深層救助屋――帰還禁止の少女   作:病んでるくらいが一番

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第24話 帰ったら何を食べる

 旧採掘区画から戻って三日目、水瀬透(みなせとおる)は病院の待合室で、昼食の店を探していた。

 診察室の扉が開き、葵(あおい)が出てくる。

 白い髪が、肩のところで緩く結ばれていた。袖は左の手首を覆っている。

 

「どうだった?」

「今日は、帰っていいそうです」

 

 透は端末をしまい、立ち上がった。

 救助の当日はそのまま入院になった。翌日も、葵は腕の痛みを訴えていた。面会に行くと起きていたが、少し話すうちに目が閉じてしまう。

 昨日になって食事を取れる量が戻り、今日、ようやく自宅へ帰れることになった。

 

 医師に呼ばれ、透も説明を聞いた。

 しばらくは休養と通院を続ける。調整器の記録は病院と設備側で調べ、痛みや心臓への影響を改めて確かめることになっていた。

 葵は説明の紙を、自分の鞄へ入れた。

 

 待合室へ戻ると、透は昼食の画面を開いた。

 

「帰りに何か買おうと思うんだけど、食べたいものある?」

「水瀬さんは?」

「俺は何でも。いつもの弁当でもいいし」

 

 葵が画面をのぞき込んだ。

 透は端末を見やすい角度へ向けたが、彼女はそのまま隣の椅子へ座った。

 近かった。

 透は肘を引き、鞄を反対側へ移した。

 

「これがいいです」

 

 指されたのは、商店街の洋食屋だった。料理の写真に、大きなオムライスが載っている。

 

「持ち帰れるみたいだな。電話しておこうか」

「今度は、お店で食べたいです」

「元気になったらな」

「水瀬さんと」

 

 透は返事をし損ねた。

 葵はこちらを見ていた。画面の写真ではなく、透の顔を。

 

「……うん。行こう」

 

 ようやく言うと、葵はうなずいた。

 透は店の電話番号を二度押しかけ、一度、指を画面から離した。

 

 *

 

 車が来るまでの間に、剛田猛男(ごうだたけお)から連絡が入った。

 透は葵へ一言断り、少し離れた窓際で通話を取った。

 

『退院できそうか』

「ああ、今日帰れることになった。しばらくは通院が必要だけどな」

『そうか。こっちの十人も、全員生きてる。もう退院した人もいる。脚の骨折と熱で入院が続いてる人はいるが』

 

 透は窓の外を見た。

 道路の信号が変わり、車がゆっくり進み始める。

 

「よかった」

『班長が礼を言いたいそうだ。まず休ませてやれとは伝えてある』

「ありがとう」

 

 救助の翌日、採掘会社は人数の誤りを現場の責任にしたらしい。

 だが、班長の日誌には実際の出勤人数が残っていた。管理局と警察が別々に話を聞き、会社の指示も含めて確認しているという。

 その場で仕事や寮の問題まで片付いたわけではない。作業員たちは、生活の相談を受けながら事情を話していた。

 

『あと、保守室に残ってた書類の件だ』

 

 剛田の声が変わった。

 

『設備班が、昔の点検票を回収してる。あんたが問い合わせてた、封鎖記録の別紙と似た書式があったらしい』

 

 二年前の事故の記録には、別紙だけが欠けていた。

 鷹宮(たかみや)と明智(あけち)が調べている件だった。透も明智に尋ねてよい範囲を確かめ、資料の様式や番号について、旧設備を扱う知り合いへ問い合わせていた。

 

「同じ番号なのか」

『そこまでは聞いてない。発行元の欄が同じだそうだ。写しの確認を頼まれたが、先に監察へ渡しておいた』

「助かる。俺にも連絡が来たら見る」

 

 閉じた通路の手前で止められたことを、透は忘れていなかった。

 あの事故と今回の採掘に、何か関係があるのかはわからない。古い用紙を使い回しているだけかもしれなかった。

 それでも、別紙に何が書かれていたのかを確かめる手掛かりにはなる。

 

『今日は帰れよ』

 

 剛田が言った。

 

「帰るよ」

『その返事、信用していいやつか』

「今日はいいやつ」

 

 笑い声が返ってきた。

 通話を終えると、葵が待合室からこちらを見ていた。透は手を上げ、戻った。

 

「十人とも、生きてるって」

 

 葵は息を吐いた。

 鞄の持ち手を握っていた指が、少し緩んだ。

 

「退院した人も?」

「いる。まだ入院してる人もいるけど、治療を受けてる」

 

 葵はうなずき、椅子から立った。

 透が荷物を持とうとすると、小さな鞄だけは自分の肩へかけ直した。病院から渡された大きな袋を、代わりに差し出される。

 

「こっちは、お願いします」

「了解」

 

 透は袋を受け取り、玄関へ向かった。

 葵が右側を歩いている。こちらが歩幅を緩める前に、服の袖を少し引かれた。

 

「ゆっくりで、お願いします」

「ごめん」

 

 透は速度を落とした。

 袖をつかむ指は、そのあとも離れなかった。

 

 *

 

 家へ戻ると、葵は自分の部屋へ鞄を置きに行った。

 透は買ってきたオムライスを食卓へ並べた。片方のソースの容器を開け、勢いよくこぼしかけて持ち直す。

 背後で、小さく笑う声がした。

 

「お皿に移さなくていいです」

「いや、せっかくだから」

「食べる前に落としそうです」

 

 透は容器を置いた。

 葵が自分のコップを取り、透の古いコップも隣へ置く。来客用の一つは、棚に残った。

 

「今日は座ってていいよ」

「コップくらい持てます」

 

 叱られたような気がして、透は口を閉じた。

 葵は向かいへ座り、スプーンを取った。

 

「いただきます」

 

 二人で蓋を開けた。

 葵は最初の一口を食べ、もう一口すくう前に卵の切れ目を見た。普段の弁当より、ゆっくり食べていた。

 

「これ、好きかも」

「じゃあ、また買ってくるよ」

 

 言ってから、透は先ほどの約束を思い出した。

 

「今度は店で、だったな」

 

 葵が笑った。

 透は自分のスプーンを見下ろした。

 

 入院してから、彼女は面会の終わりに、次はいつ来るか聞くようになった。今日も、隣に座り、袖をつかんだ。

 うれしかった。そのことは誤魔化せなかった。

 だからといって、つらい思いをした直後の彼女が頼る手を、自分に都合よく受け取るわけにはいかない。

 

 葵がこちらを見ていた。

 

「仕事の連絡ですか」

「いや。来てない」

「今日はもう、行かないんですよね」

「行かないよ。夕飯も一緒に食べる」

 

 葵は少し考えた。

 

「夜は、魚以外がいいです」

 

 透は冷蔵庫を見た。買い足そうとしていたものを、言う前に当てられた気がした。

 

「肉にしようか」

「はい」

 

 端末に、監察から資料を受け取ったという通知が届いた。

 透は表示だけ確かめ、返信は食事のあとにすることにした。

 買い物のメモを開き、肉、と書く。

 

「何の肉がいい?」

 

 葵がスプーンを置いた。

 

「水瀬さんが、作るんですか」

「焼くくらいなら」

 

 葵はテーブルの端にあるソースの容器を見た。

 透もつられて見てしまった。

 

「まず、お惣菜にしましょう」

 

 言い返せずにうなずくと、葵がまた笑った。

 

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