深層救助屋――帰還禁止の少女   作:病んでるくらいが一番

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第20話 私が行きます

「待ってくれ。また痛い思いをすることになるんじゃないか」

 

 二十一階層の保守室で、水瀬透(みなせとおる)は端末を持ち直した。

 通話の向こうにいる葵(あおい)は、地上の工房から話していた。ここへ来るだけでも、すぐという距離ではない。

 初めて病院で接続のことを聞かれたとき、葵は身体を縮めて、痛いと答えた。その様子を透は覚えていた。

 

『なります』

 

 葵は言いよどまなかった。

 

「図面でわかることを教えてくれれば、こっちでやるから」

『わかるところは、伝えました』

 

 強い言い方ではなかった。

 透は保守室の机を見た。葵に教わった測定器の数値を、設備員が読み続けている。

 

『扉がどちらへ引かれているか、つなげば追えます。止まるたびに最初から合わせなくていいです』

 

 透は口を開いたが、次の言葉が出る前に、安江(やすえ)の声が入った。

 

『いったん代わったよ。葵さんに決めてもらう前に、こっちも確かめたいことがある』

 

 透は設備員を呼んだ。

 どの接続口が生きているのか。動かしたいのは隔壁一枚なのか。途中で切った場合、現場の人間に何が起きるのか。

 安江の質問は、一つずつだった。

 

 *

 

 この一か月、病院から届く説明には、わからないことが少しずつ減っていた。

 葵の腕の機構は、皮膚の下だけに留まっていない。そこへ流れる魔力が心臓の動きにも関わっており、見えている金属だけを切り取れば済むものではなかった。

 切除を急ぐほうが危険だという結論を、透も葵と一緒に聞いた。

 

 地下資源省の資源政策局から資料が届いたのは、その調査の途中だった。

 黒瀬重蔵(くろせじゅうぞう)の名で送られた資料には、接続器具の仕様と、負荷を急に切った場合の危険が記されていた。何のために葵へそんな機構をつけたのか、その説明は一行もなかった。

 病院は写しを受け取り、医師たちは葵の検査結果と突き合わせた。安江も、資料に載っている外部器具の部分だけを確認した。

 全部が嘘だと言えないことが、透には腹立たしかった。

 

 同封されていた移送の案には、今の病院で調査と治療を続けるという返答が送られた。葵が移ることに同意したわけではない。資料を受け取るたびに、何かを認めたことにされないよう、病院の担当者が返事を残していた。

 

 安江が作っていたのは、埋まった機構を取り外す道具ではない。

 古い設備の保守に使う調整器を改造した、腕に装着できるリング状の機械だった。外周には形の違う接続端子が並んでいる。腕に埋まった機構とは、皮膚越しに魔力でつながる。設備へは端子からケーブルを延ばす。リングの側面には、負荷を調整するハンドルと接続を切るレバーがついていた。

 葵は、自分から調べてほしいと頼んでいた。何も知らないまま、またつながれるのは嫌だと言った。

 器具だけに模擬の負荷をかける試験は済んでいた。それでも、葵自身は一度もつないでいない。

 

『これがあるから大丈夫、とは言えない』

 

 安江が言った。

 

『接続を切る機能はある。動いている設備に葵さんをつないだとき、どこまで負担がかかるかは、試験と同じとは限らない』

「先生には?」

『今、連絡してる』

 

 透は返事をして通話を切った。

 廊下の向こうで、設備員が手動軸を切り離す工具を片付けていた。歪んだ部分を取り除いても、奥の継ぎ手に工具を入れられなかったという。

 

 剛田猛男(ごうだたけお)が隣へ来た。

 

「掘削はまだ時間がかかる。休憩所は、冷却器で冷やした空気を送っても温度が上がり始めた」

「あと何分だ」

「何分なら大丈夫とは言えない。脚を傷めた人の返事が遅くなってる」

 

 透は閉じた隔壁のほうを見た。

 もう一度、迂回できる空間を探した。頭の中で廊下の形をたどり、岩に埋まった場所を除いていく。保守室から向こうへ抜けられる道は、やはりあの扉しか残っていなかった。

 もっと見れば、別の道が出てくる気がした。

 

 階層全体へ、もう一度意識を広げる。さっき確かめた廊下まで拾い直したところで、こめかみが脈打った。朝から何度も地形の変化を追ってきた。頭の中の形を更新するたび、痛みが強くなる。

 透は机に手をついた。それでも、まだ見ていない隙間がないか探した。

 葵をここへ呼ばずに済むなら、頭痛くらいはどうでもよかった。

 だが、吐き気を飲み込んで意識を広げ直しても、同じ場所で道が途切れる。さっき調べた枝道を、また初めからたどっていた。

 

「水瀬」

 

 返事ができずにいると、肩をつかまれた。

 

「水瀬、いったんやめろ。顔色が悪い」

 

 透は地形を追うのをやめた。保守室の壁が目に戻り、机に体重を預けていたことに気づく。

 剛田が椅子を引いた。

 

「そこは設備班に見てもらってる。お前まで倒れるな」

 

 透は腰を下ろした。目を閉じて何度か息を吐くと、吐き気が少し引いた。こめかみの痛みは残っていた。

 

「本人と話せ。行かせたくない理由も含めて」

 

 透は端末を持った。

 

 これ以上、同じ道を探し直しても答えは変わらない。画面に表示された葵の名前を見て、通話をかけ直した。

 

 *

 

 透がかけ直すと、安江は葵と医師も参加している通話へつないだ。

 葵は医師の説明を聞いたあとも、行くと言った。

 接続中の痛みがどれほどになるか、器具で抑えられるとは約束できない。心臓への影響も含め、異常があれば直ちに中止する。医師はそう説明した。現在の検査結果は、同行する救護担当にも共有するという。

 体調が回復していることと、接続が安全なことは、同じではなかった。

 

『今ここでつないで、地下を動かせるわけではないんだね』

 

 医師に尋ねられ、葵は現地へ行く必要があると答えた。同じ区画の接続口からでなければ、隔壁を扱えない。

 

「途中でやめても、帰ってこられるようにする。開かなかったら、それで終わりにする」

『わかりました』

「向こうに人が残っててもだよ」

 

 返事が少し遅れた。

 

『……はい』

 

 透はその間を聞いた。

 

「葵。帰る場所のことなら、何もしなくても変わらないから」

『それで行くんじゃないです』

 

 はっきりした声だった。

 

『私なら、あの扉を動かせるかもしれません。そこにいる人たちも、地上に帰りたいと思います』

 

 透は目を閉じた。

 その言葉を、自分が今まで何度言ったかは覚えていない。

 

「俺は、また痛い思いをしてほしくない」

 

 ほかの理由を探すのをやめた。

 

『私も、痛いのは嫌です』

 

 葵が答えた。

 

『だから、止めてほしいときは止めてください』

 

 透はすぐにうなずいてから、通話では見えないことに気づいた。

 

「わかった。俺がそばにいる」

 

 話し終わると、安江が移動の手配を確認した。

 十八階層までは昇降機。その先は救助隊が確認した経路を使い、救護担当も一緒に下りる。歩かせ続けずに済むよう、搬送用の椅子を用意することになった。

 到着までは、およそ一時間。

 透は剛田へ伝えた。

 

「来るまでに、扉を固定できるようにしたい。開いたら、駆動部を止めても落ちないように」

「支持具を運ばせる。扉の左右を支えられるように、二本用意しよう」

 

 剛田は設備班を呼んだ。

 透は保守室の椅子を壁際へ動かし、机にあった部品を片付けた。彼女を座らせる位置から、出口までの床を確かめる。

 転がっていたボルトを拾うと、指の中が汗で滑った。

 

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