深層救助屋――帰還禁止の少女   作:病んでるくらいが一番

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第29話 先に閉じた道

 十九階層の監視室で、水瀬透(みなせとおる)は壁の割れ目へ手を伸ばした。

 

「触るな」

 

 堀江修司(ほりえしゅうじ)に腕をつかまれ、止まった。

 

「何が支えてるか、先に説明しろ」

 

 透は手を引いた。今すぐ取り出せば、何かわかる気がしていた。

 息を吐き、小さな形から周囲の岩へ意識を戻す。

 

「上は壁に食い込んでます。箱みたいなものがあるのは、その下。右の割れ目からなら、岩を動かさずに届くかもしれません」

 

 設備担当が細いカメラを差し入れた。

 砂の隙間に、黒い角が映った。透の見つけた位置だった。

 周囲の岩を支えてから、挟む道具を通す。透はカメラの映像と頭の中の形を照らし、先端を少し下へ向けてもらった。

 

「そこ。手前に出っ張りがあるから、いったん左へ」

 

 出てきたのは、割れた小型録音機だった。

 堀江が受け皿へ置き、側面の砂を払う。灯路の印と、貸出番号が見えた。

 

「偵察用だ」

 

 透はしゃがみ込んだ。

 その番号が誰のものかまでは覚えていない。ミカも、同じ型を胸につけていたのは確かだ。

 

「収容したとき、あいつのはありませんでした」

「装備の回収表と照合する。まず写真だ」

 

 堀江は録音機へ伸びかけた透の手を、今度は声だけで止めた。

 ミカを迎えに来たとき、壊れた胸の留め具は見ていた。録音機は脱落したまま見つからず、遺体と持ち出せる装備を収容して退いた。

 そのころは、岩の向こうにこんな小さな形があるとはわからなかった。

 

「動きますか」

「ここでは電源を入れません。中の記録を読めるか、上で調べます」

 

 技術者の返事に、透はうなずいた。

 岩が後から動いて、ここへ押したのかもしれない。置かれたのか、落ちたのかも、まだわからなかった。

 監察担当が発見位置を記録し、録音機を別の保護容器へ収めた。

 地上へ追加の回収物を報告する間、透はその容器を見ていた。

 

 *

 

 午前十一時前、北三号連絡路で、透は古い隔壁を見上げた。

 地上への報告を終え、予定していた範囲の調査を続けることになった。監視室から取り外した記録器は、蓋を封じたケースに入れ、手前の台車へ固定してある。

 今いるのは、その先にある連絡路の入口だった。

 

「この扉です」

 

 透は当時の写真を端末へ出した。

 二年前には下りきっていた隔壁が、今は膝ほどの高さで止まっている。下の隙間は、新しい柵で塞がれていた。

 封鎖の札には、地形変動による枠の破損とあった。

 

「潜って見るつもりはないな」

「外から確かめます」

 

 堀江へ答え、透はしゃがんだ。

 頭の中で、扉の奥へ通路をたどる。最初の角までは幅が残っていた。その先は壁が崩れ、天井から落ちた岩と重なっている。

 二年前の図面とは、もう違っていた。

 

 設備担当が照明を立て、監察担当が扉の番号と周囲を撮影した。

 透は脇へ退き、足元のケーブルを壁際へ寄せた。

 

「危険だと言われてた配管は、どこを通ってたんですか」

 

 記録器を扱う技術者が、持参した図面を開いた。

 

「報告書では、この壁の向こうです。高温の流体を通す系統で、破損すれば蒸気が出る。そのこと自体は間違っていません」

 

 ライトが右の壁へ向いた。

 上のほうに、丸い管が二本走っている。途中から覆いの中へ入り、角の向こうへ消えていた。

 

「ただ、当時この扉の向こうへ漏れていたかは、別です。記録器の値と、測定していた場所を照らします」

「配管に穴が開いてたら、今も残ってませんか」

「修理されています。目の前の管が同じものかも確認が要ります」

 

 透は立ち上がった。

 自分の能力で新しい壁の位置はわかる。だが、壁がいつ作られたかはわからない。

 今ここに穴がないから、当時もなかったとは言えなかった。

 

 補強担当が、壁際の覆いを指した。

 

「点検蓋なら、ここから開けられます。中の札を撮りましょう」

 

 蓋を留めているねじが、一つだけ岩に隠れていた。

 透は膝をつき、岩の背後を探った。大きな塊に見えたが、上の壁とはつながっていない。床に落ちた一個だった。

 

「こいつを横へずらせば届く。上の壁は載ってない」

 

 設備担当が周囲を目視で確認する。透はくさびを差し入れ、少し浮いた岩へ指をかけた。

 片膝を引き、腰を落としたまま転がす。堀江が台木を噛ませ、戻らない位置で止めた。

 開いた蓋の中には、細い管と弁が並んでいた。

 

「力仕事ばかり頼んで悪いな」

「これなら、すぐ済むんで」

 

 透は手袋の砂を払い、ライトを差し入れた。

 札は二枚重なっていた。上には去年の交換日、下には古い設備番号がある。

 技術者が写真を撮り、持ってきた図面へ印をつけた。

 

「記録器につながっている温度計は、この枝です。もう一本のほうではありません」

 

 透は二本の管を見比べた。

 

「こっちの値が低くても、隣から漏れてた可能性はあるんですね」

「はい。そこを混ぜると、あとで調査結果そのものを否定されます」

 

 技術者は次の札を撮った。

 透は急かさず、光が影にならない位置へ腕を伸ばした。

 欲しい答えに近そうなものだけ拾えば、ここまで来た意味がなくなる。

 

 *

 

 点検蓋を戻す前に、技術者が図面の端へ書かれた修理番号を確かめた。

 

「この工事の完了報告も、取り寄せてもらえますか」

 

 監察担当が番号を復唱した。

 

「何と比べるんですか」

「交換した管の範囲です。事故直後に全部交換したという報告なら、古い札がここに残っている理由を確認したい」

 

 透は覆いの中へ、もう一度ライトを向けた。

 古い札があるだけで、管まで古いとは限らない。弁だけを残して交換した可能性もあると、技術者は説明した。

 わからないところを一つ見つけるたびに、次に聞く相手が増える。

 

「今日、ここへ来てよかったんですね」

 

 思わず言うと、技術者が顔を上げた。

 

「写真がなければ、同じ説明を読み直すだけでしたから」

 

 透は腕を上げ直した。袖の中を汗が流れたが、照明の影は動かさなかった。

 記録のために紙を何枚も増やす仕事は、あまり得意ではない。それでも、岩をどけたあとに何を残すかで、上に戻ってからできることが変わるのはわかっている。

 技術者が撮影を終え、今度こそ点検蓋を閉めた。

 

 監察担当が隔壁脇の操作盤を撮影した。

 割れた透明な覆いの下に、手動操作のレバーがある。鍵穴は空だった。

 

「当時、ここを開けてもらおうとしましたか」

「しました。保安の人は、操作する権限がないと」

 

 透は盤の前へ立った。

 ここで何度も説明した。奥に仲間がいること、自分なら通路を把握できること、別の入口から回るより早いこと。

 保安員は怒鳴り返さなかった。回線をつなぎ、返事を待ち、同じ答えを繰り返した。

 

「あの人たちも、ここから指示を聞いていたんだと思います」

 

 盤の横には、古い通話器の台座だけが残っていた。

 透はその写真も撮ってもらった。

 止めた相手の顔は覚えている。それでも、扉を閉めるよう決めたのがその二人とは限らなかった。

 

 堀江が当日の図面を隣へ並べた。

 

「最初の封鎖指示は、ここで受けた。危険なガスの説明が届いたのは、後だ」

「その前に、何を守るために閉めたのかですね」

 

 監察担当が確認した。

 透はうなずいた。

 記録器が動いていたなら、閉じた時刻や指示の種類が残っているかもしれない。だが、この場で箱を開けて確かめる機材は持っていない。

 

「持ち帰ってから、読めるんですよね」

「解析室で保存状態を確認します。読み出す作業も記録します」

 

 ケースへ目をやった透を、堀江が見ていた。

 

「拾ったもんを、無事に上げるところまでだ」

「わかってます」

 

 透は答えた。

 扉の奥で、水が落ちる音がした。

 この隔壁の先の通路を回り込めば、ミカが救助を待っていた退避場所へ行けた。監視室とは壁を隔てて隣り合っていても、人が入るにはこちらから回る必要があった。

 今は途中の通路が崩れている。それでも頭の中で地形をたどると、崩れた壁の脇に細い隙間が残っていた。

 今日は退避場所まで入る予定ではない。それでも、自分が通れる幅はないかと、透は隙間の先を確かめずにはいられなかった。

 

 *

 

 同じころ、地上の地下資源省、資源政策局長室では、黒瀬重蔵(くろせじゅうぞう)が机の上の照会文書を裏返した。

 裏面まで、求める資料の項目が続いている。

 

「前に回答しただろう」

「今回は、当時の送信記録と、別紙の作成経緯についてです。事故報告書の写しでは回答にならないと」

 

 設備保全課の課長が言った。

 黒瀬はペンを置いた。

 

「誰が現場へ入れている」

「管理局です。北三号と監視室の調査許可が出ています」

「あそこに、まだ何か残っているのか」

「装置の現状は確認中です。保存年限内の記録については、廃棄や上書きを止める通知も届いています」

 

 黒瀬の指が机を叩いた。

 

「それは読んだ。何が残っているかを聞いている」

 

 課長が口を閉じた。

 黒瀬は椅子へもたれ、息を吐いた。声を荒らげても、目の前の男が知らないものは出てこない。

 

「担当を集めろ。文書を作った者、送った者、現場へ説明した者だ。日程は今日中に出せ」

「退職した者もおります。全員の確認には」

「日程を出せと言っている。できないことを並べる前に、誰と連絡がつくのか確かめろ」

 

 課長が頭を下げた。

 扉へ向かう背中を、黒瀬は呼び止めた。

 

「三番の件は」

「移送への同意は得られていません。病院からの回答は前回と同じです」

 

 黒瀬は唇を引き結んだ。

 接続用生体ユニットの身柄が戻れば、設備の復旧も説明の仕方も変わる。ところが、相手は診療と本人の意思についてばかり回答してくる。

 こちらが必要としているものを、一向に理解しようとしない。

 

「今日は記録のほうを先にまとめろ」

 

 課長が出ていくと、黒瀬は照会文書をもう一度表へ返した。

 求められているのは、最初に扉を閉めた理由だった。

 事故報告書の表紙を、その上へ重ねる。九分の間に送られた短い指示まで探られるとは、思っていなかった。

 報告書を出せば済むと考えていた、当時の詰めの甘さが腹立たしかった。黒瀬は重ねた紙の端を、指で強く押さえた。

 

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