深層救助屋――帰還禁止の少女   作:病んでるくらいが一番

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第27話 渡されなかった別紙

 旧クランを訪ねてから二日後、水瀬透(みなせとおる)はダンジョン管理局の会議室にいた。

 机の上には、十九階層の古い地図が広げられている。透の隣には堀江修司(ほりえしゅうじ)、向かいには鷹宮誠司(たかみやせいじ)と明智信玄(あけちしんげん)が座っていた。

 記録担当が扉を閉め、出席者を確認した。

 

「当日の判断について、私が覚えていることと、記録で確認できることを分けて話す」

 

 鷹宮が言った。

 いつものように腕を組まず、両手を机へ置いていた。

 

「透からは、別の経路で救助に入れるという報告が来た。私は現地の保安担当へ、封鎖の根拠を問い合わせた」

 

 時刻の書かれた通信記録が、一枚ずつ配られた。

 危険設備の保全区域に該当。立ち入りを認めない。

 最初の回答は、それだけだった。

 

「危険って、何がですか」

「熱いガスが流入するおそれがあり、扉を開けると退避している者まで巻き込む。二度目の問い合わせで、そう説明された」

 

 透は北三号連絡路の線を見た。

 あのとき、そこに空間があることはわかっていた。通り抜けられる幅もあった。

 ガスは見えない。地形だけでは、安全と言い切れなかった。

 

「測った値は」

「受け取っていない」

 

 鷹宮の返事は短かった。

 

「現地の設備担当も同じ説明をしていた。私は危険情報が正しいと判断して、進入を止めた。別の経路の捜索を続けるよう指示した」

 

 透は指を組んだ。

 知っている話だった。今初めて聞いたわけではない。

 けれど、測った値はなかったという一言が、喉に引っかかっていた。

 

「俺の図面より、そっちを信じたんですね」

 

 堀江の椅子が小さく鳴った。

 鷹宮は視線をそらさなかった。

 

「君の図面を疑ったのではない。だが、結果として、君の示した経路へ誰も入れなかった。私の判断だ」

「それで、ミカは」

 

 先が出なかった。

 鷹宮が何か言いかける気配もなかった。

 明智も、紙を揃える手を止めていた。

 

「すみません」

「謝らなくていい」

 

 鷹宮は静かに返した。

 

「君に納得してもらうために、この席を設けたのではない。当時の私の判断も、調べる対象に入れるためだ」

 

 透は組んだ指をほどいた。

 その言い方を、すぐには受け入れられなかった。責めたい気持ちがあり、責めたくない気持ちもあった。

 六歳の自分を運び出した腕を覚えている。

 自分が救助を仕事にしている理由まで、ここで一緒に崩したくなかった。

 

「当時も、記録を取り寄せようとはしたんですか」

 

 聞くと、鷹宮は机の端から、クリップで留めた書類の束を取り上げた。

 

「事故後に二度、問い合わせた。返ってきたのは設備事故の報告書だった。封鎖前の測定記録までは含まれていなかった」

 

 透の前へ置かれた紙には、回答のあった日付と、再照会の文面が並んでいた。

 誰も何もしていなかったわけではない。それがわかっても、気持ちは軽くならなかった。

 

「今回は、違うものが出てくるんですか」

「同じ回答で済ませられるかどうかを、私たちが確かめます」

 

 明智が答えた。

 

「当時の照会は事故報告についてでした。今は、現場へ渡された紙と保存文書の内容に食い違いがあります。誰が何を受け取ったか、一つずつ回答を求めています」

「もし、記録がもうなかったら」

「ないことを記録に残します。いつ、誰の判断で処分したかも対象です。わからない部分を、わかったことにはできません」

 

 透は書類の束を鷹宮へ返した。

 今すぐ欲しい答えが出てこないのは、わかっていた。それでも、質問を重ねれば誰かが言ってくれるような気がしていた。

 堀江が、水の入ったコップをこちらへ寄せた。

 

「一度休もう。俺も、受け取った書類を整理したい」

 

 透はうなずいた。

 席を立つと、膝の後ろが固くなっていた。窓際まで歩き、外の駐車場を見る。救急車両の出入口が開き、係員が車を誘導していた。

 その光景をしばらく見てから、机へ戻った。

 

 *

 

 休憩を挟み、明智が三枚の文書を並べた。

 旧採掘区画から回収された点検票。灯路に残っていた封鎖通知。資源政策局から取り寄せた、当時の文書を配った先の一覧だった。

 

「二十一階層の点検票から、文書を出していた課がわかりました。同じ課の保存記録を照会し、北三号の封鎖通知について回答を得ています」

 

 透は日付を確かめた。

 二十一階層の点検票は、別の設備についてのものだ。そこにミカの事故が書かれていたわけではない。

 発行元をたどった結果、ようやく当日の紙へつながった。

 

「通知の作成時刻は午後一時四十二分。設備保全課から、現地の保安担当へ送られています」

 

 明智が次の行を指した。

 

「詳細な危険情報を添えるよう指示が出たのは、一時五十一分です」

 

 九分の差だった。

 透は、自分の通信記録を引き寄せた。

 

「ミカから最後に声が入ったのが、一時四十七分です」

「はい。その時点では既に進入禁止が出ています。ただ、危険についての詳しい説明が後から付けられたからといって、封鎖した時点では危険がなかったとは言い切れません。書類にする前に、口頭で危険が伝えられていた可能性も調べます」

 

 堀江が、封鎖通知の裏を見せた。

 現場の隊員が受け取ったのは一時四十四分。一枚のみ、と当日の引き継ぎに残っている。

 

「現場では、別紙を待っていたわけでもありませんでした。危険だから入るな、それだけです」

 

 明智はうなずき、記録担当へ確認した。

 紙の上に書き加えられる文字を、透は見ていた。

 あのとき聞いても返ってこなかった答えが、今は、答えのなかった事実として残されている。

 

「現地を見たいです」

 

 透が言った。

 

「あの通路と、危険だと言われた設備が、どうつながっていたか。今の形だけなら俺にも見られます」

「そのための計画を、設備側と組んでいます」

 

 明智が現在の地図を開いた。

 調査対象は北三号連絡路と、その手前の監視室。ミカのいた退避場所まで、今回一度で入る計画ではなかった。

 監視室の壁には、温度や圧力を記録する装置が残る可能性がある。通常回線が止まっても、手元の記録だけは保存する形式だという。

 

「同じ型の装置の資料を確かめています。壊れていれば読めないかもしれませんが、まず設置場所を確認したい」

「経路の調査なら、うちも人を出します」

 

 堀江が言った。

 鷹宮は二人を見て、手元の書類へ署名した。

 

「局が保管する当日の記録は、抜き取らず一式を監察へ渡す。現場への調査許可も、必要な条件を満たし次第、私が出す」

 

 署名の下に、ダンジョン管理局長とあった。

 

「省の別の局が持つ記録まで、私の一存では開けられない。そこは明智さんたちに進めてもらう。私宛ての問い合わせも、同じように残してほしい」

 

 明智が書類を受け取った。

 透は、何も言わずにその手を見た。

 

 *

 

 会議室を出る前に、鷹宮が透を呼び止めた。

 堀江は廊下で待つと言い、扉を開けたまま外へ出た。

 

「十九階層の、もう一人の捜索も続けている」

 

 鷹宮が図面の別の場所を示した。

 葵(あおい)が残してきた女性のいた区画だ。

 

「入口側の配管を一本、撤去できた。だが、その奥の天井をまだ支えきれない。人を通す前に、支柱を入れる位置を作っている」

 

 北三号の調査範囲とは、離れていた。

 同じ階層でも、行ける場所が一つ増えたからといって、その奥へ全部通じるわけではない。

 

「葵にも伝えます」

「頼む」

 

 透は図面を受け取った。

 鷹宮が言葉を待っているのはわかった。それでも、何と言えばいいか決まらなかった。

 

「今は、まだ」

 

 口を開いてから、一度息を吐いた。

 

「調べたものを見てから、考えたいです」

「そうしてくれ」

 

 鷹宮は、それ以上を求めなかった。

 廊下へ出ると、堀江が紙コップのコーヒーを二つ持っていた。

 

「熱いぞ」

 

 渡されたものを両手で受け取る。

 左の手のひらに残っていた傷は、もう薄い線になっていた。透はそこを親指で触り、やめた。

 まずは書類に残された記録と、現場に残っている痕跡を、一つずつ確かめようと思った。

 

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