二十一階層の保守室に、外した部品が並んでいた。
「一度飲んでくれ。さっきから口をつけてない」
「ああ、すみません」
男がボトルを取る。隔壁の調査を始めて、もう一時間近く経っていた。
開放を妨げているのは、手動ハンドルだけではなかった。採掘会社が後から取り付けた操作盤も、壁のずれに巻き込まれて配線を切られていた。
設備班はその配線を追い、床下の蓋を開け、使える部分と切れた部分を分けていた。
「扉を持ち上げるほうは?」
「動力は来ています。保守用の接続口から応答も返る。ただ、扉の左右が同じ高さまで上がらない」
男が画面をこちらへ向けた。
二本の線が、わずかにずれたまま伸びていた。
「片側だけ上げると、扉が枠に噛みます。停止位置を測り直してる間にも、枠が少し動いてしまう」
透は扉まで戻り、上の壁を照らした。
表面に細いひびが走っている。設備員が枠の上端を指したので、その周囲の地形を頭の中で確かめた。こちらから見えないところで、天井の岩が枠の上へ載っていた。
「最前線の攻略組なら、この扉も壊せませんか」
透はライトで枠の上を示した。
「壊せるだろうけど、ここに岩が載ってる。攻撃の衝撃で枠がずれたら、天井まで落ちかねない。奥の五人も巻き込むぞ」
「扉だけ抜けば済むわけじゃないんですね」
「ああ。壊すにしても、先に上を支えてからだ」
設備員もうなずいた。
「その補強も調べています。ただ、支えを入れる場所まで岩を除ける必要があるので、すぐにはできません」
透の肩幅より厚い扉を切り開く道具も、すぐに持ち込めるものではない。
点検穴を広げる班からも、作業を止める連絡が来た。
穴の周囲には硬い補強材が埋まっている。それを切ると何を支えられなくなるのか、現在の図面では判断できなかった。
「正面の掘削は続ける」
剛田が言った。
「ただし、上を支えながらだ。水瀬、向こうの班へ動いてる範囲を伝えてくれ」
透はうなずいた。
掘る場所を変えるためには、機材をいったん下げなければならない。撤去した土砂を運ぶ人も必要だった。
まだ諦める段階ではなかったが、五人がどれだけ待てるかは、こちらの進み具合で決められない。
休憩所から、脚を傷めた男が吐いたという連絡が来た。
剛田は救護担当へ通話を渡した。部屋の温度は、空気を送り始めてからしばらく下がったが、今は同じところで止まっている。
地下の冷えた通路から取り込んだ空気だけでは、熱くなる壁に追いつかなくなっていた。
*
掘削班へ図面を渡して戻る途中、物資を積んだ台車が止まっていた。
先を歩く隊員が、通路の奥へ剣を向けている。
ライトの先で、
ひび割れた天井の隙間から、もう一匹が落ちてくる。
「供給ホースを守れ。こっちは俺がやる」
隊員が壁際へ寄り、ホースと運搬担当の男を背にかばった。
透は台車の脇を抜けた。ここで煙幕を使えば、味方の剣まで見えなくなる。退いて魔物をやり過ごせる枝道もない。
二匹を倒して、台車を通す。
一匹目が跳ぶ。剣を抜きながら横へ踏み込み、魔力を通した刃を、伸びた腕の付け根へ当てた。硬い手応えが肘まで返る。
床へ落ちた魔物が起き上がる前に、喉元へ刃を突き入れた。
二匹目は透を避け、台車を押す男へ向かった。
隊員が剣を出し、爪を受け止めた。だが、台車が邪魔で踏み込めない。透も、このまま横から斬れば男を刃の先に巻き込む。
「しゃがめ!」
透は空いた手で台車の横板を叩いた。
骨猿の顔が音へ向く。男が頭を下げた隙に、透は台車の角を回って間へ入った。背中で男をかばい、剣で爪を受けて、誰もいない壁側へ流す。爪の先が前腕の防護板を擦った。
膝を入れて距離を作り、もう一度斬った。
魔物が動かなくなると、透は天井を見上げた。
隙間の向こうに続く空間の形はわかる。そこに次がいるかどうかは、ライトを向けても見えなかった。
「応援を一人呼んで、ここは二人で見てくれ。ホースは壁際に寄せよう」
隊員がうなずく。
台車を押していた男は、設備班へ加わった運搬担当だった。
「救助の人って、斬れるんですね」
「斬れなかったら、この辺を歩けないだろ」
強いやつは攻略へ行く。救助に回るのは、それほど戦えないやつだ。そんな言い方をされることは、クランにいたころからあった。驚かれるのにも慣れていたので、透は笑って返すだけにした。
透は剣についた汚れを拭った。防護板には新しい傷がある。締め具が緩んでいないことを確かめ、台車の持ち手を押した。
「重いな、これ。何積んでる?」
「冷却器です」
「なら、急ごう」
剛田から無線が入った。
『怪我は』
「してない。防護板だけ」
『後で見せろ。台車の到着を待ってる』
透は短く返事をした。
負傷や装備の損傷を報告し、帰還後に確認するのは、攻略でも救助でも基本だった。ただ、剛田には、自分の擦り傷を「動けるから」と後回しにしたところを何度か見られている。他人の血にはすぐ気づくくせに、と叱られたこともあった。
今回は本当に怪我をしていない。それでも、見せずに済ませるのは無理そうだった。
倒した魔物は通路の端へ寄せた。隊員へ天井の隙間の警戒を頼み、先へ進む。
*
保守室へ冷却器が入り、休憩所へ送る空気が少し冷たくなった。
その間に設備班は、壊れた操作盤の写真と隔壁の図面を地上へ送っていた。
透の端末にも、
『こっちでも見てる。古い駆動装置の記録を探してもらってるけど、すぐには出ないって』
「そっか。手動の軸を替える部品は?」
『寸法が合うものがない。現物を作るにも、今日の午後には間に合わないよ』
透は時計を見た。十二時を回っていた。
休憩所の男が、端末越しに何かを尋ねている。剛田が答え、横にいる救護担当が説明を補った。
『
安江が言った。
透は廊下から一歩、保守室の奥へ入った。
「そっちにいるんだよな」
『朝から工房。今も隣にいる』
声が替わった。
『扉の上に、小さい蓋はありますか。左右に一つずつ』
葵だった。
透は設備員を呼び、尋ねられた場所を見てもらった。蓋はあった。写真を送ると、少し間を置いて返事が来る。
『そこを開けると、扉がどこまで上がっているか、直接見られます。操作盤の表示より確かです』
設備員が脚立を持っていった。
新しく取り付けた測定器に数値が出る。左右の差が、先ほどより細かく読めた。
「ありがとう。これで調整できるか試してみる」
透が言うと、葵はすぐには返事をしなかった。
『ずっと、ずれますか』
「少しずつな。扉の枠ごと動いてるらしい」
通話の向こうで、椅子を引く音がした。
設備員が調整をやり直す。扉の片側がわずかに浮き、すぐに停止した。反対側は動いていない。
今度は、葵のほうから透を呼んだ。
『水瀬さん。扉の制御装置に、点検用の器具をつなぐところはありますか』
透は、設備員の説明を思い返した。
「保守用の接続口って言ってたところかな。そこから応答が返るとは聞いたけど」
『設備の方に、どの型か確かめてもらえますか』
「わかった。何をつなぐんだ?」
少し間が空いた。
『私の腕の機構をそこにつなげば、扉を動かせるかもしれません』