平民、佇まいが優雅すぎて「身分を隠してる皇子では……」と勘違いされてしまう 作:訳者ヒロト
「ユリウスくんは皇族ではない? 何を馬鹿なことを言ってるの?」
学園の廊下でシンシアはそう言い返した。
向かいに立つのはニナの護衛を務める鋭い目つきの女――サヤカ。
二人はユリウス捜索についての情報共有を図っているのだった。
サヤカは辛抱強く説明する。
「皇族ではありません。学園長に確認もとれています。それに――彼は故郷から帝都まで二ヶ月の旅の最中、多くの人に目撃されています。かなり破天荒な旅路だったようですから……。貴公子とはとても思えないエピソードもありました。諸々踏まえて、本当にただの平民である可能性も充分あると考えています」
「平民にあんな振る舞いができると?」
「振る舞いで身分は判断できません。皇室の女性礼法の先生も子爵家の方ですが、たいへん美しい所作をなさいます。彼にも良い師がいたのかもしれません」
「ふうん……」
シンシアは信じていない。必死に否定するサヤカの態度がむしろ怪しく思えるほどだった。
(皇室はどうしてもユリウスくんのことを隠したいのね……。どんな事情かは想像もできないけど)
「ま、詮索するつもりはないから安心して」
「……いえ、むしろ彼の素性を探っていただきたいくらいなのですが……」
「ユリウスくんの身分が何にしろ、魔国の暗部に誘拐されたのは事実なのね?」
「……はい。ほぼほぼ間違いないかと」
「そう。想像以上の大事ね。では急いで探しましょう。学園の教師陣にも動いてもらうわ」
段取りをつけるべくシンシアが踵を返そうとしたその瞬間――
窓の外、遠くで真っ白な光の柱がそびえ立った。
二人は固まり、ただただその輝きに見入る。
天界への柱。皇族の象徴の一つだ。式典などで披露されるため、シンシアも数度目にしたことがある。
光が収まった十数秒後、シンシアはサヤカにいたずらっぽく笑いかけた。
「このタイミング――きっとユリウス君ね。これでもまだ彼は平民だと言い張るつもり?」
「………………」
皇族の護衛であるサヤカでさえ自分の認識を疑い始めてしまっていた。ひょっとするとユリウスは本当に皇族なのかもしれない――
シンシアとサヤカは光の下へ急ぐ。
***
僕はしばし新魔術の改善法について思考を巡らしていたのだが、ふと我に返った。そんなことを考えている場合ではない。
倒れたスモーカーさんたちを放置して帰っていいだろうか。いやダメだよなあ、と悩んでいると。
「閣下……。恐れ入りますが、お声をかけてもよろしいでしょうか……?」
衛兵さんが話しかけてきた。戦闘に気づいて話を聞きに来てくれたのだろう。めちゃくちゃ腰が低い。
彼の後ろには十数人の衛兵がそろっていて、さらにその奥には市民がぽつりぽつりと遠巻きにこちらを見守っている。
「僕はアルンハイム魔術学園の生徒なのですが、誘拐されてしまって」
「誘拐……!! なんという……!」
「それで今、倒したところです」
「素晴らしいご戦果です……っ! 向こうの路地から光が見えました……!」
「ありがとうございます」
帝都の人は本当に丁寧だ。僕の故郷とは大違いである。
「これからどうすればいいですか? 事情聴取とかありますよね」
「いえいえいえいえ! そんなものをするわけには参りませんよ!」
あ、そうなんだ。
じゃあどうするんだろう。帰っていいのかな。もらった魔術書に早く目を通したいのだが……。
衛兵さんが言う。
「ご指示を下されば、いかようにも動きます。どういたしましょうか」
僕が指示するの? なんで?
少し考えて納得する。
僕は魔術学園の生徒を名乗ったし、制服を着ている。学園の生徒は今年入学した平民特待生たちを除いてみんな貴族。だから僕も貴族だと思われているのだ。
「実を言うと、僕は貴族ではないんです。紛らわしくてすいません」
「は、はい! もちろんです! ですので、我ら帝都守備隊に何でもお命じください!」
「……貴族じゃないんですよ?」
「よく承知しておりますとも!」
……いまいち話が通じてない気がするが、どうしても命令してほしいなら僕が指示を出すか。
「まずは町の人が巻き込まれてないか確認してください。あと建物への被害も」
「はっ。すぐに周辺を確認させます!」
「それから、転がってる誘拐犯グループの人たちを縛りあげましょう。魔術師もいるから注意してくださいね」
「承知いたしました。……閣下、まだ危険があるやもしれません。どこか安全な場所まで護衛をおつけいたしましょうか……?」
「いえ、誘拐犯たちが目を覚ましたらみなさんでは手を焼くでしょう。ここに残ってお手伝いしますよ」
「閣下自ら……。心強い限りでございますッ」
衛兵さんたちは深く深く頭を下げ、僕の指示を実行し始めた。
どうやら巻き込まれた市民はいないようだ。一安心である。
僕も一味を縛り上げるのに手を貸そうとすると、衛兵さんたちが「どうかおやめください! 私どもの仕事ですので!」と悲鳴をあげたので、僕は大人しく見ておくことになった。
まあ誘拐されかけた被害者だし、お言葉に甘えて休んでいることにしよう……。
石段に座っていたら椅子が運ばれてきて、すぐテーブルまで用意された。
近くのカフェのテラス席からかっぱらってきたのだろうか、白い塗装の椅子とテーブル。
広場の端に設置されたそれに腰掛ける。
衛兵さんたちはボディガードかのように円陣を組んで僕を守ってくれていた。そこまでしなくていいのに。
少しすると、なんと紅茶とお菓子が出てきた。
芳醇な香りのする帝国産の茶葉と、香ばしいクルミクッキーだ。
僕が夜中のティータイムを楽しむすぐそば、広場では意識を失っているスモーカーさんたちが続々と捕縛されていく。死刑となるとやや気分が悪いので、そうならなければいいが……。
さて、灯りの魔術で照らしてスモーカーさんがくれた魔術書をぱらぱらとめくる。
安物であろうになかなか面白く、ついついのめり込んでしまい――
章の区切りでふと顔をあげる。
すると、シンシア先生、サヤカさん率いるニナさまの護衛の方々、騎士団と思わしき甲冑を着込んだみなさんが黙りこくって所在なさげに立ち尽くしている。
「おや、みなさん。迎えに来てくださったのですか」
「……ユリウス、くん」
「こんばんは、シンシア先生。いつからいらっしゃっていたので? 声をかけてくださればよかったのに」
先生は困ったように眉を下げ、口をもごもごさせながら答えてくれた。
「一応かけたんだけど……その、私たちの声が小さかったかしらね……」
「そうでしたか。集中しすぎてしまうのは僕の悪癖でして」
「い、いえ。こっちの落ち度だから。読書を邪魔してごめんなさい」
「邪魔だなんてそんな」
シンシア先生が気を取り直すように咳払いをする。
「絶対ここだと思って来てみれば、やはりだったわ。怪我はない?」
「なんとか。実は、魔国の密偵にさらわれかけていたんです」
「事情はある程度把握しているわ。ユリウスくんに何かあったらと思うと気が気でなかったの」
「ご心配をおかけしましたか。こんなところまで来ていただいてありがとうございます」
やり取りを聞いていたサヤカさんが一歩進み出る。背筋を伸ばして僕に一礼すると静かな声で言った。
「この場は我々にお任せください。すぐに馬車を用意いたしますので、シンシア教官とユリウスさまは学園へお戻りになるのがよろしいかと」
「そうね。そうしましょう。近くに敵はいないようだけど、まだ残党がどこかに潜んでいるかも。安全な学園に帰るのが最優先よ。……ユリウスくんもそれでいい?」
「もちろんです。ありがとうございます」
そこで僕は言うべきことを思い出した。
「お二人にまとめて報告しておきたいことが」
「……どうしたの?」
「なんでございましょう」
「まず、カトローネ家の家兵長さんが気に入っている娼館の主人、チャールトン家と関わりが深い宝石商は魔国のスパイらしいです。確かめてみてください」
二人は揃って目を見開いた。
「もう一つ。魔国の密偵たちはアルンハイム魔術学園を襲うという計画を立てていたそうです。まだ準備段階ではあるそうですが、警戒しておくのがよいかもしれません。みなさんのお力ならきっと事前に潰せるでしょう。学園を襲撃なんて許せませんよ」
「!!!!」
「伝えたいことはそれだけです。さてと」
僕はテーブル上の十冊の魔術書を揃えた。
「今夜は時間の無駄になりかけましたが……予想外に予定通りの収穫があったのでよしとしましょう」
そもそも古書店が魔術書セールをするという手紙があったから僕は外出したのだ。そしたら魔術書がタダで貰えた。しかも本物。運がいいこともあるものだ。
二人はなぜか言葉を失っていた。
紅茶がまだ残っている。僕がカップを静かに持ち上げ口をつけると、サヤカさんが震える唇の隙間から声を発した。
「ユリウスさま、あなたはいったい……何者なのですか……」
温くなっている紅茶を呑み込む。僕はカップの白い縁から唇を離し、ゆっくりとした動作で受け皿へ戻した。そして二人に微笑みかける。
「何者と問われましても――ただの平民ですよ?」