デスゲーム運営組織のゲームマスターに就任されていた件 作:最高司祭アドミニストレータ
黒宮創の朝は、スマートフォンの無機質なアラーム音によって開始されるのが常だった。
だが今朝は、電子音よりも先に鼻腔をくすぐる香りで意識が浮上した。
深煎りされたコーヒーの芳醇な香り。そして、ベーコンがフライパンの上で油を弾かせてカリッと焼き上がる心地よい音。
創はベッドから起き上がり、無表情のままリビングへと向かった。
そこには、昨夜腹部からおびただしい血を流して不法侵入してきた少女が、見事な手際で朝食を仕上げている姿があった。
エプロンを身につけ、キッチンに立つその姿勢には一切の無駄がない。
テーブルの上には完璧な焼き加減のトーストとベーコンエッグ、そして琥珀色のコーヒーが並べられている。
部屋を見渡せば、床にこびりついていたはずの血痕も跡形もなく消え去り、チリ一つないほどに清掃が行き届いていた。
彼女は素晴らしいメイドだ。
昨晩の致命傷に見えた傷も、なぜか塞がっているようだった。
十代の若さと新陳代謝の賜物だろうか。あるいは、出血自体が安っぽい特殊メイクや血糊を使った質の悪いドッキリだったのかもしれない。
いずれにせよ、これほどの家事能力と処理能力を持つ労働力を無償で手に入れられたのは、優秀な投資だったと言える。
『いやいやいや! 血糊なわけないでしょ! ガチの出血だったから! ていうか一晩で傷が完治する新陳代謝ってなんだよ、異世界人か! あと私の朝ご飯はないわけ!?』
昨晩、彼女を自宅で飼うと決断した際、新しい名前を授けようとした。
ペットには相応の呼び名が必要だ。
彼女の漆黒の長髪と、血に濡れたミステリアスな佇まいからインスピレーションを得て、『エターナル・ブラッド・プリンセス』という洗練されたコードネームを提案したのだ。
しかし彼女は、困惑した顔で即座に却下してしまう。
「いえ、私は天海夜霧と申します」
そのミステリアスな見た目で、思いきり日本人だったらしい。
それはいいとして、なぜ授けた名前が却下されてしまったのかが理解しかねる。
エターナル・ブラッド・プリンセス。最高にクールで、彼女の持つ暗い雰囲気にマッチしたネーミングセンスだと思うのだが。
どうやら彼女のセンスは壊滅的のようだ。解せぬ。
『絶望的にセンスないのはアンタの方だから! なにがエターナルよ!? 厨二病こじらせすぎ! 夜霧ちゃんのドン引きした顔見えなかったの!?』
そんな些細な不満はさておき、今朝のリビングの光景は創の想定を遥かに超える異常事態に陥っていた。
何故かは知らないが、またもや不法侵入が発生した。
ダイニングテーブルの周りに、見知らぬ六人の少女が立っていたのだ。
メイドとして飼い始めた夜霧を含めて、合計七人の美少女。そして家主である創を含めれば、この1Kのリビングに八人がひしめき合っていることになる。
流石に窮屈である。
酸素濃度が著しく低下しそうだ。
彼女たちの髪色や瞳の色は赤、青、金など、アニメのキャラクターのように色とりどりだった。
カラーコンタクトとウィッグによるコスプレ集団だろうか。全員が一様に、シリアスで物騒な雰囲気を漂わせている。
早く出ていって欲しい。
メイドの夜霧もろともだ。
家事代行として便利だと思い飼い始めたが、勝手に仲間を呼び込まれてはコスト計算が狂う。
えっ、向こうから勝手に入ってきた? 知らんがな。ここは黒宮創のプライベート空間である。
よし、警察に通報しよう。
昨晩はミュートモードでやり過ごしたが、今度こそ国家権力の出番だ。
そう決意してスマートフォンを取り出そうとしたが、彼女たちの腰元や太ももに、鈍く光る刃物や銃器のようなものが見えた。
精巧なモデルガンや小道具かもしれないが、万が一ホンモノだった場合、通報した瞬間に蜂の巣にされるリスクがある。
死にたくはないのでしません。通報は却下しましょう。
『却下すんの!? 昨日はあんなに迷いなく110番したのに! まぁ確かにあの物騒な武器見たらビビるよね…って、私以外は誰もビビってないの!?』
にしても、どうしてだろうか。
夜霧を含めた七人の少女たちが、創を円陣で囲むようにして、「これはどういうことか」と真剣な眼差しで問いただしてくる。
夜霧のその手には、創が普段使っているキャンパスノートが握られていた。
「マスター。この記述は、一体どういうことでしょうか」
「どういうこと、とは」
「ここに記されている、異世界帰還勇者たちのリスト。そして彼らの持つ能力、現在潜伏している座標…我々が血を吐く思いで集めた情報より、遥かに正確で詳細です。マスターは、すべてを把握しておられたのですね…?」
ノートに書いた内容は暇つぶしに考えたゲームの企画書であり、完全にフィクションの設定だ。
どういう訳か、それが彼女たちの中では「ノンフィクション」であるらしい。偶然の一致か、あるいは彼女たちが設定に過剰にのめり込んでいるロールプレイヤーなのか。
いずれにせよ、フィクションを現実だと勘違いして他人の家に押し入ってくるのはいい加減にして欲しい。
『いやいやいや! それ絶対偶然じゃないから! アンタの書いた妄想ノートがなぜか現実の裏社会とリンクしてるパターンだから!』
否定するのは簡単だ。
しかし相手は、凶器らしきものを所持した狂信的なグループ。設定を否定して彼女たちの逆鱗に触れれば、物理的な危害を加えられる可能性がある。
そうだ。実在しているフリをしよう。
異世界帰りの勇者。そういうイタい奴らが実在している体で話を合わせるのが、生存戦略として正しい。
「あいつら、魔王を討伐したからって、自分が最強だと酔いしれている。現実世界で悪さをし始めているからな」
創が重々しいトーンで適当なことを言うと、七人の少女たちの顔つきが一変した。
「その通りです。奴らは、我々のすべてを奪いました」
赤い髪の少女が、憎悪に顔を歪めて吐き捨てた。
「力を手に入れた外道どもは、この世界でも欲望のままに振る舞っている。とある勇者は力ずくで女たちを犯し、自分の子どもを産ませるという凶行すら働きました…私の母親は、奴に殺されたのです」
痛ましい告白だった。
約七名のレディから、異口同音に絶対許さないという強い意志が放たれる。絶許発言のオンパレードだ。
母親を殺された。人生を壊された。
あまりにもヘビーな設定だ。劇団のバックボーンとしては重すぎるが、演技力は真に迫っている。
『演技じゃないってば! ガチの復讐鬼の集まりだよ! アンタどんだけ能天気なの!?』
憎いか。そうだろうな。
ならばこそ、こっちに被害が来ないように気をつけねばなるまい。
彼女たちの復讐劇に巻き込まれて、平穏な日常が壊されるのは御免だ。
なんとかして、彼女たちのヘイトを別の方向へ向ける必要がある。
「お前たちの憎しみは、よく分かった」
創は腕を組み、さもすべてを見透かしたような態度で告げた。
「ならば、奴らに相応の罰を与えよう。ゲーム会社を設立する。デスゲームだ」
「ゲーム…ですか?」
「そうだ。お前たち被害者は運営側つまり社員とし、加害者である外道勇者どもをプレイヤーとして盤上に引きずり出す」
合法的なルールの中で、加害者を処刑するシステム。
これなら、彼女たちの復讐心を満たしつつ、創自身は「ゲームマスター」として安全圏から観察できる。
勇者とやらも、所詮はチート能力に溺れた厨二病のイタい奴らだ。
己の厨二病を誇示するために、快く参加してくれるに違いない。
完璧な計画である。
『完璧に狂ってるよ! 素人が思いつきでデスゲーム主催しようとすんな! しかも相手はガチの異能力者なんだぞ!』
創の提案を聞いた少女たちは、歓喜と狂信の入り混じった笑みを浮かべた。
「素晴らしい。死の遊戯で裁きを下す。マスターの深謀遠慮、恐れ入りました」
夜霧が深く一礼する。他の六人も、それに倣って頭を垂れた。
どうやら企画は通ったらしい。
「夜霧。君を運営の『統括』に任命する。そして他六名の君たちを、それぞれの専門分野を担う『部門長』に任命しよう。役割分担は追って指示する」
「はっ。我が命に代えましても」
あとは適当な企画書を投げ渡して、勝手に遊ばせておけばいい。
ふと、ダイニングテーブルの上に視線を移す。
夜霧が用意した朝食のコーヒー。
創はわずかに首を傾げた。
なぜカップが九個あるのだろうか。
この部屋には、七人の少女を含めて八人しかいないと言うのに。
「夜霧、なぜカップが九つある?」
「申し訳ありません、マスター。私もなぜか無意識に九つ用意してしまいました。何か見えない気配のようなものを感じまして」
「気の所為だろう。此処に我々以外の人間は存在しない」
『私の分だよ! 私まだ死んでないのに、なんで誰も気づかないの!? ちゃんと淹れてくれてる夜霧ちゃんマジ天使だけど、見えてないなら意味ないじゃん! 』
創は「数え間違えか」と自己完結し、一つ余ったカップを流し台に下げた。
『くそぅ、覚えてろよォ!』
まあどうせ、資金集めも人材集め諸々も不可能だろう。
デスゲームの会場を確保するだけでも億単位の金がかかる。
女子高生のコスプレ集団に、そんな真似ができるはずもない。
数日もすれば、彼女たちも現実を見て解散するはずだ。
創は冷めたコーヒーをすすりながら、このバカバカしいお遊びが早く終わることを願ってやまなかった。
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