平民、佇まいが優雅すぎて「身分を隠してる皇子では……」と勘違いされてしまう   作:訳者ヒロト

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2話 優雅なだけじゃない……っ!

 魔力で魔術陣を描き、詠唱する。

 すると魔術が発動する。

 

 突き詰めると現代魔術を構成する要素はたったの三つだけなのだ。魔力、魔術陣、詠唱。

 

 同じ陣を描き、同じ言葉をとなえれば、誰がやってもまったく同じ現象が起きる。

 

 魔力は誰にでもある。だから魔術陣の描き方と詠唱の言葉さえ知れば、誰でも魔術が発動できるわけだ。

 

 ただしこれは現代魔術にかぎった話で、百年以上前の魔術はまた話が変わってくるのだが、それはおいておいて。

 

 誰でも発動できるからこそ、魔術師たちは知識を容易く他人に教えないし、魔術書のたぐいが取引される場合もめちゃくちゃ高価だ。

 

 端的に言えば知識の――そして武力の独占だ。

 

 だから僕は誰にも教わることができなかったし、今まで読んだ魔術書は十冊もない。

 

 今のところは使える魔術もたったの数種類。

 

 いちばん得意なのはもちろん人生で最初に見た魔術であり、最初に覚えた魔術。

 

 《火弾》。

 

 爆発する弾丸を飛ばす初級の魔術だ。

 

 

 

**

 

 

 

 シャワーを浴びたあと、寮の部屋に制服が用意されていたので、早速着てみることにした。

 

 袖を通し、大きな鏡の前に立つ。

 

 

「……似合ってないな」

 

 

 こんな襟や袖がきつい服は初めてだ。こんなのを好んで着てるお貴族様は変わり者だと思います。

 

 

「ユリウス君。お待たせしてごめんなさい」

 

 

 控えめなノックの音。ちょうどよくシンシア先生が戻ってきた。

 

 

「待ってませんよ」

 

 

 扉を開く。

 

 シンシア先生は、制服を着た僕の全身を見回し、くわっと目を見開いた。

 

 

「お似合い、ですッッゥ!!」

 

 

 ……僕はひたすら怖かった。お貴族さまが意味不明なことを口走ってくるというのは恐怖以外の何物でもない。

 

 

「旅装のときはまだ高貴さを隠せていましたが、制服を着られるといっそう気品にみなぎっておられます。これほど美しい立ち姿を私は見たことがありませんッ!」

 

 

 目が怖い。距離が近い。鼻息が荒い。僕を舐め回すように観察――いや鑑賞している。ただの変態のようだ。

 

 ショタコン……? もしかすると平民の少年を食い漁るご趣味をお持ちなのだろうか。お貴族様っておそろしい。

 

 いやまあ、シンシア先生は二十歳前半だろうから、年齢差はそんなに無いんだけど……。

 

 というか高貴さとか気品って何いってんだ?

 

 僕はシンシア先生から若干身を引きつつも、丁寧さを保って応える。

 

 

「お褒めいただきありがとうございます……? しかし、繰り返すようですが、僕に敬語なんて使わなくていいんですよ?」

 

「ハッ――失礼しました。私としたことが取り乱してしま……ったわ」

 

 

 私としたことがってなんですか。さっきから挙動不審ばかりですよ。

 

 

「というかシンシア先生は、確認したいことがあるとおっしゃってましたが、何の確認をなされてきたのですか?」

 

「学園長に少々、ユリウス君のことでね」

 

「なるほど。それなら僕も一緒に行けばよかった。ご挨拶したいですから。今からでも訪ねてよいでしょうか?」

 

 

 学園長が僕の実家の宿屋に泊まり、僕の魔術を見てくれて、学園へ誘ってくれたのが始まりだ。

 

 渡されていた"課題"についても一定の答えが出たので、聞いてほしいし。

 

 

「いえ、学園長は先ほど学園を発ったわ。お忙しい方だから」

 

「そうですか。残念です。いつお戻りになられるのでしょう」

 

「分からない。放浪の旅とおっしゃっていたわ」

 

 

 ひまの極みじゃねえか。僕を放置しないで帰ってきてください。

 

 

「ユリウス君。今から学園を案内しようと思うのだけど――そのまえに。魔術を見せてもらってもいいかしら?」

 

 

 シンシア先生が腕を組んで言った。威厳ある教師のように見えなくもない。いや、やっぱ見えない。息をハアハアしてるので台無しだ。

 

 

「喜んでお見せしますが……学園長から何か説明を受けたのですか?」

 

「自分の目で見てみなさい、とだけ」

 

「意味深な振る舞いはあの方らしいですね」

 

「演習場に移動しましょう。授業が始まったら何度も使う場所だから、位置を覚えておいてね」

 

 

 渡り廊下を進んでいく。

 

 途中である絵画が飾られていた。ロマンスグレーの短髪を撫でつけたイケオジと、その背後に浮かぶ大量の魔術陣。紅の輝きが夜天を覆うほどで、魔術陣の数は数百あるのではないだろうか。

 

 つい足を止めてしまった僕に、シンシア先生が気付いて解説してくれる。

 

 

「初代皇帝ガイウスさまを描いた絵画ね。まだお若い頃の御姿よ。神々しいわよね……」

 

 

 ちらり、と視線が僕に向いた。

 

 

「似て、る……」

 

「似てません。何言ってるんですか。歳も背格好もぜんぜん違います。畏れ多いのでやめてください」

 

 

 新手の嫌がらせなのだろうか。この先生が副担任でやっていけるのか、どんどん不安になってきた。

 

 

 

 

 

 僕たちは演習場という場所へやってきた。

 

 だだっ広い砂のグラウンドだ。僕とシンシア先生以外には誰もいない。

 

 

「どんな魔術をお見せしましょうか。といってもほんの数種類しか使えないのですが」

 

「普通、入学前に十は覚えるものだけれど……どうして少ないの?」

 

「学ぶ機会をなかなか得られなかったもので」

 

「そんな庶民みたいなことを言うのね」

 

「はい、まあ、庶民なので」

 

「そうね――。一番得意な魔術を見せてくれればいいわ」

 

「では《火弾》ですね」

 

「ちょうどいい。それなら多重描画をやってもらおうかしら。今年の入試の項目の一つでもあったから」

 

 

 多重描画とは、複数の魔術陣を同時に描くという技術だ。

 

 絵画で例えるなら右手と左手で別の筆を握って描くようなもの。曲芸じみてはいるが、反復練習を重ねれば不可能ではない。

 

 

「今年の新入生の最高記録は四十九よ。ユリウス君はどこまでいけるかしら?」

 

「最高記録を超えてみせます」

 

「本当に? 自信ありげね」

 

「よほど緊張しなければ超えられるでしょう」

 

「いいわ。面白い。――せっかくだし、私に撃ち込んでみましょうか」

 

 

 シンシア先生は形の良い唇に微笑を乗せた。

 

 

「本気で、殺す気でいいわ」

 

 

 おお……。教師っぽい頼れる台詞も言えるんじゃないか。かっこいい。僕はこんな先生に教わりにきたのだ。

 

 

「じゃあ本気でいきますよ?」

 

「ええ。捌いてあげるわ」

 

「胸を借りさせていただきます」

 

 

 僕とシンシア先生は離れて向かい合った。

 

 二十歩の距離の向こう、シンシア先生がリラックスした自然体で立っている。

 

 実を言うと、僕は人に向かって魔術を撃った経験がそれなりにある。故郷から帝都までの旅は二か月以上かかった。荒れた土地も通ったので、揉め事にはよく巻き込まれたのだ。

 

 

「いつでもいいわ」

 

 

 魔術陣描画領域というものがある。手のひらの前1ミリにしか描けない者もいれば、1メートル先まで自在に描ける者もいる。

 

 僕は後者だ。《火弾》は使いすぎて、体表から遠い位置にも難なく魔術陣を描画できる。

 

 

「――――」

 

 

 魔力を体外へ伸ばす。魔術陣を描く。幾何学模様と古代ルーン文字が宙に出現していく。

 

 澄んだ水色の魔力は魔術陣へと変わるにつれ、煌めく赤色へ染まっていく。

 

 僕の左右に大量の魔術陣が広がった。

 

 

「いきますよ!」

 

 

 シンシア先生が息を呑んだのが見えた。

 

 

 

***

 

 

 

 シンシアは陶然とした。

 

 手をあげ、背後に大量の魔術陣を従えるユリウス少年の姿にはオーケストラの指揮者のような優雅さがあった。構図として美しく、ずっと見ていられる。

 

 そしてこの威圧感、立ち姿の美しさ――やはり似ている。彼は初代皇帝の写身のようであった。少なくともシンシアの目にはそう映った。

 

 それはそれとして――

 

 

(これは無理かも……!)

 

 

 シンシアは泣きたくなってもいた。

 

 広がった魔術陣はそれぞれ重なり合っていて、数を判ずることさえできない。

 

 かっこつけた一分前の自分が憎らしい。殺す気でなんて言うんじゃなかった。

 

 しかしシンシアは教師である。面子というものがある。ユリウス・ユーガの正体がなんであれ、生徒に負けるわけにはいかないのだ。

 

 

「このまま撃って大丈夫ですか? 減らした方がいいですか?」

 

「っ、せんせいをあんまり舐めないことね! 火弾なんて基本魔術、どれだけ多かろうが捌けるんだから!」

 

 

 両者は同時に詠唱した。

 

 

火弾よ(Dagaz-Bollo)

 

堅牢なる魔法の盾よ(Alu)

 

 

 紅い魔術陣から赤熱する無数のつぶてが生み出され、流星群のように宙を駆ける。阻むのは半透明のガラスのような障壁だ。両者が衝突し、甲高い破砕音が炸裂する。

 

 

「――ッ」

 

 

 《盾》がもう壊される。一射ごとが普通の《火弾》よりもずっと強力に調整されている。シンシアは息を呑み、あわてて《盾》を重ね掛けした。

 

 数秒のうちで実に七度シンシアの《盾》は貫かれたが、そのたび即座に作り直す。

 

 シンシアの描画速度もまた超一流の域に達している。

 

 彼女は魔術師として実戦型というより理論・研究型だが、それでも世界最高の学園で教師を務める実力者だ。

 

 しかし――

 

 

(抜かれる!!)

 

 

 ユリウスの火弾はまっすぐ放たれたのではなかった。一部は大きく右に膨らみ、または左、あるいは上に迂回して曲射軌道を描く。

 

 気付けば全天三百六十度を火弾に包囲されていた。

 

 一射ごとに揺らぎ揺らめき、シンシアの作る盾を回り込むように抉り込んでくる。百人の魔術師が同時に攻撃してきている――そう錯覚するほど、一つひとつに意図が込められている。

 

 シンシアは全力で《堅牢なる魔法の盾》を並べていく。新入生相手に全力を出すとはとても思っていなかった。

 

 一瞬、死さえチラつく。シンシアは速戦は苦手なのだ。油断が命取りとなった。

 

 だが、よく見極めれば全弾がシンシアに直撃するわけではない。脇をすり抜けて地面に墜ちる火弾も多い。これが意図的なのか、それとも外れてしまったのか、シンシアには判断がつかなかった。

 

 防御が必要なものだけを的確に弾き落としていく。

 

 そして――攻撃はおさまった。パッと見ただけでも、地面に散らばる弾の数は五十を確実に越えている。

 

 今は魔術のレパートリーを持たないらしいが、末恐ろしい少年だ。魔術陣描画のセンスと正確性が図抜けている。学園長が大喜びで入学させるのも理解できるというものだ。

 

 だが、ここはシンシアの勝ちということで。教師の体面は守られた。

 

 シンシアは「まあ防御できましたけど」という余裕を滲ませつつ言う。

 

 

「とても良かったわ。さすが特待生と言うしかないわね」

 

 

 シンシアは地面を黒くしている着弾痕に目をやった。

 

 

「これ、ぜんぶでいくつ展開したの?」

 

「きりよく百です」

 

 

 最高記録は四十九なんですけど……。

 

 しかもまだ余裕を窺わせている。どうやら世界は広いらしい。この生徒は魔術師としてもとんでもないかもしれないぞ、とシンシアは考えた。

 

 

「かなりの割合で私を逸れる軌道があったけど、あれはわざと?」

 

「はい。万が一にも怪我させないようにと思いまして」

 

「そう……」

 

 

 本当に殺す気でコレを撃たれたら。想像すると背筋が冷える。

 

 しかしながら――シンシアは涼し気に長髪を払ってみた。

 

 

「先生相手に手加減とは生意気ね。一応言っておくと、全弾私に直撃させるつもりだったとしても、しのぎ切ってみせたわよ」

 

「わあ……。さすがです」

 

 

 純粋な目の輝きが心に痛い。ごめんなさい、防御できるかは五分五分くらいです。シンシアは顔を逸らしてしまった。

 

 

「シンシア先生の《盾》の同時描画、連続描画もお見事でした。当然のことかもしれませんが――僕が見てきたどの魔術師よりも速かったです」

 

「まあね? まだまだ本気じゃないけどね?」

 

 

 めちゃくちゃ本気でした……。皇族に対して(皇族ではないが)見栄をはる罪悪感と教師としてのプライドが衝突するシンシアである。

 

 彼女もまだ二十三歳。研究室を卒業して教員になったばかりの若者であり、技術的にも精神的にも未熟な面は多いのだった。

 

 

「ともかく――新入生とは思えない素晴らしい技術です。あれだけの数を同時に、しかも自在に構築するなんて」

 

「それほど褒めていただけるとは。でも僕は《火弾》ひとつを長く練習してきたので、一芸特化というやつですね。魔術師としての総合力ではまだまだです」

 

 

 《火弾》は基礎中の基礎。この魔術の多重描画というのは、料理に例えるならばたまねぎのみじん切りをどれだけ速く正確にできるかという技能だ。基礎として重要ではあるが、料理人としての能力すべてを表すわけではない。

 

 変態的なまでの執念でもってその技能を極めたユリウスは、他の新入生をたやすく超える境地に到達してしまったのだった。

 

 

「ええ、そうね。私も多重描画は得意だから、何でも聞いてくれていいのよ」

 

「ありがとうございます。ちなみに先生は《火弾》をいくつ多重描画できるか聞いても?」

 

「………………そういうことは教えられません」

 

 

 

**

 

 

 

「図書室に行きたいです」

 

 

 学園をかるく案内しましょうというシンシア先生のありがたい申し出に、僕はそう返した。

 

 ということで図書室へやってきた。

 

 開いた瞬間、紙の甘い香りとインクの()い匂いが鼻腔(びくう)を満たす。

 

 とても広い。故郷の街にあった本屋の何倍、何十倍あるだろうか。

 

 これすべてが魔術関連の書籍だと思うとめまいがしてきそうだ。

 

 

「さすが天下に(かん)たるアルンハイム魔術学園の図書室。蔵書数はどのくらいなんでしょう?」

 

「書庫を含めれば軽く万は超えているそうよ。魔術師たちがたくわえてきた知の結晶ね」

 

 

 おいおい、まじかよ。

 

 魔術書のグラム単価はそこらの宝石を超える。ここにある本だけで小さな国なら買えるだろう。魔術知識とはそれだけ価値があるのだ。

 

 僕は十五年の人生で十冊も読めなかったのに、ここには一万以上あるというのか。

 

 興奮と同時に恐ろしさが胸を満たす。

 

 一介の平民である僕がこの知識にアクセスするというのは貴族の権益構造への挑戦であり、ほとんど革命だ。

 

 実際、およそ四十年前には『魔術解放反乱』が起きている――市民の魔術使用を合法とするか否かを巡って帝国中が荒れたそうだ。

 

 

「……平民の僕が読んでいいんですか?」

 

「当然よ。あなたも生徒なんだもの。地下の蔵書室にはまだ入れないけど……ユリウス君ならすぐ資格が与えられるでしょう」

 

 

 シンシア先生は続けた。

 

 

「平民を入学させるって話に反対する人間は多かったわ。でも私は賛成。研究者はたくさんいた方が絶対いいもの。今は少なすぎる」

 

「なるほど……」

 

「まあ――ユリウス君が平民の皮を被る以上、問題はいろいろ起こるでしょう」

 

「皮を被るというか、平民ですが」

 

 

 僕の語学力が足りていないのだろうか……。どうにも会話がかみ合わない。

 

 シンシア先生が「分かっているわ」とばかりにウインクしてくる。多分なにも分かっていない。

 

 

「気にしなくていいわ。ユリウス君は勉強したいように勉強すればいい。政治的な色々を気にするのは大人に任せなさい」

 

 

 大人っぽく微笑んだ。

 

 

「ありがとうございます、先生……」

 

 

 変な人だと思っててごめんなさい。尊敬できる変な人だったんですね。

 

 

「他の場所の案内はなしでもいいですか? これを置いて別の場所に行くなんて僕にはできません」

 

「ユリウス君が望むならそうしましょう」

 

 

 ぐるりと見て回る。

 

 火弾と似た系統の魔術だけで本棚ひとつが埋まっている。魔術の理論書、新魔術開発の手引書も。

 

 すさまじい数、幅、種類。三年では全部を読むことはとてもできないだろう……。

 

 ……いや、できないか? 寝ずに頑張ればいけるんじゃないか?

 

 三年間で全部を読もうそうしよう。

 

 僕の魔術師としての生はここから始まるのだ。

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