かぶき町結婚相談所【土方十四郎編】 〜命を捨てた男の欠けたピース〜 作:Madocca
『かぶき町結婚相談所・土方十四郎編』第2話です。
不器用でまっすぐな生き方ー
2人の魂が共鳴を始める。
そして、近藤勲から投げられた「欠けたピース」。
ついに、土方十四郎の心と体が動きます。
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どうぞ最後までお楽しみください✨
かぶき町の街灯が、湿ったアスファルトの上に橙色の長い影を落としている。
風が吹き抜けるたび、路地裏の居酒屋から洩れる赤提灯の光がゆらゆらと揺れた。
土方はポケットに両手を突っ込んだまま、乙羽の歩調に合わせて歩みを緩めていた。屯所の敷地へと続く静かな角に差し掛かると、不器用そうに足を止める。
「……おい、あんた。ここから一人で無事に帰れるか?」
ぶっきらぼうな問いかけ。
だが、その瞳には夜道を行く女性を案じる繊細な気遣いが滲んでいた。
乙羽は、土方の手ぬぐいをぎゅっと握りしめた。
「土方さん……
今日は、ありがとうございました。
土方さんに、私が間違っていないと言ってもらえて……
安心しました。
私の周りは、みんなお金持ちのおじさんと結婚が決まって、毎日、誰がどこへ嫁入りするとか、結納金がいくらだとか、そんな話ばかりしていて、私……
本当に怖かった……。
私は、好きな人としか結婚できない。
その人の子しか産めない。
……でも、変な奴と言われて……。
本当に……ありがとうございました。」
深々と頭を下げる乙羽。小刻みに肩が震えている。
――好きな人としか、結婚できない。
その人の子しか、産めない。
夜風に乗って届いたそのあまりにも純粋で、命がけの告白。
深々と頭を下げ、夜道の中で小刻みに肩を震わせる乙羽の姿を、土方は金縛りに遭ったように見つめていた。
時間が、止まった。
脳裏を激しく殴りつけられたような、刺すような衝撃。
土方の瞳孔が揺れ、指先に挟んだ煙草の火種が闇の中で微かに震える。
(好きな人としか……結婚できない……?)
かつて、己の手に血を塗り、死と隣り合わせの茨の道を歩むと決めた日。
武州の空の下、胸の奥深くに封印した一人の女性の笑顔が、走馬灯のように脳裏を駆け抜けた。
「俺はただ……惚れた女には幸せになってほしいだけだ」。
そうやって己の幸福を捨て、感情を殺し、欠けた心のまま今日まで駆け抜けてきた。
いつ死ぬかも分からぬ命を抱え、己の幸せなど端から諦めていた。
だが、目の前のこの女は、世間の波に呑まれそうになりながらも、己の想いと尊厳を賭けて「好きな男」だけに全てを捧げると言い切ったのだ。
その一言は、土方が捨ててきたはずの何かに触れ、長年止まっていた心の歯車を激しい軋みとともに動かしていく。
「……ッ」
土方は言葉を失ったまま、喉の奥を詰まらせた。
(……大バカ野郎だ。こんな薄汚れた町で……
そんな真直ぐな想い抱えて生きてきたのか)
言葉を返そうにも、声が出ない。
不器用な自分に何が言えるのかすら分からない。
返事すらできず、ただ息を呑んで乙羽を見つめることしかできなかった。
やがて乙羽がそっと顔を上げ、小さく一礼して夜道の奥へと歩き出す。遠ざかっていくその背中を、土方は固まったまま、ただじっと見送っていた。
夜風が吹くたび、腕に残る手ぬぐいの温もりと、言葉の重みが土方の胸を深く穿っていく。
「……たく……ふざけた真似してくれやがって……」
ぽつりと漏れた呟きは、怒りではなく、動揺を隠しきれない男の揺らぎそのものだった。
◇
数分後。夜の帳が降りた真選組屯所の表門。
静寂に包まれていた屯所に、破城槌でも打ち込まれたかのような凄まじい衝撃音が響き渡った。
バッギィィィン!!
重厚な木の門扉が豪快に蹴り破られ、蝶番が悲鳴を上げる。
踏み込んできた土方の身からは、まるで地獄の業火のような黒い殺気が渦巻いていた。
隊服の首元を大きく寛げ、眼光は血走り、額には青筋がこれでもかと浮かび上がっている。
「おいゴリラァァァアアアッッ!!
どこに隠れやがった!! 出てこいコラァァアア!!」
大蛇のような怒号が敷地内に響き渡り、非番で寛いでいた隊士たちが「ひいっ! 鬼の副長が本物の鬼になった!」「避難命令を出せ!」と悲鳴を上げて逃げ惑う。
土方は刀の柄に手をかけたまま、局長室の襖を蹴り飛ばす勢いで踏み込んだ。
部屋の中央では、上機嫌で酒瓶を抱えた局長・近藤勲が、満足気な笑みを浮かべて座っていた。
その隣には、なぜかバズーカを足元に転がし、煎餅をポリポリと齧っている一番隊隊長・沖田総悟の姿もある。
「おお、トシ! お帰り……
って、なんだその恐ろしい顔は!
見合いは上手くいかなかったのか?」
白々しく目を丸くする近藤に対し、土方は卓を思い切り蹴飛ばした。酒瓶が転がり、畳の上に酒が広がる。
「上手くいったかどうかの問題じゃねぇぇぇ!!
『隊の今後に関わる大事な話』だと!?
なんだあの出鱈目なセッティングは!!
いきなり一人で送り込みやがって……!
あんた、最初から俺をハメる気だったな!?」
胸ぐらを掴みかからんばかりの勢いで詰め寄る土方。
だが近藤は、怒り狂う土方の顔をじっと見つめると、ふっと柔らかな、父親のような温かい眼差しに表情を変えた。
「……トシ。お前、その顔……
ただ怒ってるだけじゃないな」
「あ……?」
「本当に嫌なら、お前は相手の顔すら見ずに秒で断って帰ってくる男だ。だが……
お前のその顔は、
動揺して、迷って、
頭を抱えてる時の顔だ」
近藤はゆっくりと立ち上がると、土方の荒い肩にドスンと大きな手を置いた。
「乙羽ちゃんはな……
ずっとお前のことを見てたんだよ。
お前が武州から出てきて、血反吐を吐きながら江戸を守ってきたことも、自分の幸せを投げ捨てて傷だらけで生きてきたことも……
全部知った上で、お前に会いに行ったんだ」
「近藤……さん……」
「命を捨てるような生き方しかできない男にだってな、
幸せになる権利はあるんだよ。
俺は……
お前という男の欠けたピースを、埋めてやりたかったんだ」
近藤の真っ直ぐな言葉が、土方の胸に重くズシリと響く。
言葉を失い、苦々しく唇を噛み締める土方。
すると、今まで黙って煎餅を食っていた沖田が、不意にバズーカの砲身を土方の後頭部に突きつけた。
「~♪」
「おい総悟、何の真似だ」
「いやぁ土方さん、照れ隠しにゴリラを殴りに来るなんて相変わらず往生際が悪いですねぃ。
そんなにあの娘さんに惚れ抜いたんなら、さっさと腹くくって祝言の準備でもしたらどうです?
俺が特製の棺桶(ウエディングケーキ)用意してあげやすぜ」
「誰が死体蹴りみたいな結婚式挙げるかコラァァァ!!」
「まあまあトシ! とりあえず座れ!
乙羽ちゃんがなんて言ってたか、酒でも飲みながらゆっくり聞かせろ!」
「聞かせるかバカ野郎!!
俺は……俺はただ……っ!」
土方は吐き捨てるように叫び、背を向けた。
言いかけた言葉の先を飲み込み、胸ポケットから新しい煙草を取り出す。
ライターの火をつける指先が、ほんの少しだけ震えていた。
(……俺はただ、あいつのあの言葉から、逃げられなくなっただけだ……)
夜風が壊れた襖の隙間から吹き抜け、土方がくわえる紫煙を揺らす。
土方十四郎の凍りついていた心に、確かに新しい熱が宿り始めていた。
その頃、乙羽は、自宅までの途中にある手越神社に身を寄せていた。
子どもの頃から、ずっとお世話になっている神社だ。
乙羽にお見合い話や縁談が舞い込むようになると、逃げ込むかのように神社に身をを寄せることが増えた。
夜空に瞬く星たちを眺めながら、乙羽は呟いた。
「土方さんは……鬼じゃない。
瞳の奥に光が見えるもの……消えないでほしい。」
夜の静寂が戻った真選組屯所の縁側。
月明かりが冷たく板張りの床を照らし出す中、土方十四郎は膝を立て、ぼんやりと夜空を見上げていた。
手には、さっき乙羽から預かった手ぬぐいが握られている。微かに残る彼女の匂いと、タバコの煙が混ざり合う。
(……光、かよ)
鬼の副長と呼ばれ、血に染まった刀を振るうだけの人生。
自分の目の中にそんな綺麗なものがあるとすれば、それはとうの昔に焼き尽くされたはずだった。
武州のあの日の記憶、失ったもの、守れなかったものの残骸だけが胸の底にこびりついている。なのに――
あいつは、あんな目をしやがった。
「おい、トシ」
背後からかけられた低い声に、土方は小さく舌打ちして振り返った。
そこには、いつものふざけた馬鹿笑いを消した近藤勲が、湯飲みを二つ手に持って立っていた。無言のまま、近藤は隣に腰を下ろし、一つを土方に差し出す。
「なんだよ、説教ならさっき聞き飽きた」
「説教じゃねぇよ。……ただ、お前が一人で抱え込んでる澱(おり)を、あの娘なら溶かせるかもしれねぇって思っただけだ」
湯気立つお茶を見つめながら、近藤は静かに笑った。
「あいつはな、お前の『強がり』じゃなくて、お前の『本当の痛み』を見てやがった。
……お前がずっと隠してきた、
真っ当に誰かを愛して、守りたいっていう本当の願いをよ」
土方はグッと奥歯を噛みしめ、湯飲みを受け取ると、一気に熱い茶を喉へと流し込んだ。
胃の腑が熱く焼けるような感覚。
胸の奥のつかえが、わずかにほぐれていく。
「……本当にお節介な野郎だ、アンタは」
悪態をつきながらも、土方は手ぬぐいをきつく握りしめた。
その眼差しには、もう迷いだけの色はない。
夜の闇の向こう、遠く離れた手越神社の星空の下で祈る少女の温度が、不思議とこの荒んだ男の胸の真ん中を温めていた。
遠く、かぶき町の雑踏の音が夜風に乗って微かに聞こえる。
土方は立ち上がり、乱れた隊服の裾をバサリと払い落とした。
「……行くぞ」
「お、どこへ行くんだトシ?」
「決まってんだろ。……忘れ物を取りに行く」
背中越しに吐き捨てたその声は、どこかすっきりと晴れ渡っていた。