平民、佇まいが優雅すぎて「身分を隠してる皇子では……」と勘違いされてしまう 作:訳者ヒロト
帰りの馬車に同乗したのはシンシア先生だけだった。
僕はことの経緯をくわしく説明したのだが、そのなかで知った。僕が新魔術のつもりで開発していたアレは新魔術ではなかったらしい。初代皇帝がそっくりの魔術を作っていたんだそうだ。
被るのは珍しいことではない。だがよりにもよって皇族秘伝と被るのは肝が冷える。「秘伝を言いふらす前に殺しとけ」となる可能性も少なくないだろう。学園長に話して庇ってもらおう……。
次からは新魔術をお披露目する前に信頼できる誰かに見てもらうようにしなければ。
変わらずスーツ姿のシンシア先生はうっとりと僕を見つめ、熱っぽい語りを続ける。
「私は最初から気付いておりました、ユリウスさまが皇族であらせられることを。我々をお試しになっていたのですね。しかし皇族の方を見分けることができないほど、私の目は節穴ではありません」
「………………」
節穴ですねと言いたいところだが今回は紛らわしいことをしてしまった。
この先生は初日から変なことを言っていたが、今回で僕が皇族であるという確信を深めてしまったらしい。
だが、平民が皇族だともてはやされるなんて本物の皇族からすれば面白い話ではない。いや、それどころか、不快だからという罪状でプチッと処刑される可能性も充分にありうる。
「シンシア先生、僕は皇族じゃないんです。身分を隠してなんていません」
「ええ――そうね。ごめんなさい。つい興奮してしまって。でも言いたいのは、私はユリウスくんを敬愛しているということだけ」
「敬愛しないでください。――先生、僕は宿屋の息子です。ええ、少し傲慢にならせていただくなら、魔術が得意であることは認めましょう。でも皇族なんてことはありえません」
あの魔術は自分で作ったんです、と続けようとして、それがかなりの不敬になりうるのではと気づいて一度口を閉ざす。あれ、僕って詰んでない……?
「……こんなことを口に出すのは恐縮ですが、先生だから言いますね。僕はあの魔術を自分で作ったんです。誰かから秘伝を教えられたとか秘伝を盗んだとかではありません」
「うふふ。それは面白いジョークね」
「………………とにかく、僕が皇族なんて言いふらさないでください。僕は平民なんです」
「ええ。分かってるわ。私に任せてちょうだい」
シンシア先生は上手にウインクした。
それから僕は平民であることを証明するべく出自や宿屋での経験談を語り聞かせた。頷きながら聞いてくれたので分かってくれたのだろうか……。
しばらくして馬車の窓から学園の立派な建物の並びが見えてくる。
問題は発生したが、とりあえず帰ってこられて一安心だ。まだ二週間も過ごしていない学園だが、敷地に入るだけで心が落ち着く。
夜の終わりごろという時間帯であるにもかかわらず、生徒や職員たちが遠巻きに止まった馬車を眺め、寮の窓やベランダから見物している者もいる。
どうやら僕がさらわれたという情報は学園全体に広がってしまったらしい。
平民特待生だから目立たないのはとても難しいとはいえ、ここまで注目を集めるのは避けたかったんだけど……。
「ユリウスくん……。今日この夜のことが、あなたについて語る歴史書の1ページ目になるでしょう。私はそこに居合わせることができて光栄よ」
先生は言うや否や馬車を飛び出し、扉を支えて跪いた。左手を胸に当て、右手を僕が降りやすいように差し出してくれる。目は恍惚の色に染まっていた。あの、やめてくれませんか。
任せてちょうだいとは何だったのか。この人、僕が本当に身分を隠してる皇族だったら首はねられてるでしょ……。
先生の動きを見た群衆がざわめき、近くにいた職員が慌てて膝をつくと、隣の生徒たちもそれにならった。人垣の前から奥へ、さざ波のように頭が低くなっていく。あのあの、平民相手にそんなのやめてくれませんか……。
僕が胃を痛めつつ馬車から降りると、
「ユリウスぅぅぅぅぅぅ――っ!!」
ニナさまが人の輪の中から飛び出し、涙を滝のように流しながら駆けてくる。心配になるほどの泣き方だ。
全力ダッシュからの全力ハグを、僕は覚悟を持って受け止めた。
「うぐっ――」
「ぶじだったぁぁぁ!! いきてたああ!!」
えんえん泣きながら僕の肩に顔を押しつけてくる。皇女さまのお体に気安く触れるわけにもいかず、僕は所在なく両手を広げた。
「ごめぇ! ごめんなさぁいっっ、わたしの代わりにさらわれてぇぇっ!!」
……ああ、そういうことだったのか。ここで僕はようやく理解した。
スモーカーさんは僕を皇族だと思い込んだというよりも、ニナさまと僕を間違えた。学園で忍んでいる皇族を、ニナさまではなく僕だと思ったのだ。ニナさまと僕を間違えるってなんなんだよ。
「もし帰ってこなかったらって……っ。取り返しがつかなくなったらって、思って……っ!」
「気にしないでください。この通り怪我一つないですし、新魔術を実戦で試せて楽しかったくらいです」
「ううぅぅぅぅうぅ……ッ」
子どものように泣いて僕の制服を握りしめている。
「わ、わたしっ、もう宮殿にかえる……! また迷惑かけちゃうかもだから……!!」
「宮殿に帰るって……。ニナさまは悪くないんだから、そんなこと言わないでください」
小さな背中に手を添え、そっとさする。
「僕個人的には、ニナさまが学園にいてくれた方が嬉しいなと思います。不敬かもしれませんが、ニナさまとは気兼ねなく話せますし……。迷惑なんていくらでもかけてください。僕はニナさまのお供なんですから」
そう言うと、ニナさまはいっそう激しく泣き出してしまったのだった。
***
次の昼。
僕とニナさまはベンチに並んで座り、昼食を食べていた。
今日は天気がいいので外に出てきたのだ。サンドイッチを口に運びつつ、うららかな春の日差しに目を細める。花壇には色とりどりの花が咲き、そよ風が通るたびに街路樹の若葉が揺れている。
あのあと事情を聴かれたりしたが、すぐに解放された。多分今偉い人たちが僕とあの魔術の扱いを話し合っているのだろう。ニナさまが取りなしてくれるそうなので、大事にはならないと思いたい。
「ユリウスはこのあと何するの?」
「また図書室にこもります。読まなきゃいけない本がたくさんあるし、まだまだ作りたい新魔術もありますから」
「昨日の今日で、ほんとに熱心ね」
「ニナさまは?」
「私もお勉強よ。こう見えてけっこう忙しいんだから。今日の午後はれきしとけいざいと礼儀作法の予定――あ、そうだ」
ニナさまは勢いよく立ち上がり、えっへんと言わんばかりに胸を張って僕の正面に立った。
「この数日で進化した私のお辞儀、披露してあげるわ。目ぇかっぴらいて見ときなさい」
そしてスカートの裾をつまみ、微笑みながら腰を折る。
「おお……!」
そこにはお淑やかな令嬢がいた。
前は震えてばかりの子鹿だったのに、今はちょっと気品あるお辞儀になっていた。
「見違えますね」
「でしょー!? 先生も褒めてくれたのよっ。実はね、ユリウスを参考にしてうまくなったのよ!」
「僕を?」
「そ。雰囲気だけね」
「まあお役に立てたならよかったです」
「この調子でユリウスに負けない優雅さを身につけるつもりだから。そのうち立派なレディになるのよ。覚悟しなさいね!」
ニナさまはまた僕の隣にすとんと腰を落とした。
……さっきよりも距離が近い。というか肩と上腕と肘と太ももが密着している。体の側面がぴったりくっついていた。
「それと、街歩きの約束は、今サヤカと相談中よ。護衛の数は減らせないかもだし、もう少し先になるかもだけど……必ず決行するから。どこに行きたいか考えときなさい」
「いや、ニナさま?」
「んー?」
「んーじゃなくて。どうしたんですか」
「どうもこうもないわよ。寒いからお供で暖をとってるだけだけど? 文句あるの?」
僕は身を固くし動けなくなる。あろうことか、ニナさまは僕の肩に頭を乗せてきた。輝くハチミツ色の巻き毛から優しい匂いがする。
いつもは十歳児かなとさえ思うような幼さを残した少女なのに、今は香るほど女性的だ。
「くっつきすぎですって……」
「うっさいわね。黙りなさい。これは匿名よ!」
「………………」
おそらく勅命と言いたかったのだろう。誰の命令か分からなくなってしまった。
それはともかく、ニナさまがすべやかな頬を擦り付けてくる。この状態はよろしくない。どうにかせねば――
と、そのときである。
「ニナさま、ユリウスさま。お邪魔して申し訳ないのですが……」
音もなく現れたのはサヤカさん。お邪魔することこそ目的だろう。助かった……のだろうか。
ニナさまが電光石火で僕から距離を取り、照れたように前髪をいじり始める。
「サヤカ、いつから見てたのよっ」
「朝からずっとです。護衛ですから」
サヤカさんはニナさまをじっと見て、
「ニナさま。お小言がございます。第一に、ここは人目のある場所です。慎みをもっていただきたい。第二に、誰も見ていないとしても――見ていないからこそ、殿方とそのように触れ合うのはおやめください」
「サ、サヤカのばかぁっ! スケベっ! くっついただけでそんなこと考えてえっちなやつ!!」
ニナさまのガキすぎる抗議を無視し、サヤカさんは感情の伺えない瞳を僕に向けた。
「ユリウスさま。ニナさまと仲良くしていただきありがとうございます」
「はい……」
「もしご迷惑でなければ、お二人のご関係について少々相談する場を設けさせていただきたいのですが」
「……その手に二度も引っかかりませんよ。説教と見せかけてさらうんでしょう?」
「さらいませんし、説教ではありません。お話をさせていただくだけです。開けた場所でするお話でもありませんので、お部屋にお招きします」
口調こそ丁寧だが、絶対に説教だ……。
闇組織に誘拐されるより断然怖い。スモーカーさん、今すぐ僕をさらってくれませんか。
僕は無事に帰れることを祈った。
これにて一章完結でございます。
たくさんの感想と評価、ありがとうございます。別サイトで二年以上書き続けてきましたがこれほど多くの方に読んでいただくのは初めてで、ハーメルンではみなさまのおかげで日間一位まで獲得できて望外の喜びに震えております。
感想は、返信で悩んじゃうタイプの人間なので基本返さないこととしておりますが、とても励みに、また参考にもなっております。
毎日投稿を待っているという嬉しい評価もいただいているなかたいへん恐縮なのですが、二章は少々お待ちください。全体がある程度できあがってから最初に戻って推敲するような書き方をしているもので……。なるべく早く書き上げます。
というわけで、お読みいただきありがとうございました。二章も楽しみにお待ちいただけると幸いです。