうになり、慌てて押し戻す。
先ほどまでの整った横顔はどこへやら、目を見開き、耳の先まで一瞬で真っ赤に染め上がっていた。
「……なっ……!?」
周りから変な奴と言われようと、自分への想いを胸に秘めて見合いを断り続けてきたという衝撃事実。
近藤がなぜこの見合いをセッティングしたのか、その本当の意味が遅れて脳味噌を殴りつける。
(あのバカゴリラ……!
隊の今後じゃなくて、最初からこれ目当てで俺を投げ込みやがったな……!!)
心の中で局長への怒号を上げつつも、目の前にいる乙羽の真っ直ぐで不器用な瞳から視線を逸らすことができない。
逃げ場を塞がれたような圧迫感と、胸の奥を激しく突かれたような痛熱い感覚が土方を襲う。
「っつ……! あんた、自分が何言ってるか分かってんのか!?」
土方はガリガリと頭を掻きむしり、気まずさと恥ずかしさを誤魔化すように乱暴に背を向けた。
だが、その背中はどこか狼狽を隠しきれていない。
「好きだの何だの……
俺みたいな血生臭ぇ人斬りに言ったって、ロクな目に遭わねぇぞ。俺は……
誰かを幸せにできるような真っ当な人間じゃねぇんだ」
低い声で吐き捨てるように呟く。
しかし、乙羽を突き放すためのその言葉には、いつもの鋭い威圧感も冷たさもなかった。
ただ、自分のような男が誰かの想いを受け止めていいのかという、痛々しいほどの葛藤だけが宿っている。
土方はしばらく無言で夜空を仰ぐと、重々しい溜息を一つ吐き出した。ゆっくりと振り返り、まだ赤みの残る顔を強引に引き締めると、乙羽の瞳をじっと見つめ返す。
「……変な奴なのは否定しねぇよ。
わざわざこんな厄介な男に惚れ込むなんざ、大バカ野郎だ」
ぶっきらぼうに毒づきながらも、土方はポケットに手を突っ込んだまま、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……だが、そんだけ頑固に意地通してきた奴の覚悟を、無駄にするほど俺も無神経じゃねぇ。
手ぬぐい……洗い直して持ってくるんだろ。
だったら、断る理由がねぇだろ」
一歩踏み出し、乙羽の横を通り抜けながら、土方は聞こえるか聞こえないかほどの低い声でボソリと付け加えた。
「……今度は、もっと美味いメシの食える店探しておく」
(土方さん……)
突然、土方の腕を掴んだ乙羽。
まるで堰を切ったかのように言葉が溢れ出した。
「土方さんは……
厄介な男でも、鬼のような人でもないです!」
ハッと口元を押さえて、乙羽は真っ赤になった。
「ご…ごめんなさい……
初対面の方に、いきなり、こんなこと……」
恥ずかしさのあまり、顔を隠す乙羽。
腕に触れた柔らかな感触と、小さな指先から伝わってくる切実な熱。
「土方さんは……厄介な男でも、鬼のような人でもないです!」
不意を突かれて弾けたその声に、土方は引き留められた体勢のままピタリと動きを止めた。
隊士たちからは「鬼の副長」と恐れられ、かぶき町の悪党どもからは「真選組の狂犬」と蔑まれる己の存在。
刀を握り、血に染まりながら生きてきた自分に向かって、真っ向からそんな言葉を投げつけてきた奴が、これまでにいただろうか。
ハッと我に返り、真っ赤になって両手で顔を覆う乙羽。
指の隙間から覗く濡れた瞳と、照れくささに震える肩。
土方はしばらく呆然と乙羽を見つめていたが、やがてくすりと小さな吐息を漏らした。掴まれた腕に残る温もりが、冷え込み始めた夜の空気の中にじんわりと広がっていく。
(鬼、じゃねぇ……か)
胸の奥の固く冷たい塊が、少しずつ溶けていくような錯覚。
「……たく、初対面で警察の副長に向かって面と向かって説教か。たいした度胸だな」
土方はゆっくりと顔を隠す乙羽の手首に自分の大きな手を添え、優しく引き剥がすように下ろさせた。
強引ではなく、諭すような温かい手つき。
露わになった乙羽の赤熟した顔を直視し、土方はわざとらしく眉間に皺を寄せてみせたが、その瞳には隠しきれない愛おしさが揺れていた。
「言っておくがな、隊に戻れば俺はやっぱり鬼の副長だし、
厄介な命知らずだ。
それは変わらねぇ」
低く静かな声。
土方は一度言葉を区切ると、乙羽の頭をもう一度ポンと不器用につついた。
「……だがな、あんたの前でだけは……ただの『土方十四郎』でいてやってもいい」
かぶき町の雑多なネオンが、二人の影をアスファルトの上に長く伸ばす。
土方はくるりと背を向けると、照れ隠しに隊服の首元を少し緩め、夜風に身を晒しながら歩き出した。
「おい、ボーッとしてっと置いてくぞ。屯所の近くまで送ってやる」
振り返りもせず投げかけられたその背中には、もう先ほどまでの刺々しさはどこにもなかった。