深層救助屋――帰還禁止の少女   作:病んでるくらいが一番

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第21話 止める合図

 午後一時を回るころ、二十一階層の旧採掘区画へ、新しい支持具が運び込まれた。

 現場の監視を設備班へ任せ、座って休んだ間に、水瀬透(みなせとおる)の吐き気は治まっていた。こめかみにはまだ鈍い痛みが残る。今は能力を使わず、目の前の作業を一つずつ確かめた。

 透は隔壁の前にしゃがみ、設備員と一緒に床の埃を払った。太い二本の支柱を、扉の左右へ一本ずつ立てる。その下には、荷重を受ける板を敷いた。

 

「開いてから、これを伸ばすんだな」

「はい。扉の下へ頭を入れず、横から操作します」

 

 設備員は支柱のハンドルを回し、上端の受け金具を持ち上げた。

 扉が人を通せる高さまで上がったら、二本の支柱でその重さを受ける。固定できたことを確かめてから、初めて救助員が向こうへ入る。

 固定前に電源が落ちても、人が下にいなければ挟まれずに済む。

 

「奥の五人にも、扉から離れてもらう」

 

 剛田猛男(ごうだたけお)は休憩所へ説明を始めた。

 歩ける四人が先に駆け込んできては困る。扉が開いても、救助隊が迎えに行くまで休憩所を出ないでほしいと、二度、言葉を変えて伝えた。

 

 透は支柱から下がった。

 机の上で器具を触る自分と、扉の横で支える設備員。剛田は二人の救助員と、担架を持って待つ。

 その配置を端末に描き、通話に参加する全員へ送った。

 

「俺が切ると言ったら、扉の作業は止めてくれ」

「こっちは俺が下げる」

 

 剛田が図面へ線を引いた。設備員の退避位置だった。

 

 正面の掘削班は、作業を続けていた。

 今度は上の岩を支えられたが、その下から崩れた運搬車の枠が出てきた。切断する道具を入れるため、もう少し穴を広げなければならない。

 透は経過を聞き、扉の計画が失敗した場合にも作業を続けられるよう、予備の照明を届けた。

 

 休憩所からは、短い返事が返ってきていた。

 誰かが咳をし、別の誰かが代わりに人数を数える。その声を聞くたびに、透は保守室の時計へ目を向けた。

 

 *

 

 葵(あおい)が保守室へ着いたのは、一時半を過ぎてからだった。

 搬送用の椅子から立つと、小さなヘルメットの縁を押さえた。耳の後ろへ挟んでいた髪が、首元へ落ちる。白い髪の中に、細い黒い房が残っていた。

 春風安江(はるかぜやすえ)が続いて入り、硬い器具ケースを机へ置いた。

 

「先に状態を見てもらう。その間に、こっちは据え付けるよ」

 

 救護担当が葵を椅子へ案内した。

 入口にいた若い救助員が、顔を上げた葵を見て、一瞬、見とれたように口を開けた。

 何見てるんだよ、と透はむっとした。だが、自分も初めて葵の顔を見たとき、言葉に詰まったのを思い出す。人のことを言えたものではなかった。

 隊員はすぐに剛田へ向き直り、小声で尋ねた。

 

「……あの子が動かすんですか?」

 

 葵から隔壁へと目を移した隊員に、剛田はうなずいた。

 

「そのために来てもらった。俺たちは開いた扉を確実に支えるぞ」

 

 隊員は「はい」と返し、隔壁の前へ戻った。

 

 透は渡されたケースを開けた。留め具を外すと左右に開く、リング状の調整器が入っていた。外周に並ぶ接続端子には、それぞれ保護用の蓋がついている。隣には設備につなぐケーブルと、左の手首と調整器を一緒に支える浅い受け台が収められていた。

 安江が受け台に調整器を据え、使う端子の蓋を一つ開けた。透はそこへケーブルの片端を差し、もう片端を隔壁の保守接続口へつないだ。

 通路を横切るところは覆いをかぶせる。椅子の足に引っかからないよう、机の裏へ回した。

 

「これを回すと、腕へ返る魔力を調整器の中へ逃がせる」

 

 安江がリングの側面にある小さなハンドルを示した。

 

「表示が下がったら、このレバーで魔力の接続を切る。リングの留め具とは別だからね。先にリングを開いたり、ケーブルを抜いたりしないで」

 

 透は手袋を外した。まだ葵の腕を入れていない調整器に模擬負荷をかけ、一度、操作を確かめた。

 回すハンドルと引くレバーは隣り合っていたが、間違えて手をかけないよう、安江が色の違う布を巻いた。葵の右手が届く机の上は、何も置かずに空けておく。

 

「止めてほしいとき、声は出せる?」

 

 透は葵に尋ねた。

 葵は少し考え、首を振った。

 

「出せないかもしれません」

「じゃあ、右手でここを二回叩いてくれるかな。俺はここにいるから」

 

 葵が机を叩いた。

 二度とも、指先が当たるほどの小さな音だった。

 

「それでわかるよ。やってみようか」

 

 もう一度叩いてもらい、透はハンドルからレバーへ手を動かした。

 葵は、その動きを最後まで見ていた。

 

「合図がなくても、一分で切る。具合が悪くなったら、もっと早く止める」

「一分」

「うん。一分より前に終われば、そのときに」

 

 安江が時計を置いた。

 葵の左手を受け台へ載せ、開いたリングで手首を囲む。内側の当て材が皮膚を締めつけない位置に調整し、痛いところがないか本人へ確かめてから留め具を閉じた。受け台の帯で装置を支え、ケーブルの重さが腕にかからないようにする。

 

「今は固定しただけ。魔力を通すのは、準備が終わってから」

 

 安江が言うと、葵はリングから顔を上げた。

 

 透は椅子の横へ膝をついた。

 

「今なら、まだ帰れるよ」

「来たばかりです」

 

 葵が言った。

 透は少し笑い、息を吐いた。

 

「そうだったな」

 

 ヘルメットの紐が、彼女の顎に当たっていた。直そうとして手を上げかけ、やめる。葵は自分で紐を緩め、また締め直した。

 

「あの扉だけですか」

「あの扉だけ。開いたら、向こうは剛田さんたちが引き受ける」

 

 剛田も保守室へ来ていた。

 葵は顔を上げ、彼を見た。

 

「途中で止まったら」

「扉から離れる。全員、待つ場所を決めてある」

 

 剛田が答えた。

 

「扉を固定する前に潜ろうとするやつがいたら、俺が引っ張って戻す」

 

 葵は透を見た。

 透も、その視線の意味には気づいた。

 

「俺も潜らないよ」

 

 剛田が鼻で笑い、扉のほうへ戻っていった。

 

 医師との通話がつながっていることを、救護担当が確認した。安江は本体の設定を読み上げ、接続する先が隔壁の駆動部だけに限られていることを設備班と確かめる。

 透は袖をまくった。汗が手のひらに残っていたので、布で拭いた。

 

「始めてもいい?」

 

 葵は左腕を見た。

 それから、空けておいた机へ右手を置く。

 

「お願いします」

 

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