平民、佇まいが優雅すぎて「身分を隠してる皇子では……」と勘違いされてしまう 作:訳者ヒロト
シンシア先生が教室にやってきて、僕たちは列になって大講堂での入学式に参加した。
入学式では特段なにもなかった。だが僕はずっと四方八方から視線を浴び、
「あれが噂の、C組の平民らしいぞ……」
「うそ、信じらんない」
「ありゃ何者だよ」
「とうとすぎる……っ!」
というヒソヒソ声が僕の耳にまで届くほどだった。
嬉しくはないし、一部意味の分からない内容も混じっていたが、まあ覚悟していたことだ。噂話されるくらいなんてことない。
大人しくしていれば数日で収まるだろう。物珍しさゆえに注目を集めているだけだ。
入学式を終えて教室に戻るとシンシア先生がガイダンスをしてくれた。
シンシア先生はあくまで副担任であり、担任はなぜ来ないかというと、体調が悪いとのこと。絶対嘘だと思う。僕はその担任の著書を読んでひそかに尊敬しているのだが、対面できるのはしばらく後になるかもしれない。
その後はさっそく授業が始まった。
二限目は現代魔術基礎。
三限目は古代ルーン語。
四限目は魔術史。
どれもとても興味深い内容でした。
授業の合間には大勢の生徒がC組の教室にやってきて、廊下から僕を見やってコソコソ話していたが、それも気にしないでおくことにした。
そんなこんなで昼休み。
カトリーヌさまとシャーロットさまはどちらが僕を昼食会に誘うかで言い争いを始めた。平民を珍獣か何かだと思っているのか、僕は意外と人気なのだった。
どちらに参加してももう一方に嫌われそうなので僕は勇気を出して両方をお断りし、一人で食堂へ向かう。
その道中、階段で。
「お待ちになりなさいませよ! ユリウス・ユーガ!」
僕は階段下で足を止め、振り返る。
踊り場に少女が立っていた。輝く小麦色の金髪、ゆるくうねるウェーブがかかり、腰に手を当てて胸を反らしている。
お嬢様っぽい少女だ――だがしかし、なんというか、様になっていないというべきか。
服の着こなし、佇まい、言葉遣い。どれも一生懸命だが、こなれていない。教科書通りにお嬢様を演じてみせている、練習中の芝居のような硬さがにじみ出ているのだ。
顔立ちは美しいというより可愛らしい。文句なしの美少女なのだが。
あと「お待ちになりなさいませよ」とかいう帝国語はたぶん間違っているので、真似しないでおこうと思う。
「どうしました?」
「気付いているはずでしょう? どうやら私たちは同志、あるいは同好の士のようよ」
金髪少女は得意げな笑みを浮かべながら、つかつかと階段を降りてくる。
「? なんのことでしょう?」
「ふふん。私は男爵家の娘を名乗っている――といえば分かるかしら?」
「分かりません」
「分かりなさいよ!」
分からないものは分からないのだ。
と、そこで金髪少女はスッテンと足を踏み外した。階段に尻もちをつき、「いったあ……!」とお尻を擦る。
立ち上がり、一段一段恐るおそるで降りてくる。その足取りは不安定で、僕はつい手を差し出してしまったほどだ。
金髪少女は嬉しそうに僕の手を取る。
「あら? 気が利くじゃない。私の放つ高貴なオーラに、ついついエスコートせずにはいられないというわけね?」
「いえ、子どもを見守る感覚です」
「誰が子どもよ!! こんな立派なれでぃを捕まえて子どもなんて!」
むすっと頬を膨らませる少女に問いかける。
「で、なんでしたっけ。同志?」
「そう。私にはすぐ分かったわ。つまり――本当の身分を隠している者同士、ということよ」
少女が金髪をふわりと払った。だがぎこちなく、似合っていない仕草だ。
「あなたと同じくCクラス所属。私の名前はニナ・カモフレーナ。男爵家の娘――」
そこでニヤリとする。
「というのは世を忍ぶ仮の姿。本当の名前はニナ・ガイウス・アウルベルナ。何を隠そう、ガイウス帝国第四皇女その人なのよ!!」
金髪少女――ニナさまは顎をこれでもかと上げ、楽しげに瞳を輝かせている。
「へー」
「へー、じゃないわよ! 『ははあーっ! 失礼いたしましたぁ!』くらいの反応しなさいよ!」
「えーと。皇族を
「本当よ本当なのよ! あーもうもう!! 本当に第四皇女なの!」
ニナさまは地団駄を踏んだ。
元気いっぱいで可愛らしい。
「微笑ましい女の子を見る目で私を見るんじゃない! 畏れ敬いなさいよ!!」
「そう言われましても……」
僕は廊下の先に視線を向けた。
「僕、早く昼食を済ませて勉強したくて、遊んでる時間はあんまりないんです。移動しながら、食事しながらだったらお話相手になりますが」
かなり失礼だが、この少女にはこんな接し方でいい気がしているのだった。
「なんで私より優雅で偉そうなのよ! むかつく! あなたむかつくわ!!」
と言いつつ、歩き出した僕の隣についてくるニナさまだった。
「同じクラスなんですね」
「そう。カモフレーナ男爵家の娘って
僕はひとまず「おままごと」に付き合ってあげることにした。
「なんで皇女が男爵家の娘のフリを?」
「したかったからよ。ミト・コーモンのおとぎ話は知ってるでしょ? 皇族が身分を隠して諸国を漫遊して世直しするの。昔からずっとやってみたかったのよねえ」
「なるほど。でも無理がありませんか。庶民は騙せても貴族にはバレるのでは。パーティーとか式典とか、近くで顔を見るのですから」
「私は最近まで宮殿から出れなかったから、顔はほとんど知られてないの」
「宮殿から出られなかった?」
「分かりやすく言えば幽閉されてたの。政治的な事情でね。幽閉っていっても、好きなもの食べ放題だしそう悪くなかったわ。外に出れないのは退屈だったけど。で、最近また事情が変わって、私は自由に動けるようになったの。それで、前からやりたかったミト・コーモンをやってみてるというわけよ!」
「………………」
僕は立ち止まり、改めてニナさまを観察した。
「なによ、そんなに見つめて。私のオーラに見とれちゃった?」
「ほんとに皇女さまなのですか?」
「そうだって言ってるでしょ!」
「でも皇女が一人でふらふら歩いてるわけないですし……」
「ふらふらじゃない! それに護衛ならいるわよ!」
ニナは振り返り背後を指さして、
「あれいない。……いない。……いないどこにもいないわ! サヤカが消えちゃった!」
「あそこにいるメイドさんじゃないですか?」
「あーいた! よかったぁ!」
胸をなでおろすニナ皇女。
廊下の後方に、さりげなく僕たちについてきている人がいる。メイド服を着た鋭い目つきの女性だ。あれがきっと護衛なのだろう。足運びがただのメイドのそれではない。
「ということは――え、まじ?」
「だから皇女だって言ってるでしょ!」
所作や口調には幼さとアホっぽさが満ち満ちているが、本当に皇女のようだ。
冷や汗が滲んでくる。僕はすぐさまその場に膝をついた。
「ニナさま、ご無礼を失礼いたしました……。この愚鈍な
失礼すぎることを言ってしまった。皇族を僭称しちゃだめだよとか、完全アウトだ。首をはねられてもおかしくない。
「うふ、うふふ、うふふふふふ!! そうそうこれこれ! 私はこれがしたかったの! いいわよ、許します! 私の演技が完璧だったのだから、気付けないのもしょうがないわ!」
「寛大なお言葉に感謝します……」
「堅苦しすぎる言葉遣いはやめていいわよ」
「しかし……」
「いいの。まだみんなに皇女だってバレちゃだめなんだから。男爵家の娘と接するように接しなさい。ここぞというときに明かしてこそでしょう?」
「分かり――分かりました」
「うふふ! 楽しいわねコレ! 怖いの我慢して外に出てきた甲斐があるってものね!」
ニコニコしている。僕は立ち上がり、また並んで歩き始める。
「で、あなたは何者? 本当はどんな身分の人間だっていうの? 内緒にしてあげるからゲロっちゃいなさいよ」
「身分を隠してなんていません。正真正銘ただの平民。宿屋の息子です」
「うそうそ、そんなのうそよ。さすがの私には劣るけど、高貴さが隠し切れてないもの。礼儀作法がすごいじゃない」
「いや……」
「まあいいわ。聞くのも野暮ってものだしね。言いたくないなら言わなくてよろしい」
ニナ皇女は「そうだ!」と言わんばかりに目を見開いて手を叩いた。
「あなた、私のお供になりなさい! ただものじゃない感がぴったりだわ!」
「お供……」
正直めんどうだが、まあしょうがない。皇女さまの頼みを断るわけにもいかないだろう。
「喜んでお供します」
「うんうん。ユリウス。よろしくね」
僕たちは校舎を出て、中庭の通路を進みながら食堂へ向かう。
「私とあなたで連れ歩いてたら、ただものじゃない感ビシバシね。『あの少女が男爵家の娘? そんなはずない。隣に従えてる男も優雅だし、二人して何者よ……!』って噂されるって寸法よ」
すれ違う生徒たちのひそひそ声が届く。
「C組の新入生のユリウスさまよ……」
「優雅だなぁ。ため息でるよ」
「隣のちんちくりんは誰?」
「さあ……せいぜい騎士家の娘でしょ」
「見てくれはいいようだけど、卑俗さが隠しきれてないわね」
「初日からユリウスさまに媚びてすり寄って、いやらしいわ」
「ぬあァァァァァァァァァァァんでよおおおおおおおおお!!」
発狂するニナ皇女。
「なんでユリウスのほうが注目されて優雅って言われてるのよ! 私がそれやりたいのに! やるはずだったのに!! なんで? ユリウスなんでなの?」
「……ニナさまは優雅じゃないですから。背伸びしてる中位貴族に見えるのです」
「どういうことなのよおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! 私が皇女だって言ってるでしょおおおおおおおお!!」
暴れ回るニナの絶叫に、中庭の耳目が集中してしまう。
「皇女だって叫んでるわ……」
「自分がお姫様だと妄想しちゃう時期なのね」
「それにしても不敬よ。叱ってこようかしら」
と、そのとき、シンシア先生が影から生えたように突然現れた。ニナ皇女を羽交い締めにしてどこかへ連れて行く。
「カモフレーナさん。滅多なことを言ってはいけません。とりあえず生徒指導室に行きましょう」
「っ、イヤイヤイヤ! 離してぇ! 私は本当に皇女なのお! プリンセスなの!」
あの様子をみる限り、先生たちに事情は共有されていないようだ。
振り返ると、護衛さんは笑顔で主人が連行されていくのを見守っている。見てないで助けなさいよ。
ジタバタ抵抗するも虚しく抱え上げられ、運搬されていくニナ皇女。
お救いせねばならない。ただしニナ皇女ではなく、シンシア先生をだ。皇女さまにあんな扱い、いくつ首がとんだっておかしくない。
「お待ちください、シンシア先生」
歩み寄りながら声をかけると、シンシア先生はぴたりと動きを止めた。中庭に集まっていた生徒たちの視線までもが僕へ向く。
僕はとりあえず微笑み、
「彼女を放してあげてください。詳しい事情はお教えできませんが――それが先生のためです」
「……っ!」
シンシア先生の額に汗がにじむ。
「それは、いったいどういう……?」
「申し訳ないですが説明できません。特に僕の口からは」
「……しかし、この子は人前で皇族を名乗って――」
「シンシア先生。ご理解ください」
先生は僕を見つめ、喉を鳴らし、頭を下げた。
「……ユリウス君がそうおっしゃるのであれば、私が口を挟むべきではないようです。失礼いたしました」
地面に降ろされたニナさまはすぐさま僕の背後にまわり、制服をぎゅっと掴んだ。僕はその前に立ち先生へ会釈する。
「ありがとうございます。お手を煩わせました」
「い、いえ……。こちらこそ、存じ上げず失礼を」
この先生、また敬語になっちゃった。
僕はニナさまへ向き直った。小声で話しかける。
「大丈夫ですか?」
「へーきよこのくらい。でも、その、ありがとね」
「いいのです。それより――副担任には事情を説明した方がよいのでは?」
「いーえ。学園長には話してるから充分よ。それに、しばらくこうしてナメられて、『あの子が皇女だったなんて……!』と青ざめた顔を見るのも一興でしょ?」
「趣味が悪いですね」
「あなたこそ皇女にそんなこと言って、口が悪いわ。――もういいから、はやく食堂に連れてって。私お腹が減ってるの」
ニナさまがそっと手を差し出してくる。エスコートをお求めのようだ。
「では――シンシア先生。僕たちは行きますね」
「は、はい……! 足をお止めしてしまって申し訳ございません」
「お気になさらず。先生はお立場上、当然のことをなさっただけだと思います」
隣のニナさまに目をやっても怒っている様子はない。気の短い皇族ではないようでよかった。
シンシア先生は再び頭を下げた。態度が改まっている。ニナさまの本当の身分をうすうす察したのだろうか。
うむ、何かとよくしてくれるし、シンシア先生には忠告しておいてあげよう。
「ただ、お気をつけくださいね。アヒルのなかに幼い白鳥がまじっているかもしれませんから」
僕は微笑み、ニナさまの手を取ってその場を辞した。